The Sign of Three 7

夜。ヨハン・シュトラウス2世の「美しき青きドナウ」のオーケストラ演奏が聞こえてくる。結婚式会場の待合室でSherlockとJanineは二人きりでワルツに合わせて踊っていた。Sherlockはテンポを口ずさむ。

SH: ワン、ツー、スリー。ドー、ドー、ドー…ああ、なかなか良いよ。

Janine: ああ!

二人は踊りを止める。

SH: (Janineを放して)ただ…ターンをするときは意識をして。

Janine: (ストラップレス・ドレスの脇あたりを直しながら)どうしてリハーサルしなきゃいけないの?

SH: (顔を寄せて内緒話をするように)これからみんなの前で踊るところだから、それに君の腕前は酷いもんだ!

そう言ってSherlockが微笑みかけるとJanineも笑った。

Janine: そうね、あなたは良い先生よ。

SH: うむ。

Janine: そしてすばらしいダンサー。

SH: (再び顔を寄せて小声で)君にあることを教えてあげよう、Janine。

Janine: (ささやき声で)なあに、教えて。

SH: 僕はダンスが好きなんだ。ずっと好きだった。

Janine: ほんとに?

SH: (小声で)見てくれ。

あたりに誰も見ている人物がいないか確かめるとSherlockは両腕を左に振り上げ、鋭く息を吸ってから左脚を軸にして見事にピルエットをして見せた。

(※ピルエット…バレエなどのダンスで、その場で素早く身体を回転させる高度な技術)

Janine: ああ!わああ!

SH: (咳払いをして)犯罪を扱う仕事ではあり得ないんだけれども、でも、そう、いつかその時が来ることを願ってる。

Janine: (切なげに溜め息をこぼし)あなたがもしそうでなかったら…

Sherlockは振り返って彼女を見る。

Janine: …何であれ、それはあなたよ。

SH: わかってる。

そこへJohnがやって来て二人を見つけると歩み寄ってきた。

JW: その、君がやってのけてくれて良かったよ、Sherlock、僕の結婚式に殺人犯がのさばってるなんてさ。

そう言ってSherlockの背中を叩いた。

SH: ひとつの殺人…ひとつの殺人未遂。(Janineに)誇張するのが好きなんだ。こいつと一緒に住んでみたらいい。

ドアが開けてGregが入って来る。

GL: Sherlock?(背後のドアを指して)あいつを連れてきてやったぞ。

SH: (結婚式のカメラマンが入って来ると手を叩き)ああ、カメラマン。お見事!(Gregに)ありがとう。

カメラマンに歩み寄り、持っているカメラを指差す。

SH: ええと、カメラを見せてもらっていいかな?

カメラマン: え…(不安気にカメラを抱えてから、Sherlockに差し出す)…これが何です?家に帰ってる途中だったのに!

SH: (カメラを受け取り)もっと速く運転すべきだったな。

カメラの裏面にある画面を見ながら写真を順番にスライドさせていく。

SH: ああ、そうだ。そうだ、とても良い。ほら、わかるか?(笑みを浮かべ)完璧だ。

GL: 何だよ?教えてくれるか?

SH: (Gregにカメラを渡しながら)自分で見てみろ。

JW: (Gregのそばに歩み寄り)んん、何を見ろって?

Janineも歩み寄っていく。Sherlockはぶらぶらとカメラマンに近づく。

JW: (カメラを指して)この写真の中に犯人がいるのか?

SH: 写真の中にいる人物ではない、その中にはいない-その中の誰でもない。

JW: Sherlock?もったいぶってる。前にそれは話し合ったよな。

SH: 結婚式では写真には映ってはいないがどこにでも行ける人物が常にいる、そうしたければ道具を入れるバッグを持ち運ぶことさえ可能、そして君たちは顔すら見たことがない。(カメラマンに歩み寄り、彼の手を見下ろす)唯一見たことがあるのは…

結婚式で撮られた写真の断片、そして披露宴会場で写真を撮りながら歩き回るカメラマンの姿。

場面は戻り、Sherlockは素早くカメラマンの手首に手錠を掛け、もう片方をそばにあったバゲージカートに繋いだ。

SH: …カメラ。

カメラマン: 何をするんだよ?何だこれは?

SH: (電話を掲げ、他のみんなに見せながら)Jonathan Small、代理で今日、結婚式カメラマンを務めた-カゲロウ男として知られている。こいつの兄弟はあの戦闘で亡くなった新入り兵士のひとりだ。JonnyはSholtoに復讐を望んだ。Sholtoについて調べ上げ、必要なものを見出した…

記念写真を撮られようとしている招待客たち五人の姿-その内のひとりはSholtoだった。Smallは彼らの前に置いた三脚に取り付けたカメラできちんと全員を撮影出来るように客たちの立ち位置を調整している。

SH: …結婚式の招待状-Sholtoが公の場に現れるチャンス。そして計画を練った…

普段着姿で帽子を被ったSmallが兵舎の門の外にいる。Bainbridgeに近付いてそばに立ち、衛兵と一緒に記念写真を撮る観光客のようにスマートフォンを自分たちに向けて掲げる。

SH: …そして殺人のリハーサルをした…

結婚式で招待客たちの写真を撮ろうとしているSmallは、Sholtoの立ち位置を調整するため肩に手を添える。

SH: …すべて残らず念を入れるために。

Sholtoの背後に立っているSmallは少佐の肩に片手を置き、もう片方の手を後ろからベルトに添える。手元は見えないが、ばね仕掛けの小型の刃物がベルトを通してSholtoの腰に刺される鋭い音が聞こえた。

兵舎の外、片手でスマートフォンを掲げているSmallがBainbridgeの背後にわずかに移動すると、衛兵の制服のベルト越しに刃物が刺される音が聞こえた。Bainbridgeはわずかに刺激を感じて瞬きをする。

写真撮影の現場ではSholtoがわずかによろめいて、少し具合の悪い様子を見せた。その背後で殺意を込めて少佐をにらみつけたSmallは少佐の腰から手を放し、刃物を上着の内ポケットに仕舞いこむ。

兵舎にいたSmallはBainbridgeから離れて立ち去った。

写真撮影の現場、SmallはSholtoに最後のにらみを向けるとカメラへ歩み寄っていった。

披露宴会場の休憩室、Smallは落ち着き払ってSherlockを見ている。

SH: 見事で、冷酷、ほぼ間違いなく偏執狂者だ-だが、公平を期せば、写真は実際なかなか良く撮れている。

電話をGregに投げて渡す。

SH: 必要なものはみんなそこにある。恐らく君はこいつを…逮捕か何かした方がいいだろう。

Johnを探していたと思われるMaryがやって来た。Johnを見つけて指差すと笑みを浮かべて駆け寄ってくる。Sherlockの背後に立っていたJanineは彼の方をあまり見ないようにしながら顔を近付けてささやいた。

Janine: いつも手錠を持ち歩いてるの?

SH: さあね、お嬢さん。

MM: (Johnに向かって手を差し伸べて)ほら早く来て!

二人は肩を寄せ合い、JohnがMaryの腰に手を回す。Maryは振り返ってSmallに視線を向けた。SmallはじっとSherlockを見つめている。

Small: 逮捕すべきなのは俺じゃない、Holmesさん。

SH: おや、僕は逮捕なんかしない。(Gregを顎で示し)委託してるだけだ。

Small: Sholto-人殺しはあいつだ、俺じゃない。もっと早くあいつを殺すべきだった。

Smallは殺意を込めてニヤリとして見せたが、すぐに笑みを失って首を振った。

Small: 利口なマネなんてしなきゃ良かった。

SH: (そっと)もっと速く車を運転すべきだったな。

う言うとSherlockは後ろで組んでいた手を放し、胸の前あたりでJanineのために片腕を曲げた。JanineはSherlockの腕に自分の腕を通し、二人は部屋を後にした。JohnとMaryも後に続いて出ていく。GregはSherlockから受け取った電話を見下ろし、Smallに顔を向けた。

GL: よし…

 

 

披露宴会場はテーブルと椅子が取り払われ、夜のパーティーのために雰囲気のある照明に変わっていた。お互いの目を見つめ合いながらMaryとJohnが会場の中央でバイオリンが奏でるワルツに合わせてゆったりと踊っている。端に集まった他の客たちは幸せそうに踊る新郎新婦を眺めていて、Hudson夫人、そして少し酔っていると思われるLestradeが特にうれしそうな笑みを浮かべていた。会場の反対側には低いステージが設けられ、Sherlockがひとりでバイオリンを弾いている。その音色は221BでHuson夫人が聴いたものと同じだった。演奏に合わせてゆったりと身体を揺らしながらSherlockはじっと新郎新婦を見つめている。曲が終わりに差し掛かるとJohnはMaryの背中に手を添え、もう片方の手を彼女の腰に当てると彼女の身体を後ろに反らせていった。Maryは驚いて息を呑む。

MM: ほんとに?!

Johnはクスクス笑いながら、含み笑いをするMaryを後ろに反らせていく。そして曲の終わりにキスをした。客たちは拍手喝采する。皆は幸せな新郎新婦を見ていたがJanineだけはSherlockに称賛を示し、彼の方へ向かって歓声を上げた。

Janine: イェー!

自分に向かって歓声を上げるJanineにしばし目を向けた後でSherlockは前に立ててある譜面台へ向き直った。演奏中に譜面がめくれてしまわないようにとジャケットの胸元に付けていた花が譜面台の端に置かれていた。Sherlockはその花を取るとJanineに彼が何を持っているかわかるように掲げて見せ、それを彼女に向かって投げた。Janineは受け取る。Maryの身体を起こし、至福に包まれて笑っていたJohnはSherlockに向かって感謝を込めて手を振ると再びMaryにキスをした。Sherlockはステージの上に置かれたマイクスタンドへ進み出る。

SH: 紳士淑女の皆さん、その、ええと、夜が本格的に始まる前に、最後にもうひとつだけ。先ほどは失礼しました。巻き起こった重大な危機に対処していたのです。

そこでいったん息を吸い込む。

SH: しかしながらより重要なのは、本日私たちは二人の人間が誓いを立てるのを目にしたことです。私は生涯で誓いを立てたことはありません、そして今夜を最後にもう二度することはないでしょう。ですから、前におられる皆さん、これが私の最初で最後の誓いです(my first and last vow)。MaryとJohn、何としてでも、何があっても、これから僕はずっとそばにいる、ずっと、君たち三人のために。

しばし躊躇って口ごもる。

SH: ああ、失礼、僕は、僕は「二人」と言うつもりで。君たち二人。二人共だ、実際は。数え間違えてしまった。

鋭く息を吸う。JohnとMaryはわずかに心配そうな視線を交わす。

SH: とにかく、ダンスの時間です。(ステージにいるDJへ向かって肩越しに)音楽を流してくれ、頼むよ、どうも。

すると会場は賑やかなディスコ風の照明に変わり、Frankie Valli & The Four Seasonsの“December, 1963 (Oh What A Night)”が流れ始めるとSherlockは客たちへ踊るように盛り上げる身振りをした。

SH: いいぞ、みんな、ほら踊って。恥ずかしがらないで!

身振りを続けながらステージを下りる。

SH: 踊ってくれ、いいから!

客たちは立っていた場所から進み出て踊り出し始める。

SH: 非常に結構!

そして何か考え込んでいる様子のMaryとJohnへ歩み寄った。

SH: すまない、あれは、実際に予想していたよりもひとつ多く見つかった推理結果なんだ。

MM: 「推理」?

SH: (鋭く彼女を見つめ)食欲の増進…

-ウェイターのトレイからカナッペを取るMary。

MM: お腹空いた。

SH: …味覚の変化…

-ワインの味に顔をしかめるMary。

MM: うげー。このワイン、わたしが選んだの。すっごくまずい。

SH: …そして君は今朝体調を崩していた。君はそれを結婚式で緊張しているだけだと思った。僕がそれを指摘したとき君は腹を立てた。すべてのしるしがそこに。

MM: 「しるし」?

SherlockはJohnを一瞥してから視線をMaryに戻した。

SH: 三人のしるし(The signs of three)。

そして目をMaryの腹部に向ける。

MM: ええ?!

SH: Mary、君は妊娠検査をした方がいいと思う。

Johnは溜め息をこぼし、床に頭が着くぐらいにうなだれた。MaryはSherlockへ向けてうれしそうに笑みを浮かべる。

SH: う…さ…最初の妊娠三ヶ月の統計では…

JW: (起き上がって)黙れ。

Sherlockは言葉を続けようとしているところで固まった。そのまま続けて良いか許可を求めるようにJohnを見る。

JW: いいから…黙れ。

SH: ごめん。

JohnはMaryに向き合う。

JW: (自分自身に対して苛立ちながら)どうして僕の前にこいつが気付いたんだ?僕は医者だっていうのに。

SH: 今日は君、休みなんだろ。

JW: 今日は「君も」、休みなんだ!

SH: そ、そんなパニックになるなよ。

JW: パニックになんか。

MM: 妊娠してるだなんて-わたしパニックよ。

SH: パニックになるな。君たち二人共。

Watson夫妻は考え込んで視線を落とす。

SH: パニックになる理由なんかちっとも無い。

JW: ああ。君にはわかってるんだな、当然?

SH: ああ、そうだ。君たちは既に世界一の保護者だからな。今まで練習してきたことを振り返ってみろよ!

JW: 練習って、何が?

SH: まあ、もうこれからは僕がそばにいることを必要としないだろう、産まれてくる本当の赤ん坊がいるんだもんな。

Johnが見つめるとSherlockはうれしそうに笑みを返した。Sherlockの肩に手を当てて笑い出したJohnがもう片方の手をMaryの肩に添えると彼女もうれしそうに微笑んだ。SherlockもMaryに笑みを向けるが、Maryの表情は少し暗くなっていった。

JW: (Maryに)だいじょうぶ?

MM: (少し息切れしたように)ええ。

Johnはうれしそうに微笑みながらSherlockへ向き合った。二人はしばらくの間見つめ合う。そしてJohnが視線を外すと二人共少し気まずそうな様子を見せた。数秒間わずかにぎこちない沈黙が訪れる。

SH: (出し抜けに)踊って。

JW: うん?

SH: 二人共、ほら、踊りに行けよ。ここに突っ立ってちゃダメだ。みんな僕らが何を話しているのか怪しむだろ。

JW: そうだな。

Maryは手を伸ばしてSherlockの腕に触れ、涙声で話し掛ける。

MM: そしたらあなたは?

JW: うむ、三人じゃ踊れないもんな。限界がある!

SH: ああ、そうだな。

Johnは咳払いをする。涙を浮かべながらMaryはJohnへ向き直る。

MM: さあ、旦那様。行きましょう。

JW: (肩越しに後ろを指して)これってワルツじゃないよな?

Maryは笑う。

SH: 心配しなくていい、Mary、僕が指導しておいたから。

JW: こいつにね、そう。ベイカーストリートで、カーテンを締め切って。

JohnはMaryに顔を向け、左手で彼女の右手を取り、もう片方の手を彼女の腰に添えた。

JW: 一度Hudsonさんが入ってきちゃってさ。あの噂がどう広まったのか知らないけど!

Johnはクスクス笑う。Maryも含み笑いをしながら左手をJohnの肩に添える。二人は踊りながらみんなの方へ入っていった。Johnの肩越しにMaryはSherlockに笑みを向け、声に出さずに「ありがとう」と思われる言葉を投げかけた。Sherlockは微笑みながら頷き返す。二人が離れていくと視線を落とし、ゆっくりと振り返って周囲で踊る人々を眺めた。誰とも目が合わないようにするためか顔を下げたままで。楽しそうに踊る人々の中、彼はひとりぼっちで寂しそうに佇んでいた。それでも少し経つと心を決めて顔を上げ、先ほどより意志を持ってあたりを見回す。そしてようやく少し離れた場所で踊るJanineを見つけた。彼から受け取った花をドレスの胸元に着けている。Janineは彼の視線に気付いて笑みを向けた。笑みを返しながらSherlockが歩み寄ろうとすると、Janineは親指を掲げてうれしそうにニヤけながら彼女の右側を示した。彼女が彼に勧められた「マンガとSFのオタク」と一緒に踊っているのに気付いてSherlockは足を止めた。Janineは向き直って新しい友人と踊り続ける。Sherlockはしばし黙想的な様子で立ち尽くした後でステージに向かった。譜面台には彼が新郎新婦のために演奏した曲の手書きの譜面が置かれている。右の角にはこう書かれていた。

Waltz,

for Mary & John

by

Sherlock Holmes

Sherlockは譜面を手に取って畳んでから封筒に入れ、それを譜面台に再び置いた。封筒にはこう書かれている。

Dr. and Mrs Watson

ステージを離れてゆっくりと人々の間を通り抜けていく。TomやHudson夫人と踊っていたMollyは彼に視線を向けたが、しばらくすると再び自分の周りにいる人々の方へ意識を戻した。

 

 

踊り続ける人々を残してSherlockは披露宴会場の外にある庭に出る。コートを着ると襟を一番高く立てながら、ゆっくりと立ち去っていった。