18ヶ月前。ある新聞の一面に『銀行強盗 警察をまんまと出し抜く』という見出し。添えられている写真では裁判所の外にいる二人の男性が顔を見られないように手を掲げていた。裁判所の扉が大きな音を立てて開かれ、Greg Lestrade警部とSally Donovan巡査部長が足早に出てくる。

GL: あいつら釈放されやがった!

SD: ええ、わかってます。隣にいましたから。

GL: Waters一同お揃いで!外に出やがったぞ!

SD: 繰り返しますが、わたしも中にいました。

GL: (怒りながら)どうやっていつもこんなことを?

SD: 抜け目がないんでしょう。

GL: あいつらは強欲だからきっとまたやる、今度は現行犯で捕まえてやるからな。

SD: どうやって?

 

 

12ヶ月前。新聞の一面には『我々の200万(※ポンド=約3億4000万円)を盗んだのは誰か?』現場保護のテープが張り巡らされているビルには警察官たちの姿があり、そばには車が一台停まっている。Gregがその車の運転席に乗り込んで腹を立てながら乱暴にドアを閉めた。Sallyは助手席に座っている。

SD: ダメでした?

GL: あいつらいつも事前に察知しやがる。(怒りながら)どうしていつもわかっちまうんだ?

SD: 抜け目がない。徹底してるんでしょう。

GL: 一向にやめる気配がない。

SD: まあ、私達もですけど。

 

 

六ヶ月前。新しい記事のタイトルは『警察はWaters一味を有罪に持ち込めそうにない』、そして再び裁判所の写真。GregがSallyを連れて建物から外に出る。腹立ち紛れにうなり声を上げて立ち去っていった。

 

 

三ヶ月前。今回の記事のタイトルは『Waters無罪放免-再び!』そしてやはり裁判所のそばでカメラに対し顔を隠している二人の男の写真。裁判所外の階段に制服を着た二人の警察官が立ち、Gregが怒りに顔を歪ませながら自分の車の後部タイヤをこれでもかというほど繰り返し蹴っている様子を眺めていた。運転席のそばに立つSallyはなす術がなく警部を見ていたが、とうとう耐えられなくなった。

SD: (大声で)Greg!

Gregは大袈裟に身振りをする。

GL: (大声で)現行犯!やり遂げるにはそれしかない!現、行、犯で!

Gregはもう一度タイヤを蹴ると怒りを抑えきれないまま運転席のドアを開け、その弾みでSallyを脇へ押しやってしまった。

 

 

昨日。不気味なピエロのマスクをした男が銃身を短くした散弾銃を持って銀行の地下金庫を見渡していた。視線を向けた先には別の不気味なマスクをした男がいて、何かを入力していたラップトップから顔を上げる。三人目の覆面の男は保管室の中に侵入していて、三つの重そうな金の延べ棒を慎重にドアへと運んでいた。ラップトップの画面には『ALARMS OFFLINE [警報 オフライン状態]』と表示されている。いくつかの台の上に何百もの延べ棒が積み上げられている保管室へ二番目の男が入っていった。それぞれの山から三つの延べ棒を手に取って部屋を出る。別の場所にあるラップトップの画面には先程のものと同じメッセージが表示されているが、別の一文が添えられていた。『***HACKING DETECTED [ハッキング検出]***』

銀行の外に停められた車の助手席にいるSallyの膝の上にそのラップトップが乗っていた。車上のライトを点滅させたパトカーが何台か待機し、警察官たちが歩き回っている。GregはSallyと共に車の中で座っていた。

GL: まだ妨害してるのか?

SD: ええ。非常に手際良くハッキングされてます。あいつらは大いに浮かれてるはずですよ。

GL: だろうな!(Sallyに笑いかける)

保管室の中で三人目のピエロが二つの台を見下ろすと、それらはもう空になっていた。二人目のピエロが彼に歩み寄って肩に手を置く。武装した警察官たちが銀行へ突入していった。GregとSallyは車を降り、Gregが彼女へ自分たちも後に続こうという身振りをする。

GL: よし、いいな?

SD: ああ、ダメですよ!逮捕はあなたにしていただかないと。今回の手柄はボスのものです。

GL: 俺を「ボス」なんて呼んだことなかっただろ。

SD: ああ、まあ、日頃の行いが良かったってことですよ。

二人は歩きながら笑みを浮かべる。

GL: 報われることなんて滅多にないもんだよな?今日は良い日だ。

SD: Waters一味にとってはそうじゃありませんけどね。

するとGregの携帯電話がメールの受信を知らせた。顔をしかめてポケットへ視線を向けたが、無視することにした。

SD: よし、屋上には十名、出口はすべて封鎖、銀行は閉まってる、よって人質の心配は要りませ…

再びGregの電話がメールを受信した。顔をしかめているとSallyの視線を感じた。

GL: すまん、いいんだ、続けてくれ。

SD: ええと、トンネルの入り口も封鎖しましたし、Davies、WillardとChristieがマフェキング通りで機動隊を指揮しています。

Gregの電話が更に二回の受信音を鳴らした。ポケットから電話を取り出し、立ち止まってメッセージを確認する。

GL: すまん、無視するわけには。

SD: (他の警察官らと先へ進みながら)あいつなんでしょう?

届いたメッセージを読んだGregは衝撃を受けた。

HELP.

BAKER ST.

NOW.

HELP ME.

PLEASE.

[助けて。ベイカーストリート。今すぐ。助けてくれ。頼む。]

Sallyへ向かって顔を上げる。

GL: い、行かないと。

SD: (驚いて振り返り)はあ?!

GL: 逮捕は君が。

SD: 何言ってるんですか!

GL: すまん。君に任せる。お、お、俺は今回は身を引く。

SD: 今出ていったりしたらJonesが手柄を全部横取りしますよ!(※)ご存知でしょう!

Gregは躊躇ったが、仕方なく成功のチャンスを諦めることにしたようだった。

GL: ああ、だが…仕方ない。行ってやらないと。

そう言って駆け出していってしまった。Sallyは顔をしかめながら警部を見送ると他の警察官らと共に現場へ向かった。Gregは車へ向かって走りながら電話を掛けている。

GL: (電話に)援護を。最大限の援護を要請する。ベイカーストリート、すぐにだ!

そして車へ乗り込んで猛スピードで走り去った。

 

※Jones

…原作ではLestradeの他にも何人かの警部が登場し、「四つの署名」ではJonesという警部が事件を担当する。

 

 

イカーストリート221B。Gregが階段を駆け上がり、リビングへ入っていった。

GL: (息を切らしながら)どうした?

Sherlockはダイニングテーブルに向かって腰を掛け、ラップトップを眺めていた。左右それぞれの手の指先をこめかみに当てて頭を支えている。

SH: これは難問だ。

GL: 何が?

SH: 本当に難問だ。今まで課せられた中で最大の難問だ。

そう言うと手を下ろして一冊の本を取り、Gregへ向かって掲げて見せた。本のタイトルは“How to write an unforgettable best man speech [心に残るベストマン・スピーチを書くための方法]” (※ベストマンについては後述)

SH: Johnのおもしろいエピソードって何かあるか?

Gregは呆然と彼を見つめていた。外ではサイレンを鳴らしながら数台のパトカーがベイカーストリートへやって来て急停止した。

GL: 何だと?!

Sherlockは本を下ろしてGregに向かって顔を上げる。

SH: 逸話が必要でさ。

そこでようやくGregの様子に気付き始めた。

SH: そこまでしてくれなくても良かったんだけどな?

Gregはまだ息を切らしながら彼を見つめて立ち尽くしていた。外ではこちらへ向かってくる救急車のサイレン、そしてヘリコプターが近づいてくる音も聞こえる。Sherlockが外の音に気付いて視線を向けると、開いていた背後の窓のカーテンが下りてくるヘリコプターの風を受けて部屋の中へとはためいた。Sherlockは風になびくカーテンがそばにある譜面台に置かれていた譜面をまき散らすのを見渡す。Gregは腹立たしげな顔をして目を閉じた。

 

 

----------オープニング----------

 

 

221Bから優しいワルツを奏でるバイオリンの音が聞こえる。Hudson夫人がお茶のセットをトレイに乗せて221Aから出てきた。聞こえてくる音色に笑みを浮かべて立ち止まり、上の階へ上がっていく。リビングのドアは閉じられていたので夫人は少しその前で立ち止まってから中へ入った。すると夫人の予想に反してSherlockはバイオリンを弾いていなかった。その代わりに、キャメル色のガウンを着たSherlockは音楽に合わせて仮想のパートナーと共にワルツを踊っていた。夫人が入ってきたのに気付いて肩越しに顔をしかめる。

SH: 黙っててくれ、Hudsonさん。

MrsH: 何も言ってないわよ。

SH: (ダンスを続けながら溜め息をつき)質問をしようとしてる。考えているところを見ると肉体的に苦痛を感じる。

そう言いながら踊るのを止めた。

MrsH: あなたが弾いてるのかと思った。

SH: 僕が弾いたものだ。

リモコンを取って音楽の再生を止め、テーブルに置いてあった譜面に屈み込んで音符を書き加える。

SH: 作曲をしてる。

MrsH: (Johnの椅子のそばにあるテーブルへトレイを置きながら)踊ってたじゃないの。

SH: 実技試験をしてた。

MrsH: 何ですって?

SH: (ペンを放り出して夫人に顔を向け)どうしてここに?

MrsH: 朝のお茶を持ってきてあげたのよ。(カップにミルクを注ぎ)いつもは起きてないじゃないの。

SH: (自分の椅子に座りながら)朝、お茶を持ってきてくれるって?

MrsH: (お茶を注ぎながら)まあ、どこからやって来ると思ってるの?!

SH: 知らないね。そういうもんだと思ってた。

MrsH: あなたのお母さんは言いたいことがたくさんあるでしょうね。

そう言いながらカップを彼に渡してあげた。

SH: うん、わかってるよ。リストになってる。Mycroftの場合はファイルだけど。

夫人は含み笑いをしながらJohnの椅子に腰を下ろした。

MrsH: (興奮しながら)そう-大きな節目になるわね!(※)

SH: (お茶をすすりながら)大きな節目って?

MrsH: 結婚よ!JohnとMaryが結婚するのよ!

SH: 目下同居中の二人の人間が教会へ赴き、パーティーをして、短い旅行へ行き、同居を続ける。何が節目になるって?

MrsH: 人を変えるのよ、結婚は。

SH: いや、そんなことない。

MrsH: まあ、あなたにはわからないでしょうね、いつもひとりでいるんだから。

Sherlockはカップを口へ近付けたが、少し飲むのを留まった。

SH: あんたの旦那は二人殺して処刑された。パートナー探しの宣伝材料にはなりそうもないね。(お茶を飲む)

MrsH: 結婚は人を変えてしまうものなのよ、想像も出来ない形で。

SH: 薬殺刑の如くね。(あてつけがましい笑みを向ける)

MrsH: 親友のね、Margaretが-ブライズメイド(※)をしてくれたの。

目を回しながらSherlockはそばのテーブルへカップを置いた。

MrsH: わたしたちずっと親友でいましょうねって、いつもそう言ってたのよ、なのにその後ほとんど会わなくなってしまって。

SH: (立ち上がりながら)いつものビスケットは無いのかな?

MrsH: わたしが追い出してしまったのね。

SH: 買い物は?

あてつけがましくドアへ歩み寄る。

MrsH: あの娘一日中泣いてた、「ああ、時代の終わりだわ」って言って。

SH: (階段へ手を伸ばし)角にある店ならやっているはずだ。

MrsH: たぶんあの娘の言う通りだったのね、ほんと。

Sherlockは目を閉じて顔をしかめる。

MrsH: あの娘が先に帰っちゃったのを憶えてる。ねえ、結婚式で先に帰っちゃうのよ?(首を振り)悲しいじゃない。

SH: うむ。とにかく、やることが色々あるんじゃないか。

MrsH: いいえ、そうでも。時間の余裕くらい…

SH: (厳しく)ビスケット。

夫人は舌打ちしながら立ち上がった。

MrsH: (ドアへ向かいながら)ほんとにあなたのお母さんに言ってあげないとだわ。

SH: 好きにしたらいい。あまりわかってはもらえないだろうけど。

夫人が出て行くそばからドアを閉めてしまい、Sherlockは顔を背けて溜め息をこぼした。そしてしばらくJohnの椅子を眺め、キッチンへ進んで廊下へ向かう。

SH: (ガウンを脱ぎながら)さて、それでは。

寝室にあるワードローブの開いた扉にはハンガーに掛けたモーニング・コートのスーツが用意されていた。それを眺めて一言。

SH: 戦闘へ。

 

※ベストマン/ブライズメイド

…「欧米の結婚式において、新郎の付添人であり立会人の男性をグルームズマン(日本ではアッシャーと呼ぶ場合が多い)と呼び、その代表をベストマンと呼ぶ。新郎の世話人であり、結婚指輪や結婚証明書を運ぶなど、挙式進行のサポートをする重要人物で、選ばれることは名誉なこととされる。新郎の親友や兄弟などの未婚の男性が勤めることが多い」「ブライズメイド(bride's maid)とは、花嫁の付き添い人、立会人として、結婚式で花嫁の側に立つ女性たちのこと。主に花嫁の友達、姉妹、親族で、未婚の女性が務める。バージンロードで花嫁に先立って入場し、花嫁の身の回りの世話をする。白以外のお揃いのドレスを着てブーケを持ち、花嫁に華を添え引き立てる。ドレスは新婦が用意してプレゼントする」」「ブライズメイドやグルームズマンの習慣は、中世のヨーロッパが起源で、花嫁の幸せを妬む悪魔から花嫁を守るために、未婚の姉妹や友人たちが花嫁と同じような衣裳を着て付き添い、悪魔の眼を惑わした伝統が由来とされる」-ウエディング用語辞典「ベストマン」「ブライズメイド」より

 

 

あるひとりの男性が礼装の軍服を着てジャケットのボタンを留めている。両手でやれば簡単なことなのに何故か片手でそれを行っていた。ベッドの上にはスーツケースがあり、そのそばには白いハイウェスト・ベルト、一組の白い手袋、儀刀が置いてある。ベルトを取るとジャケットの上に当てて左腕で押さえ、右手で腰を一周させてから留め具で固定する。何故右手しか使わないのか、それは男の左手に見える凄惨な傷痕から明らかだった。過去に負った酷い火傷が原因で不能となってしまったのだ。背後にも手を伸ばしてジャケットの裾を整える。そして軍帽を被ったその顔の左側にも惨たらしい火傷の痕があった。男は前方を見据えながら再びジャケットの裾を下に引いて整えた。

 

 

鐘が鳴り響き、教会の扉が開かれる。結婚式を済ませたJohnとMaryがSherlockとチーフ・ブライズメイドのJanine、そして二人のブライズメイドと牧師を引き連れて外に出てくる。カメラマンが写真を撮るために外で待機していた。

カメラマン: おめでとうございます!いいですね、そのままそこに-新婚さんたちの写真を撮らせてください。

JohnとMaryが立ち止まるとブライズメイドたちは後ろに下がったが、SherlockはMaryの横に立った。

カメラマン: ああ、新郎新婦のお二人だけで、お願いします。

Sherlockは動かない。Johnが声を掛ける。

JW: Sherlock?

SH: ああ、失礼。

ようやく二人から離れる。

カメラマン: いきますよ-3、2、1、チーズ!

ブライズメイドたちは空に向かって晴れやかに色とりどりの紙吹雪を撒き散らし、カメラマンが写真を撮った。他の参列者たちも入り混じって写真の撮影が行われ、その中には並んで立つJohnとSherlock、Gregの前で八歳くらいのページボーイ(※)がJohnもしくはSherlockのシルクハットを被って立っているというものもあった。その他にカメラマンはSherlockとJanineが一緒にいるところも写していた。MollyがそのそばでフィアンセのTomと一緒に立っている。Sherlockをじっと見つめるその表情は、心変わりしたと語っていたとは思えないようなものだった。カメラマンが撮影を終えるとJanineはSherlockへ話し掛けた。

Janine: あの有名なHolmesさんでしょ!お会いできてうれしい。でもセックスは無しでいい?

SH: (困惑して)あの、何て?

Janine: (笑って)そんなに怖がらなくても。からかってみただけ。ブライズメイド、ベストマン…ちょっと堅苦しいじゃない。

そう言ってふざけて彼の腕にパンチした。Sherlockは嫌がるように顔を背ける。

SH: そうか?

Janine: (少し気まずそうに)でも必須じゃないでしょ(!)

SH: もしそういう相手を探しているなら…(ひとりの参列客へ顎を向ける)…あそこにいる青い服の男が有力候補だな。最近離婚した医者で茶色い毛の猫がいる…(男のスーツに茶色い猫の毛が付着している部分がクローズアップされ、猫の鳴き声が聞こえる)…納屋を改築…(靴に付着している「おがくず」)…そして勃起不全を患っている。

クローズアップが少し引いて男がカウボーイ・ブーツを履いているのが明らかになった。西部劇にあるような、銃弾が放たれる高い調子の音が聞こえる。Sherlockは目を瞬いた。

SH: さっきの情報は訂正だ、たぶん候補としては有力じゃないな。

Janine: ええ、そうかもね。

SH: (戸惑いながら)すまない-予想外の推理結果がもうひとつあった。

Janine: Holmesさん…(彼の腕を取り)…すごく役に立ってくれそうね。

Sherlockは再び彼女の手を見下ろし、眉をひそめた。

 

※ページボーイ

…「ページボーイ(page boy)とは、キリスト教式結婚式にて、挙式で使用する聖書を祭壇まで運ぶ役割の男の子のこと。フラワーガールやリングボーイなどと同様に新婦を先導して入場する。親類の10才以下の男の子に頼む場合が多い」「リングボーイ (ring boy)とは、結婚指輪を載せたリングピローを運ぶ役割の男の子のこと。欧米スタイルの挙式にて、新郎入場の後に、リングボーイがリングピローを持って登場して、ベストマンもしくは新郎へリングピローを渡す。それに続き、花かごを持ったフラワーガールが花びらを蒔きながら入場し、最後に新婦と新婦の父が入場する」-ウエディング用語辞典「ページボーイ」「リングボーイ」より

 

 

その後、JohnとMaryは披露宴会場の外で招待客を出迎えていた。SherlockもJohnのそばに立っている。

MM: (男性客と握手を交わしながら)どうも。来てくれてありがとう。

Maryは次の女性客にキスをする。その女性客がJohnへも挨拶のキスを交わすために先へ進むと、別の男性客が挨拶をしようとMaryの前に進み出た。

MM: 元気だった?

男性客: きれいだね、Mary。

MM: ありがとう!

男性客: おめでとう。

更に客たちが挨拶を済ませていくと、派手な紫色のネクタイをした男性の順番がやって来た。Maryはうれしそうに彼を迎える。

MM: David!

腕を広げて抱擁をしようとしたが、Davidはそれを避けて気まずそうに笑いながら彼女の腕に少し触れるだけに留めた。

David: Mary。おめでとう。君は、その、すごくすてきだよ。

そう言うとすぐに彼女の前を離れてしまった。Maryは困惑する。DavidはJohnと握手を交わした。

David: John、おめでとう。君は幸せ者だね。

JW: ありがとう。

MM: あの、えっと、David、こちらSherlock。

Sherlockは固く口を結んだままで笑みを向けた。

David: ああ、うん。僕らはね、その、面識があって。(気まずそうにうつむく)

 

-221Bのダイニングテーブルに向かって座るDavidは部屋を見渡していたが、やがてペンを持って向かい側に座っているSherlockへ顔を向けた。

David: で、アッシャー(※)としての務めってどんなものなのかな?

机の上からスウドクーブ(※)を取ってぼんやりと弄ぶ。Sherlockは批判的な様子で顔をしかめ、ペンを置いて手を握り合わせた。

SH: Maryについて話そう、まずは。

David: え、何だって?

SH: おや、何のことだかわかってるだろう。君は彼女と二年間付き合っていた。

David: な、何年も前だよ。俺たちは…今じゃただの良い友達で。

SH: それは事実か?

そう言うと前に置いていた紙を見下ろした。

SH: いつ彼女がツイートしようとも君は時刻や居場所に関わらず五分以内に返信をする、彼女の投稿に対して通知機能を設定していることが窺える。君のFacebookにある幸せなカップルの写真すべて、Maryは中心に据えられているのに対しJohnは常に部分的もしくは完全にフレームから外されている。

David: (落ち着かない様子で笑い)だからってまだMaryに対して未練があるとは言い切れないだろ。

SH: 悩みを聞く役を買って出ていたな、異なる機会で三回も。抗弁として言えることは何かあるかな?

Davidは口を開いたが何も言うことが出来なかった。

SH: (下を向いて紙に書き込みながら)これからの僕らと君の関係は「軽い知り合い程度」に格下げとなるだろう。年に三回の計画的な社交上の出会い以上のものは無い、そして常にJohn同席の下で、だ。

再びペンを置いて両手を握り合わせ、Davidへ鋭い眼差しを向ける。

SH: 君の所在は把握している。監視させてもらう。

David: (少し目を見開いて)みんなの言ってた通りだ。とんでもないサイコパス野郎。

SH: 高機能なソシオパスだよ…君と同類だ。

そう言って歯を見せながら不気味に笑って見せたが、すぐにその笑みを消して合わせた両手を顎に当てた。Davidはうなだれて苦しげに溜め息をこぼしてから立ち上がり、部屋を後にした。Sherlockは左手だけを伸ばしてスウドクーブを机の上の所定の位置に戻し、また顎の下で両手を合わせた。

 

※アッシャー

…前述「ベストマン/ブライズメイド」についての注釈を参照。

 

※スウドクーブ

…ルービックキューブに数独を組み合わせたパズル。詳しくはWikipedia「スウドクーブ

 

現在。Davidは何か不安気につぶやきながらわずかにMaryへ向かって手を振り、会場へ入っていった。Johnは興味深そうにSherlockを見やったが彼は顔を上げて澄ましていた。そこへ次の招待客がやって来る。

MM: どうも!

挨拶は続く。黒と白のドレスを着た女性がやって来てMaryへキスをした。

MM: 会えてうれしい。

女性客はJohnと挨拶のキスと抱擁を交わす。

女性客: おめでとう。

JW: お越しいただいてありがとうございます。

少し離れたところにページボーイの少年が立っていた。Maryが彼に微笑みかけたが、少年はSherlockへ向かって一目散に駆け寄り、うれしそうな笑みを浮かべながら腕を広げて抱きついた。Sherlockは気まずそうに少年を見下ろす。

SH: うん、そうだな、その、よく務めを果たしたよ、Archie。

黒と白のドレスを着た女性はArchieの母親で、二人へ向かって微笑みかけた。

女性客: この子ったら本当によくなついてて。どうやってこんなに仲良くなったのかしら。

SH: ええと…

 

-221B。Sherlockは自分の椅子に座り、Johnの椅子に腰を掛けているArchieと向い合っていた。

SH: 基本的には新婦のそばで愛想を振りまき、新郎のそばで愛想を振りまく、あとは指輪だな。

Archie: (直ちに)やだ。

SH: それから正装もしなくちゃならない。

Archie: (直ちに)やだ。

SH: 本当に正装をしなければならないんだ。

Archie: (直ちに)何のために?

SH: しっかりして見えるとかそういうこと。

Archie: (直ちに)何で?

Sherlockはしばし言葉に詰まった。

SH: …知らん。訊いてみる。

Archie: (考えながら)探偵なんだよね。

SH: うん(Yep-pを強調して)。

Archie: 殺人事件も解決したの?

SH: もちろん。たくさんね。

Archie: 見せてくれる?

SH: (ほんのわずか躊躇った後で)ああ、いいよ。

二人は立ち上がってダイニングテーブルにあるラップトップへ歩み寄った。Sherlockは何枚かの写真を見せている-しばらくしてArchieはその中のある画像をよく見ようと画面に近寄った。

Archie: この目の中に詰まってるのは何?

SH: 蛆虫。

Archie: すげー!

SH: (しばし彼を見つめて)うん。

 

現在。ArchieはまだSherlockに抱きついている。

母親: ご褒美に何かの写真をもらえるって言ってましたけど。

SH: ああ、そうです…(Archieの頭を撫でて)…いい子にしてたら。

Archie: (母親へ顔を向けて)首が切られてるの。

SH: (すばやく)すてきな田園風景の。

SherlockはArchieを離れさせ、そっと会場の入り口へ押し出した。

母親: ええ?(中へ向かいながらArchieを見下ろし)何て言ったの?

 

 

会場の中。MollyはTomと仲良く抱き合い、彼の頬に何度もキスをしていた。カメラマンが近付いてくるのをTomが見つけると彼女はカメラへ笑みを向け、写真を撮らせた。

カメラマン: いいですね。

カメラマンはそばにいる別のカップルへ移動する、それはHudson夫人と、あのサンドイッチ屋のChatterjee氏だった。夫人はカメラに向かって楽しそうに微笑むが、Chatterjee氏はあまりそこにいるのを喜んでいない様子だ。カメラマンは席について飲み始めているGregの写真を撮り始めた。Gregはカメラに向かってグラスを掲げる。JohnとMaryはそばに立っていた。Johnはカナッペの皿を持ってやって来るウェイターを示す。

JW: ああ、君も要る…?

MM: (皿からひとつ取って)お腹空いた。

JW: (ウェイターから差し出された皿を断りながら)結構。

MM: このドレスを着るためにうんと減量しなくちゃならなかったんだから。

Johnはクスクス笑った。

SherlockとJanineは少し離れたところに立っていた。Janineは通り過ぎるウェイターに関心を示す。

Janine: 彼、いいわね。

Sherlockはよく匂いを嗅いでみる。

SH: 二つの主要なブランドのデオドラント、どちらも慢性的なひどい体臭に強い効果があると謳われているものだ、ストレスの下に置かれていることを明示してる。

Janine: わかった、もういい。仲間についてはどう?

Sherlockは彼女の視線の先へ顔を向ける。近くに設けられているキッチンでは別のウェイターが大きなローストビーフの塊に刺さった串を慎重に引き抜いていた。

SH: 長い関係が続いてる、浮気癖がある。

Janine: ほんとに?

SH: スマートフォンに防水カバーを装着している。(男のジャケットのポケットに入っている電話へクローズアップする)顔の皮膚からは屋外の仕事であることが見受けられない。(顔にクローズアップする)そこからあの男はシャワーを浴びるときに電話を持って入ることが窺える、それは見られたくないテキストやemailを頻繁に受け取るからだ。

Janine: これからもやってくれる?

SH: 事件を解決するのは好きか?

Janine: 欠員があるの?

SherlockはJohnへ視線を走らせたが、再び顔を背けた。

MaryがJohnの肩に手を置く。

MM: ねえ、Harryは?

JW: ああ、いや。欠席だ。

MM: そうなの、すごく残念ね。

JW: あいつを招待するってのはちょっとした賭けだったんだよな。やっぱり、飲み放題のバーとは-まだ上手くやっていけないんだろう。

Johnはそう言ってうつむいたが、再び顔を上げて会場の入り口を見ると思いがけない人物を目にして驚いた。

JW: ああ、そんな、まさか!

入ってきたのは先程の、酷い火傷を負った軍服姿の男だった。

MM: あら、あ…あの人って…?

JW: 来てくれたんだ!

Maryがうれしそうに微笑むとJohnは男へ歩み寄った。二人は互いに向かって敬礼をする。SherlockがMaryへ歩み寄り、不快そうに話し掛ける。

SH: あいつがあれか。Sholto少佐。

MM: そのようね。

Sherlockは目を細めて二人の様子を眺めている。

SH: そんなに仲の良い友人なら、何故あまり話題にしないんだ?

MM: わたしといる時はいつだって話題にしてるわよ。あの人のことばっかり。

SH: あいつのことを?

MM: まあ、そうね。

Maryは持っていたグラスのワインを飲んで顔をしかめた。

MM: うげー。このワイン、わたしが選んだの。すっごくまずい。

SH: そうか。でもそんなにあいつのことばっかり話してるのか?

MM: まあ、そうね。

入り口にいる二人。

JW: ほんとに、ほんとに来て頂いてうれしいです。あまりこういう席に出ることはないんでしょう。

Sholto: まあ、旧い友人のためだからな、Watson…John。会えて良かった。

JW: こちらこそ。

Sholtoは頷いて会場を見渡した。

Sholto: 民間人としての暮らしも馴染んでるようじゃないか?

JW: ええ、まあ、そうですね…(Maryを示して)…そう、だと思います。

Sholto: 「自転車乗り(※)」はもう必要ないんだな?

JW: いや、と、時々は。いっぱいいっぱいになったときとか。

Sholtoは頷く。

JW: セラピーは非常に有効ですよ。

Sholtoは視線を逸らした。

JW: ここ最近はどちらにお住まいなんですか?

Sholto: ああ、遠く人里離れたところだよ。君は知るまい。

SherlockとMaryへ戻る。

SH: 名前すらあいつの口から聞いたことがないぞ。

MM: まあ、あの人って世捨て人って感じでしょ-ほら、あれから…

SH: そうだな。

MM: あの人が顔を出すなんて思ってもみなかった。今まで会った中で一番非社交的な人だってJohnは言ってるわよ。

SH: あいつが?あいつが一番非社交的だって?

MM: まあね。

SH: ああ、だからあいつは子犬みたいに尻尾を振って跳び回ってるのか。

Maryはニヤつきながら彼の腕を抱きしめた。

MM: ああ、Sherlock!そうなの、わたしたちは一番じゃないんですって!

SherlockはMaryを見下ろす。

SH: 笑うのをやめろ。

MM: わたしの結婚式なのよ!

Sherlockは目を回して腕を放し、どこかへ去っていった。Maryは再びワインを口にしてしかめっ面をした。

 

※自転車乗り

…trick cyclist。精神病医psychiatristのマラプロピズム(※言葉のこっけいな誤用、詳しくはWikipedia「マラプロピズム」)

 

 

他の場所、立派な邸宅のある一室。大きな古い絵画が壁にあり、そばには鎧の一式も飾られている。規則的に踏み鳴らすような音が聞こえるのは部屋の中にランニング・マシーンがあるからだった。運動着姿のMycroftがその上でジョギングをしている。しばらくするとスイッチで作動を止め、台の上から軽くジャンプして降りた。かなり息を切らしている。少し離れたところへ進んで立ち止まり、上着を持ち上げて腹を軽く叩きながら状態を確認し、手応えを感じている様子を見せた。するとそばのテーブルに置いてあった携帯電話が鳴り出した。歩み寄って電話を取り、話し出す。

MH: (息を切らしながら)もしもし、何だ、Sherlock?

SH: (披露宴会場の中を歩きながら電話へ)何故息を切らしてる?

MH: 書類整理を。

SH: 電話を受けるのが困難な場所にいた、もしくはまた運動を始めた、か。後者かな。

MH: 何の用だ?

SH: 答えを聞かせてほしい、Mycroft、止むを得ない事情として。

MH: 「答え」?

SH: ギリギリだとしても遅すぎることはない、わかるだろ。

MH: (溜め息をついて)おい、勘弁してくれ。

SH: 車を呼べばいい、プライベート・ジェットも使えるだろ。

MH: 今日か。あれは今日だったのか?いや、Sherlock、行くつもりはない、「夜の宴」か、お前が詩的に表現すると。

SH: (偽善的に)残念だなあ。MaryとJohnはきっとさぞ…

MH: 私がうろちょろしなくて喜んでいるだろう。

SH: さあ、どうだか。宴会に亡霊は付き物だからな。(※)

MH: (テーブルからジュースの入ったグラスを取り)では、いよいよだな。大きな節目。(※)(肘掛け椅子に腰を下ろし)これからはお前と頻繁に顔を合わせることになるんだろうな。

SH: 何が言いたい?

MH: 昔のようにな。

SH: いや、理解できない。

MH: まあ、ひとつの時代の終わりってとこだろう?JohnとMary-幸福な結婚生活だ。

SH: いや、いや、いや-寧ろ、新しい章の始まりだと僕は思ってる。

Mycroftはただ笑うだけだった。

SH: 何だよ?

MH: 何でもないよ!

SH: その沈黙の仕方は知ってる。何だよ?

MH: まあ、話題を戻してやった方が良さそうだな。立派なスピーチか何かをするんだろう?

SH: (まだ答えを聞き出そうとしている)何だよ?

MH: ケーキに、カラオケ…ご歓談。

SH: (腹を立てて)Mycroft!

MH: それが人の営みだ、Sherlock-彼らは結婚する。忠告しただろう、巻き添えになるな。

SH: 巻き添え?巻き添えになんかなってない。

MH: (信じない様子で)いいや。

SH: Johnがベストマンをやってくれと頼んできたんだ。断れるわけないだろう?

MH: (偽善的に)そうだよな!

SH: 巻き添えになんか!

MH: (偽善的に)信じるよ!本当にな!良い一日を、幸せなご夫婦によろしく伝えてくれたまえ。

SH: わかった。

電話を下ろして通話を切ろうとすると、Mycroftが話を続けた。

MH: ああ、ところで、Sherlock-“Redbeard”を憶えているか?

Sherlockの顔が強張った。

SH: 僕はもう子供じゃない、Mycroft。

MH: いや、もちろんそうだな。せいぜい巻き添えにならないよう楽しみたまえ、Sherlock。

Sherlockは通話を切った。しばしうつむいた後で、上座の席へ向かって歩き出した。

 

※大きな節目

…Holmesに結婚すると打ち明けるWatsonの言葉-「僕が君の手法を研究する機会は、この調査が最後になるかもしれない気がする。モースタン嬢は光栄にも僕を将来の夫として受け入れてくれた」

 

※宴会に亡霊は付き物

…“There should always be a spectre at the feast.”-the ghost/spectre at the feastという表現から。現在の幸福を味わっているときに過去の罪や辛い思い出が蘇り、気分が台無しになること。シェイクスピアの戯曲「マクベス」から。国王となったマクベスは友人のバンクォーを暗殺するが、その後の宴会でバンクォーの亡霊を見て不安に苛まれる。

The Sign of Three 1