His Last Vow 2

その後、SherlockとJohnは二人だけでタクシーの後部座席にいた。Sherlockはまだ薄汚い格好のままなので、二人はBart'sからそのままやって来たようだ。

SH: Charles Augustus Magnussenのことは耳にしてるよな、当然。

JW: ああ。新聞をとってる-読まないけど。

するとSherlockは眉をひそめてタクシーの中、そして窓の外を見渡した。

SH: 待てよ-他にもいたよな?

JW: Maryは少年たちを送ってやってる、僕は君を連れて帰る。そう話し合っただろ。

Sherlockは目玉を上に向けて、それを思い出そうとしてみた。

SH: 君たちは話をしていたが、僕とじゃない。耳を塞いでたはずだ。

JW: 気付いてた。

SH: 下らない戯言をたくさん除去しなきゃならないんだ。Hudsonさんなんて半永久的に『ミュート』だ。

走り続けていたタクシーはベイカーストリートの221Bの前に停まった。玄関の扉を目にした途端、Sherlockは腹立たしげにため息をこぼした。

SH: 兄貴はここで何してるんだ?

タクシーを降りて玄関へ向かっていく。Johnが後ろから呼びかける。

JW: (舌打ちしながら)じゃあ僕に払えと、そういうことかい?

Sherlockは玄関前の階段を上り、ノッカーをにらみつける。

SH: あいつはノッカーを真っ直ぐにした。

タクシーから降りるJohnへ振り返る。

SH: いつも直すんだ。OCD(※強迫性障害)だな。自分がそうしてることに気付いてもいない。

そしてわざとノッカーを斜めにずらし、中へ入った。

JW: 何でそんなことする?

SH: 何をするって?

JW: 何でもない。

 

 

二人は中に入り、Johnが玄関のドアを閉める。Sherlockが中のドアを開けて先へ進んだが、途中で立ち止まって目を回した。Mycroftが階段のふもとに腰を下ろしていたのだった。

MH: おや、まあ、Sherlock。またぶり返したのかな?

SH: ここで何をしてる?

JW: 僕が連絡した。

MH: 昔の悪癖からの誘惑。Rudyおじさんとそっくりじゃないか-それでも様々な点で、あの人の女装癖はお前にとってより気付きを与えてくれる道となっただろうけどな。(※)

SH: (腕を組み、Johnの方を見ないで彼に言葉を掛ける)君が連絡した。

JW: もちろん僕が連絡してやったんだ。

MH: もちろん彼が連絡してきやがったんだ。さて、時間を節約させてくれ。我々はどこを捜せばいいのかな?

SH: 「我々」?

Andersonの声(上の階から): Holmesさん?

キッチンでAndersonが棚の扉のひとつを閉めている。

SH: (怒り狂って)勘弁してくれよ!

Sherlockは階段へ突進し、Mycroftを押し退けて上の階へ駆け上がっていった。MycroftとJohnは視線を交わし、Johnがため息をこぼすとMycroftは立ち上がるためにいつも持ち歩いている傘へ寄り掛かった。

 

 

Sherlockはキッチンへ行き、Benjiという女性の仲間と一緒にいるAndersonをにらみつけた。

SH: (怒りを込めて)Anderson。

Anderson: (詫びるように手袋をした両手を掲げて)すまないな、Sherlock。君のためなんだよ。

鬱陶しそうな様子でSherlockは部屋の鍵をキッチンのテーブルに投げ出した。Benjiが彼を見つめている。

Benji: ああ、この人がそうよね?

Sherlockは自分の肘掛け椅子の方へ顔を向けて駆け寄った。そこでは別の捜索スタッフと思われる男が腰を掛けて本を読んでいた。男は慌てて立ち上がると本をそばにあるテーブルへ置いて椅子から退散した。Sherlockは上着のフードを被って椅子に座る。

Benji: もっと背高いって言ってたのに。

MH: (キッチンへやって来てSherlockの方を見ながら)お前のファンクラブ・メンバーの方々だぞ。失礼のないように。彼らはまったく信頼するに足る、それにお前が嬉々として「flat(※アパート)」と呼ぶ有害なゴミの山の中で捜し物をしてくださるんだからな。

Sherlockは椅子の上にしゃがみ込んでいたが、そのまま頭を片側の肘掛け部分に乗せて寄り掛かると目を閉じた。

MH: お前も近頃じゃ有名人だ、Sherlock。ドラッグなんてやっているわけにはいかないだろう。

SH: (目を開けて苛立たしげに兄を見て)ドラッグの嗜みなんてない。

JohnはSherlockの椅子とキッチンの間にあるスペースに気付いて指を指した。

JW: おい、僕の椅子はどうしたんだよ?

SH: キッチンへの視界を遮ってたから。

JW: (Mycroftの方を向いて)そうか、無くなって清々した(!)

SH: まあ、君はいなくなったからな。機会を捉えたんだ。

JW: いいや、捉えたのはキッチンなんだろ。

MycroftがAndersonに声を掛ける。

MH: 今のところ何か見つかったかな?何も無いようだな。

SH: 見つけるものなど無い。

MH: (キッチンの横にある廊下へ振り返り)寝室のドアが閉まっているな。

Sherlockはため息を漏らした。

MH: (ゆっくりと廊下を進み)一晩中家にいなかったんだろう。では、母親から口うるさく言われない限り意識してドアを閉めることのない男が、この状況下においては何故それを実行したのかな?

Sherlockは廊下を進んでいくMycroftを見て咄嗟に顔を上げると被っていたフードを後ろに下ろした。Mycroftは寝室のドアノブに手を掛ける。Sherlockは椅子の上に起き上がった。

SH: わかった、やめろ!やめてくれ。

Mycroftはノブを回したがドアを開けなかった。

SH: 核心を衝かれた。

JW: 嘘だろ、Sherlock。

Mycroftは寝室に背を向けて廊下をゆっくりと戻ってきた。

MH: 母さんたちに連絡をしてもらわなきゃならんな、当然、オクラホマに。

Sherlockはうなだれて目を閉じた。

MH: お前の薬物乱用が母さんたちのラインダンスをぶち壊しにするのは初めてではあるまい。

ため息をつきながらSherlockは立ち上がって兄に歩み寄った。

SH: あんたの考えてるようなことじゃない。これは事件のためだ。

MH: どんな事件がこれを正当化出来るのかね?

SH: Magnussen。

Mycroftの顔が曇った。

MH: その名前、君たちは耳にしたと思っているかもしれないが-それは間違いだ。もしその名前をこの部屋で、この状況で耳にしたことに言及すれば、私が保証しよう-イギリス保安局の代表として-君たちはコンピューターのハードディスクで見つかるデータにより直ちに身柄を拘束される。応じるな-ただ怯えて逃げるのだ。

AndersonはすぐにBenjiをキッチンの外へ連れていくと一緒に階段の踊り場へ出てドアを閉めてしまった。MycroftはSherlockの後ろに立っているJohnへ顔を向ける。

MH: 君まで脅すようなことはしたくないのだが。

JW: まあ、それはお互い気まずいことになると思いますね。

Sherlockは噴き出しながら顔を背けた。

MH: (厳しくSherlockへ)Magnussenはお前の関わり事ではない。

SH: (兄へ顔を向けて指差し)おや、それは「あんたの」ってことか?

MH: 私の保護下にある(under my protection)と考えて良い。

SH: あんたは奴の尻に敷かれている(under his thumb)と考える。

MH: (小声で不気味に)もしMagnussenに逆らえば、それは私に逆らうということになるんだぞ。

SH: (気に掛けない様子で)わかった。もし気付いたらお知らせするよ。

キッチンのドアへぶらぶらと向かう。

SH: ええっと、何を言おうとしてたんだっけな?ああ、そうだ。

ドアを開ける。

SH: バイバイ。

出ていくように外を指す。Mycroftはドアへ歩み寄り、振り返って彼に顔を向けた。

MH: 浅はかだな、弟よ。

するとSherlockは素早くMycroftの左腕の肘下を掴んで背中の方へ捻り、そばの壁へ顔から叩きつけた。Mycroftは痛みに声を上げる。Sherlockは息を荒げながら悪意に満ちた声で告げた。

SH: 兄さん、脅かすなよ、俺がハイな時に。

JohnはあわててMycroftのそばへ駆け寄った。

JW: (Sherlockの顔を見たまま、穏やかながらも断固として)Mycroft、もう何も言わないで。帰ってください。こいつはあなたを真っ二つに出来る、今ならそれをやりかねないと僕もちょっと不安になってます。

Mycroftは弟から放されると痛がって左腕を抱えた。Sherlockは顔を背けてその場を離れた。Mycroftが顔を向ける。

JW: (Mycroftに)話さないで。帰ってください。

Mycroftは抱えていた左腕を下ろした。Johnは床を見下ろす。

JW: ああ。

そして床に落ちていた傘を取ってやると咳払いしながらMycroftへ差し出した。Mycroftはひったくるように取って部屋を出ていった。リビングに行ったSherlockは首を回して後ろを撫でている。Johnは彼に歩み寄った。

JW: えっと、Magnussen?

SH: 今何時だ?

JW: 八時くらい。

Sherlockは深く臭いを嗅いでうんざりしながらため息をこぼした。

SH: 三時間後に奴と会う。風呂に入らないと。

そう言うとキッチンを通って廊下に向かった。

JW: 事件のためだ、って言ったよな?

SH: うん。

JW: どんな事件なんだ?

SH: 真っ当な人間が関わるには大規模で危険過ぎる。

JW: 僕を除け者にしようとしてるのか?

SH: いいや、そんな。

浴室のドアノブに手を掛けながらJohnへ顔を向ける。

SH: 勧誘しようとしてる。

そう言うと小さく笑みを見せて浴室へ入っていった。Johnは少しホッとしたような表情を浮かべた。

SH: (画面外から)それと寝室には近寄るな。

浴室のドアが閉まった。Johnはすぐにキッチンを通って寝室に向かう。廊下へ辿り着いたところで寝室のドアが開き、見覚えのある人物が顔を出した。

Janine: ああ、John。どうも。

Janineは気まずそうに笑みを浮かべながらドアを開けて廊下へ出てきた。大きめのシャツ一枚だけを着て、脚がむき出しになっている-恥ずかしそうに裾を下へ引っ張る。

Janine: こんにちは。

JW: (信じられない気持ちで彼女を見つめ)Janine?

Janine: ごめんなさい。こんな格好で。

キッチンへ入っていく彼女をJohnは目で追う。

Janine: みんな帰ったの?怒鳴り声が聞こえたけど。

JW: うん、帰ったよ。

Janine: (腕時計を見て)しまった、もうこんな時間。遅刻しちゃう。

キッチンの作業台からコーヒーのパーコレーターを取る。

Janine: ケンカしてるみたいだったけど。(Johnへ振り返り)Mikeだったの?

JW: “Mike”?

Janine: Mike、そう。お兄さんの、Mikeよ。いつもケンカしてるの。

JW: Mycroftか。

Janine: ほんとにみんなそう呼んでるの?!

JW: うん。

Janine: はあ!ああ、良かったらコーヒー淹れてくれる?

JW: …そうだね、いいよ、うん。

Janine: (廊下へ戻っていきながら)ありがと。

立ち止まってJohnの肩に触れる。

Janine: ああ、Maryとはどう?結婚生活は順調?

JW: いい感じ。うまくいってるよ、うん。

Johnはキッチンの棚へ歩み寄る。Janineはそれと違う場所を指差す。

Janine: ああ、今はあっちにあるの。

あたりを見回す。

Janine: Sherlはどこ?

JW: (困り切った顔をして言葉を吐き出す)“Sherl”!

ニヤつきながら咳払いをし、Janineの方へ振り返る。

JW: 風呂に入ってる。一分以内に出てくるはずだよ。

Janine: そう、いっつもよね!

JW: そうだね(!)

Johnは未だに何が起きているのか信じられない様子で眉をひそめながら、Janineが示した棚の方へぼんやりと向かった。Janineは廊下を通って浴室のドアをノックするとすぐに中へ入っていった。

Janine: おはよう!場所は空いてる?!

画面外、水のはねる音がしてSherlockとJanineの楽しそうな笑い声が聞こえる。Johnは振り返って廊下へ視線を向けた。

SH: (画面外、浴室のドアが閉まる)おはよう。

Sherlockの笑い声とJanineのはしゃいでいる声が聞こえる。Johnは大変なことになったもんだと思いながらキッチンへ視線を戻した。

 

※女装癖

…原作のHolmesはしばしば捜査のために船員や老女などに変装をする。その腕前は見事で、Watsonでさえ見破ることが出来ないほど。

 

 

その後、Johnがコーヒー・テーブルの端に腰掛けていると、白いシャツと黒のスーツへ着替えたSherlockがリビングへ入ってきた。Johnはまだ困惑した笑みを浮かべている。

SH: で-推測だが、いくつか訊きたいことがあるんだろう。

JW: うううんん、ひとつかふたつ、ってとこかな。

SH: 当然だな。

Sherlockがキッチンへ向けた視線をJohnも追うと、きちんと着替えを済ませたJanineが寝室へ入っていった。笑みを浮かべながらSherlockは椅子に腰を下ろす。

JW: 彼女が出来たのか?

SH: (Johnの方を一瞥して)そう、出来た。

Johnはニヤける。SherlockはJanineへ再度向けた視線を戻し、真剣な態度でJohnへと向き直った。

SH: さて、Magnussenだ。Magnussenは鮫のような男だ-それ以外の表現は思い浮かばない。ロンドン水族館で鮫の水槽を見たことはあるか?John-ガラスのそばに近寄って。扁平な顔で漂っている、死んだ目をして…そういう奴なんだ。僕は殺人鬼、サイコパス、テロリスト、連続殺人犯たちとやり合ってきた。Charles Augustus Magnussenほど嫌悪感を抱かせるような奴はいない。(※)

JW: そうか、君にもね。

SH: え、何だって?

JW: 君にも彼女が出来たんだ。

SH: 何だ?そうだよ!そうだ、Janineとやっていくつもりだ。わかりきってるもんだと思ったんだけど。

JW: うん。まあ…そうだね。(大きく咳払いをして)でも、それって、君たち、君たち…付き合ってるってこと?

Sherlockは目を瞬いた。

SH: ああ、そうだ。

JW: 君とJanineが?

SH: うーん、そうだ。僕とJanineが。

JW: 深く関わっていきたいと?

Sherlockは長く息を吸って考え込みながら上を見上げると、頬を膨らませながら息を吐き出した。

SH: そうだな、良い状態にある。それは、その…(考え込みながらうつむき、Johnを見上げ)…断言出来る。

そう言ってSherlockは笑みを向けた。Johnは彼の背後を指差す。

JW: 本で学んだんだろ。

SH: みんなだって本で学ぶだろ。

Johnは部屋を見渡し、やって来たJanineへ笑いかけた。

Janine: さてと、いたずら好きのお二人さん、いい子にしててね。

そう言いながらJanineがSherlockの椅子の肘掛け部分に腰を下ろすとSherlockはうれしそうな笑みを向けた。腰に腕を回されるとJanineは顔を近づける。

Janine: それと、Sherl、昨日の夜どこにいたか教えてくれるんでしょうね。

SH: 仕事だよ。

Johnは二人の様子を見つめる。

Janine: 「仕事」。そうよね。わたしだけがあなたのことをほんとうに知ってる、そうでしょ?

SH: (そっと)みんなには内緒だよ。

優しくJanineの鼻先を指で撫でると、彼女の腕に手を添える。二人は深くお互いの目を見つめている。Johnは目の前の光景が信じられない様子でニヤけた顔をしている。

Janine: (そっと)どうかしら、ほんとは。

Janineが視線を外すと二人はJohnへ顔を向けた。

Janine: Maryにはこのこと言ってなかったの。なんか驚かせたかったっていうか。

JW: ああ、きっと驚くよ。

Janine: でも近いうちにお二人と食事の席を設けなくっちゃね!

SH: そうだな!

Janine: でもわたしのところでね-汚いゴミの山じゃなくって!

そう言ってJanineがふざけながらSherlockの肩をパンチすると二人は楽しそうに笑った。

JW: いいね、うん!食事を!いいね。

Janine: (立ち上がりながら)おっと、急がなくっちゃ。会えて楽しかった!

JW: (立ち上がりながら)こちらこそ。

Johnが見ている前でSherlockはJanineをリビングのドアまでエスコートし、彼女のためにドアを開けてあげていた。

SH: 良い一日を。後で連絡してくれ。

Janineは出ていく前に振り返ってSherlockのジャケットの端を指でいじっている。

Janine: (からかうように)たぶんね。たぶん連絡してあげる-もっとかっこいい人に会わなかったらね!

そして二人はキスをし始めた。Johnはあわてて視線を逸らし、声に出さずに顔で驚きを表現していた。熱烈にキスが続く中、窓の方を凝視している。Janineは少し顔を離し、まだ互いの鼻先が触れたままの状態でささやいた。

Janine: 事件を解決してね、Sherlock Holmesさん。

ニヤけた顔をしながらJanineは部屋を後にした。Sherlockは笑みを浮かべて見送っていたが…ドアを閉める時にはもうその笑顔は消えていた。すぐに真顔になって部屋へ戻っていく。

SH: Magnussenが新聞社の経営をしているのは知っているだろう、だがあいつはもっと、それ以上のことをしているんだ。

Johnは眉をひそめる。

SH: 自分の権力と富を、情報を獲得するために利用している。得れば得るほど、富と権力が増大する。

ダイニングテーブルの前に座り、ラップトップを開く。

SH: これは誇張しているわけじゃない-あいつは西側のすべて、恐らくそれを越える世界における重要もしくは影響を与えるあらゆる人物の重大な急所を握っている。恐喝のナポレオンなんだ…(※)

Magnussenの家の写真を建物の青写真と共にラップトップの画面に引き出す。

SH: …そして禁断の知識を蓄えておく難攻不落の城を造った。名前は…

ラップトップの向きを変えてJohnへ見せる。

SH: …アップルドー。(※)

JW: 食事。

SH: え、何だって、食事?

JW: 僕とMaryが、食事に呼ばれる…ワ…ワインを…囲んで。

SherlockはしばしJohnを見つめる。

SH: 気は確かか?僕は西欧諸国がこの家によって支配されているという話をしていたんだぞ…(ラップトップの画面を指差して)…そして君は食事の話がしたいと?

JW: わかった、家の話をしよう。

Sherlockは訝しげな視線を投げてからラップトップへ向き直る。Johnはまだ先ほど目にした光景を思い浮かべながらドアの方を見ていたが、Sherlockの方へ意識を向けた。

SH: 世界に類を見ないデリケートな知識と危険な情報の貯蔵庫だ…(肩越しにJohnを見て)…地下の保管室…(回転させている青写真を示して)…この家の下にある。そしてそれが続く限り、君が出会ってきたどの人間にとっても、個人の自由など幻想に過ぎない。

すると聞き慣れた「あらあら!」という声と共にHudson夫人がリビングのドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けて夫人が中へ入ってくる。

MrsH: (後ろの階段を示しながら)もう、ドアベルが鳴ったでしょ。聞こえなかったの?

SH: 冷蔵庫に入れてある。中で鳴ってる。

MrsH: あら、それじゃ仕方ないわね、Sherlock!

JW: 誰が来たんです?

Hudson夫人は不安気に息を吸い上げた。

 

 

しばらくして階段を下りていった夫人は玄関で待つ人物を緊張した面持ちで眺めた。

MrsH: Holmesさんがお入りになるように、と。

ダークカラーのスーツを着た三人の男たちが階段を上がっていくと夫人は怯えながら壁にへばりつく。四番目にやって来た男がHudson夫人の姿を見て、視界に情報を表示させる。

MARTHA LOUISE HUDSON(née SISSONS)

LANDLADY

WIDOW (SEE FILE)

SEMI-REFORMED ALCOHOLIC

FORMER “EXOTIC DANCER”(SEE FILE)

FINANCES: 21% DEBT(SEE FILE)

STATUS: UNIMPORTANT

[MARTHA LOUISE HUDSON (旧姓 SISSONS) / 家主 / 未亡人 (ファイル確認) / 半・更生済みアルコール中毒者 / 元「エキゾチック・ダンサー」(ファイル確認) / 資産: 21% 負債 (ファイル確認) / ステータス: 重要ではない]

その下に赤く点滅している項目。

PRESSURE POINT: >MARIJUANA

[急所: > マリファナ]

イヤーピースを付けたボディガードと思われる三人の男たちは階段を上がってリビングに入っていった。Johnと共に暖炉のそばで立っていたSherlockはため息をこぼしながら組んでいた腕を下ろした。

SH: (わざとらしくうんざりした様子で)ああ、どうぞお好きに。

腕を広げたSherlockの身体をボディガードのひとりが検査する。もうひとりがJohnへ歩み寄り、最後のひとりは部屋全体を見渡していた。

ボディガード: (Johnへ)よろしいですか?

JohnはSherlockを一瞥してから男の方へ視線を戻した。

JW: ちょっと待ってくれる?

Sherlockは検査を終えて腕を下ろし、男へ視線を向ける。

SH: ああ、こいつは問題ない。

それでも男はSherlockを一瞥すると、Johnの前に屈み込んで彼を調べ始めた。

JW: ああ、そ…そうか。たぶん前もって言っておくべきことが…

男はJohnの上着のポケットからBillの折りたたみナイフを取り出した。

JW: OK、そ…(ナイフを指して)…それね。

男はJohnの上着を広げる。

JW: それと…

男は立ち上がり、Johnのジーンズに押し込まれていたタイヤレバーを持って彼へ鋭い視線を向けた。Sherlockは困惑している。Johnは男へ一歩近付いてコソコソと話し掛けた。

JW: 君たちを歓迎しないってことじゃないから。

男は不快そうにしている。

SH: 僕がこの男を保証出来る。こいつは医者だ。もし僕が何者か知ってるなら、こいつのことも知ってるだろう…

Sherlockがドアの方へ顔を向けるとMagnussenが入ってきて部屋の入り口に立ち止まった。

SH: …ですよね、Magnussenさん?

Johnを調べていたボディガードはJohnのそばへ移動してボスへ顔を向け、もうひとりはSherlockのそば、もうひとりはキッチンで待機した。

SH: (Magnussenに)あなたのオフィスでお目にかかるものだと思っていたんですが。

Magnussenはしばし部屋を見渡した。

CAM: ここが私のオフィスだよ。

ソファの方へ歩み寄り、立ち止まって振り返るとJohnを見た。視界に情報が表れる。

JOHN HAMISH WATSON

AFGHANISTAN VETERAN (SEE FILE)

G.P. (SEE FILE)

PORN PREFERENCE: NORMAL

FINANCES: 10% DEBT (SEE FILE)

STATUS UNIMPORTANT

[JOHN HAMISH WATSON / アフガニスタンに派遣されていた退役軍人 (ファイル確認) / G.P. (ファイル確認) / 性的嗜好: 正常 / 資産: 10% 負債 (ファイル確認) / ステータス: 重要ではない]

その下に赤く点滅する項目。

PRESSURE POINT: > HARRY WATSON (SISTER) ALCOHOLIC

MARY MORSTAN (WIFE)

[急所: > HARRY WATSON (妹) アルコール中毒者 / MARY MORSTAN (妻)]

CAM: そう、今はね。

ダイニングテーブルへ歩み寄り、そこから新聞を取るとソファへ戻って腰を下ろす。

SH: Magnussenさん、私はLady Elizabeth Smallwoodから配偶者の手紙の件で仲裁に入るよう依頼を受けました。

話を無視するMagnussenはソファの座り心地の悪さに気を取られていたようだった。そして手に持つ新聞を眺める。

SH: しばらく前に…あなたはあの手紙のことで彼女に圧力を加えましたね。

Magnussenはソファに寄り掛かりながらSherlockを眺める。

SH: 手紙の返還を望んでいます。

話が続く中、Magnussenは無言のまま彼を眺める。情報が視界に表示される。

SHERLOCK HOLMES

CONSULTING DETECTIVE

PORN PREFERENCE: NORMAL

FINANCES: UNKNOWN

BROTHER: MYCROFT HOLMES M.I.6 (SEE FILE)

OFFICIALLY DECEASED 2011-2013

[SHERLOCK HOLMES / 顧問探偵 / 性的嗜好: 正常 / 資産: 不明 / 兄弟: MYCROFT HOLMES M.I.6 (ファイル確認) / 表向きに死亡 2011-2013]

そして下に赤く点滅する項目。

PRESSURE POINT:IRENE ADLER (SEE FILE)

JIM MORIARTY (SEE FILE)

REDBEARD (SEE FILE)

HOUNDS OF THE BASKERVILLE

OPIUM

JOHN WATSON

[急所: IRENE ADLER (ファイル確認) / JIM MORIARTY (ファイル確認) / REDBEARD (ファイル確認) / バスカヴィルの犬 / 阿片 / JOHN WATSON]

急所の項目は何度か循環して表示される。

SH: 間違いなくその手紙はもうあなたにとって実質的な使い途はありません、ですからお考えにあるような…

Magnussenの表情に気付いて言葉を止める。Magnussenは静かに鼻で笑った。

SH: (腹を立てて)何かおかしなことでも?

CAM: いや、いや。よ、読んでるんだ。

眼鏡の位置を調節すると急所の項目が更に速く循環していく。

CAM: もっとありそうだね。

Sherlockは眉をひそめる。Magnussenの視界では白字の項目が消えて赤字の項目が高速で循環している。

CAM: “Redbeard”。

Sherlockは目を瞬いてわずかに口を開けた。

CAM: 失礼。(首を振って)し-失礼したね。話をしていたようだね?

SH: あ…

しばらく言葉を止めて、咳払いをする。

SH: あなたに説明しようと、私が代理で交渉するよう依頼され…

MagnussenはJohnのそばに立つボディガードへ顔を向ける。

CAM: 手洗いは?

ボディガード: (右側を顔で示して)キッチンの奥です。

CAM: わかった。

SH: (よりしっかりとした口調で)手紙を返還していただくための交渉をするよう依頼されました。

Magnussenは眼鏡を外し、窓の方を眺める。

SH: あなたがデリケートな書類のコピーを取らないことは承知して…

CAM: (リビングを手で示しながら)部屋の残りみたいなものかな?

ボディガードへ顔を向ける。

ボディガード: はい?

CAM: 手洗い。

ボディガード: ああ、はい。

CAM: なら、いいかな。

SH: 私を代理人として受け入れていただけますか?

Magnussenはしばし目を合わせると、再び窓の方を眺めた。

CAM: Lady Elizabeth Smallwoodね。気に入ってるよ。

視線をSherlockへ向けて、音を鳴らして口をパクパクさせる。

SH: Magnussenさん、私を代理人として受け入れていただけますか?

CAM: 彼女はイギリス人らしいね、根性がある。

そう言うと右足をコーヒー・テーブルに掛けて前に押し出した。Sherlockはわずかに眉をひそめる。Magnussenが立ち上がるとSherlockのそばにいたボディガードが暖炉へ歩み寄り、前面にある柵を外した。Sherlockは肩越しにそれを見る。

CAM: イギリス人の最大の長所は…

歩み寄ってきたMagnussenはSherlockとJohnを順に眺めた。

CAM: …よく飼い慣らされていること。皆、突っ立って、平謝り…

Sherlockへ向かってうなずくと、彼とJohnの間にある暖炉へ歩み寄る。

CAM: …頭なんか下がりっ放しでね。

暖炉に向かって立つとズボンのチャックを下ろし始めた。

CAM: ここでは好きなようにしていい。止めようとする人間などいない。

視線を下ろして暖炉に放尿をする。Johnは混乱しながら目を瞬き、少しMagnussenの方へ顔を向けようとする。Sherlockは前を向いたままで、じっと前方にある壁を見つめていた。

CAM: (放尿を続けながら)草食動物の国家。

少し肩越しに顔を向ける。

CAM: 世界中に興味の対象があるけど、そうだな、すべてはイギリスから始まる。

再び視線を下ろし、最後の放尿を暖炉に撒く。

CAM: ここでうまくいけば…

身体を上下に揺さぶって放尿を終えるとズボンのチャックを閉める。

CAM: …「本物」の国でも試してみるよ。

しばし煖炉の上の鏡越しに自分の姿を眺め、振り返って二人の間に戻った。Johnのそばにいたボディガードが差し出すウェットティッシュから一枚取って他の者たちに顔を向ける。

CAM: 連合王国、だって?(ティッシュで手を拭う)西欧諸国のペトリ皿だね。

Sherlockへわずかに視線を向ける。

CAM: Lady Elizabethに伝えておいてくれ、あの手紙は必要になるかもしれないから保管させてもらうとね。

手を拭き終えたティッシュを床に捨てる。

CAM: さようなら。

立ち去ろうとしたが振り返ってジャケットの内ポケットに手を入れた。

CAM: ともかく…

含み笑いをしながら書類の束の端を引き出してSherlockへ見せる。

CAM: …おもしろいもんだよ。

ニヤニヤしながら書類をポケットに戻して部屋を去っていった。ボディガードたちも後をついていく。階段を下りていく音が聞こえるとJohnは前に歩み出た。

JW: (憤慨して)畜生!

SH: あいつが異常なことをひとつしたのに気付いたか?

JW: え…心に焼きつくような瞬間があったね、うん。

暖炉を示すJohnに注意を向けず、Sherlockは笑みを浮かべていた。

SH: その通り-あいつが手紙を見せてきた時だ。

笑みを浮かべたままSherlockは部屋を進んでいったが、Johnは信じられない思いで目を閉じた。

JW: …そうだな。

SH: 手紙をロンドンに持ってきている-だからあいつの言ったことは問題じゃない、事を起こす準備に入っている。Magnussenが事を起こすのは人の弱点に確証を得たときだけだ-「急所」とあいつは呼んでいる。

ダイニングチェアからコートを取って着始める。

SH: つまり、あいつは間違いなく僕が薬中だと思い込んでいる、真剣な脅しは要らないと。

窓の外を眺めると、路上に駐められている車の後部座席のドアをボディガードが閉めていた。

SH: (振り返り、熱中した様子で身振りをしながら)それに、当然今夜はこの街にいる。7時から10時までThe Marketing Group of Great Britainと食事に出掛ける間、手紙はロンドンにあるオフィスの金庫で保管されるだろう。

JW: ど-どうしてあいつのスケジュールを知ってんだよ?

SH: 僕の手に掛かれば。よし-今夜また会おう。買い物をしてこなくちゃいけない。

ドアに向かい、階段を下りていく。

JW: (後ろから呼びかける)今夜何だって?

SH: (階段から呼びかける)メールで指示を送る。

JW: (大きな声で)ああ、もし行けそうならメールするよ。

SH: 行けるよ!確認済みだ!

苛立ちながらJohnもドアへ向かった。

 

 

外に出るSherlockを追っていったJohnはノッカーを引いて玄関のドアを閉じた。手を離されたノッカーは斜めになっている。恐らく彼はいつも無意識にそうしているのだろう。この時もそれに気付かないまま、通りの縁に立つSherlockへ歩み寄っていく。

SH: ピストルは持ってくるな。

JW: 何で僕がピストルを持っていくって?

SH: それかナイフか、タイヤレバーか。恐らく腕を捻挫させるようなことはしないのが一番だ、それでも夜がどう進むのかわかるだろう。

近付いてくるタクシーに手を挙げる。

JW: 一緒に行くもんだと思ってるようだけど?

SH: 家から出る時なんだよ、John。(タクシーがやって来る間、Johnの身体へ視線を向ける)結婚してから7ポンド(※約3Kg)は太っただろ、そして自転車は役立たない。

タクシーのドアを開けて乗り込む。

JW: 実際は4ポンドだ。

SH: (ドアを閉めながら、開いている窓越しに)Maryと僕は7だと思ってるよ。じゃあ後でな。

座席に腰を下ろして運転手に行き先を告げる。

SH: ハットン・ガーデンまで。(※)

タクシーが走り去るとJohnは腕時計を確認し、通りを歩いていった。

 

※Charles Augustus Magnussen

…原作に登場する“CAM”はThe Adventure of Charles Augustus Milverton(犯人は二人)に登場するCharles Augustus Milvertonで、細身で背の高いLars Mikkelsenとは異なり、背が低く太った人物(特にデンマーク出身という言及はない)。Holmesは「ワトソン、君は動物園で蛇の前に立つと、邪悪で扁平な顔、恐ろしい目、スルスルと滑るように進む、毒牙を持ったこの生物を見て、背筋がぞっとするような感覚が起きないか?僕はミルヴァートンにそんな印象を受ける。僕はこれまで仕事上で50人の殺人鬼と対峙しなけれればならなかった。しかしその中の最低の男でも、この男に対して抱くような嫌悪感は覚えなかった」と語っている。

また、“The Sign of Three”でMaryに『電報』を送った“CAM”はCharles Augustus Magnussen。

 

※脅迫のナポレオン

…原作「最後の事件」でHolmesはMoriarty教授のことを「犯罪界のナポレオン」と呼んでいる。一方、Milvertonのことは「恐喝の王」と表現している。

 

※アップルドー

…原作で、Holmesが不在の時に221Bを訪れたMilvertonが残した名刺には「アップルドー・タワーズ ハムステッド 仲介業」と記されている。このドラマでアップルドーとして使用された見事な邸宅はイングランド南西部グロスターシャー州にあり、David McMurtryという人物が所有している。詳しくはREVEALED: How the Appledore house in Sherlock is the real-life home of millionaire boss - Daily Express 

 

※体重

…原作「ボヘミアの醜聞」のHolmesとWatsonの会話から。-H「結婚生活は順調なようだな」「ワトソン、僕の見立てでは、君は前に会ってから7.5ポンド太ったな」W「7ポンドだ!」-体重についての会話はThe Great Game(大いなるゲーム)にもある。(SherlockとMolly)

 

※ハットン・ガーデン

…ロンドン市内にある宝石店が多く軒を連ねる地区。 HATTON GARDEN LONDON