221B。昼間。ドレッシング・ガウンを羽織らずにスーツ姿でいるSherlockは目を閉じて肘掛け椅子に座っていた。静かに溜め息をつきながら肘掛けの上を時折指先で叩いている。ソファには白髪の男女が腰掛けていて、女性の方がしばらく前から話をしているようだった。

女性: …わたしだったらそんな風に物を置いたりしないのに。バカな女よ。とにかく、失くしたとき最初にわたしが注目したところで見つかったのよ。「ソファの後ろは確認したの?」って言ったのに。

Sherlockは顔を引き上げ、少し首を傾げてほとんど眠ってしまいそうになりながら頷くと、再び顎を上に持ち上げた。彼が顔の前で手を合わせると女性は夫へ顔を向けた。

女性: いつもソファの後ろで物を失くしてるんじゃない、あなた?

男性: そうだね。

Sherlockはキッチンの方をにらみつけている。

女性: 鍵に、小銭に、お菓子。特に眼鏡。

男性: 眼鏡ね。

女性: そんなものまで。「どうしてチェーンを付けて首から下げておかないの?」って言ったら、あなた、「そんな-Larry Grayson(※)みたいに?」って。

男性: (ほぼ同時に)Larry Grayson。 (※70年代に活躍したコメディアン。ゲイのネタが有名。)

Sherlockは素早く立ち上がり、ジャケットの裾を整えながら男女へ歩み寄った。

SH: で、結局は見つけたんだろ?くじ引き券を。

そう言いながらコーヒー・テーブルの上を進んでソファに乗り、男女の間に立った。女性は脇へ避け、男性はSherlockが壁の書類を何となくいじっているのを見上げている。

女性: まあ、そうね、おかげ様で。何とか時間通りにバスに乗れて。ええと、セント・ポール(大聖堂)とか、(ロンドン)塔を見て回って…でも国会議事堂には誰も入れてもらえなかったのよ。

Sherlockは眉をひそめて女性を見下ろした。

女性: 何か大きな会議をしてるのね。

するとリビングのドアが開き、やって来たJohnが中へ入ろうとした。Sherlockは驚いて振り向く。

SH: John!

JW: 失礼-取り込み中か。

SH: (ソファから降りて女性へ手を伸ばし、立ち上がらせようとしながら)いや、いいんだ、いいんだ、ちょうど帰るところ。

女性: ええ、帰るですって?

SH: そうだ。

JW: いいよ、いいよ、もし事件があるなら…

SH: いや、事件じゃない、違う、違う。(女性に)行けよ。じゃあな。

女性: ああ、そう、土曜日までこっちにいるから、覚えておいてね。

SH: はい、良かったね、すばらしい。いいから行ってくれ。

そう言って二人をドアへ連れていく。

女性: ねえ、電話ちょうだいよ。

SH: すごくいい、うん、良かった。出ていってくれ。

踊り場へ二人を押し出してSherlockはドアを閉めようとしたが、女性が振り返って素早く足を挟み、ドアを閉じられないようにしてしまった。Sherlockは彼女の足を見下ろしながら少しドアを開く。

女性: (小声で)わたしたちがどんなに喜んでるか、Sherlock。みんながあなたのことを悪く思ってるときだってずっと。

SherlockがJohnの様子を窺うと、彼は窓へ歩み寄り、わざと他の者たちに背を向けていた。

女性: すべてが終わって本当に喜んでるんだから。

しかめっ面をしながらSherlockは彼女の足をどかしてドアを閉めようとする。女性は譲らない。

男性: もっと頻繁に連絡をしてくれるよな?

SH: (焦りながら)うう、うん。

男性: 心配してるんだから。

女性: 約束できる?

もう一度SherlockはJohnの様子を窺い、彼に会話が聞こえていないかを確認してから女性へ近寄った。

SH: (小声で)約束する。

笑みを浮かべて女性は彼の頬を撫でた。

SH: ああ、もう…

そしてSherlockはドアを閉じて深く溜め息をつき、Johnの方へ振り返った。

SH: すまなかったな。

JW: いや、いいんだ。依頼人?

SH: (わずかに躊躇い)…僕の両親だ。(※)

JW: 君のご両親?

SH: 数日こっちに。

JW: 君の、ご両親?

SH: Mycroftが「レ・ミゼラブル」の芝居に連れて行くって約束してさ。僕も来るよう説得しに。

JW: あれが君のご両親?

Johnは窓に歩み寄って外を眺めた。

SH: そうだ。

JW: なんか…(少し含み笑いをして)僕が思ってたのとは…

Sherlockへ顔を向けて、もう一度窓から外を見下ろす。

SH: 何だよ?

JW: い、いや何だか…すごく…

Sherlockの顔を見ると、彼は目を細めて鋭い視線を向けていた。

JW: …普通だなって。

そう言ってJohnは笑みを浮かべた。Sherlockは非難がましく舌打ちをする。

SH: 僕が背負わなければならない十字架だ。

Johnはクスクス笑い、ゆっくりと部屋の中へ向かって数歩進んでから振り返った。

JW: ご両親も知ってたの?

Sherlockは目を合わせようとしない。

SH: うん?

JW: 君が二年間、隠れんぼして過ごしてたこと。

Sherlockはダイニングテーブルに開いてあったラップトップのキーボードから埃を摘みとる振りをしている。

SH: たぶん。

JW: ああ!だから葬式の時いなかったんだ!

SH: (申し訳なさそうに)悪かったよ。もう一度謝る。

JW: (皮肉そうに)ふん。

Johnは部屋の中へ歩を進める。Sherlockはそれを眺め、そしてうなだれた。

SH: (小声で)ごめん。

深く息を吸い込んでSherlockの目を見ると、Johnはうつむいてゆっくりと息を吐き出した。

SH: あれは剃っちゃったんだな。

JW: ああ。似合わなかったからな。

SH: うん、うれしいよ。

JW: 何だよ、君も気に入らなかったのか?

SH: (笑みを浮かべ)うん。僕はきれいに髭を剃ってる医者の方がいい。

JW: 日常会話のセリフじゃないぞ!(※)

ゆっくりと部屋を歩き回り、かつての自分の肘掛け椅子の前にいたJohnはぶつぶつ言いながら椅子に腰を下ろした。

SH: 調子はどうだ?

JW: ああ、悪くない。ちょっと…燻製に。

SH: そうだな。

Johnは真剣な態度でSherlockを見た。

JW: 昨日の夜の-あれは誰の仕業だ?それに何で僕を狙ったんだ?

SH: わからない。

JW: 何者かが僕を介して君に接触しようとした?君が言っていたあのテロリストか何かの仕業?

SH: わからない。傾向が掴めない。漠然とし過ぎてる。

壁の書類へ歩み寄る。

SH: 非常に取るに足らないことを僕らに知らせるため、エージェントが自らの命を懸けたのは何故だろう?それが不思議なんだ。

JW: 「命を懸けて」?

SH: Mycroftによれば。ロンドンに攻撃を企む地下組織がある-わかってるのはそれだけ。

するとSherlockはうつむいて顔をしかめた。脳裏に「切り裂きジャック」の部屋の天井から埃が舞い落ちる場面が過ぎり、何かの記憶を呼び覚ましたようだ。顔を上げて壁の書類へ手を伸ばす。

SH: こいつらは僕にとってのネズミなんだ、John。

JW: ネズミ?

SH: 僕が目印にする者たち。エージェント、下層階級、逮捕されるかもしくは突然、外交特権を無効にされてしまうかもしれない人物。ひとりがもし怪しげな振る舞いを始めれば、何かが起ころうとしているのがわかる。五人は完璧に普通の行動をとっている、だが六人目…

問題の人物の写真を指す。

JW: (写真を指して)こいつ知ってるかも。

写真の人物は、あの地下鉄から消えた乗客だった。

SH: Moran上院議員。世襲貴族で国際開発省にいる。既成組織の中心人物。

JW: そうだ!

SH: 1996年から北朝鮮のために任務を遂行している。

JW: 何だって?

SH: こいつは大きいネズミだ。ネズミ第一号。そしてちょうど非常に疑わしく思われる行動を執ったところなんだ。

 

※両親

…Sherlockの両親を演じる二人は、Benedict Cumberbatchの実際の両親で俳優のTimothy CarltonとWanda Ventham。

 

※日常会話のセリフじゃない

…例えば、朝食に出される卵について。「私はゆでた卵がいい」

 

 

その後、SherlockはHowardから提供された、地下鉄から消えた怪しい乗客の映像をJohnに見せていた。Johnはコートを脱いでしまっている。

JW: (画面を見ながら)うん、こりゃ…おかしいな。降りられるところは無かったのか?

SH: 地図を見る限り無い。

JW: うーん。

SH: 何かがある-何か、何か見落としているものが、何か僕の目の前にあるもの。

壁の方へ振り返ったSherlockの電話がメールを受信して音を鳴らした。ポケットから電話を取り出す。

JW: (パソコンの前に腰を下ろしながら)何者かっていう手がかりは-その地下組織の?

Sherlockは国会議事堂の外を歩くMoran議員の連続写真を眺めている。写真の様子から地下鉄のウエストミンスター駅からやって来たところだということがわかった。

JW: (パソコンの画面を見ながら)諜報機関は一番目につく人間たちのリストを持ってるはずだろ。

SH: ネズミが巣から出てきた。

JW: アルカイダ、それにIRA(※)の動きはまた活発になってきているし-もしかしたらそいつらが姿を現そうと…

SH: (誇らしげに)そうだ、そうだ、そうだ、そうだ、そうだ!僕はバカだった-僕の目は節穴だった!

JW: 何だ?

SH: (部屋の中を歩き回り)ああ、良かった。それは見事かもな。

JW: 何のことだよ?

SH: Mycroftの諜報機関-ちっとも漠然となんかしてない。明確だ-とんでもなく明確なんだ。

JW: (しっかりとした口調で)どういうことだ?

SH: 地下組織(underground network)じゃないんだ、John。地下の鉄道網(Underground network)なんだよ。

JW: そうか。…え?

SH: 時に人を欺く行為はとても大胆に、とても突飛なものとなる。すぐ目の前にあるのにそれを見ることが出来ないんだ。

ラップトップへ屈み込んで、唯一の乗客、Moran議員がウェストミンスター駅で列車に乗り込む映像を再生する。

SH: 見ろ-七つの車両がウェストミンスターを出た…(映像は次の駅を映す)…だが六つの車両だけがセントジェームス公園駅に到着してる。

JW: でもそんなの…そ…そ、そんなの不可能だろ。

SH: 消えたのはMoranじゃない-ひとつの車両まるごとだ。運転手は列車を停めて最後尾の車両を切り離したに違いない。

JW: 切り離すってどこで?!その駅の間には何もないって言ってたじゃないか。

SH: 地図上ではな、だが他の要因をすべて取り払えば、残ったものだけが真実となるはずだ。(画面を指す)車両は消えた、だからどこかにあるはずなんだ。

JW: でもどうして?どうして最初の場所で切り離す?

SH: (歩き回りながら)セントジェームス公園とウエストミンスターの間で消える。Moran議員は姿を消す。拉致された君が公園で焼かれて死にかけ…

そこで立ち止まった。何かを掴んだのだ。

SH: (Johnへ顔を向けて)何日だ、John-今日は何日だ?

Sherlockは壁の書類へ目を向けて、ゆっくりと歩み寄っていく。

SH: Moran議員-上院議員だ。普段は国会議事堂にいる。今夜は新しい反テロ法案の、夜を徹した票決が行われるんだ。

ソファの前に立ち止まり笑みを浮かべる。

SH: だが奴はそこにいないだろう、今夜は。(Johnの方へ振り向いて)11月5日は。

JW: 『覚えておけ、覚えておけ』

SH: 『火薬陰謀事件を』(※)

 

※IRA

…Irish Republican Army、アイルランド共和国軍。反英武力活動を行なう北アイルランドのカトリック系過激派組織。

 

※『覚えておけ、覚えておけ』『火薬陰謀事件を』

…ガイ・フォークス・ナイトに口ずさむマザーグース。(詩の内容は地域などにより若干異なる)

Remember, remember the Fifth of November (覚えておけ、覚えておけ、11月5日を)

The Gunpowder Treason and Plot (火薬陰謀事件を)

I know of no reason Why the Gunpowder Treason (理由が見当たらない、火薬陰謀を) 

Should ever be forgot (忘れてなるものか)

Guy Fawkes, Guy Fawkes, t'was his intent (ガイ・フォークス、ガイ・フォークス、奴の目的は) 

To blow up the King and Parli'ment (国王と議会を爆破することだった)

Three-score barrels of powder below (地下に三つの樽に入った火薬を)

Poor old England to overthrow(哀れなイギリスを倒すため)

By God's providence he was catch'd (神の導きにより奴は捕らえられた) 

With a dark lantern and burning match (覆いのついたランタンと燃えるマッチを手にしているところを)

Holla boys, Holla boys, let the bells ring (さあ少年よ、さあ少年よ、ベルを鳴らせ)

Holloa boys, holloa boys, God save the King! (さあ少年よ、さあ少年よ、神は国王を守るのだ) 

And what should we do with him? (そして我らが奴にすべきことは?)

Burn him! (奴を燃やせ!)

 

 

しばらくしてボンボン帽子を被ったHoward Shilcottは自室で二人とスカイプをしていた。その間も221BにいるSherlockとJohnはテーブルに広げた地図や書類を熱心に調べている。

Howard: 下には何もないよ、Holmesさん、言ったでしょ。待避線も無い、廃止になった駅も無い。

SH: (ラップトップの向きを変えてJohnにも画面が見えるようにしながら)あるはずだ。もう一度確認しろ。

Howardは画面から姿を消す。Johnは一冊の本を見ている。

JW: なあ-ここ全体のエリアは古いものと新しいものが混ざり合ってる。「チャリング・クロスはトラファルガー広場やストランドのような旧式の駅として造られ…」

SH: いや、そういうものじゃない。それは既に考慮した。

古い地図に注目する。

SH: セントマーガレット通り、ブリッジ通り、スマトラ通り(※)、パーラメント通り…

Howard: (噛んでいた帽子のボンボンを取って)待って、待って。スマトラ通り。スマトラ通りって言ったね、Holmesさん。(画面から出て)そこに何かある。それで何か思い出したんだった。(ぶつぶつ言いながら)それはどこだ?(画面に戻り)その下には駅があったんだ。

JW: じゃあ、何で地図には載ってないんだ?

Howard: 営業開始する前に廃止されたから。

JW: 何だって?

Howard: (本をカメラの前に掲げ、該当するページを見せながら)ホームは造った、階段だってね、でも法的紛争で膠着状態となった、だから地上には駅は建設されなかった。

ニヤリとしながらページ上の該当する部分を指す。話を聞いている間、Sherlockはゆっくりと起き上がっていた。

SH: ウエストミンスター宮殿(※)の真下だ。

JW: それで下には何があるんだ?爆弾か?

Sherlockは部屋を出て行く。Johnはコートを掴んで慌てて後を追った。

 

※スマトラ通り

…スマトラという名の通りはこのエピソードの舞台であるウエストミンスター付近には無い。(ウエストハンプステッドに同名の通りがある)また、『中止された駅』もその場所には存在しない。「スマトラ」「ネズミ」といえば原作「サセックスの吸血鬼」における過去の事件についてのHolmesの発言。「マチルダ・ブリックスは若い女性の名前じゃない、ワトソン」「スマトラの巨大なネズミにちなんだ船の名前だ。この話を世間に公表するにはまだ機が熟していないが。」

 

※ウエストミンスター宮殿

…「英国ロンドンの中心部テムズ川河畔に存在する宮殿。現在英国議会が議事堂として使用している。併設されている時計塔(ビッグ・ベン)と共にロンドンを代表する景色として挙げられる。所在地はロンドンのミルバンク。なお近隣のテムズハウスは保安局(MI5)の本部となっている」-Wikipedia「ウエストミンスター宮殿」より

 

 

ニュースキャスター(TVで):  多くのコメンテーターが申し上げている通り、テロ法案票決のための召集は間近まで迫っています、下院議員らは今、政府が召集するこの議会のもっとも重要な票決のため議場へと向かっていっています。それが済むと…

あるホテルの一室、Moran議員はベッドに横たわりながらTVを眺めていた。リモコンで別のチャンネルに変える。

男性の声(TVで): 自分達自身をスパイすることを始めるとしたら、我々が保護している自由とは正確にはどんなものなのでしょうか?これは前代未聞の規模におけるオーウェル的(※)法案で…

 

※オーウェル的

…オーウェルはイギリスの作家、ジョージ・オーウェル。「全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の作者で知られる。『1984年』のような世界を描いた監視管理社会を「オーウェリアン」(Orwellian)と呼ぶ」-Wikipedia「ジョージ・オーウェル」より

 

 

SherlockとJohnは国会議事堂近くの道を足早に歩き、ウェストミンスター駅へと下りる階段へ向かった。地下へ下りるとコンコースを通り、改札を過ぎて通路を進んでいく。

JW: ということは爆弾なんだな?地下鉄の車両が爆弾を運んでる。

SH: そのはずだ。

JW: そうか。

すると手袋を外してポケットから電話を取り出す。

SH: 何してる?

JW: 警察に通報する。

SH: は?やめろ!

JW: Sherlock、これはゲームじゃない。奴らは議会を撤退させるのが目的なんだぞ。

SH: 奴らは阻止しようとしてる。常にそうだ。これはより完全に、より効率的に、なんだ。

メンテナンス用のドアの前で立ち止まるとコートからバールを取り出してドアをこじ開けようとし始めた。

JW: そんで違法だな。

SH: 少しな。

ドアを開けてしまうと二人は中へ入った。背後でゲートを閉めると懐中電灯を取り出し、二人はメンテナンス用トンネルを進んでいく。Johnが電話の状態を見ると圏外になっていた。

SH: (彼の方を見ずに)何してる?

JW: (溜め息をつき)行きますよ。(電話をしまう)

細いトンネルや通路を進み、急勾配の金属の階段を下りながら時間を掛けて歩き続ける。そしてようやくスマトラ通り駅のホームに辿り着いた。Sherlockは懐中電灯でホーム脇の線路を照らしてみたが、車両の姿は見当たらなかった。

SH: 理解できない。

JW: まあ、第一声はそれだな!

SH: 他に可能な場所は無いのに。

線路に顔を向け、両手で頭を抱えると目を閉じて集中し出した。心の中で、彼は失われた車両のシートに腰掛けている。唯一の乗客だ。遠くの端にあるドアの下から煙が入り込んできて彼の方へ漂ってくる。そちらへ顔を向けると煙の後ろには燃える火の玉があり、それが車両に沿って向かってくるとSherlockが座る位置を追い越して先へと進んでいった。

そして心の中の彼は車両から100ヤード(※91.44メートル)ほど離れた位置のトンネル内に場所を移動していた。車両の下から火炎が彼の方へ向かってきたが、到達する前に天井に開いた巨大な通気孔に吸い込まれた。

地下鉄の地上では国会議事堂内の様々な換気扇から、押し出されたかのように熱せられたガスが揺らめいていた。テムズ川の対岸から見た全景へと切り替わる…そしてウエストミンスター宮殿全体が巨大な爆発に呑みこまれるのだった。

Sherlockは目を見開く。

SH: ああ!

左方向へ振り向き、ホームの端へ向かって駆け出す。

JW: (追いかけていき)何だ?

Sherlockは慎重にホームの端から線路へ飛び降りる。

JW: 待てって。Sherlock?

SH: (振り返り)何だ?

JW: あれは…作動してないのか?

SH: (線路に沿って出発しながら)レールに触れない限り完全に安全だ。

JW: もちろんそうだよな(!)レールを避けて。すごい(!)

そう言いながらJohnも線路へ下りる。

SH: こっちだ。

JW: 確かか?

SH: 確かだ。

それほど歩く必要はなく、ゆるく曲がった道の途中で車両は姿を現した。

JW: ああ。見ろよ。

歩み寄りながらSherlockが上を見上げると心の中で見たのと同様に巨大な通風孔が目に入った。懐中電灯で照らす。

SH: John。

JW: うん?

二人が立ち止まって懐中電灯で上を照らしてみると、通風孔の脇に小さな爆弾がいくつか設置されていることが判明した。

JW: 爆破薬。

車両へ近付きながらJohnは姿勢を低くして車体の下や側面を照らしてみる。更に近づくと長い溜め息をこぼしながら再び屈み込んで下の様子を確認し、Sherlockは車体の側面を眺めていた。Sherlockが運転席のドアを開け、車体へ登ると慎重に内部のドアへと歩み寄る。ゆっくりと歩を進めながらすべての座席や角を天井や床に沿って照らしていく。二番目のサイドドアで何かに注意を向けたSherlockは進む速度を落とした。Johnは一番先まで進んでいる。

JW: 空っぽだ。何も無い。

残念ながらそれは間違っていた。Sherlockは絡みあう黒と赤のケーブルが壁に沿ってひとつの座席の下へ繋がっているのを目撃していた。

SH: そうか?

Johnが振り返って懐中電灯を向けると、Sherlockはその明かりの下で身体を傾けてそっと座席のクッションを持ち上げた。顔を上げてJohnを見る。

SH: これが爆弾だ。

JW: 何だって?

Sherlockは起き上がって座席のクッションを完全に上げた。座席の下の空洞部分にはワイヤーの繋がっている爆弾が詰め込まれていた。

SH: 爆弾を運んでいるんじゃない。この車体全体が爆弾なんだ。

二人は車両内にある座席のクッションを手当たり次第に持ち上げる。それぞれに同一の爆発物が仕込まれていた。

 

 

ホテルの部屋、Moranはブリーフケースを開き、蓋を持ち上げる。中身は明らかに起爆装置だった-小さな画面、数字の文字盤、鍵の差込口、そして世界を混沌に陥れるボタン-は特に巨大でも赤く塗られてもいない。装置には一組の鍵が添えられていた。

 

 

Johnがクッションを持ち上げている間、車両の中を見渡しながら数歩進んだSherlockは一枚の床板が緩くなっているのに気付いた。Johnが最後に開けた座席の下にある爆弾を見下ろしている中、Sherlockは手袋を外しながら床板へと屈み込み、隙間へ指を入れて持ち上げた。下には「爆弾のボス」が鎮座していた-巨大な装置の上に更に巨大な爆発物が設置されている。JohnはSherlockへ顔を向ける。

JW: 爆弾の処理をしないと。

SH: 今はもうそんな時間はないかも。

JW: じゃあどうするんだ?

SH: (わずかに動きを固めて)何も思い浮かばない。

JW: (厳しい口調で)なら何か考えろ。

SH: どうすればいいか知ってると何故思う?

JW: 君はSherlock Holmesだからだよ。それが可能なくらい君は賢い。

SH: だからってデカい爆弾を止める方法を知ってるとは限らない。君はどうだ?

JW: 僕は爆発物処理班じゃない。ただの医者だからな。

SH: (怒りながら懐中電灯を彼に向けて)それと兵士だろ、僕らにいつも言い聞かせてるじゃないか。

Johnがカウントダウン用の時計を見下ろすと、現在は2:30で止まっていた。

JW: そ、そのタイマーを取っちゃうとか何か出来ないのか?

SH: そうすれば事を進行させる。

JW: そうなのか?君はわかってるじゃないか。

Sherlockは溜め息をこぼして顔を背けた。

 

 

ホテルの部屋、Moranは文字盤で「051113」と入力した。鍵のひとつを差込口に挿入して回す。装置は音を鳴らした。鍵から手を放すとボタンを押した。

 

 

地下の車両では車両と爆弾のボスのライトが点灯し、タイマーはカウントダウンを開始した。二人はショックに陥って辺りを見渡し、Johnはうめき声を上げる。

SH: ああ…

JW: (呼吸を速めて)畜生!

SherlockはJohnから少し離れる。

SH: えっと…

JW: どうして警察を呼ばなかった?

SH: 頼むから…

JW: (怒り狂って)どうしていつも警察を呼ばないんだよ?

SH: でも、今となっては役に立たない。

2:15

JW: (怒りながら)じゃあ爆弾のスイッチをオフに出来ないんだな?爆弾のスイッチをオフに出来ない、そして警察を呼ばなかった。

一旦顔を背けてから再び振り返る。

SH: 行け、John。(運転席の方を指し)行けって。

JW: 今更どうしようもないね、だってもう逃げ出すのに十分な時間なんて無い、そして僕らがこれをやらなければ…(爆弾のボスを指して)…他の人たちも死んでしまう!

1:57

しばし爆弾を見下ろし、Sherlockを指差す。

JW: 精神の館。

SH: うん?

JW: 精神の館を使え。

SH: それが何の役に立つ?

JW: 君は太陽の下にあるあらゆる事柄を蓄えておいてるんだろ!

SH: ああ、で君はそのどこかで僕が「爆弾を止める方法」を編み出すと思ってるんだな?

JW: そうだ!

Sherlockは少し考えてみる。

SH: たぶん。

両手の指先をこめかみに当てて、目を閉じてみる。

JW: (厳しく)考えろ。

Sherlockは集中を試みながら少し頭を持ち上げる。

JW: (そっと)考えろ。頼むから考えてくれ。

Sherlockはうめき声を出す。

JW: 考えろ!

Sherlockは目を閉じたままうめき声を上げ続け、頭から放した手を振り回した。Johnは目を閉じて首を振り、Sherlockはより大きな声で叫び声を上げると目を開いた。しばらく荒い呼吸をしてぼんやりと、だが申し訳なさそうな顔をしてJohnを見た。Johnは信じられない思いで彼を見つめる。

JW: 何てこった。

そして顔を背けた。Sherlockは首からマフラーを外して折りたたんで持つと支離滅裂なうめき声を出しながら頭をかき乱した。爆弾のそばへ膝を落とし、Johnは少し離れたところでうろつき回る。

JW: いよいよか。

Sherlockはどうして良いかわからず爆弾のそばで虚しく手を動かす。

SH: ああ、その…

Johnは立ち止まり、宙を見上げる。

JW: (小声で)何てこった。

SH: (曖昧につぶやきながら爆弾を叩いてみる)スイッチを切る。どうすれば!ああ、あの、ああ…

1:29

Johnが振り返るとSherlockは頭へ手を掲げた。

SH: (そっと)申し訳ない。

Johnは少し目を閉じて、再び彼を見る。

JW: 何だって?

SH: (目に涙を浮かべながら小声で)僕には…僕には無理だ、John。どうやればいいかわからない。

膝を突いたまま起き上がる。

SH: 許してくれる?

JW: (怒りながらキツく)何?

SH: (詫びるように手を合わせながら)頼むよ、John、許してくれ…僕のせいで君を傷つけてしまったことすべて。

JW: (彼にむけて指を振りながら)いや、いや、いや、いや、いや、いや。これもトリックだろ。

SH: 違う。

JW: またあのバカげたトリックなんだろ。

SH: 違う。

JW: 僕に何か感動的なことを言わせようとしてるんだろ。

Sherlockは少し含み笑いをする。

SH: 今回は違う。

JW: 自分を良く見せようとしてる、君があんな…

そこで言葉を止め、涙ぐむのを阻止しようとしながら顔を背け、呼吸を安定させようとした。Sherlockは爆弾から離れ、そばにある上げ起こし式シートの端に腰掛ける。Johnは手すりを掴み、床を見下ろして苛立たしげに足を踏み鳴らした。話し出した声は低いが怒りが篭っている。

JW: 君に死んで欲しくなかった。

SH: ああ、そうだな、願い事には慎重になった方がいい。

Johnは溜め息をこぼす。

SH: もし僕が戻ってこなければ、君はそこに立っていることなく…

歯を食いしばり、Johnは首を振りながら顔を背けた。

SH: …未来を育むことが出来てた…Maryと。

JW: (振り返って彼を指さし)そうだ。わかってる。

顔をしかめて再び顔を背ける。握った拳を口にあて、鼻を拭うSherlockの顔は絶望で満たされていた。Johnは再び振り返る。

JW: (低い声でキツく)なあ、難しいことなんだぞ。

Sherlockは頷き、うなだれる。

JW: 難しいことなんだからな、こういうことは。

SH: (彼を見上げ)わかってる。

Johnは息を吐き出し、うつむいてから再び顔を上げてSherlockを見た。

JW: (ささやきに近い声で)君は最高だった、最も賢明な男だった…(鼻をすすり)…僕が出会った中で。(※)

Sherlockは涙を浮かべた目を見開いて彼を見る。Johnはうつむいて溜め息をこぼし、もう一度顔を上げる。

JW: ああ、もちろん僕は君を許すよ。

Sherlockは彼を見つめている。Johnはしばらくその目を見つめた後で鼻から深呼吸をし、目を閉じると顔を上げて訪れようとする死へ備えた。

 

 

画面はそこで途絶える。

 

※最高の、賢明な男

…原作「最後の事件」でのWatsonの言葉。「私がこれまで出会った中で最も素晴らしく賢明な男だと永遠に尊敬し続ける人物なのである」

The Empty Hearse 5