ベイカーストリート。221の玄関の前ではリポーターやカメラマンたちが舗道の上を歩き回っていた。

電話越しに聞こえる「レ・ミゼラブル」の歌-“Do you hear the people sing?(民衆の歌)”。Mycroftが電話の向こうで困り切った様子の声を出している。

Mycroftの声: Sherlock、頼む。頼んでいるんだよ。幕間で交代出来るから。

Sherlockは寝室でワードローブに歩み寄りながら片手でジャケットのボタンを留めている。

SH: (電話に)ああ、すまないな、兄さん、でも約束したんだろ。僕に出来ることは無いよ。

MH: (電話越しに)だがお前にはこの辛さがわからないだろう-この恐ろしさ!

Sherlockはニヤけながら通話を切り、廊下からやって来るJohnの方へ振り返った。

JW: 来いよ。下に行かないと。みんな話を聞きたがってる。

目を回し、Sherlockは彼の横を通り過ぎる。

SH: すぐ行く。

二人はリビングに入る。そこではMaryがシャンパンのグラスを手にしてソファに腰掛けていた。同じくシャンパンのグラスを持ったHudson夫人はそのそばに、GregはJohnの椅子に座っている。Sherlockは新しいボトルのコルクを抜くとグラスと一緒にそれを持ち、お代わりを提供するためにコーヒー・テーブルのそばへ跪いた。

MrsH: ああ、ほんとにうれしいわ、Mary。日取りは決まったの?

MM: ええと、五月に、と思ったんですけど。

MrsH: まあ!春の結婚式ね!

MM: ええ。まあ、きちんと婚約を済ませたら、ですけど。

JW: うん。

MM: (あてつけがましくSherlockを見て)前回は邪魔されてしまったんで。

JW: うん。

SherlockはMaryに笑みを向けた。

GL: うん、待ち切れないな。

そう言って乾杯の意味を込めてグラスを掲げる。上着を身に付けたJohnは彼に向かって微笑みかけた。シャンパンを注いだグラスを置いたSherlockは立ち上がって窓の方へ歩み寄る。

MM: あなたも来てくれる?Sherlock。

SH: 結婚式か-僕にはあまり向いてない。

そう言うと彼女の方を見てウインクした。Maryは微笑みを返す。するとドアが開いた。

MoH: こんにちは、みなさん。

JW: ああ、Molly。

MoH: (一緒に来た男性へ手を伸ばして)こちら、Tom。

Johnは彼女のボーイフレンドを見ると思わず二度見してSherlockへ視線を向けた。

MoH: Tom、こちらがみなさん。

Tom: どうも。

Johnは引き続き驚きながら彼を見ている。その男性はSherlockのコスプレ同然の見た目をしていた。背が高く痩せていて、Sherlockよりは短いがダークカラーの巻き毛、大きな灰色がかった青い瞳に張り出した頬骨。そして襟を立てたダークカラーのロングコートを纏ってSherlockと同じ巻き方でマフラーをしていた。

GL: やあ。

Tom: みなさんにお会いできて本当にうれしいです。(Johnを見て)どうも。

ニヤけながら彼を上から下まで眺めていたJohnは、ようやく我に返った。

JW: ああ。うん、どうも。Johnです。(握手を交わす)会えて良かったよ。

Sherlockの様子を窺うと彼は窓から外を見下ろしていたが、彼らの方へ振り返った。

SH: 準備は?

JW: うん。

TomはSherlockへ視線を向けた。Gregへ笑みを向けながら横を通り過ぎ、ようやくSherlockはTomの視線に気付く。不意に立ち止まり、目を見開いた。Tomも同様に目を見開いてSherlockが彼の全身をざっと見る様子を眺めている。

GL: (彼らの背後へ歩み寄り)シャンパンは?

MoH: ええ。

Sherlockは愕然として少し口を開き、心待ちな様子で彼に笑みを向けているJohnへ視線を投げた。ようやくSherlockはTomへ手を差し出して握手を交わした。Mollyを一瞥してSherlockは恋人たちの間を通ってドアの外に出る。Tomは振り返ってその姿を見送った。GregがMollyにシャンパンのグラスを手渡す。

MoH: どうも。

JohnもSherlockに続いて部屋を出ようとしたが、立ち止まってGregからグラスを受け取るTomの様子をもう一度眺めた。

Tom: ありがとうございます。

その類似性にまだ合点がいかない様子でJohnは部屋を出てドアを閉めた、Hudson夫人がTomをソファへ手招きする。

MrsH: お掛けになって。

Tom: ああ、どうも。

Tomがソファへ向かうとGregはMollyに顔を向けた。

GL: で、その、真剣な付き合いを?

MoH: (微笑んで)ええ!気持ちを切り替えて!

少し疑いを抱きながらGregはMaryとHudson夫人と会話を始めたTomの方を見やる。

 

階段の踊場でJohnはマフラーを首に巻いているSherlockへ歩み寄り、ドアを指差した。

JW: (小声で)君は、あのさ…?

SH: (小声で)僕は何も言ってない。

JW: そうだな、それがいい。

Sherlockは自分の巻いたマフラーの状態を見下ろし、腹立たしげな顔をして溜め息をこぼしながら、手を投げ出した。Johnは再度ドアを眺めてからSherlockへ向き直る。

JW: 待ってるんだけどな。

SH: うん?

JW: 何故あいつらは僕を殺そうとした?君があいつらの企みに気付いていると知ってたんなら、何で僕を捕まえて-火の中に入れたりする?

SH: (コートを手に取り)知らない。知らないということは好きになれない。

階段を下りる彼にJohnもついていく。

SH: 君のブログにあるような装飾されたフィクションとは違うんだよ、John、実際の生活ではそんなにうまくはいかない。

階段を下りると立ち止まってコートを着る。Johnは少し上の段に留まっていた。

SH: 裏で手を引いていたのが誰かは知らない、だが見つけてみせる、約束するよ。

JW: 楽しんでない振りをするなよ。

SH: (顔を向けず)うん?

JW: 戻ってこいよ。またヒーローになってくれ。

SH: おい、バカなこと言うなよ。

JW: それがわからないなら君はバカってことになる。君は好きなんだよ。

SH: (顔を向けて)好きって、何を?

JW: Sherlock Holmesでいること。

SH: それがどういう意味にとられているのか僕にはわかりかねるね。

振り返り、手袋をしながら玄関へ向かう。

JW: Sherlock、どうやってやったのか教えてくれるのか?どうやって飛び降りて、生き残ったのか?

SH: (立ち止まるが振り返らず)僕のやり方は知ってるだろ。僕は不死身の男として知られてる。

JW: いや、でも真面目にさ。君が死んだとき、僕は墓に行ったんだ。

SH: そう望んだだろうな。

JW: ちょっとスピーチもした。実は君に語りかけたんだ。

SH: (振り返って)知ってる。そこにいたよ。

JW: もう一度奇跡を、と頼んだ。死ぬのを止してくれって頼んだんだ。

SH: (そっと)聞いてたよ。

しばし二人は見つめ合う。Sherlockは鋭く息を吸い込んで玄関へ顔を向けた。

SH: とにかく、行く時だ、Sherlock Holmesとなって。

微笑んでドアへ向かい、少し躊躇ってからコート掛けに手を伸ばした。そこから鹿撃ち帽を取ると頭に乗せて位置を整え、ドアを開けて外へ出た。リポーターとカメラマンたちが彼に群がり写真を撮りながら質問を浴びせる。Johnはドアを閉めて少し誇らしげに彼の背後に歩み寄った。

 

 

どこか不気味な様子の倉庫か研究室、たくさんの書類やファイルの詰まった棚が並んでいる。部屋のあちこちにグロテスクな人形や動物の剥製、彫像がおかれていた。部屋の端には細いフレームの眼鏡を掛けたひとりの男がいて、壁に投影させたCCTVか何かの映像を眺めている。Johnが篝火の中から救出される様子をいくつかの角度から映したもので、映画で使われるフィルムが回されていた。そしてSherlockが篝火の中からJohnを引きずり出す間に繰り返されるMaryの「John!」という悲痛な叫び声。男はその映像を熱心に繰り返し何度も見ていた、そしてその視線はJohnの身体を引こうと屈みこんでいるSherlockの一時停止された映像へ向けられた。Sherlockの姿をじっと見つめる男の瞳孔は急速に絞り込まれた。

The Empty Hearse 7