-Johnのブログ「The Bloody Guardsman(血まみれの衛兵)」が画面に現れ、やがて221Bのリビングでソファ後ろの壁に貼られた書類を眺めて立っているSherlockの姿が映し出された。振り向くとダイニングテーブルに向かってMaryが座り、Johnは肘掛け椅子に腰を下ろして携帯電話で何かを見ている。

SH: 教会での君側の席をどうにかしないと、Mary。ちょっと少ないようだ。

MM: (微笑んで)ああ、孤児院の人たちがたくさんいるから。友達-わたしにはそれだけよ。たくさんの友達。

壁に貼られた書類の様子から、Sherlockが結婚式について尋常ではないほど熱心に取り組んでいることが明らかになった。その中にはやるべきことを書き連ねたリストがあり、すべてチェック印が付けられ、「交通」「食事」「リハーサル」「ワイン」などに分けられているようだった。Maryのそばにあるテーブルの上には厚紙で作られた披露宴会場の立体模型が置かれている。

SH: オルガンの演奏をきっかり11時48分に始めるスケジュールにする。

MM: でもリハーサルは二週間先までないのよ。ちょっと落ち着いて。

SH: 落ち着く?落ち着いてるさ。まったくもって落ち着いている。

MM: 披露宴の話に戻りましょ、ね。

Sherlockはテーブルに歩み寄った。

MM: (招待状の返信の一枚を手渡しながら)Johnのいとこ。最前の席?

SH: (返信のカードを見ながら)ふむ。君を嫌ってる。考えたくもないようだ。

MM: (彼の顔を見上げ)ほんとに?

SH: セカンド・クラス郵便(※ファースト・クラス郵便に比べて日数はかかるが料金が安い)、安物のカード…(カードの匂いを嗅いで顔をしかめる)…ガソリンスタンドで購入したな。切手を見ろ、三回も舐めた痕跡が。その女は明らかに、無意識に唾をそのままに残してる。

MM: あら。(肩越しにJohnへ)この方はトイレのそばに置いときましょ。

Maryはトイレと言う際に‘toilets’ではなく、スラングの‘bogs’を使った。

SH: ああ、そうだな。

Sherlockも椅子に腰を下ろした。Maryは前に身体を傾けて彼に近寄る。

MM: 他には誰がわたしを嫌ってる?

するとSherlockはすぐに一枚の紙を差し出した。そこにはたくさんの名前が書き連ねてある。

MM: わあ、すごい-どうも(!)

JW: (電話を見ながら)極めて貴重な絵画が傷つけられた。興味深いなあ。

MM: (テーブルの上の書類を見ながら)第四テーブル…

SH: 完了。

JW: (画面の何かを見てクスクス笑いながら)「わたしの夫は三人です」

MM: 第五テーブル。

SH: (リストを見ながら)James Sholto少佐。誰だ?

MM: ああ、Johnの昔の司令官。わたしは来ないと思うけど。

JW: きっと来てくれる。

MM: なら、返信を寄越してくれないとねえ。

JW: (断固として)きっと来てくれる。

MM: うーん…

JW: (電話の画面から読み上げる)「わたしの夫は三人です」。おもしろそうだな。肌にある痣の形が『三人』とも違ってるんだってさ。

SH: (立ち上がって矢継ぎ早に)一卵性の三つ子-50万にひとつの割合で産まれる。部屋を出ることなく解決したな。さて、ナプキンだが。

Sherlockはコーヒー・テーブルのそばへ屈み込み、下へ手を入れるとトレイを引き出した。二つの異なる形に折られたナプキンが上に乗っている。Maryの方を見ながらそれを示す。

SH: スワンとシドニー・オペラハウス、どっちだ?

MM: どこでそんなの覚えたの?

SH: (うつむいて)犯罪捜査という分野においては予想だにしない多くのスキルが要求され…

MM: 嘘は止して、Sherlock。

SH: かつてあるアリバイを崩したんだ、実演で正確にその過酷さを…

MM: わたしはJohnじゃない。嘘をついてればわかるんですからね。

SH: (忌々しそうに)そうだよ-YouTubeで見て覚えた。

MM: オペラハウスで頼むわね。

Maryは身体を傾けてズボンのポケットを探った。

MM: あら、待って。電話が掛かってきちゃった。

電話を取り出して耳に当てる。

MM: もしもし?

しばらく相手の話を聞いてから立ち上がる。

MM: ああ、Bethじゃないの!

Johnが電話から視線を離すとMaryはキッチンへ向かっていった。

MM: (電話へ)そう、そう、だめなわけないでしょ。

JW: (立ち上がってSherlockへ顔を向け)たぶん、Bethからだったら、僕にも話があるはず。待ってて。

そう言ってJohnもキッチンへ行ってしまった。Sherlockはコーヒー・テーブルに向かって床に胡座をかいて座る。キッチンへ行ったJohnはMaryに笑みを向けて小声で話し掛けた。

JW: Bethなんて友達がいないことあいつは知ってるぞ。合言葉だってバレちゃうよ。

MM: あの人ったらYouTubeでナプキンのことを。

JW: 完璧主義者だからな。

MM: 怖がってるのよ。

JW: そんなわけないだろ。

MM: そうよ、何かを怖がってるとき、寧ろ早く来てみんなさっさと過ぎちゃえばいいのにって思い始めたりするでしょ?あの人は今そうなのよ。

JW: 何で僕らが結婚するのをあいつが怖がったりするんだ?何も変わりやしないさ-これからだって一緒にやっていくんだし。

MM: なら、それをあの人に証明してあげないと。新しい事件を見つけてあげなさいって言ったでしょ。

JW: やってるよ。

MM: あの人を働かせてあげないと、ね?昔の楽しかった頃と同じだって見せてあげるのよ。

そう言ってMaryは励ますように頷いた。Johnがすぐに反応を示さないのでもう一度頷いてからリビングへ行くように身振りで示した。Johnはあたりを見渡し、ゆっくりとリビングへ向かう。Maryは更に彼の背中を押して前に進ませた。Sherlockはまだコーヒー・テーブルの前で床に胡座をかき、膝の上に片肘で頬杖をついていた。わずかにJohnへ顔を向け、自分の前にあるものを示す。テーブルの上にはシドニー・オペラハウスの形に折られたナプキンが七つ、床の上には六つかそれ以上置かれていた。

SH: 何ていうか…成り行きで。

Sherlockが再び振り向くと眉をひそめていたJohnは笑みを浮かべた。ちょっとキッチンの方を見てから友人へ歩み寄る。

JW: Sherlock、よう…

Sherlockは立ち上がる。

JW: …相棒。

Johnはちょっとやり過ぎたような気がしたのか再び眉をひそめた。

JW: あ、あのさ…

ダイニングテーブルに歩み寄る。Sherlockがキッチンの方へ視線を向けると、電話で何かを話しているようなMaryの声が聞こえた。二人はテーブルに向い合って腰を掛ける。

JW: 18種類の色んな香水も試したし、それと…(ちょっと考えて)…九種類の同じような味のケーキも試食した、ブライズメイドは紫のドレスがいい…

SH: ライラック

JW: ライラックね。その、もう決めておかなきゃいけないことは残ってないだろ。何を決めたんだか僕にはわかりやしないんだよ。意見を偽ったりしてさ、疲れちゃったよ。だからさ、彼女が戻ってくる前に…

そう言いながらキッチンを一瞥して携帯電話の画面を表示させると、咳払いをしながらSherlockへ差し出す。画面にはSherlockのWebサイト「The Science of Deduction」が表示されている。

JW: …何か選べよ。

Sherlockは何度か視線を電話の画面に向けた

JW: どれでもいいから。ひとつ選べ。

SH: 選ぶって何を?

Johnは何度か瞬きをして笑い出した。

JW: 事件だよ。受信箱は破裂しそうだ。なあ…僕を連れ出してくれよ。

SH: (前へ身を乗り出して、小声で)事件を捜査しに出掛けたいのか?い、今?

JW: 行こう、Sherlock、僕と。

Sherlockは電話を手に取った。

SH: (小声で)心配することはない。君を連れ出してやるよ。

そう言いながらWebサイトにあるメッセージを眺め始めた。ほんの数秒で何か興味を惹かれるものを見つけたようだ。

SH: おお。

 

広壮な建物の軍の兵舎、制服をきちんと身に着けた王室の近衛歩兵二人が黒い熊の毛皮の帽子を持って階段を上がっている。その内のひとりがSherlockへ送ったメッセージを読み上げる声が聞こえてくる。

Bainbridge(声): 『Holmes様、私はBainbridgeと申します。王室師団に属する近衛歩兵です。個人的な問題についてご相談があります…』

ロンドンのウェリントン兵舎と思われる建物の外でウェルシュガーズ連隊の制服をきちんと身に付け、門番の勤務に就いている二人の衛兵の内のひとりがBainbridgeだった。彼のそばで女性の日本人観光客が親指を立てて寄り添い、友人らしき男性観光客に写真を撮らせている。

Bainbridge(声): 『…上官に持ちかけるのは気が進みません-つまらないことと捉えられるでしょう-ですが誰かが私に対してストーカー行為を働いていると思うのです』

道の向かいで三人の観光客が景色の写真を撮っていた。Bainbridgeは任務として視線を前に定め、彼らの様子をじっと見つめていた。

Bainbridge(声): 『観光客たちには慣れています-それも職務の一部ですから-ですがこれは違うのです。誰かが私を見ているのです』

道の向こうにいた観光客たちは別の場所へ移動していった。その後ろに男がひとり立っているが、上着のフードを被っていて顔がよく確認できない。Bainbridgeを直に見据えているようだったが、前にいた観光客たちに隠れることが出来なくなるとすぐにその場を離れていった。

Bainbridge(声): 『その男は毎日私の写真を撮っています』

兵舎の中、Bainbridgeは個人または共同の寝室と思われる部屋を歩いていた。上半身には何も身に付けていない。そこからは練兵場を見渡すことが出来、彼が何となく窓の外へ視線を向けるといつものように観光客たちが門のそばにいるのが目に入ったが、すぐにコートを着て帽子を被っている男に意識が向けられた。柵のそばに立っている男は別の方向へ向けていたカメラをBainbridgeが見ている窓へと向けた。

Bainbridge(声): 『少佐には話をしたくありません、ですが本当にこれが気掛かりで仕方がないのです』

男は何枚か写真を撮ると急いでどこかへ去っていった。

 

SH: (221BでJohnの携帯電話を見ている)制服フェチだろ。“All the nice girls like a soldier(いかした女はみんな兵士が好き)”。(※)

JW: “sailor(水兵※)”だろ。それにBainbridgeはストーカーを野郎だと考えてる。

Sherlockはメールの続きを読もうと電話を再び眺めた。

JW: さあ捜査に行こうよ。な?

SH: (メールを読み上げて)『選ばれた衛兵』。

JW: 40名の隊員と将校たち。

SH: どうしてこのグレナディア(※)の奴を特に?気になるな。

JW: もう話を始めてる。

SH: (電話を返して)わかったよ。

二人が立ち上がってドアへ向かおうとすると電話を耳に当てたままMaryが戻ってきた。

MM: (電話に)じゃあね

JW: その、僕らはこれから…そうだな、その、Sherlockにあれを選ぶのを手伝ってもらおうかと、えっと、靴下を。

SH: (ほぼ同時に)…ネクタイ(ties※)。

MM: (それぞれへ顔を向けて)合わせなくっちゃね、靴下。

JW: うん。

MM: まあ、合うものにしないとってことよ。

JW: そうだね-あれと合うやつ…

SH: …ネクタイ(tie※)。

JW: (ほぼ同時に)…上着と。

MM: (Johnを見て)ちょっと時間が掛かるのよね?

Johnはキッチンを指差す。

JW: コートはあっちかな?

MM: そうね!

Johnがキッチンへ向かうとMaryとSherlockは歩み寄った。

SH: (小声で)少しあいつを連れ出す-働かせないと。

MM: わかってる。

SherlockはMaryに微笑んだ。

MM: (うれしそうに手を差し出して)事件を見つけてくれるって言ってたものね!

SH: まあね。

JW: (キッチンの出入口から)行くぞ、Sherlock。

SH: すぐ行く。

そう答えるとリビングのドアへ向かい、途中でMaryへ顔を向けた。お互いは気付いていないが、Sherlockが両手の親指を立ててMaryに「僕たちだけが何をしてるか知ってる」という笑みを向けると同時に、JohnもキッチンからMaryに向かって親指と人差し指で輪を作って見せながらウインクをして同様のメッセージを送っていた。Maryはそれぞれに向かって両手の親指を立てて満面の笑みを見せる。そして男たちは階段を下りていった。玄関を出ながらコートを着たSherlockは、近づいて来るタクシーに向かって叫んだ

SH: タクシー!

 

※“All the nice girls like a soldier(いかした女はみんな兵士が好き)”

…Hetty Kingの歌“All the nice girls like a sailor”から。soldierは陸軍の兵士でsailorは海軍の兵士。

 

※イギリス王室警備

…儀仗任務を行う近衛兵にはいくつかの連隊がある。Sherlockは「グレナディア(ガーズ連隊)」と言っているが、Bainbridgeは身に付けている制服からウェルシュガーズ連隊の隊員であることがわかる。詳しくはWikipedia「イギリス陸軍」「近衛兵(イギリス)」、「Foot Guard Regiments(英語)

 

※ties / tie

…ネクタイの他に [複数形で]繋がり、絆、しがらみ [単数形で]足手まとい 自由を束縛するもの

 

 

近衛兵の一団が兵舎へ向かって行進しているいくつかの場面。

SherlockとJohnも兵舎へ向かって歩いていた。近衛兵たちは練兵場へ到着し解散準備の位置に就く。

隊長: 中隊、止まれ!…右向け、右!

二人は兵舎の入り口にいた。Johnは財布に入れた軍のIDを受付の軍曹に提示する。

JW: Stephen Bainbridge隊員との面会に来た。

監督軍曹: 現在勤務中です…(財布を返し)…勤務時間が終わったらご連絡致します。

SH: いつになりそうだ?

監督軍曹: 一時間後です。

 

Bainbridgeはもうひとりの衛兵と共に兵舎の外で門の警備をしていた。彼は定位置に立ち、観光客たちが写真を撮っている。その道の向かい側、舗道から少し離れた場所にある公園のベンチにSherlockとJohnが門の方向を見ながら腰を掛けていた。

SH: あいつらは階級を与えられると思うか?

JW: 階級?

SH: 背中を掻けない苛々をどうやって我慢するんだ?

JW: 末梢神経系の求心性神経。

SherlockはJohnの方へわずかに顔を向けた。

JW: ケツをつねるんだ。

SH: ああ!

二人はしばし沈黙した

SH: で、どうしてそいつとはもう会わないんだ?

JW: 誰と?

SH: 前の司令官、Sholto。

JW: 「前の司令官」。

SH: (気まずそうにわずかに目を閉じて)「元」ってこと。

JW: 「前の」だと、僕には現在も司令官がいるってことになる。(※)

SH: 今はいない。

JW: 今はいない。

SH: (少し微笑んで)当然いない。そいつは勲章を授与されたんだろ?戦争の英雄。

JW: みんなにとってじゃない。カラスのチームを戦闘に導いてた。

SH: 「カラス」?

JW: 新入りのこと。それがお決まりの手順でね、新入りの坊主たちを調教する-でも悪い事態になった。全員死亡、彼が唯一の生存者だった。マスコミと親族たちに地獄を見せられてね。死の脅迫を受けることになってしまったんだ、君よりもっと。

SH: おや、僕は大したことないよ。

JW: 何でまた急に他の人間に興味を持ったんだ?

SH: ちょっと…おしゃべりでも。

Johnは怪訝そうに眉を上げて彼を見た。Sherlockは少しだけ顔を向けて目の端でJohnを見る。

SH: (前に顔を戻して)もうそんな試みはしないだろうけど。

JW: 全然違う話なんだけどさ…(鼻から息を吸って、再びSherlockの方を向き)…何も変わったりしないってわかってくれるよな?僕とMaryがさ、結婚しても。これからも一緒にこういうことやっていこうよ。

SH: ああ、いいね。

JW: 不安に思ってるかな、って。

SH: 不安になんか。

Johnはうつむいて考え込みながら含み笑いをした。

JW: なあ、Maryのことだけど-彼女のおかげで人生がすっかり変わってさ、劇的に変化した。でもさ、念のためだけど、この数年間で二人の人間にそうさせられたんだよ…もうひとりっていうのは…

Johnが顔を向けるとSherlockはもうそこには座っていなかった。

JW: …紛れも無い「あほんだら」。

 

※司令官

…原作「バスカヴィル家の犬」での依頼人HenryとHolmesの会話。Henry「まるで、参謀長と戦闘の計画を練っている将軍のようですね」Holmes「まさにそういう状況です。ワトソンが次の指令を尋ねていたところです」

 

兵舎の中で監督軍曹が机に向かい、書類に目を通している。その背後の窓から近衛兵が三人組で行進していく姿が見え、上半身と熊革の帽子を確認出来る。彼らの後からやってきた七番目の熊革帽子の人物…そのひとりは明らかに制服とは異なるベルスタッフのコートを着ていた。

外ではSherlockが近衛兵たちの後に続いて颯爽と腕を振りながら行進していたが、ある場所で立ち止まると熊革の帽子を脱いでそばにあった窓棚へ置いた。そこにある窓を鏡代わりに両手で髪を掻き乱して整え、練兵場を後にした。

 

兵舎の中へ入ったSherlockはエントランスを通り抜けて左右に二つある階段のひとつへ向かう。所定のカーキ色の制服を着た二人の兵士が反対側の階段を下りてくるとSherlockは注意を向けられていないことを利用して、視界に入らないよう兵士たちから顔を背けた。更に二人の兵士が階段へやって来るとそのまま平気な素振りを続けて透明人間状態を維持しながら踊り場へ上がる。話し声や笑い声が聞こえてくる部屋に歩み寄ってドアを開けてみる。そこは休憩室で多くの兵士たちが腰を掛けて雑談をしていた。二人の兵士が卓球をしているのを観戦している者たちもいる。そこでもSherlockは誰も目を向けず反応を示さないことを利用した。そのままドアを閉めて移動する。

 

兵舎の外では新しい門番がBainbridgeと交代しに来ていた。彼のそばに立つため行進の向きを変えて進み、それから肩が触れるくらいまで横に移動した。Bainbridgeは前方へ数歩行進すると向きを変え、兵舎へと進んでいった。

 

戻ってきたBainbridgeは帽子を脱いで腕に抱え、階段を上がった。顔は幾分汗ばんでいる。シャワー室に入ると帽子を置き、少し顔をしかめながら白いハイウェスト・ベルトを外した。ベルトを置くとジャケットのボタンを外し始める。

 

兵舎内の事務室、Reed少佐は机に向かって腰を掛け、Johnの軍用IDを確認していた。向かい側に座っているJohnへ顔を向ける。

Reed: どういった関係があるのか聞かせてもらえるかな?

JW: Bainbridge隊員が個人的な問題で相談をしてきたのです。

Reed: 俺の部隊に関することなら個人的なことなど無い。本当の用件は何だ?

JW: 正当な面会のためここに来ています。

Reed: マスコミか?王室の噂話を探るためか何かだろう?

JW: (IDを示して)いいえ、私はJohn Watson大尉です、第五ノーサンバーランド歩兵隊の。

Reed: 除隊してる。たぶん今は中古車のセールスマンをやってるんじゃないかな。

 

監督軍曹はシャワー室へ入っていった。シャワーのひとつから出た湯が床に向かって注がれている。

監督軍曹: Bainbridge!面会のお客さんだぞ!

シャワーが出ている個室へ歩み寄る。

監督軍曹: Bainbridge!

個室のドアを叩いて下を見る。するとくもりガラスのドア越しにBainbridgeが背中をドアに寄り掛からせてしゃがんでいるのが見え、中から血の混じった湯が流れ出てきた。

 

事務室。Reed少佐はJohnの顔をしげしげと眺めた。

Reed: お前を知ってるな。

JW: ふむ?

Reedは机の上でJohnのIDを投げて返した。Johnをそれを受け取り、財布に戻す。

Reed: 新聞で見たことがある。

Johnは居心地悪そうに咳払いをする。

Reed: あの探偵とつるんでるんだろ-バカみたいな帽子を被った奴。Bainbridgeは探偵なんかに何の用があるっていうんだ?

JW: 申し訳ありませんが守秘義務がありますので。

Reed: 守秘義務だと?!あいつは俺の部隊の隊員だ-こんなバカげたことを仕出かして隠しておこうっていうならとっちめてやる。

そこへ監督軍曹が駆け込んできた。

監督軍曹: 上官…

Reedがひとりではないことに気付いて口ごもった。

監督軍曹: 上官殿。

Reed: どうした?

監督軍曹: Bainbridgeが。死んでいるのです。

恐怖を露わにしたReedは立ち上がり、軍曹を連れて部屋を出ていった。Johnも後から駆け出していく。

 

シャワー室、割れたガラスが散らばる床の上にBainbridgeの身体がうつ伏せに置かれていた。腰のあたりに大量の血液が付着している。監督軍曹に連れられてやってきたReedは駆け寄ってショックを受けながらBainbridgeの身体を見つめた。

Reed: 何てことだ!

その光景に深く溜め息をつきながらJohnもBainbridgeに歩み寄ろうとしたが、Reedが手を掲げてそれを制した。

JW: ああ、そんな、診させてください。私は医者なんです。

Reed: 何だと?軍曹、こいつを確保しろ。

監督軍曹は直ちにJohnの左腕をとって背中の方へひねった。

JW: 何を?やめてください!私は-私は医者なんですよ。

Reed: ほお、今は医者もやってるのか。軍曹…

顎で出口を示す。

JW: 彼を診させてください、お願いです!

監督軍曹がJohnを連れ出そうとすると、そこへ別の軍曹がSherlockを引き連れて入ってきた。Sherlockの右腕を背中へひねっている。

別の軍曹: 上官殿、こいつがうろついてるのを捕まえました。

ReedはJohnへ顔を向ける。

Reed: みんなこういうことだったってわけか?俺の注意を逸らしてる間に、こいつが侵入してBainbridgeを殺るって?

JW: そうではなく…

軍曹から腕を放したSherlockはBainbridgeの様子を見ようと歩み寄る。しかし再び軍曹に腕を取られて後ろに引きずられてしまった。

SH: (Reedに)どうやって殺す?凶器はどこだ?

Reed: 何だと?

SH: 凶器はどこにある?さあ、調べてみろ。(腕を広げ)凶器は無い。

JW: Bainbridgeは行進の中にいた。五分前に勤務を放れた。いつこれが起こった?

Reed: (Sherlockに)間違いなくシャワーに入る前にお前が刺したんだ。

SH: 違う。

Reed: 違う?!

SH: そいつは水浸しでまだシャンプーが髪に残ってる。シャワーに入った、そして何者かがそいつを刺した。

監督軍曹: 個室は内側から鍵が掛かっていました。開けるのに壊さなければなりませんでした。

Reed: 上から登ったに違いない。

SH: なら僕も水浸しになってるはずなんじゃないかな?

JW: (大声で)少佐、お願いです。私はJohn Watson、第五ノーサンバーランド歩兵隊です。アフガニスタンに三年、カンダハルとヘルマンドで長く任務に就き、それからBarts病院なんかにもいたんです。(怒りを帯びて)この患者を調べさせてくれ。

ReedはしばらくBainbridgeの身体を見下ろし、ようやく監督軍曹に向かって鋭く頷いて見せた。Johnは解放された。

JW: (上着を脱ぎながら)感謝します。

歩み寄りながら上着を脱いでベンチに置くとBainbridgeのそばに屈み込んだ。監督軍曹が小声でSherlockに話し掛ける。

監督軍曹: 自殺かな?

SH: いや。凶器の問題が-ナイフが無い。

Sherlockは個室の前に歩み寄って身体を傾けながら中を見渡した後でBainbridgeの頭のそばへ屈み込んだ。JohnはBainbridgeの腰のあたりを調べている。

JW: うーん。腹部に傷がある-非常に鋭利な。

SH: 男が殺すために刺した。凶器は見当たらない。ドアは内側から施錠されていた。ここからの出口はひとつ。

JohnはBainbridgeの頭部へ移動し、片方の目蓋を開けて見ていた。

JW: Sherlock。

SH: うん?

JW: まだ息があるぞ。

監督軍曹: 何だって。

SH: (Johnに)どうしたらいい?

JW: マフラーをくれ。

SH: 何?

JW: 早く、今すぐ。

Sherlockが首からマフラーを外している間、JohnはReedや他の人物たちの方へ顔を向けた。

JW: 救急車を呼んで。

軍曹: 何?

JW: (大声で)救急車を呼べ、今すぐ。

そう言ってJohnがドアを指差したが、彼らはまた躊躇していた。

JW: (苛立って)早く!

軍曹たちは急いで部屋を出ていった。JohnはマフラーでBainbridgeの腹部にある傷を圧迫するとSherlockの手を取ってマフラーの上に置かせ、求める位置に指を調節した。

JW: 看護師、ここを圧迫して-強く。

SH: (嫌悪感を示して鼻にシワを寄せ)「看護師」?

JW: そうだ、処置を行ってる。そこの傷を圧迫し続けるんだ。

Sherlockは寄り掛かってより強く圧迫をした。JohnはBainbridgeの頭部へ移動する。

JW: Stephen。Stephen、しっかりするんだ。

 

披露宴会場。

SH: Bainbridge隊員は門の警備を終えたばかり。多くの人が見ている中で何時間も立っていた、何もおかしなことは見受けられない。勤務を終えて数分以内に腹に傷を負って死にかけていた、凶器は見当たらない。どこに行ってしまった?紳士淑女の皆さん、あなた方を思考に誘いましょう。壁を通り抜ける殺人鬼、消えることが出来る凶器-ですがこのすべてを踏まえた上で本当に注目すべきと言える要素がひとつだけ存在するのです。どなたか想像出来る方はいらっしゃいますか?

客たちはもじもじしながらお互いを見渡した。

SH: さあ、さあ、これをすべて踏まえた「Q&A」の要素が実際にあるのですよ。

咳払いをしてみせるが、客たちは依然として沈黙したままだった。

SH: スコットランドヤード。

Gregは顔を上げた。

SH: 何か仮説は?

Gregは呆然としながら彼を見ていた。

SH: そう、あなたです。あなたも探偵だ-広い意味で言えば。仮説は何か?

GL: えっと、その、もし、ああ、もしその、も、も、も、もしかしたら刃物が、ええと、飛ばされて入ってきたとか、その…(少し考え込んで)…換気扇の間から…もしかしたら、あ、あの、バリスタか、それか-それか-それかカタパルトかも。ええと、ちっこい奴がその-下から這って入ったとか、かも。(息を吸い込んで)そう、だな、探すとしたら…探すとしたら、こ、こ、こ、小人かな。(※)

Sherlockは唖然としてGregを見ていた。

SH: お見事。

GL: ほんとか?

SH: (鋭く)いや。

Gregは溜め息をついてうなだれた。

SH: お次は!

Tom: (Mollyに向かってささやく)自分で刺したんだよ。

SH: もしもし?今のはどなたかな?

Tomは目を見開いてあたりを見渡した。

SH: Tom。

Tomは眉をひそめながら立ち上がった。

SH: 何か仮説は?

Tomは緊張した様子で足踏みをした。

Tom: (おずおずと様子を窺いながら)あの…自殺を試みたんじゃないでしょうか、血液と骨を固めた刃物で、腹部に穴を開けたら壊れてしまうような…肉の…短剣。

客の何人かがクスクス笑った。Tomの隣に座っているMollyは信じられないという顔をしていた。上座にいるSherlockの表情は多くを物語っていた。

SH: (言葉を繰り返して)肉の短剣。

Tom: (気まずそうに)はい。

MoH: (歯をくいしばりながら)座っ、て。

SH: (はっきりと)違います。

Tomは腰を下ろした。

SH: (客たちに)取り上げるべきことはひとつ、ひとつだけなのです、この頭を悩ませる事件において興味深いこと、それはざっくばらんに言えばいつものことでした。John Watson-彼は私が殺人の謎を解こうとしている間、代わりに命を救ったのです。

Maryはうれしそうに静かに笑った。Johnも笑みを浮かべている。

SH: そこには解決に値する謎と語るに値する物語があるのです。

Johnを見下ろす。

SH: 私が知る中で最高の、勇敢な-そして物事の扱い方をちゃんと心得ている一番の人間です。

Johnはうつむいて照れながら含み笑いをした。

SH: …結婚式の段取りとナプキンの折り方を除いてですが-それらに関しては酷いものです。

JW: 確かに!

客たちは笑った。

SH: 事件そのものは最も独創的で見事に計画された殺人事件-もしくは殺人未遂事件-として残りました、私が遭遇出来て喜びを感じた、認識している中で最も完璧な密室の謎です。しかしながら私はJohnを褒め称えるためだけにここにいるのではありません-困らせてやるためでもあるのです、ですから他の…

GL: (遮って)お、おい、待てよ、じゃあどうやって…どうやって行われたんだ?

SH: 何が行われたって?

GL: 刺されたんだろ。

Sherlockは少しの間、気まずそうにうつむいてから顔を上げた。

SH: 申し訳ありませんがわからないのです。それは解決出来ていません。そういうことは…(言葉を止め)…時にはそういうこともあります。非常に…非常に残念ですが。

しばらく黙想的な様子を見せると、息を吸い込んで客席へ顔を向けた。

SH: 決まり悪い思いは私を夜の街へ誘います。当然ながら何時間もの経緯があるのですが、本当にお聞かせすべきことだけをまとめました。

 

 

※小人

…原作「四つの署名」では、Watsonが「私が見た中で最も背の低い人間だった」と語る人物が毒の吹き矢を飛ばして敵の命を狙う。同じくこれを基にした事件はJohnのブログにある「The Poison Giant(猛毒の巨人)

 

※バリスタ

…投石器、もしくは弩砲 / カタパルト…投石器、もしくはY字型の棒にゴム紐をつけたパチンコ

The Sign of Three 3