夜。メリールボーン通りのランドマークホテル。Sherlockはレストランの入り口へ到着し、従業員にコートを渡した。ウェイターがドアを開け、彼は中に入る。支配人が歩み寄ってきた。

支配人: いらっしゃいませ。

支配人を一瞥して本格的な推理モードに切り替わったSherlockは、女性が痛みに叫んでいる声を聞いたようだった。

Expectant Father

[父親になろうとしている]

すると支配人の電話がメールの受信を知らせる音を鳴らした。

SH: 奥さんがメールを寄越したんだな。陣痛が始まったのかもしれないぞ。

支配人はポケットから電話を取り出すと画面を確認し、急いで立ち去っていった。Sherlockは満足気に笑みを浮かべる。

近くのテーブルにJohnがひとりで座っていて、ジャケットの胸ポケットを確認するとグラスに注がれた水を一口飲んだ。Sherlockは中を見渡して彼を見つけると少し躊躇った。ひとりのウェイトレスが飲み物のメニューを持って彼の前を通り過ぎようとする。

ウェイトレス: 失礼します。

Sherlockはウェイトレスが制服として身に付けているボウタイに注目した。そしてカップルが座っている近くのテーブルに目を向ける。男性の左手に赤ワインの入ったグラスと水の入ったグラスが置かれている。その男性は入り口に背を向けて座っていたがグラスに入った水の表面に彼の姿が反射して見えた。Johnはワインのリストを手に取って眺めている。Sherlockは何かを思いついて笑みを浮かべながらカップルの席へ歩み寄ると水の入ったグラスを取って席にいる男性-白いシャツの上に黒いジャケット、それからボウタイを付けている-の身体に水をかけ、男性を驚かせた。

SH: すみません!本当に、すみません!

男性は膝に乗せていたナプキンを取り、服に掛かった水を拭き始めた。Sherlockは背後に近付いてそのナプキンを男性の首元まで引っ張り上げる。

SH: 良ければ僕にキッチンへ行かせてください、その、それを乾かしてきますから。

そう言いながらさり気ない仕草で男性のボウタイを外して席を離れ、歩きながら自分のシャツの首にボウタイを装着した。店の中を進むとある男性が眼鏡を外し、見終わったメニューの上に置いている様子が目に入った。Sherlockは男性のそばへ歩み寄る。

SH: お済みでしょうか?宜しければお下げ致します。

男性は目もくれず、ただ手を振ってみせた。Sherlockはメニューと一緒に男性の眼鏡を取り、席を離れながらその眼鏡を掛ける。近くのテーブルでは女性がハンドバッグを開けたまま傍らに置いていた。その中の一番上にアイライナーが入っているのが見える。Sherlockは女性に歩み寄り右手でメニューを差し出しながら、彼女が眺めていたメニューを左手でそっと取り上げた。

SH: お客様、こちらのメニューをご覧になっていただけますか?それは、ええ、まったく同じものです。

女性がされるがままに彼の右手からメニューを受け取るとSherlockはバッグからアイライナーを取って席を離れ、背を向けてなるべく他の客の目につかないようにしながらアイライナーを顔に近付けた。姿勢を直した彼の顔の上唇の上には小さな髭が描かれている。そしてJohnの席へ歩み寄り、彼の左手の一歩後ろに立った。フランス訛りで話しかける。

SH: 何かお持ち致しましょうか?

JW: (彼の方を見ずに)どうも、そうだね。シャンパンを頼もうかと思ってるんだけど-良いものを。

SH: (そばへ屈み込んで)ふむ!そうですね、最高級のヴィンテージ(※優良で上等なワイン)を取り揃えておりますよ。

JW: えっと、あまり詳しくなくってね。何かオススメは?

SH: (フランス訛りを続け)そうですね、どれを選んでも間違いはないのですが、その、もしわたくしが個人的にオススメするのであれば…

JW: ふむ。

SH: (フランス訛りで、アイライナーペンシルでリストを指しながら)…リストの最後にあるこちらはわたくしが気に入っているものでして。

Johnは頷くがまだ彼の方を見ない。

SH: (起き上がって、フランス訛りで)そちらは-もしかすると、実際-過去に見た顔のようだとおっしゃるかも。

そう言って眼鏡を取ると期待しながらJohnの反応を待ったが、彼はそれでも顔を上げなかった。

JW: 良いね。それにするよ、頼む。

Johnはグラスの赤ワインを飲み干す。Sherlockは気付いてもらえないことに困惑した様子を見せた。

SH: (フランス訛りで)慣れ親しんだものです、しかし、その、驚かせてくれますよ!

最終的にはほぼ普段の声に戻って言葉を発したSherlockは堂々と腕を広げて見せる。それでもJohnはワインの味に顔をしかめて彼の方を振り返ることなく、ワインを勧めに来たウェイターだと思い込んでいる人物へリストを手渡した。

JW: そう、じゃあ、驚かせてくれ。

SH: (イライラしながらほとんど普段の声で)もちろんそのつもりで取り組んでますよ。

そう言うとSherlockは席を離れていった。Johnは胸ポケットに手を伸ばし、赤いベルベットの小さな箱を取り出した。それを開いて三つのダイヤモンドが並べられている指輪を見つめ、箱を閉じるとテーブルの上に置いた。その近くでひとりの女性が階段を降りてくる。Johnはそわそわしながら指輪の箱を動かし、より完璧な角度で見えるように調節した。緊張した様子で溜め息をこぼすと、ディナーの相手、Mary Morstan(※)がやって来て自分の席に歩み寄りながら彼の肩をそっと叩いた。

MM: 時間が掛かってごめんなさい。

Johnはあわてて指輪の箱を手に取り、ポケットにしまった。Maryは椅子に座って彼に微笑みかける。

MM: だいじょうぶ?

JW: ああ、うん。僕?だいじょうぶ。良い感じだよ。

Maryはかわいらしく微笑んだ。Johnも笑いながら、喜びにあふれた顔で彼女を見つめる。

MM: それじゃ、わたしはどうしたらいいかしら?

Johnの笑みは消え、緊張した面持ちになった。

JW: ワイン飲む?

MM: ううん、わたしは水でいい、ありがと。

JW: そうか。(わずかに視線を逸らす)

MM: で…

JW: えっと、そう…Mary。あのさ、その…わかってはいるんだけど…僕らは知り合ってからそう長く時間が経ってるわけじゃないからさ…

言葉を探して苦労しながらうつむく。

MM: (励ますように)続けて。

JW: うん、そうする。知ってるだろうけど、この一、二年は僕にとって楽な状況じゃなかった、そして君と出会って…

しばし彼女を見つめてから、頷く。

JW: そう、君と出会ったのは、その時起こり得た中で、最高の出来事だったんだ。

MM: 異議なし。

JW: え?

MM: (微笑んで)わたしがあなたに起こり得た中で最高のものだってことに、異議なし。

Johnは笑った。Maryは申し訳なさそうに鼻にシワを寄せる。

MM: ごめんなさい。

JW: ううん、いや。それは、あの…

そこで言葉を止め、彼女を見つめる。

JW: だから…もしそうさせてくれるなら、Mary、君は僕の、その…

Maryは含み笑いをする。Johnは咳払いをした。

JW: …もし君が望んでくれるなら…

Johnが大事な言葉を発しようとしたその時、Sherlockがテーブルに近付いて会話に割って入った。まだ眼鏡を掛けてニセの口髭を描いたまま、口調を偽りながらシャンパンの瓶を持ってJohnに見せようとする。

SH: (フランス訛りで)お客様、こちらのヴィンテージが特にお気に召されるのではないかと思いまして。

Maryは手でウェイターに顔を見られないようにしながら、おもしろそうにJohnに笑って見せた。

SH: (フランス訛りで)古き良き特質をすべて持ちながら、新しさも兼ね備えているのですよ。

JW: (Maryから視線を外さずに)いや、悪いけど、今はいい。

SH: (フランス訛りで)見知らぬ人々の群れから発せられるひとつの視線のような…

MaryはJohnに顔をしかめて見せる。

SH: (フランス訛りで)…不意にそれは旧い友人を見つめているということに気付くのです。

そう言ってSherlockは眼鏡を外した。

JW: いや、なあ、ほんとに…(ようやく顔を上げてウェイターの目を見る)…頼むから…

Johnの顔色が変わった。衝撃を受けて固まり、まったく信じられないという顔をしてSherlockを見つめる。

SH: (普段の話し方で)おもしろいもんだな、タキシードって。友人を立派に見せながら、ウェイターという匿名性まで与えるんだから。

JohnはMaryに顔を向けると目に涙を浮かべながらわずかの間だけうなだれて、不器用によろめきながら立ち上がろうとした。

MM: (不安気に)John?

Johnが立ち上がるとSherlockは握手をしてくれるものと期待して右手を差し出そうとした。Johnは呼吸を乱しながらテーブルを見下ろし、再び顔を上げ、辛うじてSherlockの目を見た。

MM: (心配そうに)John、何なの、何?

Johnはショックを受け続けながら再びうつむく。

SH: (少し気まずそうに)そうだな、一言で言えば…

Johnは再び顔を上げてSherlockを見る。

SH: …死んでない。

Johnは苦しみと衝撃、そして湧き上がる怒りの籠もった表情をして彼を見つめている。Sherlockはようやく悟り始め、少し罪悪感を感じているようだった。

SH: ちょっと酷かったよな、ああいう風な目に君を遭わせたっていうのはさ、わかるよ。君の心に衝撃を与えるだろうなって、たぶんこれからも。でも弁解としては、非常におもしろかったんだよね。

Sherlockはぎこちなく笑ったがJohnの目を見ることは出来なかった。その方が良かったかもしれない、Johnの視線は徐々に殺意を帯びてきたからだ。

SH: そうだな、それは良い弁解じゃないな。

MM: ああ、ちょっと!あなたって…

SH: (彼女の方を一瞥して)ああ、そうだ。

MM: (ショックを受けて)そんな、嘘でしょ。

SH: 嘘じゃない。

MM: 死んだのよね。屋上から飛び降りて。

SH: いや。

MM: (顔色をなくして)死んでるはずよ!

SH: いや、そうじゃないんだ。阻止した。失礼。

そう言うとSherlockはテーブルからナプキンを取り、Maryのグラスに入っている水で少し濡らしてアイライナーで描いた髭を拭き取り始めた。

SH: (Johnの怒りの籠もった視線を受けて、平静を装いながら)それ、ええと、君のも拭いたら取れるのかな?

Johnは強張った笑みを彼に向けたが、まったく愉快に感じていないのが見て取れた。Maryも、その声から怒りを感じているのは明らかだった。

MM: 何なの、何なのよ。あなた、自分が彼にどんなことをしてしまったのかわかる?

SH: (ぎこちなくうつむいて)わかったよ、John。僕はたぶん君に謝ったりすべきなんだろうなって不意に悟ったよ。

左手で拳を握り締め、Johnはテーブルを叩きつけた。それでも壊れなかったそのテーブルは信頼のおける製品だ。彼は拳に寄り掛かって何とか立っていた。

MM: わかった、ね…John?落ち着いて…

Johnは震えながら深く息を吸い込んでSherlockへ顔を向けた。

JW: (ささやき声で)二年だ。

首を振り、再び息を深く吸い込んで吐き出すと起き上がり始めた。

JW: (振り絞るようなささやき声で)二年だぞ。

Johnはうめきながらやっとの思いで両手で身体を支えた。Sherlockはそれを大人しく、気まずそうに見ている。Johnは彼を一瞥した。

JW: 僕は…

言葉を続けることが出来ずに、救いようがなく身振りをして見せる。Maryは同情を込めて彼を見ている。Johnはようやく起き上がってSherlockへ身体を向けた。

JW: 僕は…君が死んだと思った。(再び表情に怒りが帯びてくる)なあ?

浅く呼吸を繰り返す。

JW: そんで、心を痛めろだと?よくもそんなことが言えたな?

Sherlockはうつむいて唇を噛んでいる。

JW: (そっと、だが怒りを込めて)どうして?

SH: (Johnの呼吸が更に乱れ始めると)待てって-後悔するようなことを君がする前に…

Johnはわずかにうめき声を上げる。

SH: …その、ひとつ質問が。ひとつ質問をさせてくれ。その…

Johnはまだ怒りの籠もった眼差しで彼を見つめている。

SH: (自分の上唇を指しながら、気まずそうに笑みを浮かべ)ほんとにそのままにしとくつもりか?!

そう言うとMaryへ顔を向けて笑って見せた。彼女は呆れて笑う。Johnはもう一度深呼吸するとSherlockへ飛びかかり、彼の襟元を掴んで押し進んだ。バランスを失ったSherlockと共に床へ倒れ込むと上に乗って彼の首を締めようとする。MaryとウェイターたちはJohnを止めようと駆け寄った。

 

※Mary Morstan

…原作「四つの署名」に登場する依頼人の女性。美しく聡明な彼女にWatsonは心を惹かれ、事件解決後に結婚する。このドラマでMaryを演じる女優のAmanda AbbingtonはJohn役Martin Freemanの実際のパートナー。

 

 

その後。三人はレストランを追い出されたらしく、あるカフェに場所を変えていた。Sherlockはコートを着てテーブルに向かって座り、顔の前で祈るように両手を合わせている。JohnとMaryはそれぞれ腕を組んで並び、彼の向かい側に腰掛けていた。

SH: Moriartyを屋上に呼び出したら13の可能性があるという計算をした。

-SherlockがBarts病院の屋上にいる様子が断片的に映し出される。

SH(声): もし可能であるならば死を回避したかった。

-Sherlockは素早く屋上の周辺と取り囲むビルの状態を確認している、軌道や角度、そしてヘリコプターから下ろされる梯子の可能性まで計算に入れていた。

SH(声): 身を投げる場所として最初に浮かんだシナリオは、クリーニングの服を積んで駐まっていた病院のトラックの上だ。不可能だ。角度が急過ぎる。二番目は、日本の格闘技の…(※)

JW: (遮って)なあ、君ってどうしようもなく鈍い奴にもなれる才能があるな。

SH: え?

JW: (キツい口調で)どうやって偽装したかなんてどうでもいい、Sherlock。僕が知りたいのは何故、だ。

SH: (うろたえて)「何故」?Moriartyを止めなきゃならなかったから。

Johnの表情を窺う。

SH: ああ、「何故」っていうのは…

Johnは頷く。

SH: わかった。そう。「何故」か?それは説明するのが更に難しいな。

JW: (険悪に)僕は毎晩それを。

SH: (咳払いをしてうつむき)実は、その、それはほぼMycroftのアイデアだったんだ。

JW: へえ、じゃあ兄さんの計画か?

MM: (Sherlockを指して)この人だって心を許す存在が必要で…

SH: まあね。

MaryはJohnの視線を感じた。

MM: ごめんなさい。

そう言って再び腕を組んでうつむいた。JohnはSherlockへ向き直る。

JW: でも兄さんひとりだったのか?知っていたのはひとりだけ?

Sherlockはわずかに目を閉じて、次の言葉を何とか口にした。

SH: 他にも何人か。

Johnはうなだれる。Sherlockは口早に言葉を発した。

SH: 非常に手の込んだ作戦だったんた-その必要があった。13の可能性の次っていうのは…

JW: (絶望的な様子でささやくように)他には誰が?

Sherlockへ向かって顔を上げる。

JW: 他に誰が知ってた?

Sherlockは躊躇する。

JW: 誰なんだ?

SH: Molly。

JW: (怒りだして)Molly?

MM: (小声で)John。

SH: Molly Hooperと-ホームレス・ネットワークの何人か、それで全部だよ。

JW: そうか。(少し座り直してMaryを一瞥すると、彼女は同情するように彼へ微笑みかけていた。Sherlockへ向き直る)そうか。じゃあ君の兄さん、Molly Hooper、それから「100人の浮浪者」だけだったんだな。

Sherlockは含み笑いをした。

SH: 違うよ!多くて25人だ。

するとJohnはテーブル越しにSherlockへ飛びかかり、再び旧友の首を締めようとした。

 

※日本の武術

…原作のHolmesはMoriarty教授とライヘンバッハの滝で対決した際に、日本の武術である「バリツ」を用いたと語っている。「バリツ」はコナン・ドイルによる架空の武術で、柔道を指すと言われている。詳しくはWikipedia「バリツ」

 

 

その後。カフェを追い出されたらしい三人はケバブの店に場所を変えていた。JohnとMaryはカウンターに寄り掛かって立っている。どうやらJohnは首を締める以上のことをしたようで、コートを脱いだSherlockは下唇に出来た傷へ紙ナプキンを充てがっていた。ナプキンを口元から離して、そこについた血を見ると怯んで再び口元に戻す。顔を上げたまま目を合わせないようにしているJohnへ視線を向けた。

SH: ほんとにさ、それって冗談じゃないのか?(自分の上唇を指して)君は-君はほんとにそうしておくのか?

Johnは咳払いをしてSherlockの目を見た。

JW: ああ。

SH: 本気か?

JW: Maryも気に入ってる。

SH: うーーん、いや、それはない。

JW: そうだ。

SH: それはない。

JohnはわずかにMaryへ視線を向けると驚いて二度見した。彼女は申し訳無さそうな態度を見せたのだ。

JW: ああ!(手で髭を覆ってしまおうとしながら)見事だな。

MM: ごめんなさい。あの、ごめんなさい-どうやって伝えればいいかわからなくて。

JW: いや、いや、これは愉快だな(!)

Sherlockを指差して、彼の素早い推理の才能を評価した。

JW: こういうのがほんと恋しくってね(!)

そう言うとうつむいたが、Sherlockへ攻撃的に歩を進めると彼に顔を近付けた。

JW: たった一言、Sherlock。僕が必要としてたのはそれだけだ。一言、君が生きていると知らせてくれれば。

呼吸を乱しながら後ろへ戻る。

SH: (静かに)僕だって何度も連絡を取ろうとしたさ、でも…

Johnは信じられない様子で笑った。

SH: …心配だったんだ、ほら、君は何か軽率なことを口にしかねないだろ。

JW: 何だと?

SH: その、ほら、うっかり秘密を漏らすようなことをさ。(※)

JW: (再び近くに歩み寄って)おい、じゃあ僕のせいだってことか?!

Maryも呆れて笑い出した。

MM: あら、まあ!

JW: (怒りながら叫び)どうして僕だけがこれを間違ってると考える-人間らしく反応する唯一の存在だと?!

SH: 過剰に反応する。

JW: (怒り狂って)「過剰に反応する」?!

MM: John!

JW: (まだ叫び声で)「過剰に反応」。それで君は死を偽って…

SH: シー!

JW: …のこのことまた躍り出てきたわけか…

SH: シー!

JW: (始めだけ静かにしようとしながら)…でも僕はそれを問題視するとはみなされてないんだ、いや、だってSherlock Holmesは完全に許されるものだと思ってるんだもんな!

SH: (大声で)静かにしろ、John!生きてるってことをまだみんなには知られたくないんだ!

JW: (大声で)ああ、じゃあまだ秘密なんだな?!

SH: (大声で)そうだ!まだ秘密なんだ!

店にいる他の客を見渡す。

SH: (落ち着いて)誰にも言わないと約束してくれ。

JW: (怒りながら皮肉を込めて)神に誓うよ!

ようやくJohnは他の客たちを見て、深く息を吐き出しながら少し後ろに下がった。Sherlockは彼に歩み寄り、小声で語りかける。

SH: ロンドンは危険な状態にある。テロ攻撃が差し迫っていて、君の助けが必要なんだ。

Johnは驚き呆れて彼を見つめ、Maryへ振り返って「こいつが何を言ってるか理解できるか?!」と言いたげに、少しおどけた顔をして見せた。再びSherlockへ顔を向ける。

JW: 僕の助け?

Sherlockは目を凝らしてJohnの反応が本物であるかを見極めると笑みを浮かべた。

SH: これを待ち焦がれてたんだろ。認めろよ。追跡のスリル、血管に血が湧き上がる。二人で世界へ立ち向かっていくんだ…

JohnはSherlockの襟元を掴むと自分の頭を後ろに引いて、死の打撃を加える体勢に入った。

 

※「何度も連絡を取ろうとした」…

原作のHolmesが死を偽装したことを明かしていたのは兄のMycroftのみだった。そしてWatsonに秘密を打ち明けられなかったことを詫びる。「…僕は死んだと思われていることが非常に重要だったのだ。そしてもし君がそれを事実だと思っていなかったら僕の不幸な最期についてあそこまで説得力のある記述ができなかったのは、極めて確かだ。この三年間、僕は何度も君に手紙を書こうとペンを取った。しかしいつも、君の優しい心遣いが、僕の秘密を暴きかねない軽率な行動をとらせるのではないかと心配になった」

原作のWatsonはそのことで特にHolmesを責めたりはしていない。

 

 

その後。三人はケバブの店からも追い出されてしまった。Sherlockはドアの外で頭を後ろに傾けながら立っている。鼻には血が流れていた。

SH: 理解できない。

片手で鼻をつまみながら紙ナプキンをその下に当てる。

SH: 僕は謝ったのに。そんなのわかりきってたことだろう?

Maryは彼のそばに立っていた。Johnは少し離れたところでタクシーを捕まえようとしている。

MM: もう。あなたは人間の性質ってものを知らないの?

Sherlockは顔を下ろして彼女を見た。

SH: うーん、性質?いや。人間の?…いや。

MM: わたしからあの人に話をするから。

Sherlockは鼻からナプキンを取ると興味深そうに彼女を見た。

SH: 君が?

MM: (自信を持って微笑みながら)ええ、そうよ。

Sherlockは彼女をじっと見つめて推理モードに入った。Maryについて多くの言葉が彼の心に現れ、その内のいくつかは何度か繰り返された。それは以下のようなものだが、順番は定かでない。

only child linguist Clever part time nurse Shortsighted Guardian Bakes Own Bread Disillusioned Cat Lover Romantic Appendix Scar Lib Dem Secret Tattoo Size 12 Liar

[一人っ子 / 語学堪能 / 賢い / パートタイム勤務 / 看護婦 / 近眼 / 保護施設 / 自分でパンを焼く / 幻滅している / 猫が好き / ロマンチック(もしくは虚構) / 付属物(もしくは盲腸) / 心の傷 / 解放運動 / 民主主義 / 秘密 / タトゥー / サイズ12 / 嘘つき]

Maryが彼に向かって微笑みかけているとJohnが彼女を呼んだ。

JW: Mary。

Sherlockへ最後の笑みを見せてからJohnの方へ歩み寄っていく。二人はタクシーに乗ってその場を後にした。Sherlockは彼らが去っていくのを見ていた。

 

タクシーの中でJohnはまだ腹を立てながらMaryへ話しかける。

JW: あの図々しさ、信じられるか?

Maryは微笑みながら彼を見る。

MM: わたしは好きよ。

JW: え?

MM: (肩をすくめながらも笑みを崩さず)あの人、好きよ。

そう言うと視線を外して窓の外を眺めた。Johnは目を細め、すっかりうろたえてしまっているようだった。

 

ケバブの店の外ではSherlockが考え込みながらうつむいていたが、やがて顔を上げてどこかへ歩いていった。

 

 

ST BARTHOLOMEW病院。Molly Hooperが更衣室に入り、自分のロッカーを開けようと鍵を取り出した。ロッカーの扉を開けると内側の鏡が彼女の背後に立っているSherlockの姿を映し出した。Mollyは息を呑んで彼の方へ振り返った。

 

 

地下の駐車場、Greg Lestradeはポケットの中を漁りながら歩いていた。その背後でSherlockが通り過ぎていく。それに気づかずGregは服の様々なポケットを確かめている。すると少し離れた場所で何か固い物が地面に当たるような音が聞こえた。Gregはあたりを見渡したが何も見えなかったので再び捜索を続け、ようやく探していたものを見つけた。煙草の包みを取り出して口に一本くわえ、残りをポケットに戻すとライターで火を点けようとする。

Sherlockの声: (暗闇から)それは命取りだぞ。

Gregは固まった。ライターの火を煙草に点けないまま、前方を凝視して耳にしたのは何なのか-誰なのか-を捻り出そうとしていた。ようやくライターを下ろして煙草を口から取る。

GL: あああ、この野郎!

SH: (暗闇から彼の方へ歩み寄り)戻る時が来た。目を背けていたんだろう、「Graham」。

GL: Gregだ!

SH: Gregか。

Gregは長い間彼を見つめていたが、徐々に歯を見せて顔を歪め、Sherlockへ飛び掛かった…が、腕を彼の首に回してきつく抱き締めたのだった。Sherlockは顔をしかめる-抱擁に対してか、もしくはセルビアで受けた傷がまだ痛むためか-しかしGregの愛情をそのまま黙って受け止めていた。

 

 

JohnとMaryはベッドにいた。Maryは眠っているが、Johnは物思いに耽りながら天井を見つめていた。

 

 

ベイカーストリート221A。Hudson夫人はキッチンで鍋を洗っている。ラジオが流れていた。

ラジオの音声: …この反テロ法案の重要性、政府は道徳的責任を持って法案を通すために然るべき…

玄関のドアが開けられる音を聞くと夫人はラジオの音量を下げ、武器としてフライパンを掲げながら自分の部屋のドアを開けた。玄関のドアが閉じられると見慣れたシルエットが内ドアの曇りガラスの向こうに現れる。Hudson夫人は信じられずにそれを見つめていた-そしてSherlockがドアを押し開けて彼女の前に現れた。夫人は発狂したように叫び声を上げた。

 

 

-「ライヘンバッハ・ヒーロー」の最終部分。Johnがタクシーを下りて病院へ向かう。場面は病院へ近づこうとするJohnとSherlockが電話で会話をしている部分へ飛んだ。

SH: (電話で)だめだ、ちゃんとそこにいろ。

JW: (電話へ)どこにいるんだ?

SH: 動くな。僕から目を離さないでくれ。

屋上の縁にあるのはSherlockのコートとマフラーを身に付けた人形だった。巻き毛のカツラを頭に乗せて、等身大のSherlockの顔写真を付けている。手には電話を持っていた。

Johnの声: (電話で)な-何があった?何が起きてる?

人形の少し後ろではSherlockが屋上にある低い煙突へ寄り掛かって座っていた。Jim Moriartyも並んで座っている。Sherlockは人形を立たせておくための紐を握っていた。手にしている別の電話へ涙ながらに話をする。

SH: なあ、頼みをきいてくれるか?お願いだ。

JW: 何を?

SH: この電話は…遺しておくものだ。みんなそうじゃないか-遺すだろう?

彼の傍らでJimはうつむいて声を立てないように含み笑いをしている。Sherlockは電話から顔を離し、Jimへ静かにするように怒った。

Johnの声: (電話で)遺すって何を?

SH: (再び電話へ)さようなら、John。

Johnの声: (電話で)やめろ…

通話を切ったSherlockが紐を放すと、人形は屋上の縁を越えて落ちていった。Jimは笑っている。地上からはJohnの恐怖に陥った叫び声が聞こえる。

JW: Sherlock!

JM: あらまあ!

JimとSherlockは二人の計画がうまくいったことを喜ぶかのように笑い合った。二人がお互いの顔を見合わせると笑みは徐々に消えた。Sherlockは少し眉をひそめて困惑している様子だったが、Jimはあることを心待ちにしていた。そして二人は寄り添う。顔を近づけて今にも…

Anderson: (ぞっとして)何だと?!気が触れたか?!

彼は自分の家のリビングに立っていて、暗い色の髪をした女性が座っているのを見下ろしていた。彼女は肩をすくめる。

Laura: どうしていけないの。あなたの仮説と同じくらいあり得るはずよ。

彼女の背後にある部屋中の壁は大量のメモ書き、写真、付箋紙で覆われていた。書類をまたがって赤い線が引かれているのもあり、中には部屋を横断するように引かれている線もあった。LauraはAndersonと共に部屋にいる唯一の人間ではなく-六、七人が大挙していた。少なくとも三人は鹿撃ち帽を被り、ひとりはSherlockのようなコートとマフラーまで身に付けている。

Anderson: おい、もし真剣に考える気がないなら、Laura、君は…(部屋を出て行くように身振りで示す)

Laura: (怒って)真剣よ。(他の仲間に非難の目を向けて)わたしは帽子を被るべきじゃないと思う。

Anderson: 俺は「空の霊柩車(The Empty Hearse)」を見つけた、だから同志を集めて仮説を論じ…

言葉を詰まらせるとLauraに歩み寄り、怒りながら彼女を見下ろす。

Anderson: Sherlockはまだどこかにいるんだ。

Lauraは目を回す。

Anderson: 俺は確信している。

彼の背後で音声は消されているもののTVが点いていて、リポーターがロンドンのどこかから生中継をしながら速報を伝えていた。タイトルは“HAT DETECTIVE ALIVE [帽子探偵 生きていた]”。その下には別のニュースタイトルがあり“Magnussen summoned before parliamentary (commission) [Magnussen、委員会に参考人招致]”と出ているが、そちらには誰も注意を向けていない。

Laura: 嘘でしょ。

すると直ちに全員の電話がメールを受信する音を鳴らし出した。みんなはポケットを探る。Lauraは興奮しながら自分の電話をAndersonに見せた。

Laura: 嘘じゃなかった!

電話の画面にはTwitterのタイムラインが表示されていて、「#SherlockHolmesAlive! [Sherlockは生きていた]」「#SherlockIsNotDead [Sherlockは死んでない]」そして「#SherlockLives [Sherlockは生きている]」というハッシュタグのついたツイートが次々に飛び交っていった。

The Empty Hearse 2