221B。Johnは家の向かいでタクシーを降りた。道路を横切る間、通りを渡る人々を気にせずにいられなかった。もし彼らが二人を見張っている暗殺者だったら。Johnが玄関に着くとドアは大きく開いていて、階段の上に茶色い封筒が置かれているのが目に入った。表には何も書かれていないが、裏面に大きな旧式の蝋で封がしてある。Johnは封筒の角に指を入れ、そこから端を開けていった。中から何かの大量の茶色い粉末が、いくつかは塊となって落ちてきた。そのいくつかを手に受け止めて眺めていると、ロンドン訛りの男性が背後から彼に声を掛けた。

男: ちょっと失礼。

JW: ああ。

Johnが脇に寄ると、派手なタトゥーを入れた身体にジーンズと黒いベストを着たハゲ頭の男が脚立を玄関の中に運んでいった。Johnは彼の後で入り、封筒をポケットに入れると中へ進んで階段を上り、リビングに入っていった。

JW: Sherlock、何かおかしな物が…

JohnはGregとSallyがSherlockと部屋にいるのに気付いて立ち止まった。

JW: 何かあったのか?

SH: 誘拐事件。

Sherlockはテーブルに行き、座ってラップトップに入力し始めた。

GL: Rufus Bruhl、駐米大使だ。

JW: ワシントンにいるんじゃないのか?

GL: いやそうじゃない-子供だ、MaxとClaudette、七歳と九歳の。

SallyはJohnに二人の子供の写真を見せた。

GL: 二人はSt Aldate'sにいる。

SD: サリー州の南にある上流階級の子供向けの寮。

GL: (まだ入力しているSherlockに)学校は休暇に入って、他の寮生たちは家に帰った。二人を含む何人かだけが残った。

SD: 子供たちは失踪した。

GL: 大使は君に個人的に依頼している。

Sherlockは立ち上がってテーブルを離れ、コートを取った。

SD: (皮肉を込めて)ライヘンバッハのヒーロー。

Sherlockは無視して部屋を出ていき、やがてGregは彼の後を追った。

GL: 有名人と一緒に仕事できるなんてすばらしいじゃないか(!)

JohnがSallyに先に部屋を出るように仕草をしている様子が、窓の左手にある壁の高い位置から、隠しカメラで撮影されていた。

 

 

St Aldate's学校。Gregの車は学校の広場へ入っていき、エントランスの前で止まった。二台のパトカーが既にそこにいた。ひとりの女性が肩にブランケットを掛け、ボンネットに寄りかかってその一台の前に立っている。彼女を安心させるように制服を着た女性警官が話しかけていた。Gregたちが車から降りて近づいてくると女性警官はその場を離れた。女性はハンカチで鼻を拭っている。

女性警官: (励ましながら)だいじょうぶですよ。

GL: (Sherlockに小声で)Mackenzieさん、舎監だ。お手柔らかにな。

Gregは後ろへ下がり、Sherlockを女性の方へ進ませた。

SH: Mackenzieさん、あなたは生徒たちを預かってる、なのに昨日の晩この場所を開放した。(怒りを帯びて)あんたはなんてバカなんだ、酔っぱらいか犯罪者か?

Sherlockはブランケットを掴み、引き剥がした。Mackenzieさんは怖がって息を呑む。Sherlockはそんな彼女を苛々しながらにらみつけた。

SH: (大声で)さあ早く、話せ!

Mackenzie: (涙声で怯えてたじろぎながら)ドアと窓は全部ちゃんと掛け金で閉じられてたんです。だれも-わたしでさえも-昨日の夜、部屋には入りませんでした。信じてください!

するとSherlockはすぐに態度を変え、安心させるように微笑み、優しく肩に手を載せた。

SH: 信じますよ。ただ早く話してもらいたくて。

Sherlockはそばの警官の方を見て、その場を離れた。

SH: Mackenzieさんは袋の中で呼吸をさせた方がいいだろう。

Mackenzieさんはすすり泣き、女性警官は彼女を慰めるために駆け寄った。

 

 

学校の中、Sherlockは他の者たちを連れて寝室のひとつに入っていった。

JW: 一学期で六千ポンド(約75万円)か、それで子供たちを安全に預かってもらう、と。他の子供達はみんな休暇でいなくなったんでしたよね?

既にひとつのベッドのそばにあるカップボードに注目したSherlockは膝を下ろしてベッドの下を覗き込んだ。

GL:この階に寝ていたのは二人だけ。侵入された形跡はない。

Sherlockは床に置いてあったラクロスのラケットを取り、間近に見ながら立ち上がった。ちょっとそれを武器にするかのように振り回してみたが、そんな風には使われていなかったと思い直し、また床に投げ出した。

GL: 侵入者はこの中に隠れていたんだろうな。

木製のトランクに歩み寄って蓋を開けたSherlockは、他の物に埋もれていた大きな茶色い封筒を見つけた。蝋で封をされていたが既に誰かが開封していたようで、中には大きなハードカバーの本が入っていた。まず慎重に封筒を確認し、本を取り出して表紙を見る。その本は「グリム童話」だった。本の端を眺めてからすばやくページをめくってみる。興味を引くものを見つけられず、Sherlockは顔を上げた。

SH: 弟が寝ていた場所を見せてくれ。

 

 

案内された別の小さな寝室で中を見回し、ドアに顔を向けているベッドのそばに立つ。ドアには曇りガラスが嵌めこまれていた。Sherlockはベッドに横になる仕草をしながらドアの方を見た。

SH: 少年は毎晩ここで寝ている、廊下の外からの、唯一の照明を見つめながら。すべての形、輪郭、ドアに近づく人物すべてのシルエットを把握していた。

GL: ああ、それで…

SH: そして知らない何者かがドアに近づく、侵入者だ。おそらく少年は武器の輪郭さえ見ることができる。

部屋の中の他の三人を残し、Sherlockはドアの外に出て、それをほとんど閉めた。そして手を掲げ、指を銃のような形にし、他の者に曇りガラスを通してどう見えるかを示した。それからまたドアを押し、部屋の中に戻ってきた。

SH: 不審者が部屋に入ってくる前の貴重な数秒間、少年は何をするだろうか?叫ばずにどうその時間を使うだろうか?

Sherlockはベッドに歩み寄り、少年の持ち物を眺めた。

SH: この幼い少年、この几帳面な少年…(ベッドサイドのテーブルを眺めた)…このスパイの本はみんな読んでる。何をするだろう?

JW: サインを残す?

Sherlockは音を立てて周囲の匂いを嗅ぎ始めた。近くのカップボードに立てかけてあったクリケットのバットを取り、その両端を嗅いでみる。またバットを置くとベッドサイドテーブルの周りを嗅ぎ、ベッドの下を探るとほとんど空になった亜麻仁油の瓶を見つけ、それが彼に何かをひらめかせた。そして顔を上げ、厳格な口調で指示をした。

SH: Andersonを。

 

 

それほど経たずして、窓は木製の雨戸塞がれて出来る限り部屋は暗くされた。Sherlockはブラックライトで少年のベッドのそばを照らした。そこには「HELP US(僕達を助けて)」という言葉が壁に書かれていて、ブラックライトの光によって見えるようになっていた。

SH: 亜麻仁油。

Anderson: そんなに使われてないな。誘拐犯へは導いてくれない。

SH: すばらしいね、Anderson。

Anderson: ほんとか?

SH: ああ。すばらしいひらめきだ、バカのね。

Sherlockは下を指し、木製の床板の近くを照らした。

SH: 床。

そこには大きさを変えながらドアへ向かう、光る足跡が付けられていた。Sherlockはゆっくりとそれを追った。

JW: 手がかりを残したんだ!

SH: 少年は前を歩かされていた。

JW: (小さな足跡のいくつかを見ながら)おお、なんだ、爪先立ちか?

SH: 不安を表してる、銃が彼の頭に向けられていた。

Sherlockはゆっくりと廊下へ出ていった。そこも暗くなっていて、足跡を追った。Andersonが別のブラックライトを持ってそばを歩いた。

SH: 少女は彼の後ろを引かれている、脇道を引きずられて。少年は首のあたりで左腕を抱えている。

廊下の少し先で光る足跡は途絶えた。

Anderson: それで終わりか。ここからどこへ行ったかわからないな。

Sherlockは止まった。Andersonは振り返る。

Anderson: 結局何もないってことか。

SH: それは正しい、Anderson-何もない。

Sherlockはちょっと止まり、呼吸を整えた。

SH: (早口で)足のサイズ、身長、足取り、歩く速度の他には。

近くの窓に手を伸ばし、覆っていた暗幕を剥いだ。日光が廊下に差し込んでくる。窓の枠にライトを置き、道具入れと小さなプラスチックのペトリ皿をポケットから取り出した。Andersonが寝室へ戻っていくとSherlockは皿を床に置き、道具入れを開いて満足気に含み笑いをした。Johnは彼のそばに屈み込んだ。

JW: 楽しいか?

SH: そうなりかけてる。

JW: でも笑うのはやめた方がいいかもな。

Sherlockは顔を上げた。

JW: 誘拐事件だぞ?

Sherlockはまた下を向き、小さなメスで乾いた亜麻仁油とフロアワックスを剥がすのに集中する。ツイーザーを使って剥がした欠片を取り、皿の中にしまった。

 

 

ロンドン。SherlockとJohnはタクシーに乗っていた。

JW: でもどうやって犯人は監視カメラを通り抜けたんだろ?もしドアがみんな閉まっていたなら…

SH: 鍵が掛けられる前に入ったんだ。

JW: でもよそ者はそんな風に入ることはできないだろ。

SH: どこにでも入れるさ、適格な時間を利用すれば。昨日-学期末、親たちがうろうろしていた、運転手や従業員。その大勢の中でひとりくらいよそ者がいたって何でもないだろ?

-エントランスの外で生徒のひとりが母親に抱きしめられている。他の大人や子供たちはみな周りにいる、そしてひとりの男性がドアに向かって階段を登っている。

SH: 犯人は二人を待っていた。するべきことは隠れる場所を探すこと。

 

 

St Bartholomew病院。Molly Hooperはコートを着ながら廊下を歩いていた。廊下の端の防火扉に着くとSherlockとJohnがやってきた。

SH: Molly!

MoH: あら、こんにちは。帰るところなの。

SH: (彼女の肩に手を置き、来た道に戻して)いや、帰らない。

MoH: ランチの約束があるのよ。

SH: (彼女の背中に手を置き再び彼女を歩かせながら)キャンセルしろ。僕と一緒にランチを取るんだ。

Sherlockはコートのポケットを探ると、左右のポケットからQuavers crisp(※スナック菓子)の袋を取り出してそれぞれの手に持ち、軽く振って見せびらかした。

MoH: え?

SH: (Quaversをポケットに戻しながら)君の助けが要るんだ。昔のボーイフレンド-そいつを突き止めようとしてるんだ。あいつはちょっといたずら好きだったな!

廊下の端の防火扉に着くと彼は振り返ってMollyに微笑んだ。彼女は少し後ろで急に立ち止まった。Johnも立ち止まって彼を見た。

JW: それってMoriartyのことか?

SH: 当然Moriartyのことだ。

MoH: ええと、Jimはほんとうはボーイフレンドなんかじゃなかったの。三回会っただけだもの。終わったことよ。

SH: ああ、そしてあいつは大英帝国王冠を盗んだ、イギリス銀行に侵入して、ペンタルヴィルの脱獄を計画した。法と秩序のために、君は将来関わり合いになることを避けたんだろう、Molly。

ポケットの中から彼はまたQuaversを得意そうに見せびらかし、防火扉を通り抜けていった。Mollyはすっかりうろたえてその後ろ姿を見つめた。

 

 

少し経って、白衣を着たMollyはSherlockお気に入りの研究室にドアを押して入った。たくさんの本とファイルを抱えている。彼女がよろめきながら部屋に入ると、Sherlockは顕微鏡の前の椅子に座っていた。Johnは他の作業台のそばに立っている。

SH: 油だ、John。

プラスチックのペトリ皿を開き、ピンセットでサンプルの一つを取り出した。

SH: 誘拐犯の足跡の油-それがMoriartyへと導いてくれる。

液体の入った試験管にサンプルを落とした。液体はじゅっと音を立てた。液体の一部を吸い取り、スライドガラスに移す。

SH: 靴の化学的な痕跡はみな保たれている。靴の底はパスポートみたいなもんだ。運が味方すれば、こいつがやったことをすべて見ることができるぞ。

そして顕微鏡でスライドガラスを観察した。

 

 

しばらく経って、ゴム手袋を嵌めるのにちょっと苦労している様子のMollyにSherlockが話しかけた。

SH: それを分析してくれ。

Mollyはガラス皿に液体を垂らし、リトマス紙を漬けた。紙は青くなった。

MoH: アルカリ性。

SH: ありがとう、John。

MoH: Mollyよ。

SH: ああ。

Mollyは不快そうに顔を背けた。Sherlockは物質を混合した最初の成分を解析した。

1.チョーク

別のサンプルを分析した。

2.アスファルト

別のサンプルを皿に入れた。

3.土埃

そして別のサンプルを分析し、ブンゼンバーナーで燃やした。

4.植物

その後、別のサンプルをスライドガラスにのせて顕微鏡で覗いた。Sherlockは小声でひとりごとをつぶやいた。

SH: 「君は…僕の…手中(I owe you)」

顔を上げ、そばにあるコンピューターの画面を見る。

SH: グリセリン分子。

Sherlockはため息をついて分析結果に肩をすくめた。頭に浮かんでいるのは…

5. ?????

SH: お前は何だ?

Sherlockはまた顕微鏡を覗き、Mollyはコンピューターに入力しながら彼のそばに立っていた。

MoH: どういう意味、「君は僕の手中」って?

Johnは研究室の中を別の椅子に向かって通り過ぎた。Sherlockは顕微鏡から目を離し、それを眺める。

MoH: 「君は僕の手中」って。作業しながらつぶやいてた。

SH: (再び顕微鏡を覗き込みながら)なんでもない。思い出しただけだ。

Mollyは何か言いたげに彼を見ていた。

MoH: あなたってちょっと父に似てる、亡くなったけど。

Mollyはきまり悪くなって目を閉じた。

MoH: ううん、ごめんなさい。

SH: Molly、頼むから話しかけないでくれないか。会話は余計だ。

Mollyはひるんだが続けた。

MoH: 父は…死が迫っているときも、いつも朗らかで愛嬌があった-誰もみていないときを除いて。わたしそういうときの父を見たことがあるの。寂しそうだった。

SH: (厳しく)Molly…

MoH: 寂しそうね…(Johnの方をちらっと見た)…あの人が見てないだろうってときは。

Sherlockは顕微鏡から目を離し、会話に気付かず少し離れたところで書類を眺めているJohnを見た。そして向きを変えMollyを見た。

MoH: だいじょうぶ?

Sherlockは口を開いたが、話し出す前にMollyが遮った。

MoH: 言わなくていい、わかってる。誰も見てないときに寂しそうにしているのがどういうことかって。

SH: 君は僕を見てるじゃないか。

MoH: わたしは含まれてないの。

Sherlockは瞬きをして、あらためて、ちゃんと彼女を見た。

MoH: わたしが言いたいのは、もしわたしにできることがあって、それが必要なら、何でもいいから、頼ってってこと。

Mollyはひるんで顔を背けた。

MoH: 違うな、つまり…要するに、もしあなたが必要とすることがあれば…

Mollyは頭を振った。

MoH: いいな、って。

そう言ってしまうとMollyは顔を背けた。Sherlockは動揺したようだった。

SH: な、な、何を君から必要とするだろう?

MoH: (彼の方を向き)何もない。(肩をすくめ)わからない。たぶんあなたが言えることは「ありがとう」ね、実際は。

Mollyは緊張しながらもしっかりとうなずいた。Sherlockは何と言っていいかわからず、少し顔が強張った。

SH: (ためらいながら)…ありがとう。

Sherlockは顔をしかめ、自分の言ったことに驚いているかのように顔を背けた。Mollyはドアに向かい始めた。

MoH: わたしお菓子を買いに行ってくる。何か要る?

Sherlockは口を開いたがMollyは振り返って遮った。

MoH: いいのよ、要らないんでしょ。

SH: ああ、実は、もしかしたら…

MoH: 要らないってわかってる。

Mollyは部屋を出ていった。Sherlockはそれを眺め、考え込みながら少し離れたあたりを見ていたが、顕微鏡をまた覗き込んだ。

 

 

研究室の別の場所で会話に加わらずその場にとどまり、警察が学校で撮影した写真を眺めていたJohnは、その中に木のトランクに入っている蝋で封がされた封筒の写真、その封の部分を拡大したものがあるのを見つけた。

JW: Sherlock。

SH: うん?

JW: トランクにあった封筒。もうひとつある。

Johnは上着を置いた場所に歩み寄った。

SH: 何だって?

JW: 玄関で。今日見つけたんだ。

ポケットから封筒を取り出して眺める。

JW: そうだ、見ろよ。

封筒を持っていき、Sherlockに渡した。

JW: ほら。同じ封だよな。

Sherlockは封筒の中を探り、茶色い粉末を取り出した。

SH: パンの屑か。

JW: ああ。帰ったときにそれがあったんだ。

SH: パンの屑。ハードカバーの童話の本。

Sherlockは目を見開いた。

SH: 意地悪な父親に森に取り残された二人の子供がパンの屑を辿る。

JW: それは「ヘンゼルとグレーテル」だな。手がかりを残す誘拐犯って、どんな奴だ?

SH: 自慢するのが好きな奴、すべてゲームと考える奴だ。あいつは僕たちの部屋で腰をかけ、それに合う言葉を僕に言った…

Jimの声がSherlockにかぶさり彼はそれをなぞった。

SH/JM: 「お伽話には昔ながらのステキな悪党がいないとね」。

Sherlockは封筒を置き、顕微鏡を調節して再び覗き込んだ。

SH: 第五の要素、それはお伽話の一部である。

彼はまた顔を上げた。

SH: 魔女の家。

JW: え?

(どこかで、二人の誘拐された子供が床にしゃがみ込み、お菓子の包みを剥いてそれを食べている)

SH: グリセリン分子。

サンプルの最後の要素が彼の中で明らかになった。

5.PGPR

SH: PGPR!

JW: 何だそれ?

SH: (飛び上がり)チョコレートを作るときに使われる。

Sherlockは急いで研究室を出た。

 

 

子供たちが床の上でお菓子を貪る映像。カメラは引き、二人が放置された工場か倉庫にいる様子を映していた。

ライヘンバッハ・ヒーロー 4