あるビルの中、Greg Lestradeはドアを封じていた警察の保護テープを剥がした。

GL: この件にはみんな参っててさ。

SH: まあな。そうだろう。

Gregはドアを開けると、SherlockとMollyを連れて地下室への階段を下りていった。下りた先にはレンガの壁に開けられた大きな穴がある。穴を抜けるとGregは部屋の中に設置してあった持ち運び式の照明を点けた。更に照明が点けられると以前Sherlockが新聞で読んでいた“skeleton mystery(骸骨の謎)”の様子が明らかになる。部屋の一番端に白く塗装されたテーブルがあり、添えられた椅子には古めかしいスーツを着た骸骨が腰掛けていた。テーブルの上には水差しとグラス、文房具のようなものが置かれている。骸骨の片方の手にはペンのような物。顔をしかめながら現場の詳細な様子を観察したSherlockはテーブルへ歩み寄って道具入れのポーチを置くと死骸をより細かく調べ始めた。Mollyはノートを広げ、すぐ書けるようにペンを構えてそばに立っている。Sherlockは死骸の臭いを嗅ぎ、頭に浮かんだ候補の中からどれを採用すべきか思案する。

PINE? [松]

SPRUCE? [トウヒ ※マツ科の常緑針葉樹]

CEDAR [杉]

NEW MOTHBALLS [新しい防虫剤]

更に臭いを嗅ぐ。

Carbon particulate [炭の微粒子]

より深く臭いを嗅ぐ。

Fire Damage [火による損傷]

そして起き上がると拡大鏡を閉じた。

MoH: 何かな?

Sherlockは電話を取り出して電波の感度を上げようと高く掲げる。

MoH: 何か見つけたんじゃ?

SH: んん、たぶん。

するとSherlockの頭の中でJohnの声が聞こえ、発した言葉が彼の心に浮かんだ。

SHOW OFF [もったいぶってる]

SH: (ささやくように)うるさい、John。

MoH: え?

SH: うん?何でもない。

机の反対側へ行き、捜査を続ける。

 

 

診察室。コートとマフラーを身に付けたMaryが中に入り、机に向かって座っているJohnへ歩み寄った。

MM: (微笑んで)お疲れ様。

JW: うん。

MM: だいじょうぶ?

JW: だいじょうぶ。

MM: そう。Cathが待ってる。また後でね。

MaryはJohnへ屈み込んでキスをした。

JW: じゃあね。

MM: じゃあね。

 

 

事件現場。Sherlockがピンセットを使って慎重に骸骨が着ているジャケットの襟を持ち上げているのを、Mollyは少し離れたところで何か書き留めることはないか待ちながら見つめていた。GregがSherlockに近付いて小声で話しかける。

GL: (Mollyを盗み見ながら)この取り合わせでやってくつもりなのか?

SH: やってみてる。

GL: そうか。で、Johnは?

SH: もうあまり関わらない。

そう言うとテーブルから離れ、振り返って全体を眺める。天井からセメントの塵が降ってきて離れた場所からガタガタと音が聞こえた。

MoH: 電車?

SH: 電車。

Sherlockは屈んで心の中に方位磁針を呼び起こし、部屋の方位を測る。口の前で指を立て死骸へ向けてズームする。Mollyが死骸へ歩み寄り、首の骨を眺めた。Sherlockも立ち上がって彼女に歩み寄る。

MoH: 男性、40代から50代かな。

そこでSherlockへ顔を向ける。

MoH: ああ、ごめんなさい、あなたは…

SH: いや、うん、いいんだ。好きにやってくれて。

すると再びJohnの声が心の中に聞こえた。

JEALOUS? [妬んでる?]

SH: (歯を食いしばりながら怒って)黙れ!

Mollyは気まずそうにGregを見やる。Sherlockは拡大鏡を取り出し、骸骨の手を調べ、Mollyも骨の状態を観察した。

MoH: おかしいですね。

GL: 何が?

Sherlockはそっと骸骨の手の周りと、続けてテーブルの端まで埃を吹き飛ばした。

MoH: この骸骨は-その…この状態になってせいぜい…

SH / MoH: (同時に)…六ヶ月。

Sherlockはテーブルの側面に隠された仕切りを見つけていた。それを開くと入っていた本を取り出す。表紙の埃を吹き飛ばすと嘲るようにそれを一瞥してからMollyに見せる。表紙に殴り書きされていたのは: 

How I Did It

By 

Jack the Ripper [俺がどうやってやったか / 切り裂きジャック著※]

MoH: わあ!

SH: ふん。

Sherlockは本をぞんざいにテーブルへ置いた。Gregが屈み込んで表紙を見る。

GL: 「俺がどうやってやったか」「切り裂きジャック」?!

SH: ふん。

MoH: あり得ない!

SH: 僕の世界へようこそ。

Gregは楽しげにニヤリとした。道具入れを片付けようとしているSherlockの頭の中でJohnの声が聞こえる。

SMART ARSE [かっこつけやがって]

Sherlockは顔をしかめて頭を叩いた。

SH: (小声で歯を食いしばりながら)出て行け。

道具をしまいながらMollyとニヤついているGregへ大きな声で言葉を掛ける。

SH: 説明をしてあんたの知性を侮辱する気はないよ。

GL: 何だよ-いいから頼むよ!

Sherlockは既に道具入れのポーチを持ってドアへ向かっていたが、頭の中で再びJohnの声が聞こえると足を止めた。

You forgot to put your collar up [襟を立てるのを忘れたな]

頭の中の声に困惑してうろたえながら、Sherlockは二人の方へ振り返った。

SH: そ、そ、その死骸は、ろ、六ヶ月前のものだ、博物館にあった安物のビクトリア朝の衣装を着てる。展示ケースで見本として何年も使われてたもので、生地の状態から判断すると南東に向かって置かれていた。火事で損傷して売りに出された…(電話を取り出して画面をGregに見せる)…一週間前に。

GL: じゃあこれは全部偽装だったのか。

SH: そうだ。

振り返って部屋を出ていく。

GL: よく出来てた。

SH: (既に視界の外へ行ってしまっている)安易だな。

MoH: 何でわざわざこんなことしようと思ったのかな?

SH: ほんと何でだろうな?John。

Mollyは気まずそうにGregを見やった。

 

※切り裂きジャック

…「1888年にイギリスで連続発生した猟奇殺人事件の犯人の通称。この事件は未解決事件である」「切り裂きジャックは又、現在まで正体の知れない神秘性などから、多くのフィクション作家の創作意欲を刺激してきた。特に、同時代・同じロンドンという設定の名探偵シャーロック・ホームズとの対決はそれ自体1つのジャンルともなっている(原作者コナン・ドイル自身は作品の中では何も触れていない)」-Wikipedia「切り裂きジャック」より

 

 

その後。SherlockとMollyはあるアパートを訪れ、ドアベルを押した。すると呼び鈴の代わりに地下鉄の駅員の“Mind the gap. Mind the gap.(列車とホームの隙間に注意してください)”という音声が流れた。Mollyがクスクス笑っていると若い男性が中から出てきた。Sherlockはすぐにボンボン付き帽子を差し出す。

Howard: ああ。気付いてくださってどうも。

SH: どう致しまして。

Howardは帽子を受け取り、二人を部屋の中へ入れた。

SH: で、どういうことなんだい、Shilcottさん?

部屋に入るとそこには囲うようにレールが設置されていて、模型の列車がその上を走っていた。壁にはボンボン帽子を被ったHowardがイギリスのものではなさそうな列車の前でうれしそうに笑みを浮かべながら親指を立てている写真がある。他にも電車に関する記念品などが所狭しと並べられていた。

Howard: ガールフレンドがすごくあなたのファンでね。

SH: (嘲るように笑い出して)ガールフレンド?!

Howardが心外な様子で振り向くとMollyはSherlockへ視線を投げた。

SH: 失礼。続けてくれ。

Howard: 僕は電車が好きで。

SH: そうだねえ。

Howard: 鉄道会社で勤務してて、ディストリクト線で。それで、僕がやる業務の中に用が済んだ監視カメラの映像を削除するっていうのがあって。

話しながら部屋にあるコンピューターの前に座る。

Howard: それをばーっとやってたら、その、ちょっとおかしなのを見つけて。

Howardがコンピューターの画面に顔を向けるとSherlockはMollyに向かってニヤけながらこっそりと「わあ!」という顔をして見せ、Mollyも笑みを浮かべた。Howardsは目的の映像を表示させ、二人はそれぞれ彼の背後から画面を眺めた。ある駅のホームが映っている。列車が停まっていて車両のドアが開く。ホームにいる客はひとりだけで、ビジネスマン風の男がブリーフケースを提げていた。

Howard: これは一週間前。金曜の夜、ウエストミンスター駅の最終列車、そしてこの男が一番後ろの車両(“car”)に乗ったんですよ。

MoH: 「“car”」?

Howard: “car”ですよ、“carriage”じゃありません(※)。20世紀初めにアメリカに買収されたときの遺産なんで。

MollyはSherlockの方を見て視線を投げる。

SH: 電車が好きって言ったろ。

MoH: ふーん!

Howard: で、次の駅…(該当する映像を見せる)…セントジェームス公園駅…それで…

映像では最後の車両のドアが開いていたが-誰も降りて来なかった。にわかにSherlockは興味を惹かれた。ドアは閉まる。

Howard: 気に入ると思いましてね。

先ほどの映像をもう一度再生する。

Howard: ウェストミンスターで最後尾の車両に乗った唯一の乗客…

後の方の映像へ切り替える。

Howard: …そしてセントジェームス公園駅で車両は無人になっていた。説明してくれますかね、Holmesさん。

MoH: 飛び降りることは出来なかったのかな?

Sherlockは首を振る。

Howard: 走行中にドアが開くのを防止する安全機構があるんでね。でもそれだけじゃありませんよ。この列車の運転手はそれから勤務に入ってない。同居人曰く休暇中なんだとか。金が入ったって。

SH: (Mollyに)買収された?

MoH: (ぼんやりと)うん?

Sherlockは少しの間Mollyを眺めてからHowardの方を向いた。Mollyはまごついている。

SH: もし列車の運転手が関わっていたなら、乗客は降りたはず。

Howard: 行けるとこなんてないですよ。ディストリクト線でこの二つの駅は直通。サイド・トンネルは無いし、メンテナンス用のトンネルも無い-地図上には何も無いんですよ。何にもね。列車は停まらない、男は消える。すごくないですか?!

Sherlockは目を閉じ、頭の中でカメラの方を向く乗客の顔を再生しクローズアップした。

SH: その顔を知ってる。

目をパッと開いたがまだ精神の館にいる。路線を走る列車の様子を思い描く。地下鉄の地図の上で様々な路線の上を列車が走り回る。ロンドン地下鉄について出来る限りすべてのことを記憶に呼び覚ます。その作業を経ている中で、現実世界の彼はいつの間にかアパートの外にある階段へ移動していた。恐らくその方がより集中出来ると考えたのだろう、しかし自分の居場所に気付くといつ移動したのか気付かなかったかのように顔をしかめた。再び目を閉じて捜索を続ける。長い階段を下りて地下鉄の駅へ入っていく。姿を消した男の顔がわずかに現れた後、再び地下鉄の路線や地図が頭の中をかすめ、そしてまた男の顔が現れた。

 

※特別車両

…イギリスでは列車の特殊車両をcarと言い、(食堂車=restaurant car)一般の車両をcarriageと言う。アメリカではすべての種類の車両をcarと呼ぶ。

 

 

ベイカーストリート。Johnが221へ歩み寄り、前に立って玄関ドアを眺めた。そこへ通りの角から男がやって来て彼に向かって進むと乱暴に肩へぶつかってきた。Johnは何も言わずに通り過ぎようとする男へ振り向いて言葉を掛ける。

JW: (嫌みっぽく)すみませんね。

男は肩越しにJohnを見て顔をしかめたが足を止めなかった。するとJohnの背後から別の男が近付いて彼の左腕を掴むといきなり首の右側に注射器を刺した。Johnは男を掴もうとするが毒物が既に作用し始め、最初の男が戻ってきて一緒に彼を捕らえると努力の甲斐なく崩れ落ちた。男達は慎重に彼を地面に横たえた。

 

 

Howardのアパート。Mollyは階段を見上げ、目を閉じているSherlockへ向かってゆっくりと登っていった。一瞬後でSherlockは目を開いたが、その目は時計しか見ていなかった。地下鉄の動きに合わせて針が動く。

SH: (矢継ぎ早に)あの二つの駅の間の運行は通常5分を要する。その時は10分掛かっていた-ウェストミンスターからセントジェームス公園まで10分。(Mollyを見下ろし)地図が必要になる-たくさんの地図、旧い地図、全部だ。

MoH: そう。

SH: (彼女を通り過ぎて階段を下りながら)フィッシュ・アンド・チップスはどう?

MoH: え?

SH: メリールボーン通りを出たところに美味い店があるんだ。オーナーがいつも余計に料理を出してくれる。

MoH: (後についていきながら)殺人の訴えをやめさせたの?

SH: いや-棚を取り付けるのを手伝ったんだ。

Mollyは笑い出し、Sherlockも少し笑みを浮かべた。

MoH: Sherlock?

SH: うん?

階段のふもとで立ち止まり、後ろにいるMollyへ顔を向ける。

MoH: 今日はどうだった?

SH: 礼を言うよ。

MoH: 何に対して?

SH: 君がしてくれたことすべて。

MoH: いいの。光栄だったもの。

Mollyは階段を下りてドアへ向かおうとしたが、Sherlockが言葉を続けると振り返った。

SH: いや、僕の方こそ。

MoH: 「光栄」とかじゃなくて。お礼なんて要らないって言いたかったの。わたしがそうしたかったんだもの。

SH: (歩み寄り、しっかりと、でも柔らかい口調で)Moriartyは見方を誤った。あいつは間違ってたよ。僕に何の影響も及ぼさないとあいつが思っていた人物は実は一番大事な存在だったんだから。君がすべてを可能にしてくれたんだ。

息を吸い込む。

SH: でももうこういうことは出来ないんだよな?

Mollyは微笑んだが、声を詰まらせた。

MoH: すてきな一日だった。でもわたし…わたし…その…(うつむく)

SH: (彼女の視線を追って)ああ、おめでとう、そう言えば。

Mollyはダイヤモンドが光る婚約指輪をしていた。

MoH: 職場の人じゃないのよ。

Sherlockは微笑む。

MoH: 友達の紹介で出会ったの、昔ながらの感じで。いい人よ。わたしたち…彼は犬を飼ってて…ふ、二人で週末にはパブに行って、彼の…彼のご両親にも会ったし友達や家族みんなにも。わたしなんでこんなことあなたに話してるんだろう。

SH: 君には本当に幸せになってほしい、Molly Hooper。君ならなれる。とにかく君が好きになる男みんなが実はソシオパスでしたってわけじゃないからさ(!)

MoH: そう?

SH: そう。

Sherlockは歩み寄り、思い遣りを込めた笑みを見せるとMollyの頬にキスをした。Mollyは目を閉じたままそれを受け止め、Sherlockは振り返って玄関を出ていった。Mollyは去っていく後ろ姿を見つめる。

MoH: わたしそういう人がタイプなのかも。

外は雪が降っていた。舗道へ向かいながら少し溜め息をついてSherlockはコートを手繰り寄せる。そして右へ曲がるとそのまま歩いていった。Mollyも手袋を取り出して手に嵌めながら舗道へ出る。Sherlockが去っていくのを眺めた後で彼女は反対側へ向かって歩いていった。

 

 

夜。空には満月が昇っていた。Johnは徐々に意識を取り戻す。彼は草木を切り出したものに囲まれていて、その間から漏れる月の光にわずかに照らされているようだった。息苦しさを感じながら手を動かそうとしたが無理なことに気付く。口を開けて叫ぼうとするが声が出ない。頭を持ち上げようとするがかえって倒れ込んでしまった。右の側頭部の生え際には切り傷がある。

 

 

別の場所で道を歩いていたMaryは電話がメールを受け取って音を鳴らしたのに気付いて立ち止まった。手袋を取って電話に届いたメッセージを確認する。

Save souls now!

John or James Watson?

Saint or Sinner?

James or John?

The more is Less?

眉をひそめて電話を下ろすとMaryは先を急いだ。

しばらくして221へやって来てドアをノックしたMaryをHudson夫人が迎えた。

MM: ああ、Hudsonさん。

顔をしかめるHudson夫人をそっと押し退けてMaryは中へ入った。

MM: すみません-Jo、Johnが誰かに攫われたようなんです-John Watsonが。

上の階、221Bのリビング、コートをまだ着たままでフィッシュ・アンド・チップスの袋を手にしていたSherlockは彼女の声を聞いて振り返った。Hudson夫人もMaryの後についてやって来る。

MrsH: 待ちなさい!あなた誰なの?

MM: (階段の上で立ち止まり振り返って)ああ、わたしはあの人の婚約者です。

MrsH: (微笑んで)ああ!

Maryが階段を上がるとSherlockは踊り場へ出てきていた。

SH: Mary?何かあったのか?

MM: (電話を取り出しながら)誰かがこれを送ってきたの。最初は聖書の何かかと思ったんだけど、ほら、スパムの。でも違う。スキップ暗号なのよ。(※)

Maryをじっと見ていたSherlockは、彼女の携帯電話に表示されているメッセージの冒頭部分へ意識を向けた。

Save souls now!

John or James Watson?

SH: 最初の単語、それから三つめ毎に、だな。Save…John…Watson [John Watsonを救え]。

Maryが残りのメッセージを表示させる。

Saint or Sinner?

James or John?

The more is Less?

不要な単語を消し、必要なものだけを残すと以下のメッセージとなった。

Saint

James

The Less

SH: (落ち着きを失って)すぐに!

床にフィッシュ・アンド・チップスを投げ捨ててSherlockは階段を駆け下り、Maryも後に続いた。

MM: どこに行くの?

SH: St James the Less(※)。教会だ。車で20分。

急いで外へ出て行く。

SH: 車でここへ?

MM: えっと、そう。

SH: (道路の上に出ていきながら)遅すぎる。遅すぎる。

道路の上に立っているSherlockに近寄った車がクラクションを鳴らしながら彼を避けていった。

MM: (半狂乱で)Sherlock、何を待ってるの?

近寄ってくるヘッドライトへ向かってSherlockは振り返った。

SH: これだ。

Sherlockは走ってくるバイクの進む先へ構わず歩み出ると、片方の手の平を押し出して立ちはだかった。運転手は慌ててブレーキを切り、バイクはSherlockの寸前で音を立てながら急停止した。

 

※スキップ暗号

…原作「グロリア・スコット号事件」でHolmesは学生時代に初めて手掛けた事件について語る。その事件の中で被害者の元へ届けられた危険を知らせる手紙にスキップ暗号が使われていた。

 

※James or John?

…原作で妻のMaryがWatsonのことを何故か『James』と呼んでいる場面がある。詳しくはWikipedia「ジョン・H・ワトスン

 

※St James the Less

…James, son of Alphaeus(アルファイの子ヤコブ)。新約聖書に登場する。アルファイの子ヤコブを「小ヤコブ(James the Less)」とし、ゼベダイの子のヤコブを「大ヤコブ(James the Greater)」と呼ぶ。

 St James's Churchはロンドンのピカデリーにある教会。

 

 

少し経ち、それぞれヘルメットをしたSherlockとMaryはバイクで通りを疾走していた。Sherlockは頭の中でSt James the Less教会へ着くまでにどれくらいの時間が掛かるか計算している。現状ではあと10分。電話がメールを受信し、Maryは確認する。

Getting warmer Mr Holmes

You have about ten minutes [温まってきてるよ Holmesさん あと10分くらいだ]

バイクは走り続ける。

MM: どういうことなの?あの人に何をするつもり?

SH: わからない。

 

 

Johnはどこにいるのかわからないが、動こうともがいていた。少し離れた場所から子どもたちの声が聞こえる。逃げ出そうともがきながらうなり声をあげるが、それ以上の大きな声を出すことは出来なかった。

 

 

バイクに乗りながらMaryはSherlockへ肩越しに新しく届いたメッセージを見せる。

8 minutes

and counting... [8分 カウントしてる…]

Sherlockは道路へ意識を戻して更に加速させたが、その先は検問による通行規制が行われていた。道路には警察による非常線が張られ、二人の警察官が順番を待つ車の状態を確認している。

SH: (ハンドルを叩きつけて)くそ!

するとSherlockは左の方角を見て直ちに元のルートを上書きし、代替ルートを導き出した。元のルートの見積もり所要時間は8分、新しく更にダイレクトに進むルートは所要時間5分。Sherlockはバイクの向きを変えると舗道へ乗り上げ、二つのビルの間にある歩道へ走らせた。警察官のひとりが後ろから呼びかける。

警察官: おい!そっちへは行けないぞ!

向かった先には長い下りの階段が伸びていたがSherlockは構わずバイクで下っていき、マル(※セントジェームズ公園の木陰の多い散歩道)へと繋がっている道路へ出た。バイクの向かう先にはバッキンガム宮殿が見える。

 

 

別の場所、教会の敷地内にある小さな広場で篝火を囲む集まりが行われようとしていた。手に持った花火を振り回す子どもたち、小さな太鼓を叩く人々。広場の中程にある、篝火のために設けられた木材と家具などの不要品で作られた巨大な山をひとりの幼い女の子、Zoeが見つめていた。山の頂上に置かれているガイ・フォークス人形を見上げているZoeは気付いていないが、その山の中ではJohnが近くにいる人々から気付かれないままで横たわっているのだった。間も無く点火されることを知っているのか、子どもたちが山のそばに集まってくる。Johnは再び口を開いて叫ぼうとするが弱々しいうめき声を出すのが精一杯だった。出来るだけ声を上げながら身体を動かそうともがく。そうこうしてる内にひとりの男性が先端に火を灯した木の棒を持って山に近付いてきた。子どもたちはうれしそうにその様子を見ている。Johnは少しだけ大きな声が出せるようになってきたが、山の外は子どもたちのはしゃぐ声や太鼓の音で賑っていて、誰も彼の声を耳にすることは出来なかった。楽しそうに笑みを浮かべながら男性は炎を山に近付ける。

 

 

バイクに乗っているMaryは新たなメッセージを受け取った。

Better hurry 

things are 

hotting up here... [急いだ方がいい ここではモノが熱くなってきてる…]

二人は先を急いだが、橋を渡ろうとすると速度の遅い大きなトラックに行方を阻まれ、スピードを上げることが出来なくなってしまった。

 

 

公園。木材の山に火を点けようとした男性はうまくいかないようで、首を振りながら周りを振り返った。

男: だめだ。うまく点かない。少し湿気ってるな。もっと燃えるのを持って来るからね。

男性は山を離れる。山の一部がくすぶっていて、叫びながらもがくJohnへ煙が忍び寄る。少し強く声が出せるようになってきたJohnは何度か叫んだが、それはまだ言葉を成していない。山のそばにいるZoeは聞こえてくる何かの音に眉をひそめながら頂上にいるガイ・フォークス人形を不安そうに見上げた。

 

 

バイクに乗っているMaryは再びSherlockへ新しく届いたメッセージを見せる。

Stay of execution.

you've got two

more minutes [執行猶予だ。君は更にあと2分ある]

Sherlockが頭の中の地図を参照すると、このままその道を走り続けた場合の所要時間は3分だった。しかしもし真っ直ぐに進めば1分だけで行ける。彼は真っ直ぐに進むためにバイクの向きを変え、歩行者用の地下道へ入っていった。

 

 

木材の山に、Zoeの父親-それは山に火を灯そうとしている男性だった-が燃料の小さな缶を携えて戻ってきた。Zoeは悲しげに父親へ話しかける。

Zoe: やだって言ってるよ、パパ。

父親: ええ?

Zoe: ガイ・フォークスが-やだって言ってる!

父親: (燃料缶の蓋を開けながら)下がってなさい、Zoe。下がって。ほら。

燃料を木材の山に撒いていく父親をZoeは見つめている。山の中でJohnの叫び声は大きくなっていった。

 

 

バイクは地下道を走って行く。

Zoeの父親は火に燃料を注いでいく。

Sherlockはバイクで階段の坂を上り、再び通りへ出た。ようやく公園へ着き、中を囲むフェンスへ沿って進んでいく。Maryはそこでまたメッセージを受け取った。

What a shame

Mr Holmes.

John is quite a Guy! [残念だな Holmesさん。Johnは大したGuyだよ!](※Guy…奴、ガイ・フォークスに掛けて)

メッセージを肩越しにSherlockへ見せる。

MM: どういう意味なの?

笑みを浮かべながらZoeの父親は木の棒の先端を燃やし、木材の山へ投げ込んだ。Sherlockは燃え上がり始めた炎とそれを見て喜ぶ人々へ顔を向ける。

SH: ああ、何だと。

スピードを上げて公園を囲むフェンスの唯一の入り口へ向かう。見物人たちは燃え上がる炎を祝福している。Johnはようやく声を取り戻して必死に叫ぶ。

JW: 助けて!

Zoeは叫び出した。そして他の見物人たちも山の中から聞こえる声に気付いて恐怖に陥り始めた。Zoeの父親が娘を守ろうと駆け寄る。Sherlockは公園の中へ走らせたバイクから急いで降りようとしていた。

SH: (Maryへ)降りろ!

Maryは急いで離れ、Sherlockはバイクを地面に寝かせて乗り捨てる。炎は今や本格的に燃え上がり、熱気に襲われてJohnは泣き叫んでいた。ヘルメットを投げ捨ててSherlockは人々を押しのけながら炎へ駆け寄っていく。

SH: どけ!どけ!どけ!どけ!どけ!

見物人たちの前に出て炎へ更に駆け寄る。

SH: John!

MM: (後から走り寄り)John!出てきて、John!

Sherlockは屈み込んで炎を掻き分け、木材を投げ出しながらJohnがどこにいるかを探す。彼とMaryが自分の名を叫ぶのがJohnには聞こえていた。

JW: 助けて!

SherlockはJohnを見つけると燃え盛る炎へ腕を突っ込んで木材を投げ出しながら逃げ道を作った。ようやくJohnの身体へ手が届くようになると彼の腕を掴んで引っ張り出し、安全な地面まで身体を引きずって仰向けに寝かせた。SherlockがJohnを見下ろすと彼は完全に放心状態だった。

SH: John?John!

元気付けるようにJohnの顔を叩く。

MM: (口を手で覆い、泣きながら)John。

SH: (そっと)おい、John。

Johnはぼんやりと二人を見たが、彼に見える映像は一瞬暗くなった。視界を取り戻そうとJohnは瞬きを繰り返した。

The Empty Hearse 4