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    BBC SHERLOCK

    日本語訳

    <非公式>

    サイト内は過去掲載分も含め、日々更新していますので

    こまめにリロード(再読み込み)をして最新の状態でご覧ください

    忌まわしき花嫁 1

    『これまでのSHERLOCK』

    2010...

      [ピンク色の研究]

     Sherlockが遺体袋を開き、中を覗き込む。

     研究室から出る前にJohnへ別れを告げるSherlock。

    SH: 名前はSherlock Holmes、住所はベイカー・ストリートの221B。

    SH: ごきげんよう。

     Sherlockは部屋を出る。呆然とするJohnへMikeが声をかける。

    MS: そう。あいつはいつもああなんだ。

     <[大いなるゲーム]、Hickman Galleryで警備員へ変装したSherlockが振り向く>

     遺体を鞭で激しく殴りつけているSherlockへMollyが話しかける。

    MoH: なんか嫌なことでもあった?

     倉庫にJohnを呼び出したMycroft。

    MH: ふむ、同居することになったのはつい昨日のことで…

      <221Bのドアが閉じられる>

    MH: 今では一緒に事件を捜査している、と。

     事件現場へ向かうSherlockがHudson夫人の頬へ口づけする。

    MrsH: あらあなたってば、そんなに楽しそうに。行儀が悪いわよ。

    SH: 行儀なんてかまってられないよ。ゲームが始まるんだ、Hudsonさん! 

     <ウエストミンスター宮殿が爆破される映像>

     [大いなるゲーム]

     221BのリビングにいるSherlock。

    SH: 人をヒーロー扱いするな、John。ヒーローなんて存在しない、もしいたとしても僕はそうじゃない。

     プールサイドでジャケットを開き、身体に巻きつけられた爆弾を見せるJohn。JimがSherlockを脅かす。

    JM: 君の『ハート』を燃き尽くしてやる。

     

    2012...

     [ベルグレビアの醜聞]

     一糸まとわぬ姿のIrene AdlerがSherlockにまたがり、牧師のカラーを口にくわえると、湯を入れたボウルとナプキンを持ったJohnが部屋に入ってきた。

    JW: よし、これでいいだろう。

     Johnは信じられない光景を目の当たりにして立ちすくむ。

     バッキンガム宮殿でソファに並んで座るJohnとシーツにくるまったSherlock。

    JW: パンツは履いてるの?

    SH: いや。

    JW: そうか。

     二人はクスクス笑う。

     寝室で注射器を刺されたSherlockが床に倒れ、その顔をIreneが鞭の先で撫でる。

    IA: これがわたしを憶えてもらうためのやり方なの。あなたを打った女。

     [バスカヴィルの犬]

     Dewer's HollowでSherlockがHenryに語りかける。

    SH: でもそこにはモンスターなんていなかったんだ。

     犬の吠える声が響き渡り、皆は恐怖に陥って懐中電灯を声のした方へ向ける。

    JW: Sherlock?

     [ライヘンバッハ・ヒーロー]

     病院の屋上でSherlockがJimへと歩み寄る。

    JM: ああ。とうとうやってきたね-君と僕。

     Jimが銃を口にくわえ、頭を撃ち抜く。Sherlockは驚いて後ろへ飛び退く。

     病院の屋上でJohnに電話をし、別れを告げるSherlock。

    SH: さようなら、John。

    JW: Sherlock!

     Sherlockは飛び降り、Johnが駆け寄る。

     

    2014...

     [空の霊柩車]

     駐車場で煙草に火を点けようとするLestrade警部。

    SH(声): (暗闇から)それは命取りだぞ。

     声の主に気付き、警部はライターの火を煙草から離す。

    GL: あああ、この野郎!

     ケバブ屋でJohnに語るSherlock。

    SH: 追跡のスリル、血管に血が湧き上がる…

     <[ピンク色の研究]、犯人を追ってレストランの外で車の前に飛び出すJohn。

    JW: (車の運転手へ)すみません。

     JohnはSherlockの後を追う。>

    SH: …二人で世界へ立ち向かっていくんだ…

     JohnはSherlockの胸ぐらを掴み、頭突きを食らわせる。

     <[ライヘンバッハ・ヒーロー]、手錠で繋がれた二人が逃亡している。先に柵を越えたSherlockをJohnが掴んで引き戻す。

    JW: 待てって!…連携して動かないとだめだ。>

     Sherlockの墓標。

     221Bの玄関で、Sherlockへ話しかけるJohn。

    JW: もう一度奇跡を、と頼んだ。死ぬのを止してくれって頼んだんだ。

    SH: 聞いてたよ。

     [三人のしるし]

     Sholtoの部屋の前でSherlockを鼓舞するJohn。

    JW: 黙れ。君は謎解き男じゃない-今までだってそうだ。君はドラマ・クイーンだ。ほら、そこに死にかかってる人間がいるぞ…

     <[空の霊柩車]で、鹿撃ち帽を被るSherlock>

    JW: 『ゲームが始まる』。解決しろ!

     [最後の誓い]

     アップルドーで扉を開くMagnussen。

    SH(声): 恐喝のナポレオンなんだ。

     精神の館にある保管室を歩くMagnussen。

     Mycroftがヘリコプターに乗ってアップルドーのテラス上空へやって来る。

    CAM: 今回はヒーローになるチャンスは無いんだ、Holmesくん。

     武装した警察官たちが配置に就く。

    SH: 僕は高機能なソシオパスだ。

     SherlockはMagnussenを撃ち、両手を掲げて跪く。絶望した顔でMycroftを見上げる。

     Lady Smallwoodと同僚たちへ語るMycroft。

    MH: 日々の暴動を引き起こさずにSherlockを投獄しておけるような刑務所など無い。しかしながら、代わりとしては…あなたの同意を得られないと。

     飛行場でJohnに最後の握手を求めるSherlock。

    SH: 素晴らしい日々に、John。

     彼を乗せて飛び立つ飛行機を見上げるJohnとMary。街中のモニターにJimの顔とメッセージが映し出される。

    声: (ハイピッチで)「会いたかった?」

    声: (歪められた声で)「会いたかった?」

    LS: どうしてこんなことが?

     Sherlockに電話をかけるMycroft。

    MH: 亡命はどんな具合だね?

    SH: まだたった四分しか経ってないぞ。

    MH: まあ、さすがにお前も懲りただろうと思ってな。

    SH: この期に及んで誰が僕を?

     TV画面のJimが顔を向ける。

    JM: 「会いたかった?」

     Mycroftが答える。

    MH: イングランド。

     そして飛行機は、わずかの飛行を終えて再び地上へ戻ることとなった。

     

     

    『或いは…』

    時は19世紀へ。

    大きく見開いた青い目。

    <銃弾が飛び交う戦場に、ヴィクトリア時代の軍服姿をしたWatsonがいる。背後で爆発が起こり、恐怖に慄いている。>

    JW: 「第二次アフガン戦争は多くの人々へ勲章と昇進をもたらした…」

    <戦地で倒れる仲間へ屈み込むWatson。>

    彼は悪夢にうなされていた。ベッドの上で苦しそうに寝返りをうつ。

    JW: 「…だが、私にとっては不幸と災難以外の何物でもなかった」(※)

    <戦場で屈み込むWatsonのそばでまた爆発が起こり、彼の身体に土砂が浴びせられる。敵軍の兵士が銃を構え、引き金を引く。その弾はWatsonの肩を撃ち、彼はうめき声を上げて膝から崩れ落ちた。>

    Watsonはベッドで苦しそうに悶える。

    <戦場で意識を失ったWatsonは仲間に身体を引きずられていく。

    兵士: だいじょうぶですか、大尉。>

    悪夢にさいなまれ、汗びっしょりでWatsonは目を覚ます。

    <戦場では大きな爆発が起こり、真っ赤な炎が上がる。>

     

    ※「第二次アフガン戦争は多くの人々へ勲章と昇進をもたらした…」「…だが、私にとっては不幸と災難以外の何物でもなかった」

    …Watsonが原作「緋色の研究」の冒頭で記している言葉。この後へ続くロンドンへ帰還したことについての記述も同様。

     

     

    1880年代のロンドンの街。多くの人々と馬車が行き交っている。

    JW: 「私はイングランドへ帰った-完全に損なわれた肉体と閉ざされた将来と共に」

    Watsonは杖をつきながら、不自由そうに道を歩いている。

    JW: 「こういった境遇の下で、自然とロンドンへ吸い寄せられた。そこは帝国の怠け者たちが否応なしに排出されていく巨大な汚水槽だ…」

    Watsonを見かけた旧友のMike Stamfordが先程から彼の名を呼んでいた。

    MS: Watson!

    ようやく気付いたWatsonはそばへ歩み寄ってきた彼に顔を向ける。

    MS: Stamfordだ。憶えてるか?

    Watsonは曖昧な記憶を辿った。

    MS: Bart'sで一緒だっただろう。

    JW: ああ、もちろんだ。Stamford。

    二人は握手を交わした。

    MS: おいおい!どうしてたんだ?棒みたいに痩せちまって!

     

     

    その後、二人はバーへ入っていた。 

    JW: 帰って来れた。これでも運が良かった方だ。

    MS: それで今は?

    JW: 住む場所を探している。居心地が良くて手頃な値段のところを。そう簡単には、な。

    Watsonはビールのグラスを飲み干した。彼の言葉にStamfordはくすくす笑い出した。

    MS: なあ、僕に今日それを言ったのは君が二人目なんだ。

    JW: へえ?一人目は誰だ?

     

     

    地下にある死体安置所。激しく杖で遺体を打ちつけている男の後ろ姿。その音が響く薄暗い廊下を、StamfordがWatsonを案内して歩いている。通りがかったドアにある小さな覗き窓から、先程の男の様子が見えた。

    MS: おやおや。どうやら実験中のようだな。遺体を打ちつけて、死後どれだけの時間経過するまで痕が残るのか確かめている。

    一心不乱に遺体を殴りつけている異常な男をWatsonは訝しむが、すぐに目を逸らして歩き出す。

    JW: 医学的な視点で?

    MS: さあね。

    JW: 僕にも謎だ。で、君の友人はどこにいるんだい?

    鳴り止まない打撃音の中、Stamfordは立ち止まる。Watsonはようやく気付いた。

     

     

    相変わらず遺体を殴り続ける男、その背後にあるドアから二人は部屋の中に入った。Stamfordが男に大きな声で話しかける。

    MS: 失礼するよ。

    男は遺体を打つ手をより一層激しくさせる。

    JW: すまないが、お邪魔させてもらうよ。

    最後の打撃を加えた男は一息ついてようやく杖を下ろし、振り返った。それはもちろんSherlock Holmesで、彼は素早くWatsonの身体を観察した。

    SH: アフガニスタンにいたのか。

    それだけ言うとHolmesはウエストコートから懐中時計を取り出しながら再び二人から顔を背けた。

    MS: Watsonだ、こちらはSherlock…

    時計を確認しながらHolmesは見もせずにWatsonへ杖を投げて渡した。Watsonは反射的にそれを受け取る。Holmesは彼の方へ向き直る。

    SH: 見事な反射神経。有望だ。

    Watsonへ偽善的な笑みを向けながら時計をポケットにしまう。

    JW: 一体…?

    SH: リージェント・パークのそばにある部屋に目をつけている。二人でなら費用を賄えるだろう。

    JW: 部屋?(Stamfordをチラリと見て)誰が部屋の話を?

    SH: (一気にまくし立てる)僕だ、今朝その話をした、調度良い同居人を探していると。そして昼食を終えた彼は男を連れて現れた、軍人らしく日焼けをしていて最近負傷したと思われる、両方の条件を満たすのはアフガニスタン戦、強制送還されたのだろう。不可避な結論のようだな。

    Holmesは圧倒されているWatsonを見て満足そうに目を細めた。

    SH: 詳細については明日の夜に決定しよう。さて、申し訳ないが、ワンズワースで絞首刑の執行があるんだ、僕なしでやられたらあいつらを許さない。

    そう言うと彼はコート掛けからコートを取って着始めた。

    JW: 絞首刑?

    SH: 専門家として興味がある。それから僕はヴァイオリンを弾くし、パイプを吸う。構わないよな。

    JW: えっと、いや、その…

    SH: (帽子を手に取ってWatsonに微笑みかける)慣れてきたじゃないか、最後まで言い終えないことに。君とはうまくやっていけそうだな。では明日の夜、七時に。

    出て行こうとしたHolmesは大事なことを伝えるため、再び振り返った。

    SH: ああ、名前はSherlock Holmes、住所はベイカー・ストリートの221Bだ。

    そして帽子を頭に乗せ、さっさとその場を後にした。

    MS: そう…彼はいつもああなんだ。

     

    ----------オープニング----------

     

    雪が舞う冬の街。街頭に立っている新聞売りの男性が通り過ぎる人々に大声で宣伝している。彼は新聞の他にストランド誌(※)を手にしていた-“SHERLOCK HOLMES”と書かれた赤い帯と、名探偵のシルエット。どこからかクリスマス・キャロルが聞こえている。

    新聞売り: 新聞!新聞!

    1台の辻馬車(※)が通りを進む。

    新聞売り: 新聞!新聞!

    馬車は速度を緩め、新聞売りのそばに止まった。Watsonが馬車の窓から顔を出し、少し身を乗り出して新聞売りに声を掛けた。

    JW: やあ。「青い紅玉」(※)はどんな調子だ?

    新聞売り: 非常に好調です、Watson先生。次回も恰好な殺人事件はありますかね?

    JW: 犯罪組織に頼んでみるよ。

    新聞売り: 是非お願いしますよ。

    すると新聞売りはWatsonの隣に座っている人物に気付いた。

    新聞売り: あの方も?ご一緒で?

    すると隣に座る姿が辛うじて見えるHolmesが、苛立たしげにWatsonを小突いた。

    JW: おっと!ああ。うんうん、わかったよ。(帽子に手をやり)じゃ、ごきげんよう。

    御者: よし、進め。

    新聞売りは離れていく馬車に呼び掛けた。

    新聞売り: メリー・クリスマス、Holmesさん!

     

    ※ストランド誌

    …「『ストランド・マガジン』(The Strand Magazine)は、かつてイギリスで出版されていた月刊誌。ジョージ・ニューンズ(George Newnes、1851年 - 1910年)により、家族で愉しめるように一般大衆向けに創刊され、1891年1月から1950年3月までの60年間発刊した」「コナン・ドイルによるシャーロック・ホームズシリーズを初めて掲載した書籍として紹介される向きも多いが、1887年に第1作の長篇『緋色の研究』、1890年に第2作の長篇『四つの署名』が掲載されたのは他の雑誌である。これらは当時あまり評判にならず、第3作に当たる短篇『ボヘミアの醜聞』が『ストランド・マガジン』の1891年7月号に掲載されてから読者の支持を得るようになり、引き続き同誌から発表・連載されていく。最終的には1927年までの約35年の間に、56作がシリーズとして『ストランド・マガジン』に掲載され、ドイルとホームズは不動の人気を得ることになる」-Wikipedia「ストランド・マガジン」より

    ※辻馬車

    …hansom cab。御者台が後方の一段高い所にある二人乗り 1 頭立 2 輪の辻馬車。20 世紀初頭までロンドンなどでよく用いられた。設計者Joseph Hansomの名から。

    ※青い紅玉

    …原作「The Adventure of the Blue Carbuncle」。配達夫をしている男が偶然居合わせた喧嘩の現場で帽子とガチョウを拾い、Holmesのもとへ届ける。ガチョウの体内には伯爵夫人から盗まれた『青い紅玉』という貴重な宝石が隠されていた。

     

     

    馬車はベイカー・ストリートに到着し、221Bの前で停まる。隣の建物の1階は『SPEEDWELL'S Restaurant and Tea Rooms』。221Bの扉を開け、Hudson夫人が二人を迎えた。馬車から降りたHolmesはパイプを手にしている。

    MrsH: Holmesさん!お帰りになるならお知らせいただけると有り難いんですけれど!

    ハウスボーイのBillyも玄関から飛び出し、馬車から荷物を下ろすWatsonへ駆け寄る。

    SH: 僕自身わからなかった、Hudsonさん。バラバラにされた田舎の地主が厄介でね-予定を組むのは至極困難なんだ。

    そう言うとパイプをくわえ、御者へ支払いをするため振り返った。手にした鞄を見ながらBillyがWatsonへ話しかける。

    Billy: 中身は何です?

    JW: さあね。

    SH: (御者へ)どうも。

    家へ入るHolmesへ、荷物を運びながらBillyが興味津々で問い掛ける。

    Billy: 犯人は捕まえましたか?Holmesさん。

    SH: 犯人は捕まえたが、脚を捜索中だ。引き分けといったところかな。

    玄関に立っているHudson夫人がWatsonを迎えながら声をかける。

    MrsH: また新しいお話を発表なさったのよね、Watson先生。

    JW: ええ、楽しんでもらえました?

    MrsH: いいえ。

    即座に答えて中へ入るHudson夫人にWatsonが続く。

    JW: おや?

    MrsH: ちっともおもしろくない。

    JW: なぜです?

    Watsonが扉を閉める。先に玄関ホールへ入ったHolmesは帽子とコートを脱いで扉のそばにあるフックに掛け、奥へと進んで行った。Hudson夫人が不服そうに訴える。

    MrsH: だって、わたしは何にも言わないじゃありませんか?あなたのお話では、ただ階段を案内するか朝食をお出しするだけなんですもの。

    JW: (帽子とコートをフックへ掛けながら)まあ、小説としてはね、広義的には-それがあなたの役目なんで。

    MrsH: なんですって?!

    SH: あなただけじゃない、Hudsonさん。僕だって犬のやつにはほとんど出番がない。(※)

    JW: (憤然として)「犬のやつ」?

    MrsH: わたしは家主であって、小説の道具じゃありません。

    JW: (階段を上がっていくHolmesへ)「バスカヴィル家の犬」のことか?

    MrsH: (狼狽し)それに部屋だってこんなに薄汚くしてしまって。

    JW: (苛立ちながら)ああ、文句は挿絵画家(※)に言ってくださいよ、あいつはどうしようもない!僕だってみんなに認識してもらうためにこんな髭まで蓄える羽目になった。(※)

     

    ※「僕だって犬のやつにはほとんど出番がない」

    …原作「バスカヴィル家の犬」では、HolmesはWatsonのみを依頼人の元へ送り出し、手紙で報告をさせ、佳境に入ってから登場する。

    ※挿絵画家

    …原作ではSidney Pagetという画家が挿絵を描いた。イラストに登場するWatsonは口髭を生やしている。 「今日、シドニー・パジェットは世間一般が抱くシャーロック・ホームズ像の作り手として記憶されている。彼が『シャーロック・ホームズの冒険』のイラスト担当者として雇われたのは偶然であった。『ストランド』誌は彼でなく弟のウォルター・パジェットと交渉するつもりだったのだが、手違いでシドニーに手紙を出したのである」「1893年、パジェットは『シャーロック・ホームズの思い出』のイラストを描いた。コナン・ドイルは、「ストランド」誌に『バスカヴィル家の犬』を連載した(1901年から02年)際、特に挿絵画家としてパジェットを希望したという。パジェットは短編集『シャーロック・ホームズの帰還』(連載は1903年から04年)の挿絵も担当した。合計で、彼が担当したホームズものは長編1、短編37になる。パジェットのイラストは後世の小説、映画、戯曲などの二次作品におけるホームズ解釈に多大な影響を与えた」「なおパジェットはホームズに鹿撃ち帽とインヴァネス・コートを与えた最初の人物だと考えられている。そのような服装の記述はドイルの文章には存在しない。この種の帽子とコートは1891年の「ボスコム渓谷の惨劇」で最初に世に出され、1893年の「銀星号事件」で再び描かれた。『シャーロック・ホームズの帰還』における何点かのイラストにもこのような服装が見られる。(ホームズのもう一つのトレードマーク、曲がったパイプは俳優のウィリアム・ジレットによって付け加えられたイメージであって、パジェットは無関係である。)」-Wikipedia「シドニー・パジェット」より 

    ※「文句は挿絵画家に言ってくださいよ」

    …1970年公開のビリー・ワイルダーによるオリジナルストーリーのホームズ映画“The Private Life of Sherlock Holmes”より。鹿撃ち帽にインヴァネス・コート姿のHolmesが「君のせいでこんな服装をする羽目になった」と小言を言うと、Watsonが「僕のせいじゃない。挿絵画家に言ってくれ」と返すシーンがある。

     

     

    JW: 「長年に渡り、私は優れた才能を持つ友人、Sherlock Holmes氏の偉業を記録する特権を授けられていたが、その多くの事件の内からどれを読者に披露すべきか、選択が困難なこともあった。詳細を語るにはデリケート過ぎたり、世間の記憶に新しいとして憚られるものもある。だが共にしたすべての冒険の中でも、これ程までに我が友人を心身ともに極限まで追い込んだ事件はない-『忌まわしき花嫁 』!」(※)

    階段を上がったHolmesはドアを開けて居間に入る。煖炉の方を一瞥すると向かって右側にある窓へ歩み寄り、閉じられていたカーテンを開いた。左側の窓との間にある壁の上部には立派な角を生やした雄鹿の頭部の剥製が飾ってあり、その左耳からはラッパ型補聴器が飛び出していた。

    Holmesは左側の窓へ向かう。部屋の左手にあるマントルピースの上には手紙が積まれ、ナイフで突き刺してある。(※)反対側、右手にある壁にはCharles Allen Gilbertの “All is Vanity” が額に入れて飾られていた。(※) 

    Watsonは鞄のひとつを持って階段を上がり、居間と続いている部屋へ入った。テーブルの上に鞄を置いてから居間へ進むと、Holmesが左側の窓のカーテンを開けていた。部屋の中へ光が差し込むと、煖炉の前に人物がひとり立っていることが明らかになった。喪服のような黒いドレスに身を包み、黒いベールで顔を隠した女性が、両手を腰のあたりで後ろに組み、静かに立っている。

    SH: おや!

    女性の前を通り過ぎ、Holmesはドアの外へ向かいながら、苛立たしげに下の階にいるHudson夫人へ大声で呼び掛けた。

    SH: Hudsonさん、女性が僕の居間にいるぞ、知ってのことか?

    MrsH: (下の階から)依頼人の方ですって。留守だと伝えたらお待ちになるっておっしゃるから。

    顔をしかめるHolmes。じっと立ったままの女性の前にWatsonは慌てて椅子を運ぶ。

    JW: とりあえず、その、お掛けになりますか?

    女性はじっと立ったまま動かず、何も言わない。

    SH: (下の階のHudson夫人へ)用件は何か訊かなかったのか?

    MrsH: (下の階から)ご自分でなさったら!

    SH: なぜ訊かなかった?

    MrsH: (下の階から、苛立たしげに)口もきかない、何もしないわたしがどうやって?!

    Holmesは目を回してため息をつくと、振り返って居間へ戻った。

    SH: ああ、参ったな。あの人にも台詞をやれよ、飢え死にさせる気満々だぞ!

    小声でWatsonに申し立てると、Holmesはようやく偽善的な笑みを見せながら女性に話し掛けた。

    SH: こんにちは。私がSherlock Holmes、こちらは友人で同僚のWatson先生です。彼の前でも遠慮なくお話しください、ほとんど理解をしませんから。

    JW: Holmes。

    SH: ですがその前に、少し観察結果を述べさせていただきましょう。あなたはいたずら好きでユーモアのセンスがあり、それがひとまず、あなたの個人的な苦悩の度合いを和らげている。最近あなたと結婚した男性は一見思いやりのある性格のようだが、今では素行の怪しい不快な仲間のためにあなたを蔑ろにしている。最終手段としてこの捜査局を訪れたのですね、まだ和解は可能であるという望みを持って。

    JW: おいおい、Holmes!

    SH: これらはすべて当然の如く明確なこと、その香水からすれば。

    JW: 香水?

    SH: そう、香水、僕には洞察力を、君には災難をもたらす。

    JW: どうして?

    SH: 僕は気付いたが、君は気付かなかったからだ。

    Holmesは女性へ歩み寄り、顔を隠しているベールの留め具を外して再び離れた。露わになった顔を見て、Watsonは彼女がMaryであることにようやく気付いた。

    JW: Mary!

    MW: John。

    JW: 一体、何だってまた、依頼人のフリなんかする?

    MW: だって他に思いつかなかったんですもの、わたしの、夫に会う術を。

     

    ※ナイフで突き刺してある手紙

    …原作「マスグレーヴ家の儀式」に「木のマントルピースのちょうど真中に返事をしていない手紙がジャックナイフで突き刺されていた」とある。

    ※Charles Allen Gilbertの “All is Vanity”

    …錯覚絵としてよく知られている。化粧台に向かっている女性の姿が、遠目で見ると骸骨の頭に見える。“All is Vanity” は「うぬぼれ」や「虚栄」と訳される。(Vanityには化粧台の意もある)1892年にアメリカで当時18歳のCharles Allen Gilbertが描き、ライフ誌で紹介され有名になった。-参考:Wikipedia「Charles Allan Gilbert」(英語) 

     

     

    Holmesはジャケットをキャメルのガウンに着替え、右手の窓の前に立ち、ヴァイオリンで彼が作曲した結婚式のワルツを弾いていた。Watson夫妻は煖炉の前で言い争っている。

    JW: 国際的な陰謀に関わる仕事だったんだ。

    MW: 田舎の地主が殺されたんでしょう。

    JW: とにかく、事態が切迫してたんだ。

    MW: 出掛けるのは構わないのよ、でも、わたしを置いていかないで!

    JW: 君が来てどうするんだ?!

    MW: まあ、あなたはどうなの、周りにいながらノートを書いて、驚いてみせてるだけじゃない?!

    とうとうHolmesは我慢出来ずに激しく音を立てて演奏を止め、ヴァイオリンを下ろした。

    SH: もういい!

    Watson夫妻は黙った。Holmesは窓の外を見つめたまま、静かに語り出す。

    SH: 舞台は整った、幕が上がる。始める準備は出来ている。

    MW: 始めるって?

    SH: 時には事件を解決する、まず他に解決しなければならないことが。

    JW: おや、事件かい、また新しいのが?

    SH: (静かに)古い、非常に古いもの。深くまで潜らねば。

    JW: 深く?何に?

    SH: (静かに)自分自身だ。

    すると窓の外を見つめていたHolmesは不意に顔を背け、肩越しに大きな声で呼び掛けた。

    SH: Lestrade!ドアの前でうろついてないで中に入りたまえ。

    ドアを開け、Lestrade警部がおずおずと部屋の中へ入ってきた。重苦しい息をしている。

    GL: どうして私だとわかった?

    SH: (肘掛け椅子へ向かい、腰を下ろす)いつもの足音は間違えようがない。Jonesより軽く、Gregsonより重い。(※)

    GL: (口ごもりながら)ちょ、ちょっと寄ってみただけだ…Hudsonさんは口をきいてくれないらしい。

    Holmesは目を回して見せてから、椅子の脇にあるサイドテーブルへ腕を伸ばし、その上に置いてあるペルシャ・スリッパの中から刻み煙草をつまみ出してパイプに詰めた。(※)

    SH: あの人は当てこすりでもって文学評論を展開しているようだな。現代の家主に見られる痛ましい傾向だ。勤務時間外に何の用だ?

    警部はちょっと目を逸らしてからHolmesへ視線を戻した。

    GL: なぜ勤務時間外だと?

    SH: うむ、到着してから君は視線の40%をデキャンタに向けている。(テーブルにあるウイスキーのデキャンタを指して)Watson、警部がそこまでして欲しがっているものを与えてやってくれ。

    Watsonはサイドテーブルにあるデキャンタへ進み、グラスへ注ぎ出した。Lestradeは帽子を取る。

    JW: で…Lestrade、僕らでお役に立てるかな?

    GL: ああ、仕事じゃない、ちょっと寄ってみようと…思って。

    JW: 個人的に?(Lestradeにグラスを渡す)

    GL: ああ、もちろん、時候のあいさつでも、とね。

    Holmesはパイプを口から下ろし、鋭く警部を見据える。Lestradeは落ち着かない様子で不安気にグラスを掲げ、Maryへ視線を向けた。

    GL: メリー・クリスマス?

    SH: メリー・クリスマス。

    JW: メリー・クリスマス。

    MW: メリー・クリスマス。

    SH: 良し、これで済んだな。さて、警部、駆り立てられてドアまでやって来たくせに、なぜ話すのを躊躇う?

    グラスから大きく中身を飲み込んだLestradeは目を閉じたが、すぐに首を振って再び目を開いた。

    GL: 何かあったなんて言ったか?

    SH: 君が。実際に語る言葉以外のすべてが示している。

    Lestradeはウイスキーを飲み干して、安堵の息を吐き出す。その様子を見ていたWatsonが口を開いた。

    JW: (人差し指を掲げ)ああ、ああ、ああ、ああ、Holmes、君は間違ってるよ。

    SH: (笑みを浮かべ)ならば訂正したまえ、先生。

    JW: 楽しく酒を呑んだのではない…(Lestradeの手からグラスを取り、それを逆さにしてみると、すっかり空になっていた)…必要に迫られていた。躊躇っているのではなく、恐れているんだ。

    SH: Boswell君も学習しているな。みんな成長が目覚ましい。(※)

    Maryに目を向けると、彼女も誇らしげに笑みを返した。

    SH: Watson、スコットランド・ヤードの威厳を回復してやりたまえ。

    Watsonはグラスをテーブルに戻した。

    SH: 警部、座りたまえ。

    そう言ってHolmesはダイニング・チェアをパイプで示し、マッチを取り出した。Lestradeは椅子を持ち上げて、Holmesと向かい合うようにWatsonの椅子のそばへ置く。

    GL: わ、私は恐れたりなんかしてない。

    SH: 危機を目の当たりにして恐れることは賢明だ、何等恥じることはない。

    Watsonはグラスにもう1杯注いでLestradeに渡した。

    GL: どうも。

    SH: では始めから。

    Homlesがマッチを擦ると、その発火する様子が銃口へと姿を変えた。

    建物の上階にあるバルコニーで、花嫁姿の女性が両手にそれぞれ銃を持ち、下の路地に向けて立っている。ドレスに合わせた顔を覆うベールは頭の後ろにめくられていて、露わになっているその顔は死人のように青白く、真っ赤な口紅が大きく口をはみ出して塗りたくられていた。彼女が下の路地へ向けて発砲すると、銃弾のひとつがベーカリーの窓の中へ飛び込んでいった。再び発砲すると路地にいる人々は悲鳴を上げながら逃げ回った。駆け出すひとりの男性へ花嫁が銃を向ける。

    花嫁: あなた!

    男性は花嫁の方へ振り返り、両手を掲げて嘆願する。

    男性: やめてくれ!

    花嫁は男性から顔を背け、大きく目を見開いて地獄と化した路上を見下ろした。別の男性が救出に駆け出すと、彼に向けて銃を向け、容赦なく弾を放つ。男性はベーカリーに逃げ込もうとするが、鍵が掛かっているのか、ドアが開かない。呼吸を荒げながら花嫁が男に向かって叫ぶ。

    花嫁: あなた?!

    男性が路上へ駆け出すと花嫁は再び彼に向かって弾を放つ。

    SH: 待て。

    Holmesが手を掲げると銃声が鳴って場面は一旦停止した。路上の少し離れた場所に221Bの居間が部分的に出現する。皆は想像上に再現された事件現場の中にいるのだった。Watsonは肘掛け椅子に座り、肘掛け部分にMaryが寄り添っている。Holmesが静止している事件現場を指し示す。

    SH: これはいつのことだ?

    GL: 昨日の朝だ。

    SH: その花嫁の顔は、どう報告されている?

    Lestradeは手帳を取り出して読み上げる。

    GL: 「死人のように青白い顔に…(発砲する花嫁の顔が映し出される)真っ赤に裂けた口」

    立ち上がったHolmesは再現された事件現場の方へ歩み寄る。

    SH: 詩的、それとも真実?

    GL: 大抵はそれらを同じだとみなすだろう。

    SH: そうだろう、愚か者なら。詩的、それとも真実?

    GL: 私は自分で確認したんだ、その後で。

    そう聞いてHolmesは警部の方へ振り返る。

    SH: 何の後に?

    バルコニーに立つ花嫁は別の男性に銃を向けた。

    花嫁: あなた?…それともわたし?

    銃を握る左手を下ろし、花嫁は大きく開いた自らの口に右手に持った銃を向け、銃口をくわえるようにして発砲した。背後に垂れ下がっていた白いレースのカーテンへと仰向けに倒れる。悲鳴を上げる人々から彼女は見えなくなった。

    居間にいるHolmesは腹を立て、ため息をこぼす。

    SH: 本当か、Lestrade。(肘掛け椅子へ戻りながら)女が公衆の面前で自らの脳天を打ち抜いた、そして君は犯人を明らかにするための助力を求めている?スコットランド・ヤードがここまで落ちぶれたとは。

    GL: そのために来たのではない。

    SH: だろうな。

    JW: その花嫁の名は?

    倒れている花嫁の手には銃が握られている。

    GL: Emelia Ricoletti(※)。昨日は彼女の結婚記念日だった。当然、警察に通報があり、遺体は死体安置所に運ばれた。(グラスからウイスキーを飲む)

    SH: お決まりの手順だな。なぜわかりきったことを話す?

    GL: その次に起こったことが問題だからだ。

    場面は夜のチャイナ・タウンへ移る。馬車の外から美しい中国人女性が中に座るイギリス人男性に微笑みかける。女性の横には中国人の男性。そばには阿片窟と思われる建物があり、その前に別の中国人男性が立っている。

    GL: ライムハウス(※)。わずか数時間後のことだ。

    阿片窟から夜会服姿のイギリス人男性が歩み出てきた。道路を見渡す彼のそばに、またも221Bの居間が出現している。

    GL: Thomas Ricoletti。Emelia Ricolettiの亭主だ。

    SH: 死体安置所へ妻の遺品を確認しに行くところなんだろう?

    Lestradeはまた一口ウイスキーを含み、うなずいた。

    GL: 結局、その必要はなくなってしまった。

    路上に佇むRicolettiのそばへ辻馬車が止まり、馬がいなないた。馬車の扉が開き、花嫁姿の女性がか細い声で歌いながら外へ降りてくる。

    花嫁: ♪わたしを忘れないで…

    恐怖に陥るRicolettiの前に、顔をベールで隠した花嫁が立った。大きな猟銃を彼に向けて持ちながら、歌い続ける。

    花嫁: ♪わたしを忘れないで…

    怯えながら両手を掲げるRicolettiへ花嫁がゆっくりと歩み寄る。

    花嫁: ♪憶えていてほしいの…

    Ricoletti: 誰だ?

    花嫁: ♪粉挽きの女を…

    Ricoletti: 一体何が目的だ?誰なのか言いたまえ!

    花嫁: この歌が何かわかるでしょう?結婚式のときに歌ったわね。

    そう言うと花嫁は顔を覆っていたベールを上げてみせた。先程よりも化粧が乱れ、より不気味さを増して、青白い顔に真っ赤な唇で微笑んでいる。

    Ricoletti: Emelia?君は、死んだのに、そんなはずはない、死んだじゃないか!

    花嫁: 美しくないのね、Thomas?わたしもう結婚したときのように美しくないのね?

    花嫁の後ろへ警察官が駆けつけたが、少し離れた場所で止まった。

    Rance警官: これは一体何事だ?!

    警察官の方へ振り返る花嫁の後頭部は血まみれになっている。

    花嫁: 一体何に見えるかしら、素敵な方?「ショットガン・ウエディング」よ。

    警察官からRicolettiへ向き直った花嫁は、素早く打ち金を起こすと彼に向けて二発の銃弾を放った。微笑む彼女の前で、血まみれとなったRicolettiは崩れ落ちる。

    仰向けに倒れた彼の頭が221Bの居間へ音を立てて落とされた。Holmesはその様子を平然と眺めている。

    SH: 死が二人を分かつまで。二回か、この事件では。

    HolmesはLestradeに微笑みかける。

    路上では花嫁が再び顔をベールで隠し、馬車へと戻ろうとしていた。後頭部は頭蓋骨が見える程に酷い怪我を負っている。Rance警官が息を呑んで尻込みしていると、彼女は馬車に乗って霧の中へ消えていった。Ranceはようやく警笛を吹き、馬車の後を追って駆け出した。

    JW: こんなことって。

    MW: あり得ない!

    SH: (立ち上がって)見事だ。路上の舞台で自殺劇、死体による殺人劇。Lestrade、大サービスだな。Watson、君も帽子とコートを。

    JW: (立ち上がって)どこへ行くんだ?

    SH: (居間を出てすぐの場所に立ち)死体安置所。グズグズしてはいられない…

    Holmesはガウンを脱いでいそいそと出掛ける用意を始める。

    SH: …死体安置所についてこう言う人間など滅多にいないな。

    MW: そしてわたしはここで座ってろって?

    JW: そんなことないよ。(彼女の顎先へ優しく触れて)後でお腹を空かせて帰るからさ!

    そう言うとWatsonはHolmesの方へ向き直った。

    JW: Holmes、ひとつだけ…(自分の姿を見下ろして)ツイード服で死体安置所に?

    SH: 背に腹は代えられない、Watson。

    そして二人は慌ただしく階段を下りていった。それを見つめるMaryにLestradeが声をかける。

    GL: 奥さん。

    MW: (立ち上がって)わたし、ある運動に参加しているの。

    GL: ほお、運動に?

    MW: 女性に参政権を。(※)

    GL: あなたは賛成、それとも反対?

    MW: (毅然と階段の方を指し示して)行きなさい。

    Lestradeは返す言葉もなく、階段を下りていった。残されたMaryはWatsonの肘掛け椅子に腰を下ろし、頬杖をついて不満そうにため息をこぼす。ドアをノックしてHudson夫人がやって来た。

    MrsH: あらあら!まあ、また出掛けて行っちゃったのね?あの紳士たちは一体どんな人生を歩んでるのかしら。

    MW: ふん。何が紳士よ!

    MrsH: もう、放っておきなさい。そうだ、忘れるところだったわ、あなたにこれが。

    Hudson夫人に小さな封筒を渡されると、Maryは早速中のメッセージを確認する。

    -「M」、裏面には「Immediately(直ちに)」

    Maryはそれを見て笑みを浮かべる。

    MW: あら。Hudsonさん、帰りが遅くなると主人に伝えてくださいな。わたしも急な用事が出来たの。

    MrsH: 何かあったの?

    MW: ああ、いいえ。その…(ごまかすように手を振って、咳払いをし)友人からちょっと。

    Maryは立ち上がる。

    MrsH: あら、そう。どちらの?

    MW: イングランド。

    そう言うと彼女もいそいそと部屋を後にした。残されたHudson夫人は困惑する。

    MrsH: まあ、随分曖昧じゃないの!

     

    ※Jones、Gregson

    …原作でLestradeの他に登場する警部たち。

    ※ペルシャスリッパ

    …原作でHolmesは度々ペルシャスリッパの中に煙草を保管していた。

    ※Boswell

    …原作「ボヘミアの醜聞」でのHolmesの言葉、"I am lost without my Boswell" (僕の伝記作家がいないと困る)から。BoswellはJames Boswellのこと。伝記『サミュエル・ジョンソン伝』は、詳細な記録と綿密な調査を経て書き上げられた。詳しくはWikipedia「ジェイムズ・ボズウェル」

    ※忌まわしき花嫁、Ricoletti

    …原作「マスグレーヴ家の儀式」で、HolmesがWatsonに見せた過去の事件の記録の中に「内反足のRicolettiとひどい妻の完全な記録」があるが、どんな内容だったかは語られていない。

    ※ライムハウス

    …ロンドン東部テムズ河沿いにある地区。海との出入り口となるエリアで、中国人の船員たちが集まり、町へと発展した。

    ※イギリスの婦人参政権

    …イギリスで30歳以上の夫人に参政権が認められたのは1918年、男性と同じく21歳以上になったのは1928年。この話の舞台はそれ以前

     

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    original transcripts by Ariane DeVere