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    BBC SHERLOCK

    日本語訳

    <非公式>

    サイト内は過去掲載分も含め、日々更新していますので

    こまめにリロード(再読み込み)をして最新の状態でご覧ください

    -「The Mayfly Man(カゲロウ男)」と題されたJohnのブログが画面に映し出される。「僕らはパブで落ち着いて洗練された夜を過ごして戻ってきたところだ…」という文章から始まっている。

    ブログの画像は消え、Bart's病院の研究室にいるMollyの姿が映し出される。

    MoH: 殺人現場?

    Mollyが振り返るとそばにはSherlockが立っていた。

    MoH: 殺人があった…場所で?

    SH: うーん、パブを廻る-テーマに添って。

    MoH: そう、でもどうして-どうして地下鉄の駅じゃダメなの?

    SH: (嫌悪感を示して鼻にシワを寄せながら)個人の要素に欠けるだろ。あらゆる通りに飲みに行くつもりなんだ、僕らが…

    MoH: (言葉の最後を代わりに言って)…死体を見つけたあらゆる通りで!楽しそうね(!)どこで参加出来るの?

    SH: 気分を悪くさせたくない。身体を壊してしまうだろう-雰囲気は台無しだ。

    MoH: あなたは教育を受けた化学者でしょ。研究するだけじゃダメなの?

    SH: 実際の経験が足りてないんだ。

    そう言ってSherlockは微笑みかけた。Mollyは表情を崩さなかったが声は低かった。

    MoH: わたしが酒好きだって思ってるのね。

    SH: 場合によっては。

    MoH: わたしが酔っ払いだって。

    SH: (素早く)違う。違うって!

    Mollyはじっと彼を見据えていた。Sherlockは視線を逸らしてしばらく瞬きを繰り返し、ようやく言うべきことを見つけた。

    SH: 元気そう…だね。

    MoH: (わずかに笑みを浮かべ)そうね。

    SH: どうなんだい…

    そこで脇へ視線を外し、名前を思い出そうと考えを巡らせたが、おずおずと言い出した様子からあまり自信を持っていないようだった。

    SH: …Tomは?

    MoH: ソシオパスじゃないようね。

    SH: やっぱり?良かったな。

    MoH: (笑みを向けて)たくさんセックスもしてるし。

    Sherlockの思考はしばし中断し、言葉を返す前にMollyと宙の間へ視線を泳がせた。

    SH: そうか。

    Sherlockはコートから書類の詰まった大きなファイルを出して台の上に置いた。

    SH: Johnのアルコール摂取量の目標値を計算してもらいたい、僕のも、いい気分でいられるように、一晩中。

    ファイルの中にはSherlockとJohnの診察記録や医学的な資料が詰まっていた。Mollyは出生証明書らしきものを眺める。

    SH: 頭がふらふらするくらい、が良い…

    そう言いながらSherlockはウィトルウィウス的人体図(※)の顔の部分にJohnの顔写真を貼り付けたものを手渡した。

    MoH: ワードローブに放尿するのは、ダメね。

    SH: ふむ。

     

    ※ウィトルウィウス的人体図

    …「古代ローマ時代の建築家ウィトルウィウスの『建築論』の記述をもとに、レオナルド・ダ・ヴィンチが1485~1490年頃に描いたドローイングである。紙にペンとインクで描かれており、両手脚が異なる位置で男性の裸体が重ねられ、外周に描かれた真円と正方形とに男性の手脚が内接しているという構図となっている。このドローイングは、「プロポーションの法則 (Canon of Proportions)」あるいは「人体の調和 (Proportions of Man)」と呼ばれることがある」-Wikipedia「ウィトルウィウス的人体図」より

     

    パブ。Sherlockがバーカウンターに立ち、バーテンダーに注文を告げている。

    SH: 二つ、えっと…ビールを。

    バーテンダー: パイントで?

    するとSherlockはコートから目盛りの入った背の高いシリンダーを二本取り出してカウンターの上に置いた。

    SH: 443.7ミリリットル。

    しばらくしてSherlockはほとんと満杯になったシリンダーをJohnが立っているカウンターへ運んでいって上に置いた。

    JW: ああ。

    信じられない様子でJohnがシリンダーを見ながら溜め息をついている間、Sherlockは電話を取り出してあるアプリを起動させてからベンチの上に置いた。電話のストップウォッチが動き始める。

    JW: (シリンダーを手に取り)何だ、スケジュール通りにやるってのか?

    SH: 僕に感謝するだろう。

    そう言ってSherlockは笑みを浮かべながらシリンダーを取り、Johnと乾杯をした。二人は飲み始める。

     

    次のパブ。中でテーブルに向かって座り、二人はシリンダーで乾杯して飲んでいく。

     

    次のパブ。バーに立ちながらSherlockはシリンダーを空にして満面の笑みを浮かべ、慎重に口を拭った。少しビールに酔い始めているらしい。Johnはうんざりしたような顔で自分のシリンダーを見下ろしていた。

     

    次のパブ。Johnが一息にビールを飲み干していく間、Sherlockは自分のシリンダーに残るビールの量を見て考えこんでいた。二人はカウンターにあるSherlockの電話へ視線を向ける。Johnはシリンダーを置き、Sherlockは目盛りを確かめようとシリンダーに顔を近付けた。

     

    次のパブ。二人は再びシリンダーで乾杯する。

    JW: 乾杯。

    SH: 乾杯。

    そして飲み始める。Sherlockはもう片方の手に持った電話でアルコール摂取量を更新していた。

     

    次のパブ。テーブルに向かって腰を掛け、ビールを飲み干して顔をしかめながらシリンダーをテーブルに置く。この店では騒々しい音楽が鳴っていた。Johnは店の中を見渡している。SherlockはJohnの肩の向こうを指差した。

    SH: あっちだよ。

    JW: (その方向へ身体を傾けて)何が?

    SH: トイレ。これから君が、やろうとしていることは…

    JW: (Sherlockの腕に手を置いて)待って。後にしてくれ-小便しに行ってくる。(立ち上がる)

    SH: うーん、予定通り。

    JW: (振り返って)うん?

    SH: なんでもない-行けって!

    Johnはよろよろと歩いていった。その間Sherlockは電話に「血中アルコール濃度に対して排出される尿量を測る表」を表示させて確認した。そしてアルコール摂取量を更新し、おどけた素振りで作業を終えた。しばらく経ってJohnがテーブルに戻ってくる。

    SH: どれくらい?

    JW: 何が?

    SH: どれくらい掛かった。

    Johnは訳が分からないという顔をしながら腰を下ろした。Sherlockは表を眺めている。

    SH: 推測されるおおよその見積もり排出量は…

    JW: その話は止めろ。

     

    次の店。Johnはひとりでカウンターにいて、ウイスキーと思われる酒が注がれたショットグラスをバーテンダーから受け取った。

    JW: おーう、ああ…

    肩越しに後ろを見るとSherlockが背を向けて立っていた。

    JW: 早く、もうひとつ。あいつは見ちゃいけない。

    そして礼を言うように低唱しながら一気にそれを飲み干してしまうとバーテンダーから二杯目を受け取った。前に置かれているビールが入った二つのシリンダーの左にある方へ受け取ったウイスキーを注ぎ入れる。それからシリンダーを手にしてSherlockがいる席へ運んでいったが、途中でどちらにウイスキーを入れたのかわからなくなって立ち止まった。試しに左の方の匂いを嗅いでみると、そちらにはビールしか入っていないと判断したらしく、そのままテーブルの上に置いた。

    JW: それ君の。

    Sherlockはシリンダーを手にした。

    JW: 乾杯。

    二人は飲み始める。

     

    次の店。Sherlockは酔っ払っている。騒々しい音楽の流れるパブの外の喫煙所で酔っ払いらしく大げさな身振りをし、大声で他の男性客に向かって叫んでいる。

    SH: 僕は灰がわかる!

    Johnも立っているのが辛くなるくらい酔っているようで、そばにあるテーブル席に座っていた。片手で顔を覆っている。

    SH: わから、ない、とか、言うな!

    言葉の区切り毎にSherlockは相手の胸元を一本の指で押し、最後には手で肩を押して突き飛ばした。溜め息をつきながらJohnが顔を上げると男性客はSherlockの顔を殴ろうとしていた。しかしSherlockは、そう判断したというより偶然身体が後ろへよろめいたので殴られるのを避けることが出来た。

    JW: (飛び起きて)ああ…

    男性客は殴ろうとしたものの避けられてしまったので、その勢いでテーブルに倒れ込みそうになった。仲間が起き上がるのを手伝う。Johnはまだ男に向かって両方の腕を大きく振り回しているSherlockを後ろから抱えて引き離した。

    JW: わかった、わかった、もういいだろ!

    ほとんど寄り掛かられながら少し離れたところまで引きずっていく。

    JW: 立てってば。

    Sherlockをひとりで立たせると出口へ行くように指差した。Sherlockは振り返って男を指差す。

    SH: 灰皿。灰皿だって知ってる。

     

    静寂が訪れる。階段を見下ろす映像、そこには二人が寝転がっていた。Johnは腕を枕にして背中に壁を向け、Sherlockは手すりの方へ顔を向けている。二人は目を閉じたままだった。

    SH: (早口で不明瞭に)僕は国際的に評価されてる。

    Johnはわずかに開けた目を再び閉じて、頭の位置をより良い具合に調節した。Sherlockは肩越しに後ろに横たわっているJohnを見る。

    SH: 君も国際的に評価されてる?

    そして頭を下ろして再び目を閉じる。

    JW: いや、僕は国際的に評価されてない。

    SH: いいや。

    一瞬止まってからJohnの方へ少し顔を向けたが、目は閉じたままだった。

    SH: それに何でなんだか僕にもわからない。

    少し考えてみる。

    SH: は…犯罪…何とか、とか。

    頭を再び階段の上に乗せると小声でぶつぶつ何かを言った。映像が少し引くと、そこはベイカーストリートにある彼らの家の玄関であることがわかった。221Aのドアを開けてゴミ袋を持って出てきたHudson夫人は、階段のふもとに寝転がる二人を見ると驚いて立ち止まった。

    MrsH: あら!あなたたちもう帰ってきたの?てっきり遅くなるかと思ってたのに。

    SH: (早口で不明瞭に)ああ、“Hudders”。今何時?

    Hudson夫人は腕時計を確かめた。

    MrsH: 出掛けてから二時間しか経ってないわよ。

    二人は立ち上がろうとしたが押し合う状態になってしまい、Sherlockはずり落ちてひとつ下の段に尻もちをついた。

     

    その後、上の階のリビングに戻った二人はそれぞれ肘掛け椅子に向い合って腰を掛け、Rizla game(※)をしていた。Sherlockの額に貼られた紙には「SHERLOCK HOLMES」と書かれていて、彼がぼんやりと見るJohnの額には「MADONNA」と書かれていた。Johnは眠ってしまわないように賢明に目を開いてSherlockを凝視している。

    JW: 僕はベジタブル(※)?

    片手にウイスキーのグラスを持ちながらSherlockはJohnを指差した。

    SH: 君っていうか、物?

    二人はクスクス笑う。

    JW: おもしろい!

    Sherlockはうつむく。

    SH: (はにかんで)ありがと。

    JW: どうなの。

    Sherlockは顔を上げる。

    SH: (早口で不明瞭に)いいえ、ベジタブルじゃない。

    JW: じゃあ君の番ね。

    そう言ってJohnは自分の持っているグラスから一口飲んだ。

    SH: えええっと…僕は人間?

    JW: 時々は。

    SH: 「時々」なんてダメだよ。そうじゃなくて、えっと…

    そう言って椅子からずり落ちないよう少し身体を上にずらした。

    JW: はい、人間だよ。(グラスを置いて椅子にドサリと寄りかかる)

    SH: (まだ先ほどの言葉を言い終えようとしている)…「はい」か「いいえ」で。…よし。

    よろめきながら腕を脚に乗せて前に屈み込む。

    SH: それと男かな?

    JW: はい。

    SH: 背が高い?

    Johnは腕を広げて見せる。

    JW: みんなが思ってるほどじゃないかな。

    SH: ううむ。いい奴?

    JW: っぽい。

    SH: 頭いい?

    JW: そう思う。

    SH: 君が?

    Johnは含み笑いをする。

    SH: うーん、僕は重要?

    JW: い、一部の人には。

    SH: 僕のこと(わずかに言葉を強調して)「みんな」は…好きかな?

    JW: (グラスに手を伸ばしたが取らずに)えっと、いや、好きじゃない。君はみんなの神経を逆撫でしがちだから。

    SH: なるほど。

    Johnはクスクス笑っている。Sherlockは一旦椅子にドサリと寄り掛かったが、再び前に屈み込んだ。

    SH: 僕は現在のイギリス国王かな?

    JW: 君は…?(甲高い音で吹き出して笑いながら)国王がいないってこと知らないの?

    SH: そうだっけ?

    JW: 「いいえ」。(再び含み笑いをする)

    SH: (椅子に寄り掛かって)君の番。

    Sherlockはグラスから一口飲む。椅子に浅く座ろうと前に向かってしゃがんだJohnはよろめいて、思わず伸ばした片手でSherlockの右膝を掴んでしまった。そのまま少し後ろへ身体を押すとJohnとSherlockはその手を見下ろした。Johnは手を引いて肩をすくめる。

    JW: 気にしない。

    Sherlockはグラスを持つ手の指を上げながら肩をすくめ、自分も気にしていないことを示した。

    JW: 僕は女かな?

    SherlockはJohnを少し見つめた後で鼻を鳴らして笑った。しばらくクスクス笑っている。

    JW: 何だよ?

    SH: はい。

    Sherlockは再び椅子の上で姿勢を正そうとする。

    JW: 僕は…かわいい?(額の紙を指して)この人。

    Johnは拳にした手に頭をもたれかけて、(意図したのかそうでないのか)かわいらしく首をかしげる。

    SH: 美しさとは子供時代に影響を受けたもの、感化されたものや、模範とした人物、それら全体を基にして構成されるものだ。

    JW: うん、でも僕はかわいい女性なの?

    Johnが改まって瞬きをするとSherlockは前に屈み込んでJohnの額の紙を凝視した。

    SH: 誰なのか知らない。誰のことを言ってるのかわからない。

    JW: 君がこれを選んだのに!

    SH: (部屋の別の空間へ向かって片手を振りながら)ああ、でも紙の中から適当に選んだんだよ。

    JW: (椅子にドサリと寄り掛かり)このゲームのことあんまりよくわかってないんだろ、Sherlock?

    SH: (自分の額に貼られた紙へ視線を向けて)じゃあ僕は人間で、みんなが思ってるほど背が高くなくて…

    考えながら椅子に寄り掛かる。

    SH: い、いい奴っぽい…

    Johnは靴下だけになった足を前にあるSherlockの椅子まで伸ばすと、彼の足の横に並べてつっかえ棒のようにして身体を支えた。

    SH: …頭がいい、一部の人間にとって重要、でもみんなの神経を逆撫でしがち。

    するとSherlockはうれしそうに笑みを浮かべた。

    SH: わかったぞ。

    JW: よし、いけ。

    SH: 僕は「君」だろ?

    そこでHudson夫人が開いていたドアをノックした。

    MrsH: あらあら!

    二人は夫人へ顔を向けた。入り口に立つ夫人は、看護婦の制服の上にカーディガンを羽織った若い女性を連れていた。

    MrsH: お客さんよ!

    JW: どうもー。

    SH: (女性に向かって手を振りながら)どうもー!

    Hudson夫人は部屋を出ていってしまった。

    JW: (女性へ中に入るよう示しながら)どうぞ中へ。

    Tessa: どちらがSherlock Holmesさん?

    満面の笑みを浮かべたJohnは歯の間から笛のような音を出しながら腕を上げ、ゆっくりとSherlockの額に貼られた紙を指差す。Sherlockは女性に向かって大げさにニヤついた笑みを見せた。

     

    ※Rizla game

    …有名人などの名前を書いた紙を用意し、当人にはわからないようにして額に貼る。他の人物はそれを見ることが出来る。自分の額にある紙に書かれているのは誰なのか「はい/いいえ」で答える質問をして推理する。Rizlaは巻たばこ用の巻紙のブランド。細長い紙で糊が付いているため、このゲームに使う紙として適していたことから。

     

    ※ベジタブル

    …異性を恋愛対象にする人(ストレート)。同性愛者をフルーツと呼ぶことから。Sherlockはわからなかったのか、もしくはわざと、本来の『野菜』として捉えて「君(人間)っていうか物?」と言った?

     

    しばらくして二人は並んでソファの上に座っていた。依頼人の女性Tessaは二人に向かい合ってダイニングチェアに腰掛けている。

    Tessa: (躊躇いながら)わたしは…そんなに…その、あまり…デートとかしたことなくて…

    Sherlockはソファに寄りかかり、左手で頭を支える。

    Tessa: …それに…彼はなんか…ステキだったんですよね。

    Johnは彼女に笑みを向けながらゆっくりと瞬きをして目を閉じないように努めていた。

    Tessa: わたしたち自然に意気投合したっていうか。一晩一緒に-食事をして、楽しく会話したりして。すてきな…夜でした。

    Johnは再び笑みを浮かべた後、Sherlockに向かってちょっと顔をしかめた。

    Tessa: 正直に打ち明けると、わたしはもっと先まで行きたかったんですけど…

    Sherlockは目を開けているのが辛くなってきた。何とかそれに逆らおうとして頭を振り、Johnの背後に回していた右腕を引っ込めてソファに座り直す。

    Tessa: でも思ったんです、『ダメよ、この出会いは特別なんだから。焦らないで…

    Sherlockは前に屈み込み、脚に肘を突いて両手を口の前で握り合わせた。Johnは座る位置を直している。

    Tessa: …とにかく番号を交換しよう』って。

    Sherlockはとうとう目を閉じてしまった。

    Tessa: 彼はわたしほど盛り上がっていなかったかもしれないです…

    Johnは目を開けたまま眠っているのも同然な状態だったが、彼女に向かってわずかに肩をすくめた。

    Tessa: でも-わたしは、彼ならきっと…(涙声になり)せめて連絡くらいくれるはずだと思って。終わりにしたいなら。

    Tessaは目に溢れる涙を拭う。Sherlockは同情しながら悲しそうな表情を浮かべていた。彼女が黙り込むとSherlockは心が傷んでいる様子で視線を逸したが、その感情がどこから湧いてくるのか不思議に思っているかのようにひどく困惑しながら眉をひそめた。

    Tessa: (気を静めて)行ってみたんです、彼のアパートに。

    同様に気を取り直したSherlockは握り合わせた両手に顎を乗せた。

    Tessa: そこにいた形跡がなかったんです、Holmesさん…

    Sherlockは浮ついた笑みを彼女に向けるが、そのまま同時に目が閉じていく。

    Tessa: (視線を落としてソファのあたりの床を見つめながら)…正直思ったんです、わたし…幽霊とデートしたのかなって。

    そう言って顔を上げてSherlockを見る。しかし二人共、彼女の話に何の反応も示さなかった。それからSherlockがわずかに何かぶつぶつ言ったようだったが、それは不明瞭な音と吐き出す息でしかなかった。

    Tessa: Holmesさん?

    二人の顔を見るとどちらも目をつむってしまっていた。Sherlockは微かにいびきをかき、Johnはうなだれて寝言のように小声で何かつぶやいている。

    Tessa: (大声で)幽霊とです、Holmesさん!

    頭が頬杖を突いていた手から落ちて、Sherlockはソファから転げ落ちそうになった。

    SH: (ソファから落ちないように座り直そうとしながら)つまらん、つまらん、つまらん-いいや!

    Johnは騒々しく息を吐き出して頭をぐるりと持ち上げた。

    SH: そそられる!

    Johnの方へ向き直る。

    SH: John-John!おきろ!

    Johnの脚を揺り動かす。Johnは目を開けてSherlockに向かって腕を振り上げて応えた。SherlockはTessaに身体を向ける。

    SH: (早口で不明瞭に)もうしわけない、ぼくの…(Johnの方を指差して)…そう…それ。(※)

    そう言って息を吸うと咳払いをして、Johnに向き直ると彼を指差した。

    SH: (いかめしく)しつれいだ。しつれいだぞ!

    そしてTessaの話の続きを聞こうと彼女に向き直る。

    Tessa: 家主さんに確認したんです、そしたらそこに住んでた男の人は亡くなったって。心臓発作で。わたしたち、その一週間後にデートをしたってことになるんです。

    床に置いていたハンドバッグを取って中を探す。

    Tessa: それでネットでこれを見つけて、ネット掲示板っていうんですかね…

    プリントアウトした紙をSherlockに渡す。

    Tessa: …死後の世界からやって来た男性とデートをしていると考える女性たちだそうです。

    Johnは再び眠りに落ちてしまったがSherlockは立ち上がり、よろめきながら少し歩こうとした。

    SH: しんぱいらない。10ぷんいないにみつけてやるから。

    Tessaは喜んで笑みを浮かべる。

    SH: いぬのなまえはなんだっけ?

    JW: (寝言であやふやに)うん、きみがのぞむならぼくはそこにいるよ。

    SH: John!おきろ!

    SherlockはJohnの肩を揺すった。Johnはソファから落ちそうになっている。

    SH: ぼくらはほら…(指を鳴らし)…ゲームが…(思い出そうと腕を振り)…なんだっけ。

    そこでSherlockは身体がよろめいて倒れそうになった。Johnは目を開けると持ち前の精神的スキルを発揮してSherlockを指差しながら答えを言った。

    JW: …「はじまる」。

    Tessaはわくわくしながら息を呑んだ。Sherlockは尚もよろめきながらJohnを指差す。

    SH: そう、それだ、それだ!

    するとSherlockはソファに背を向けて覚束ない足取りでどこかへ行こうとし始める。

    Tessa: (立ち上がって)わかりました!

    Johnもゆっくりと立ち上がろうとしていた。

     

    ※「もうしわけない、ぼくの…(Johnの方を指差して)…そう…それ」

    …“Apologies about my ... you know ... thing.”-Sherlock役のBenedict Cumberbatchはこのセリフの最後の部分を忘れてしまい“thing”と言ってごまかしたが、そのまま撮影された。

     

    その後。あるアパートのリビング。Sherlockは大きな丸いガラス板のオブジェを覗き込み、ガラスの形に合わせてぐるぐると顔を動かしている。二人が訪れているのはレンガの壁で天井が非常に高く設けられている倉庫を改造したような部屋で、中には現代的な家具や装飾品が置かれていた。Sherlockはまだ酔っ払った状態でガラス板にニヤついた笑みを向けると少し姿勢を直して部屋の中を見渡し、ソファの背に腕を突きながらひざまずいた。Johnはそのそばで部屋の中程にある支柱に寄り掛かって立っている。

    JW: おーー、すごい!

    Sherlockは立ち上がろうとしたが、すぐに背中からソファに倒れ込んでしまった。Johnは身体の向きを変えて別の支柱に腕を突いて寄り掛かる。Tessaは鍵を持ってきた家主とそばに立っていたが、家主の男性は二人の様子を見て困惑していた。

    JW: いいところだね。

    家主は溜め息をついて腕を組む。Sherlockは立ち上がってよろよろと歩き出した。

    Tessa: 何かわかります?

    SH: うーん?

    Tessa: 何か手がかりは?Holmesさん。

    Johnは再び背中で柱に寄り掛かって目を閉じた。

    SH: ああ、えええっと…

    Sherlockはぼやけた視界に入るデザイン性の高いコーヒー・テーブルに対して推理を始める。

    designer

    table

    art?

    [デザイナー / テーブル / アート?]

    肘掛け椅子を見る。

    chair

    seat

    leather

    sleeeeep

    [いす / せき / かわ / ねるううう]

    個性的な見た目のスピーカーに移動する。

    thing

    speaker

    hi tech

    thing

    [もの / スピーカー / ハイテク / もの]

    スタンドに置かれている動物の頭蓋骨の絵に視線を向ける。

    ?death?

    skull

    ?deaded?

    [?死? / ドクロ / ?死んでるた?]

    それから窓台にある細長い置物…

    wood?

    ? pipe/tube/wotsit

    thingamebob?

    ?

    [木? / ?パイプ/チューブ/なんだっけ / よくわかんないあれ?/ ?]

    そして明るいグリーンのエッグチェア…

    egg?

    chair??

    sitty thing?

    ???????????

    [たまご? / いす?? / すわるやつ? / ???????????]

    曖昧にうなり声を出しながらエッグチェアによろよろと歩み寄ってまじまじと眺める。そして焦点の定まらない目をTessaに向けると彼女について推理を試みた。

    nurse

    ?? client ?

    victim ??

    cardigan

    [かんごふ / ?? いらいにん ? / ひがいしゃ?? / カーディガン]

    そして頭を掻くと不意に何かひらめいた顔をしてTessaにニヤついた笑みを向けた。

    SH: (早口で不明瞭に)このなぞをあばいてみせるぞ。

    Sherlockはコートのポケットに手を突っ込み、何でもいいから取り出そうとしながら円を描くようによろめいて部屋を歩き廻る。ようやく道具入れのポーチを取り出すことに成功しかけたがコートを振った勢いで床に落としてしまった。ポーチを見下ろして瞬きをすると中から拡大鏡を取り出し、肩越しにポーチを投げ捨てて他の者にも見えるように拡大鏡を掲げる。

    SH: ううーんん?

    何とか拡大鏡を開く。家主は再び溜め息をこぼし、Tessaは気まずく微笑んだ。Johnはまだ柱に寄り掛かって半分眠っている。Sherlockは床に敷かれた白いラグにひざまずき、左手を突いて右肘に寄り掛かり、のろのろと前に進もうとしている。TessaはJohnの方へ振り返り、そっと彼を揺さぶる。

    Tessa: (微笑みかけて)だいじょうぶですか?

    JW: (曖昧に)うむ?うん。あいつ「てがかり」してる。

    Tessa: 何ですか?

    JW: あいつは…うーん?あいつは「さがし」を「てがかり」してる。(※)

    Sherlockに目を向けると彼はラグまで数センチというところまで顔を近付けている。拡大鏡でラグを見ていた目が閉じて徐々に身体が前に傾き、とうとうラグに顔をついてしまった。

    Tessa: Holmesさん?

    Sherlockは応えない。そしてラグに顔をつき、尻を突き上げてひざまずいたままの状態でいびきをかき始めた。Tessaは気まずそうに家主を見るとSherlockに歩み寄った。

    Tessa: (大声で)Holmesさん?!

    家主: 警察を呼ぶぞ。

    Tessa: ああ、そんな…

    家主はラグへ歩み寄り、Sherlockを引っ張り上げて立たせようとする。

    SH: (憤然として)わあ、わあ、わあ!

    怯んで後退りする家主を止めようとJohnは手を伸ばす。

    Tessa: 有名な探偵さんなんです。Sherlock Holmesさんと助手のJohn Hamish Watsonさんで。

    Johnは家主に向かっていって威嚇を試みたが失敗したようだった。

    SH: (憤然として)おまえはなにをしてくれてるんだ?ふみにじるな、「ほぜん」を、その…

    するとSherlockは顔を背けてラグに突っ伏し、そこで嘔吐してしまった。家主は目を閉じ、Tessaは口を手で覆った。Johnは再び精神的スキルを発揮するために目を開ける。そしてSherlockが言えなかった言葉を見つけた。

    JW: (大声で)…「じけんげんば」の!

    Johnは誇らしげな笑みを浮かべ、Tessaに向かってハイタッチをしようと右手を掲げたが、彼女は応じなかった。結局そのまま手を下ろして首を振る。Sherlockは咳き込んで再び膝で起き上がった。拡大鏡を持った手をJohnに向かって振る。

    SH: ああ、それだ。

    Sherlockはみんなを見上げながら掲げている拡大鏡をおもむろに閉じ、口元を拭った。

     

    ※あいつは「さがし」に「てがかり」してる

    …“He’s clueing for looks.” 本当は“He's looking for clues.(あいつは手がかりを探している)”と言いたかった。

     

    Johnの眠っている顔が映し出される。そこは窓から明るい陽の光が差し込む部屋。彼の鼓動と呼吸音が大きく聞こえる。目蓋を閉じたままで眼球を動かすと軋んだ音がした。何度か上に向かって目玉を運動させると泥濘を踏むような音に変わり、ようやく目蓋を開いて大きく瞬きをした。Johnは白いタイル張りの部屋の中にいた。壁に背中を寄り掛からせて床に座っている。そばにあるドアが開くとその音に顔をしかめた。

    GL: (画面外で陽気に)起きろ、起きろ!

    JW: (まだ顔をしかめながら)ああ何だよ。

    ドアを凝視するJohnがいるのは警察の留置所の一室だった。彼のそばにはひとつの寝台があり、その上ではSherlockが仰向けになって熟睡している。

    JW: Greg。Gregなのか?

    GL: 立てよ。お二人さんをタクシーに乗せてやるから。持ち物は巡査部長に預けておいたよ。

    Johnは苦しそうに立ち上がる。Gregは貶すように笑った。

    GL: お前らも大したことないな!閉店時間までいることすら出来なかったのか!

    JW: (ゆっくりと歩み寄りながら小声で)声小さくしてくれない?

    GL: (通り過ぎるJohnの耳に向かって声を張り上げ)御生憎様!

    するとSherlockがじたばたしながら起き上がった。目を見開いて呆然と口を開け、当惑しながらあたりを見回している。JohnはGregを忌々しそうににらみつけてから部屋を出た。GregはSherlockへ声を掛ける。

    GL: 来いよ。

    そしてJohnに続いて出ていった。腰を掛けていたSherlockは立ち上がろうとしたがよろめいて再び寝台に倒れ込んだ。何とか立ち上がってこめかみを指で押さえながらよろよろと歩き出す。そして前に向かって何かを掴もうと両手を宙に彷徨わせながら部屋を出ていった。

     

    警察の受付。しかめっ面で苦心しながらSherlockはコートを着る。Johnはズボンの尻ポケットに財布を仕舞っていた。

    JW: まあ、礼を言っとくよ…ほら…

    二人は受付から立ち去る。

    JW: …夜にさ。

    SH: 酷かった。

    JW: ああ。

    Sherlockは眉をひそめて鼻をつまむ。

    JW: フリだけにしとくつもりだったのに、ほんとになっちゃった。

    SH: (手を下ろして)あの女、Tessa。

    JW: え?

    SH: 幽霊とデートしたって。ここ数ヶ月でいちばん興味のある事件。こんな機会を無駄にするなんて。

    JW: …だな。

     

    グラスに入った水。制酸剤が中に落とされて発泡を始める。数秒待ってからJohnは溜め息をつき、グラスを手に取って飲んだ。

    MrsH: 気分はどう?

    JW: うーん。(水を飲む)

    MrsH: 昔に戻ったみたいね、あなたがまたここにいるなんて。

    Johnはグラスを置いて夫人に微笑みかける。夫人はキッチンから料理の皿を運んできた。

    MrsH: あなたの好物を作ってあげようと思って、最後にね。

    そう言いながら彼の前に皿を置く。皿の上にはイギリスらしい朝食-目玉焼き、二本のソーセージ、マッシュルーム、炒めた豆、スライスしたトマト、一枚を半分に切ってバターを塗ったトーストが乗っていた。

    JW: もう。そんなこと言わないで…最後だなんて。これからも来ますから、ね。

    MrsH: あら、その言葉は前にも聞きましたけど!

    JW: (ナイフとフォークを取って食べようとしながら)うーん、いや、でも今は違うでしょ、ねえ?あいつを失ったと思ったときとは違うじゃないですか。

    MrsH: でもね、結婚ですべてが変わるのよ、John。

    Johnはフォークで料理を口に運んだが、そこで止まった。

    JW: そうかな?

    MrsH: ええ。

    彼と向い合って腰を下ろす。

    MrsH: そうは思わないかもしれないけど、そうなのよ。

    Johnはフォークを口に入れようとしたが途中で止めて皿に下ろし、静かにうめいた。

    MrsH: 人生の中で違った段階を迎えるの。

    Johnは少し皿を遠ざけた。

    MrsH: 夫婦になることで新しい人たちと出会うの…

    JW: うーん。

    MrsH: …そしてあなたの…昔の友人は遠ざかっていってしまうのよ。

    JW: そんな風にはなりませんよ。

    MrsH: でももし相応しい相手を見つけたんなら-うまくやっていける人をね-それは世界でいちばんすてきなことよ。

    JW: うん、そうです。僕が見つけた人は。

    MrsH: ああ、きっとそうね。すてきな人じゃないの!

    JW: うん。そう思います。あなたはどうなんです?

    MrsH: わたし?

    JW: あなたも相応しい人を見つけたと思ったんですか?Hudsonさんと結婚したときに。

    MrsH: (微笑んで)いいえ!旋風が巻き起こったってことだったのね。そんなのに屈しないと思ってたのに、巻き込まれてしまったっていうか。

    JW: そうですね。

    MrsH: フロリダに移住したの。それは楽しい時間を過ごしたわよ、でも当然のこと、わたしはあの人が何をしようとしてたのか知らなかったの。(ささやきで)ドラッグ。

    JW: (笑いながら)ドラッグ?(頭痛がして顔をしかめる)

    MrsH: 取り仕切ってたのよ…その、あらやだ、あれって何て言うの?えっと…カルテル。

    Johnは肘をついて指で頭を支えた。

    MrsH: ほんとに悪い連中に囲まれて。

    JW: そうですか。

    MrsH: それに別の女がいることもわたしにはみんなわかってたの。証拠は無かったけど!それで、実はあの人ったら誰かの頭を吹っ飛ばしたからって捕まって…

    Johnは夫人の口から出てくる言葉に困惑しながら目を逸らした。

    MrsH: …ちょっと安心したのよね、正直言って。

    JW: …そうですか。

    MrsH: わたしとFrankの状態はすっかり荒っぽくなってしまってて。お互い手を出さずにはいられなかったの。

    Johnは縮み上がりながらうつむいた。

    MrsH: わかってる、ある夜に…

    するとJohnは人差し指を立てて夫人の話を止め、その指を上に向けた。

    JW: 待って-あれは…Sherlockか?

    上からは何も聞こえてこない。

    MrsH: そうなの?

    Johnは上を指差しながらもう片方の手の人差し指を口元に掲げ、夫人に静かにするように示した。しばらくして上から床を踏む足音が聞こえてきた。

    JW: Sherlockだ。

    Johnは立ち上がり、痛みをこらえて静かにうめきながらキッチンのドアへ向かった。

    The Sign of Three 4

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    original transcripts by Ariane DeVere