その後の会の模様は早送りで-招待客たちはコース料理とシャンパンを堪能している。やがて司会者もしくはウェイター長がシャンパンのグラスをスプーンで叩いて音を鳴らし、みんなの注意を引いた。

司会者: ベストマンです、ご静粛に願います。

上座のテーブルにいるSherlockが立ち上がると、客たちは拍手喝采した。JohnとMaryは彼の右隣、Janineは左の席にいる。Sherlockは落ち着かない様子でジャケットのボタンを留めた。

SH: 紳士淑女の皆様、ご親族、ご友人…そして…あと…その他の皆様。

言葉に詰まり、目を瞬く。気まずい沈黙が流れる。

SH: ええと…その…

Johnは目を細めて彼を見上げる。

SH: そ、そ、それと…

Maryは親指で唇を拭った。Hudson夫人は緊張した様子でいる。Gregは心配そうにしながら椅子に少し寄り掛かった。

 

-GregはBart's病院のMollyがいる研究室へ入っていった。

MoH: Greg。

GL: Molly。

MoH: (Gregの方を向いて)わたし思ったんですけど。

そう言いかけるMollyは大きな金属製のボウルを抱えていた。Gregはその中を覗き込む。

GL: それ脳みそか?!

MoH: もしJohnがSherlockにベストマンを頼んだらって。

GL: まあ、やるんじゃないか?その義務はあるだろう。

MoH: ですよね。

GL: で?

MoH: じゃあみんなの前でスピーチをしなきゃいけないんですよね。

Gregはようやくその影響を理解したらしく、遠くを見つめた。

MoH: 実際にみんなを目の前にして、みんなが聞いている前で。

GL: (ためらいがちに)そうすると、最悪どんなことが起こり得るかな?

MoH: Helen Louiseもきっと同じように思ったでしょうね。

GL: Helen Louise?

Mollyは手にしていたボウルを見下ろした。

 

-Hudson夫人は自分の部屋のキッチンで腰を掛け、電話を受けていた。

MrsH: あら、どうも。

相手はMollyだった。研究室にいる彼女は防護用のゴーグルをしていて、白衣には血が付着している。電話を持っていない方の手には解剖用の電気のこぎりを持っていて、手袋も血にまみれていた。

MoH: (電話へ)ちょっと考えていたことがあって。も、もしJohnがSherlockに…

MrsH: なあに、スピーチのことかしら?きっとだいじょうぶよ。

MoH: で、でもきっとただのスピーチじゃ済まないんじゃないですか?

 

しばらくしてJohnは221の玄関を開けて中に入り、階段へ進もうとした。するとドアの開いていた221Aから甲高い声が聞こえてきた。その中には「あなたってば!」「あら、すてき!」などの言葉が聞き取れる。Johnは夫人の部屋へ入り、心配そうにキッチンを覗き込んだ。

JW: Hudsonさん?

熱狂的に笑いながら夫人はテーブルからJohnへ手を振ってみせた。

MrsH: あら、こんにちは、ダーリン!(クスクス笑い続ける)

JW: だいじょうぶですか?

夫人は笑いながら口を押さえる。

JW: 僕は-Sherlockに会いに来たんですけどね、そしたらあなたが…

MrsH: (笑いながら)何よ!

JW: …死にかけてるのかと。(陽気にしている夫人へ向けてニヤリとしてみせる)

MrsH: ごめんなさいね!

それでも夫人はまだ笑い続ける。

JW: どうしたんです?

MrsH: で、電報ですって!

クスクス笑い続ける。

JW: え、何ですか?

MrsH: (笑いながら)ああ、ごめんなさいね!

そう言うと夫人は立ち上がってJohnの腕を叩くと笑いを堪えきれない様子で離れていった。Johnは訳が分からず困惑している。

 

現在。Johnはようやく悟り始めて目を閉じた。

JW: (小声で)電報。

MaryがJohnを見ているとSherlockは沈黙を破った。

SH: それでは、ええ…

確かめるようにポケットを叩くと、電報が自分の前に積まれて置かれているのに気付いたようだった。Johnは咳払いをする。Sherlockも同様に咳払いをして客たちを見渡すと、ぐっと唾を呑んだ。

SH: まずはこちらから。電報を。

電報の束を手に取り、客たちに見せる。

SH: (矢継ぎ早に)と言っても、実際の電報ではありません。それでも電報と呼ばせていただきます。何故かは存じませんが。結婚式における慣習です。

最初の一通を手に取る。

SH: (皮肉を込めて)…我々はまだ十分持ち合わせていないようなので。

Johnはわずかに目を細めた。

SH: (読み上げる)『Watsonご夫妻へ。大事な日に立ち会うことが出来ず本当に申し訳ありません。末永くお幸せに。Mike Stamford』

JW: ああ、Mike。

MM: あああ!

SH: (次のメッセージを読み上げる)『JohnとMaryへ。結婚おめでとう。愛をこめて、そしてたくさん…(言葉を止め、ゆっくりと続ける)…たくさん「ぎゅーっと」してあげたいです。StellaとTed(※)より』

※StellaとTed…Johnのブログにコメントをしているが、どのような関係かは不明。Johnの友人か、親戚?

Sherlockは顔を上げて繰り返し目を瞬いた。Gregはクスクス笑い、Mollyは笑みを浮かべる。

SH: (次のメッセージを読み上げる)『Mary-心から…』

声が小さくなり、ほとんど聞こえないくらいに「おお」とつぶやいた。JohnとMaryが彼を見上げる。

JW: うん?

SH: (非難がましく)『…かわいこちゃん(poppet)…』

poppetの“t”を強調した。JohnとMaryは笑っている。

SH: 『…たくさんの愛をこめて、幸せを祈ってるよ。CAMより』

Maryの笑みが消えた。Sherlockはそのままメッセージを続ける。

SH: 『ご家族もそれを見れたら良かったのにね』

JohnはMaryの様子を窺い、彼女の手を取った。

JW: なあ。うん?

Maryは心配させまいとJohnに笑みを見せた。

SH: (次のメッセージを見て)うむ、『おめでたい日』…(そのカードをテーブルに落として次のカードを見る)…『とてもおめでたい日』…(繰り返しカードを落としては次のカードを取っていく)『愛」…『愛』…『愛』…『愛』…『あ…』、テーマはそんなところ-それが要点です。みんな基本的には愛に溢れている。

客席から笑いが起こる。

SH: (客席に向かって)John Watson。(Johnへ手を差し出し)僕の友人、John Watson。(少しうつむいてから再びJohnを見て)John。

Johnは笑みを返した。Sherlockは客たちへ向き直る。

SH: 最初にJohnが私をベストマンに、という提案をしてきたとき、私は戸惑いました。

 

-Johnが階段を上がって221Bへ入る。

JW: Sherlock?

SH: 下の音は何だったんだ?

Johnはキッチンの方を向いた。キャメル色のガウンを纏ったSherlockは防護用の眼鏡をしてテーブルのそばに立っていた。大きなピンセットで挟んで持つ眼球、そこからぶら下がる視神経にもう片方の手に持つガスバーナーの火を近づけている。

JW: えっと、Hudson夫人が笑っててさ。

SH: フクロウを拷問してるような音だった。

JW: うん。まあ、笑い声だったよ。

SH: 両方だな。 (※フクロウ=賢い人、もったいぶった人、夜更かしをする人)

JW: (Sherlockの様子を窺って)忙しい?

Sherlockは深く溜め息をついた。

SH: ただ没頭してみてるだけ。時折、すっごく大変でさ、禁煙するのが。

ピンセットから眼球が落ちてテーブルに置かれていたマグの中に飛び込んでいった。

JW: ふうん。邪魔してもいいかな?

SH: (ピンセットを置いて、テーブルの端にある椅子を示し)まあ、くつろげよ。

ガスバーナーの火を止める。Johnがテーブルに歩み寄って示された椅子を引くと、Sherlockはマグを手に取って彼に勧めた。

SH: お茶は?

JW: いや…

片手を振って辞退した。Sherlockはマグを置き、眼鏡を外した。

JW: (腰を下ろしながら)でさ。大事な問題が。

SH: (顔を向けて)ふうん。

JW: (手を握り合わせて肘をテーブルに突き)ベストマン(best man)。

SH: ベストマン(best man)?

JW: どう思う?

SH: (すぐに)Billy Kincaid。

JW: え、何て?

SH: (矢継ぎ早に)Billy Kincaid、カムデン(※ロンドンの北部にある特別区)の首締め殺人鬼。知る中では一番の男(best man)だ。莫大なチャリティへの寄付金、明るみに出なかった。(※)

Johnは眉をひそめる。

SH: (矢継ぎ早に)閉鎖に追い込まれた三つの病院を個人で救い、イングランド北部で最良の児童保護施設を運営したんだ。

Johnはうんざりした様子で目をこすっている。

SH: (わずかにしかめっ面をして)そう、機会があれば首締めが行われただろう、だが首締めから守って救ってやっている命もあった、その割合から言って…

JW: (遮って)僕の結婚式のだよ!僕の。ベストマン(best man)が必要なんだ。

SH: ああ、そうか。

JW: 首締め殺人鬼じゃなくて。

SH: Gavinは?

JW: 誰だ?

SH: Gavin Lestradeは?あいつは適任だ、そういうの上手いだろ。

JW: Gregだよ。それに僕の親友(best friend)じゃない。

SH: ああ、Mike Stamford、なるほどね。まあ、いい奴だしな、うん、でもあいつにちゃんと出来るかな、みんなの…

JW: (遮って)いや、Mikeは長い付き合いだけど、僕の親友(best friend)じゃない。

Sherlockは他に誰を提案したらいいか悩んでいる様子でJohnを見ていた。

JW: なあ、Sherlock、これは僕の人生で一番の節目、一番大事な日なんだよ。

SH: (疑わしい様子でしかめっ面をして)でも…

JW: いや、そうなんだ!その日は、僕が世界で最も愛情を注ぎ、最も気に掛ける二人の人物と一緒に迎えたいんだ。

SH: うん。

JW: Mary Morstan…

SH: うん。

JW: (緊張した様子で溜め息をつき)…それと…

そこでJohnはSherlockの顔を見上げた。彼は辛抱強くその先の言葉を待っている。Johnはとうとう深く息を吸い込んでから続けた。

JW: …君だ。

Sherlockは身動きが取れず、ただ瞬きを繰り返した。

 

披露宴会場。

SH: 白状しますが、初めは自分に託されたということが理解出来ませんでした。ようやくそれを悟ったとき、私は喜ばしく感じたこと、それと同時に驚かされたことを彼に告げました。

 

-Sherlockは身体を強張らせて微動だにせず、Johnの方向に視線を向けているが、彼をちゃんと見てはいなかった。Johnは足を踏み鳴らしてじっと待っている。

 

披露宴会場。

SH: そんな申し出を受けるとは思いも寄らなかったと伝えました、そこに直面して少し尻込みしてしまったのです。

 

-Sherlockは依然、動けないでいる。

JW: Sherlock。

Sherlockは反応出来ない。

 

披露宴会場。

SH: それでも私は与えられた役目を果たすために最善を尽くすことを約束しました-私にとって-考え得る中で最も過酷で困難な役目を。合わせて、このような大役を与えてくれたことに感謝を表明し…

Johnはそんな会話があったか思い出すのに苦労している様子で顔をしかめた。

SH: …そしてある面においては、ほぼ感動したと言ってもいいくらいであることを…示しました。

 

Sherlockはまだじっと立ったまま、ぼんやりと前方を見つめている。沈黙が続く。

JW: ちょっと怖くなってきたな。

 

披露宴会場。

SH: 後からわかったのですが、私はそれらを一切口には出していませんでした。

Johnは笑い出し、客席からも笑い声が上がった。

 

頭脳がようやく再起動したSherlockはひと息ついた。唾を呑み込んで目を細め、視線が定まるとJohnへ顔を向けた。

SH: じゃあ、それっていうのは…

少し考える。

SH: そ、それってつまり…

JW: そうだ。

SH: 僕が君の…

Johnは頷いた。

SH: …best…

JW: …man。

SH: (ほぼ同時に)…friend?

JW: そうだ、もちろん君が。もちろん君が僕の親友(best friend)なんだ。

Johnは微笑んだ。Sherlockはぼんやりとテーブルからマグを取って口にする。Johnは彼がずるずると飲み物を口にして呑み込む様子を興味深そうに見ていた。

JW: じゃあ、どうなのかな?

Sherlockは唇を舐め、少し考えてから頷いた。

SH: 意外だけど了解だ。

そう言う彼が持つマグの中では、お茶の表面に眼球が浮かんでいた。

JW: そしたらスピーチをしてくれなきゃいけないんだぞ、もちろん。

少しの間Sherlockの思考はまた途切れ、再びJohnへ顔を向けた。

 

※一番の男

…原作「四つの署名」で相談に訪れたMaryを褒め称えるWatsonに対してHolmesが語った言葉-「僕が今まで見た中でもっとも魅力的な女性は、三人の小さな子供を保険金のために毒殺して絞首刑になった女だし、僕の知っている最も不愉快な男は、ロンドンの貧困層に25万ポンド近くも費やした博愛主義者だ」

 

披露宴会場。Sherlockは咳払いをしながらジャケットの内ポケットを探って覚書のカードを何枚か取り出し、独り言を言いながら一枚一枚確かめてテーブルに置いていく。

SH: これは済んだ…これは済んだ…これも少し…これも少し…これも少し…うーん…

再び客席へ顔を向け、Johnへ向き直る。

SH: 申し訳ないが、John、君を祝福することは出来ない。(※)

Maryは驚き、Johnは彼を見上げた。

SH: (客席を見て)すべての感情、特に愛情は、私が取り分け尊重している理論的で冷静な節理と相反するのです。(※)結婚とは、私なりに考えた意見としましては、この病んで道徳的に汚れた世界における、欺瞞に満ちた、見掛け倒しの、過度に涙を誘おうと演出された式典にほかなりません。

招待客の間に気まずい空気が流れた。小声で文句を言い合う者たちもいる。GregとMollyは何をしようとしているのか恐れながらSherlockを見ていた。

SH: 本日我々は「死番虫(※)」を称えます、この共同体の破滅となる存在を、そしてやがて-人は確信するのです-人類全体が。

客たちは彼を見つめていた。Sherlockはしばし言葉を止めた。

SH: それはともかく…(覚書を見て)…Johnについて話しましょう。

JW: (小声で)頼むよ。

SH: (再び顔を上げて)もし私が冒険の間にちょっとした助っ人を用立てるなら、感情や気まぐれからではありません-その人物は多くの優良な特質を自身で備えていて、それを私に対する執着により見過ごしているのです。(※)

Gregは静かに笑った。

SH: そうです、鋭い精神力や俊敏さという評判を私が持ち得ているのは、真実としては、Johnが非常に献身的に引き立て役を買って出てくれているからこそなのです。(※)

Johnは深く溜め息をつき、Maryは顔をしかめた。

SH: そして事実、私が信じるところでは、花嫁にはその記念の日に魅力のないブライズメイドを強く好む傾向があるようです。そこに確かな類似性があると、私は感じます。

Janineは彼を見つめ、他の二人のブライズメイドも居心地悪そうにしていた。

SH: (次の覚書に移り)…そして対比とは、つまるところ、神が自身の創り上げた美をより高めるための策でしょう…

牧師は笑みを浮かべる。

SH: …もしくは、神が家族の愚か者に職の機会を与えるようなバカげたファンタジーとして考案されたものでなければ、ですが。

Maryは手で顔を覆い、Johnも握り合わせた手に半ば顔を埋めた。牧師はSherlockを険しい顔で見ている。そして他の客たちは小声で文句を言い合っていた。Sherlockはしばし言葉を止める。

SH: 私がお伝えしようとしていることとは、私は最も不愉快で、無礼で、無作法で、すべてにおいて不快な馬鹿野郎であり、誰もが出会った不運に嘆くだろうということです。

牧師に顔を向ける。

SH: 聖人を貶し…

Janineに顔を向ける。

SH: 美に対し鈍感で…

MaryとJohnに顔を向ける。

SH: …幸福を目の当たりにしても理解することができないのです。ですからベストマンの依頼を受けた際に私はそれを把握できませんでした、自分が誰かの親友になることなど思いも寄らなかったからです。

客たちは静まり返り、じっと聞き入っている。MollyとGregはしばらく視線を交わしていた。

SH: 幸運にも巡り合うことが出来た最も勇敢で、思い遣りがあり、賢明である人間の親友になれるとは。

Maryは夫に向かって誇らしげな笑みを見せた。何人かの客たちも感嘆の声を上げている。

SH: John、僕は愚かな男だ…

Johnは微笑んで同意するように頷いた。

SH: …君の温かで不変的な友情によってのみ救われる。でも、どうやら僕が君の親友のようだなんて、君の友達選びを祝福することは出来ない。

そこでSherlockはうつむいてから、少し笑みを浮かべた。

SH: 実際、今なら出来る。

客たちは再び文句を言い出したが、徐々に賞賛の気配を帯びてきた。JohnとMaryは微笑んでいる。

SH: Mary、君はこの男に相応しいという言葉は、僕が与え得る最高の賛辞なんだ。John、君は戦争に耐え、傷を負い、悲劇的な喪失を…(Johnの方へ身体を傾けて)…最後のに関しては本当に申し訳なかった…(姿勢を正し)…だから知ってほしい、今日君は、君が妻とする女性と、君が救った男の間に座っている、一言で言えば、世界中で最も君を愛する二人だ。そして僕はMaryの気持ちをどう代弁するのかちゃんと心得ている。僕らは決して君を悲しませたりしない、そしてそれを証明するために、今後の人生を、君と共に歩んでいく。

Johnは泣き出しそうになっている。Hudson夫人はすすり泣き、ティッシュで鼻を拭った。Mollyはテーブル・ナプキンで涙を拭っている。他の客たち-中には男性らも感動して涙ぐんでいた。JohnはMaryに顔を寄せてささやく。

JW: もしあいつに抱きつこうとしたら止めてくれ。

MM: それはお断りね。

そう言ってMaryはJohnの腕を軽く叩いた。Sherlockは次のカードを見る。

SH: ああ、はい。それではJohnのおもしろいエピソードをいくつか…

しかし顔を上げて多くの客たちが涙を浮かべているのに気付くと声が小さくなった。

SH: (早口で)どうした?何があったんだ?何でみんなあんな風になってる?John?

Mollyは誇らしげに彼へ笑みを向けた。Johnは涙を拭っている。

MrsH: (涙声で)ああ、Sherlock!

SherlockはJohnを見下ろす。

SH: まずいことをしたか?

JW: (立ち上がりながら)いいや、そんなことない。おいで。

そう言ってJohnはSherlockを引き寄せて強く抱きしめた。客たちは拍手喝采する。

SH: まだ終わってないんだよ。

JW: うん、わかってる、わかってる。

SH: (Johnが身体を放すと次のカードを掲げながら歓声に被せて)では、おもしろいエピソードを…

JW: 待って-座るまで待ってくれないか?

Sherlockは頷き、拍手喝采は続いた。Johnが腰を下ろして咳払いをすると、歓声はようやく静まった。

SH: では、Johnのおもしろいエピソードをいくつかご紹介します。

Johnはクスクス笑っている。Sherlockは客席へ顔を向けた。

SH: 皆さんが少しでも励まされるということであれば…

客席で笑いが起こる。

SH: …幸いです。では参りましょう。そう、おもしろいエピソードといえば…(ポケットから電話を取り出して)何を置いてもJohnのブログを見なければなりませんね。

そう言って電話を掲げる。Johnは笑った。

SH: 我々が共にした時間の記録です。当然ながら、どうしても彼にはロマンチックなものにする傾向があります、しかし、御存知の通り…(JohnとMaryを見下ろしてウインクをする)…彼はロマンチックな男ですから。我々はいくつかの奇妙な事件に取り組みました。「空っぽの依頼人」…

 

-JohnとSherlockは階段を上って221Bのリビングに入っていったが、目に飛び込んできた光景に足を止めた。ドアの方を向いているJohnの椅子の上には誰かが実際に着用していたと思われるスーツが、座っていたそのままの状態で、身体だけが抜け出したように置かれていた。ズボンの足元には靴もある。

※Johnのブログ「The Hollow Client

 

SH: …「猛毒の巨人」…

 

-男が屋根の上を走っていく。それは非常に背の低い人物だった。足を止めて吹き矢の筒を口に当てる。

SH: (画面の外から)屈め、John!

男が筒へ息を吹き込むと屋根の反対側にいたSherlockとJohnは飛び出す毒矢を避けようと屈み込んだ。二人はすぐに立ち上がり、男の追跡のために再び駆け出した。

※Johnのブログ「The Poison Giant

 

SH: 悔しい事件もありました…

 

-Johnが221Bのダイニングテーブルに向かって座り、お茶を飲んでいる。肘掛け椅子に座るSherlockへ顔を向けると、彼は唇を指でなぞりながら、もう片方の手に持っているマッチ箱をしかめっ面で見下ろしていた。

JW: それ何だ?

SherlockはJohnに顔を向けた。

SH: フランスのデカスロン選手が完全に発狂した状態で発見されたんだ、1812個のマッチ箱に囲まれて-中はみんな空だった、このひとつを除いて。

JW: で、何が入ってるんだ?

SH: (マッチ箱を見ながら)不可解なもの。

う言うとSherlockはゆっくりとマッチ箱の外側と内側をずらして開けていった。正体不明なその中身は光り輝いて、興奮した笑みを浮かべるSherlockの顔を照らした。

※Johnのブログ「The Inexplicable Matchbox

 

SH: (目を回しながら)…「感動的な」事件も…

 

-Johnは221Bの窓際に立って、外の通りを見下ろしていた。

JW: ドアベルを鳴らそうとしてる女がいるぞ。

Johnの視線の先にはSpeedy'sカフェの前をうろつきながら221の玄関を眺めている若い女性がいる。しかし女性は立ち止まって背を向けてしまった。

JW: ああ、だめだ。気が変わったのかな。

女性は少し先まで歩いていったが、また立ち止まって道を戻ってきた。

JW: いや、来るつもりだな…いや、行っちゃうな。行っちゃうみたいだ…あれ、戻ってくる。

Sherlockは肘掛け椅子にぐったりと寄りかかり、顔を天井に向けていた。目を閉じている。

SH: そいつは依頼人だ。退屈な。そういう兆候は前にも見たことがある。

JW: ふうん?

SH: 舗道の上で躊躇ってるのはいつも恋愛に関する相談だ。(※)

※Johnのブログ「Happily Ever After

※恋愛に関する相談だ…原作「花婿失踪事件」で、依頼人らしい女性が通りの上で躊躇っている様子を見てHolmesが言った言葉。「あの症状は見たことがあるな」「路上で揺れ動くのは、常に恋愛事件だ」

 

SH: …そしてもちろん「部屋の中の象」にも触れておかねばなりません。

 

-二人はどこかの極ありふれた部屋の入り口に立っていた。大きく目を見開いて前にあるものを凝視している。Sherlockはあんぐりと口を開け、Johnは顔を強張らせていた。画面の外で象の大きな鳴き声が聞こえる。Sherlockは口を閉じた。

※Johnのブログ「The Elephant in the Room

 

SH: ですが皆さん、この特別な日においては…より変わったものをお求めになりますよね?

そう言うとSherlockは電話を見下ろし、再び視線を上げた。

SH: 「血まみれの衛兵」。

 

※Johnのブログ「The Bloody Guardsman

 

※節理に相反する / 祝福することは出来ない

…原作「四つの署名」でWatsonに「君は機械だ」と言われた際のHolmesの言葉-「感情的な資質は明晰な推理と相容れない」。またその後、Maryと結婚するとWatsonから聞いた際のHolmesの言葉-「到底おめでとうとは言えないな」(Watson「私の未来の妻に不満があるのか?」)「全くない。彼女は僕がこれまで会った中で、最も魅力的な女性の一人だと思うし、君がやってきたような仕事には非常に役立つかもしれない。彼女にははっきりとした才能がある。(…)しかし愛とは心を乱す感情だ。しかも、どんな種類であろうと心が乱れる事は、僕が全てに優先している冷静な判断力とは相容れない。僕は結婚したりはしない。判断に隔たりが出るからね」

 

※死番虫

…death-watch beetle。「ヨーロッパ産の木材食のマダラシバンムシの成虫は、頭部を家屋の建材の柱などに打ち付けて「カチ・カチ・カチ……」と発音して雌雄間の交信を行うが、これを死神が持つ死の秒読みの時計、すなわちdeath-watchの音とする迷信があり、先述の英名の由来となった」-Wikipedia「シバンムシ」より

 

※引き立て役

…原作「白面の兵士」で自ら筆を執ることにしたHolmesは、Watsonについてこう述べている。「この機会に、旧友であり伝記作家であるワトソンについて申し上げたい事がある。私が色々な捜査にわざわざワトソンを連れて行くのは、情にほだされているからでも、気まぐれからでもなく、彼が非常に素晴らしい特性を備えているからだ。これに関して彼は奥ゆかしく、私の能力を実際以上に高く評価する一方、自分はほとんど注目を浴びないようにしている。私の捜査の方向性や結論に先回りしようとする人物は、誰であれ危険である。真に理想的な協力者とは、閉じられた本のように先が読めず、新しい展開を迎えるたびに新鮮な驚きがある人物なのである」

The Sign of Three 2