上の部屋、Sherlockはラップトップでオンラインのニュース記事を眺めている。負傷する前のSholto少佐の写真が載っている、添えられている文章は『この人が私たちのすべてを滅茶苦茶にしたんです。その上それに対して勲章が授与されて』。写真の上下にある文章は、Sholtoの指揮の下で亡くなったひとりの兵士の母親Madeline Smallのインタビューだった。記事のタイトルは『V.C.英雄(※)-答えられていない質問。何故私の息子は死なねばならなかったのか?』SherlockはJohnが階段を上がってくる音を聞いて顔を上げた。ブラウザのウインドウを別のものに切り替える-それは『I DATED A GHOST.COM(わたしは幽霊とデートした.com)』というWebサイトだった。Johnは部屋に入り、Sherlockがいるダイニングテーブルへ歩み寄った。
SH: 他にもいるようだ。
JW: 他って?
SH: 被害者、女たち。たいていの幽霊はひとつの家に出没する傾向にあるが-この幽霊は、どういうわけか、出掛けたがっている。見ろ。
そう言って立ち上がるとラップトップの後ろに広げられているロンドンの地図を示した。「幽霊デート」が行われたと指摘があった場所にピンが打たれている。地図上にある七つのピンはテムズ川から数マイルの範囲に渡って大まかな円を描いていた。
※V.C.
… the Victoria Cross。ビクトリア十字勲章 。1856年Victoria女王が制定、殊勲のあった軍人に授けられる。
広く荘厳な会議場の俯瞰。壁は重厚な木材で覆われ、床には青い絨毯が敷かれている。赤い革張りの議席が半円を描いて並べられ、それぞれ前から六列あった。高く設けられた演壇には大きな-法廷で判事が腰を下ろすような華麗な椅子が議長のために置かれている。初めの内は無人だったが、視点が変わると後方の閉じられた扉の前にSherlockが立っていた。そしてたくさんの女性たちが現れてすべての議席を埋め尽くし、無言で佇んでいる。Sherlockはあたりを見渡しながら演壇へ向かって歩き出す。演壇の前に到達すると振り返って議席へと向き直った。少なくとも48名の女性たちが議席に立っている。Sherlockはゆっくり女性たちを観察し、考え込んだ表情で彼の右方向にいるひとりの女性を指差した。
SH: うーーん、君じゃない。
その女性は腰を下ろした。今度は右方向にいる別の女性を指差す。
SH: 君じゃない。
その女性も腰を下ろす。Sherlockは数歩前に進んで、左方向の席にいる女性を指した。
SH: 君じゃない。
女性が腰を下ろすと、今度はその後ろにいる二人の女性を別々に指した。
SH: 君じゃない。君じゃない。
女性たちは腰を下ろす。Sherlockはその後も交通整備をする警官のように軽快に腕を振り回しながら女性たちの選別を続けていく。そして最終的に四名の女性だけが残された。Sherlockは室内をもう一度見渡して、一番近くに立っている女性へ歩み寄る。その女性は黒いワンピースを身に着けていた。
SH: どうも。
女性: Gailです。
次に近い女性へ向かう、その女性はデニムのジャケットを身に着けている。
女性2: Charlotteです。
三番目の女性に顔を向ける、その女性はピンクの上着を着ている。
女性3: Robynです。
最後の女性は赤いワンピースに赤いレザー・ジャケットを着ている。
女性4: Vicky。
Sherlockは演壇に近寄ってから再び議席の方を向いた。視点が変わると議席にいた女性たちは姿を消し、残された四名の女性たちが演壇の前にある半円形のスペースで彼の方を向いて立っていた。Gailへ声を掛ける。
SH: どのように出会った?
Gail: パブで声を掛けられて。
Charlotteを見る。
Charlotte: 同じジムに通ってて。
Robynに顔を向ける。
Robyn: バスの中で会話をしたことがきっかけで。
Vickyを見ると、彼女は生意気そうな視線を向けてきた。
Vicky: ネットで。
Gailへ視線を戻す。
SH: 名前は?
Gail: 言ったでしょ。
SH: そいつの、名前だ。
Gail: Oscar。
Charlotte、そして他の二人の女性にも顔を向ける。
Charlotte: Mike。
Robyn: Terry。
Vicky: えっと、「love_monkey」。
Sherlockは眉をひそめ、Gailへ再び顔を向けた。
SH: 場所は?
女性全員: (同時に)彼の家。
SH: (Gailに)住所は?
女性たちは同時に別々の場所を口にした。
Gail: 何も起こらなかった。ただ…すごいロマンチックで。
SH: (女性たちの頭上を見上げながら)四人の女と四回夜を共にする。何か特別なものを持ってたに違いない。
Gail: すごく魅力的。
Charlotte: 話を聞いてくれて。
Robyn: かわいらしくて。
Vicky: 愛嬌のある…
JW: だいじょうぶか?
Johnが突然Sherlockの横に現れた。SherlockがVickyに向かって手を掲げ、彼女が黙るとビープ音が鳴った。手を下ろしてJohnへ顔を向ける、すると二人は221Bのリビングに立っていた。Johnが見下ろすコーヒー・テーブルには六台のラップトップが開かれていた。そのひとつの画面には入力されたメッセージが表示されている-「VICKY: He had a lovely ...(愛嬌のある…)」-そしてテーブルの上にはパイナップルのスライスを添えたガモン・ステーキ、目玉焼きやポテトの乗った皿も置かれていた。
JW: 料理を冷ましちゃって。Hudsonさんが黙ってないぞ。
SH: 今は要らない、John。
そう言うとSherlockはジャケットのボタンを外してコーヒー・テーブルの前にしゃがみ、Vickyからメッセージを受け取っているラップトップへ入力を始めた。それは『I DATED A GHOST.COM』で、彼とVickyはフォーラムで会話をしていたのだった。彼が入力したメッセージは「SHERLOCK: Sorry about that.(失礼した)」-すると場面は再び会議場へ戻り、SherlockはVickyに向けて掲げていた手を下ろす。
SH: 失礼した。
ビープ音が鳴る。
Vicky: 愛嬌のある人だった。
Sherlockは視線を逸らす。
SH: 異なる名前、異なる住所。
Gailへ顔を向ける。
SH: どんな奴だった。
Gail: ブロンドの短髪。
Charlotte: 暗い色の-長髪。
Robyn: 茶髪。(肩をすくめ)茶髪が好きなの。
Vicky: わからない。
Sherlockは何か質問したそうな眼差しを向ける。
Vicky: (打ち解けた様子で、別におかしなことではないと態度で示しながら)マスクを被ってたから。
視線を逸らしたSherlockは議長席の横に立っていた。手にしている新聞を素早くめくりながら死亡記事のあるページを探す。
SH: 死亡者の身元を窃取している…
別の新聞で死亡記事を探す。そこで見つけたMichael James Heaneyの訃報へ注目する。(※Michaelの愛称はMike)
SH: …死亡記事から名前を得ている。
後ろに置いてある束から別の新聞を取って目的のページを探す。
SH: すべて独身男性。しばらく不在になると見込まれる、死亡した男性らの部屋を利用している。
顔を上げる。
SH: 自由に使える愛の巣か。
Gail: (顔色を悪くして視線を落とし)気持ち悪い。
Robyn: ぞっとする。
Charlotte: 酷いことするわね。
Vicky: (感激して)頭いい!
Tessa: あんた最低!
再び女性たちの前に立つSherlockが顔を向けるとTessaがCharlotteとRobynの間に立っていた。221BでSherlockはダイニングチェアの上にあるラップトップがビープ音を鳴らしたので顔を向ける。近寄ってみると画面上のフォーラムにTessaからのメッセージが表示されていた-「TESSA: BASTARD!(あんた最低!)」。Sherlockはそこへ返信する-「SHERLOCK: Hello Tessa(やあ、Tessa)」。会議場でSherlockは彼女に挨拶をした。Tessaは普段着に長い丈のカーディガンを羽織っている。
SH: やあ、Tessa。
Tessaは怒りを込めた眼差しを向けた。
SH: ところで、仕事に戻ろう。死んだ人間の家を使いたがる奴はいない。
Vickyは自分は気にしないという態度で肩をすくめた。Sherlockは非難めいた視線を向ける。
SH: …少なくとも「掃除」が済むまでは。で、そいつは変装し、人の家を不法に占拠し、身元を窃取した。
JW: (突然、会議場で彼の横に現れ)でもたった一晩だけ。
SherlockはJohnの方を向く。
JW: そして行方をくらます。
SH: 幽霊じゃないんだ、John。カゲロウだ。一日だけの命の。
女性たちへ向き直るとJohnは姿を消した。
SH: では-そいつが目的としていたものは何だったんだろう?
Gailへ顔を向ける。
SH: 仕事は。
Gail: 庭師。(薄い色の上着とツナギ姿になっている)
Charlotte: コック。(コックの上着と帽子姿になっている)
Tessa: 付添看護婦。(看護婦の制服姿になっている)
Robyn: 警備員をやってます。(警備員の制服姿になっている)
Vicky: メイド。(メイド姿になっている)
Sherlockはしばし視線を落とした後で顔を上げた。
SH: 間違いない。君たちは同じ人間に仕えている!
221BにいるSherlockが移動しながらそれぞれのラップトップへ入力すると、会議場でそれぞれの女性たちの情報が順番に素早く表示されていく。しばらくその作業を続けたが、とうとう会議場で溜め息をこぼした。
SH: 違う、同じ雇い主ではない。畜生。
がっかりして目を閉じる。
SH: やるぞ。出来るはずだ。
目を開いてGailを見る。
SH: 理想の夜の過ごし方は。
Gail: クレー射撃。
Charlotte: ラインダンス。
Tessa: (肩をすくめ)映画?
Robyn: テレビを観ながらワイン。
Vicky: (変わった態度で笑みを浮かべ)ダンジョン。
Sherlockは信じられない思いで首を振った。前方に顔を向けてしばらく目を閉じてから再びGailへ顔を向ける。
SH: 化粧品は。
Gail: Clarins。
Charlotte: No.7。
Tessa: Maybelline。
Robyn: 特にこだわりは。
Vicky: 安いやつなら何でもいい。
SH: 香水は。
Gail: Chanel。
Chanelotte: Chanel。
Tessa: Chanel。
Sherlockは希望を見出したような顔をしてRobynを見た。
Robyn: Chanel。
Vicky: Estée Lauder。
Vickyにがっかりした顔を向けて、Tessaへと向き直る。
SH: 理想の男性は?
Tessa: (夢見るような表情を浮かべて遠くを見ながら)George Clooneyとか?
ニヤけた顔を向けられるとSherlockは目を回した。
SH: ああ、そうじゃなくて。
Gail: 家庭を愛する人。
Charlotte: 抱き合うのが好きな人でないとね。
Robyn: 気にかけてくれる人。
Vicky: 10個ある。(親指を掲げ)其の一、他の男と競い合うようであってはならない。
Sherlockは仰天しながら彼女に向かって眉をひそめた。
Vicky: (人差し指を掲げ)其のニ、男らしさによって自らの定義づけを頻繁に試みるようであってはならない…
Sherlockは手を掲げて制した。彼女は静止する。Sherlockが掲げた手を握り締めるとラップトップからビープ音が鳴った。女性たちの頭上を見上げる。
SH: 共通した要因がある。あるはずなんだ。
手を下ろして眉をひそめる。
SH: 何か物を盗まれたという申し出は誰もしていない。
視線を落とした後で再び顔を上げると女性たちを指差していくが、それは彼女たちの立っている順番通りではなかった。恐らく幽霊がデートをした順に従っていると思われる。
SH: 警備員、庭師、コック、メイド、付添看護婦。序列に従ってロマンスを共にする、何かの序列に従って。
目を閉じる。
SH: (自らに厳しく)さあ、考えろ。
再び目を開く。
SH: それ以外に…
わずかに一瞬笑みを浮かべ、Gailに顔を向ける。
SH: 誰にも明かしたことのない秘密はあるか?
女性全員: (同時に)いいえ。
Sherlockは微笑んだ。
SH: わかったぞ。
JW: (急に横に現れて)どういうこと?
SH: 秘密はみんなにあるものだ、そして全員答えが早過ぎる。
Gail: (不安気に)行かないと。(立ち去る)
Charlotte: またね。(立ち去る)
SH: そんな!
Robyn: バイバイ。(立ち去る)
SH: 待ってくれ!
Vicky: ごめんね、『セクシー』。(ウインクをして)秘密のままにしておくべきってこともあるの。(立ち去る)
Tessa: (笑みを向けて)楽しい結婚式を。
Sherlockは女性たちが去っていくのを見て苛立ちながらうめき声を上げた。221BでSherlockはTessaと会話をしていたラップトップを閉じて立ち上がる。
SH: 何故だ?何故そいつはこの女たちとデートをして連絡を返さない?
JW: 明らかなものを見落としてるよ、君は。
SH: (振り返って)僕が?
JW: そいつは男だろ。
SH: (順番にそれぞれのラップトップを閉じて)だが何故身元を偽る?
JW: 既婚者かもしれない。
Sherlockは何かを悟り始めてゆっくりと立ち上がった。
SH: あああ。
披露宴会場。
SH: 既婚者。間違いない、本当に。カゲロウ男は息の詰まる日々の家庭生活から逃避を試みていたのです…
Johnが顔をしかめて首を振る横でMaryはわずかに目を見開いて彼に微笑みかけた。
SH: …テレビを観たり、相容れない酷く恐ろしい退屈な人間たちとバーベキューに出掛けたりする代わりに、彼は持ち前の機転、賢さ、変装の腕前を利用し…(息を継いで少し笑みを浮かべ)…つまみ食いを楽しんだ。そして…
そこでSherlockは客たちが関心を失っているのに気付いて言葉を止めた。客たちは黙って彼を見ている。視線を落としてJohnを見ると彼は真面目くさった顔をしていて、Maryは鼻にシワを寄せてわずかに首を振って見せた。
SH: 思い返してみると、お話するべきたったのは「部屋の中の象」についてだったかもしれませんね。しかしながら、私にとってJohnが如何に大切な存在であるかを大いに証明するために役立ってくれているのです。私は事件を読み解く、彼が人間を理解していくのと同様にです。かつてそれこそが私を特別な存在にするのだと考えていました-率直に言えば、今もです。ですが一言だけ申し上げましょう。どなたか私たちに仕事を依頼されたなら、私はあなたの殺人事件の謎を解くでしょう、ですがそれに伴いJohn Watsonがあなたの命を救うことになるのです。保証します-私は知るべきです。彼は何度も私の命を救いました、そしていくつもの形で。
電話を掲げる。
SH: このブログは二人の男たちの物語です、ありていに言えば滑稽な冒険談…
そこでSherlockが笑みを浮かべると客たちもクスクスと笑った。
SH: …殺人事件、謎と混乱。ですがこれからは、そこに新たな物語が-より壮大な冒険へ。
幸せそうに微笑む新婚カップルへ視線を向ける。
SH: 紳士淑女の皆さん、グラスをお持ちになってご起立ください。
Sherlockがグラスを手に取ると客たちもグラスを手にして立ち上がった。カメラマンが写真を撮るために進み出る。
SH: (グラスを掲げ)本日Mary Elizabeth WatsonとJohn Hamish Watsonの冒険が始まります。
Johnは少し溜め息をこぼし、Maryは含み笑いをした。
SH: 二つの理由があります、何故私たちひとりひとりが…
そこでSherlockは言葉を止め、客席を呆然と見つめて立ち尽くした。カメラマンが彼の写真を撮るが、そのフラッシュにも動じない。Sherlockの指の力が失われていき、グラスはゆっくりと床に向かって落ちていく。
会議場-結婚式の衣装のままでSherlockは腕を下ろして仕事着姿の五人の女性たちへ身体を向けた。
SH: 何て言った?
Tessaを指差す。
SH: (ゆっくりと歩み寄りながら)『John Hamish Watson』と言ったな。そう言った。『Hamish』(※)と言った。
-家主が酔っ払ったSherlockを起き上がらせようとしている。
SH: …わあ、わあ!
Tessa: 有名な探偵さんなんです。Sherlock Holmesさんと助手のJohn Hamish Watsonさんで。
SH: (会議場でTessaの周りを歩きながら)どうやって知った?どうやってミドルネームを知ったんだ?(顔を向けたままで後ろに進む)あいつは誰にも言わない。嫌っているから。
※Hamish
…原作ではWatsonのミドルネームは“H”としか明らかになっていないが、シャーロック・ホームズ研究家やファンの間ではHamishだと考えられている。妻のMaryがWatsonのことを“James”と呼ぶ場面があり謎とされているが、Jamesとはスコットランド・ゲール語のHamishを英語化したものであり、Maryはかつてスコットランドで暮らしていたため、そう呼んだのではないかという説がある。(Steven Moffatもこの説を支持しているらしい)詳しくはWikipedia「ジョン・H・ワトスン」