日が昇る前、森の木々の中を七歳のHenry Knightが激しく息を切らして走っていた。何度も背後を振り返りながら、男性が何かに襲われている恐ろしい光景を思い出している。その男は恐怖で泣き叫んでいた、凶暴にうなる攻撃者から逃れようと地面をひっかきながら。Henryは恐怖から一刻も早く遠ざかりたい一心で走り続け、しばらくすると木のない荒野へ出た。そのときちょうど丘の上からやってきた年配の婦人に駆け寄っていく。婦人は犬の散歩をしていた。

婦人: あら、こんにちは。

Henryは止まって彼女を見上げたが、犬に気を取られた。-それはスパニエル種で、彼は威嚇されているように感じた。

婦人: だいじょうぶ?

Henryはまだ犬を見つめていた、その顔は逆光でほとんど隠れていた。

婦人: なに、坊や?迷子なの?

犬は親しげに鼻でつついた。するとHenryの恐怖は限界に達し、つんざくような声で叫び出した。

 

 

20年後、大人のHenryの耳に少年の叫び声が響いた。彼は自分がどこにいるのか、またはどうやってきたのかを忘れてしまったかのようにぼんやりとあたりを見回した。そして木々の深い森の中に立っていることに気付くと彼は再び恐怖に満たされ、よろよろとその場から逃げ出した。

 

 

----------オープニング----------

 

 

ベイカーストリート。221Bに誰かが入っていき、音を立ててドアが閉じられた。Speedy's cafeの窓際では二匹の犬のおもちゃがうなずくように首を振っている。階上でドアが開き、Sherlockが足を踏み鳴らしてリビングにやってきた。部屋に入ると立ち止まり、持っていた長い棒の先を床にドンと叩きつけた。椅子に座っていたJohnは目を見開いて同居人を見上げた。Sherlockは黒いズボンに白いシャツといういつもの服装だが、腕や胸、顔が血まみれだった。しかしそれはひとりで帰ってきた人間にしてはあまりにも多量の血だったので、彼自身のでないのはあきらかだった。(※)

Sherlockは銛(もり)を抱えて重苦しく息をしながらイライラしてJohnに言った。

SH: ああ、もううんざり。

JW: それで地下鉄に乗ったのか?!

SH: タクシーは乗せてくれないだろ。

そして彼は部屋を出ていった。

 

※銛を抱え、血まみれで帰宅するSherlock

…原作「ブラックピーター」に、Holmesが同様に銛を抱えて帰宅しWatsonが驚くというエピソードがある。(ただし“血まみれ”ではない)それは事件を解決するために必要な「実験」を行ったからだった。-「なんだそれは、ホームズ!」私は叫んだ。「まさかそんなものを携えてロンドンを歩き回っていたとでも言うつもりじゃないだろうな?」「僕は馬車で肉屋に行って帰ってきた」「肉屋?」「もし君がアラーディスの裏店の中を覗きこんでいたら、天上の鉤からぶら下げられた死んだ豚を、シャツ姿の男がこの武器で狂ったように突いている場面が見られただろう。その元気な男が僕だが、どんなに力を込めても一撃で豚を突き通すことは出来ずに諦めた。もしかすると君もやってみる気があるか?」

 

 

その後、Sherlockは汚れを洗い流し、清潔なシャツとズボンの上に青いドレスガウンを纏って部屋に戻っていた。まだ銛を持ってすばやくドアと窓の間を歩き回り、新聞をめくっているJohnを繰り返し見て、せっかちに尋ねる。(※)

SH: 何も?

JW: 軍事クーデター、ウガンダで。

SH: ふん。

Johnは新聞におもしろいものを見つけ、くすくす笑った。

JW: 別の写真、君が…

彼はSherlockがあの鹿撃ち帽をかぶっている写真を示した。Sherlockは嫌悪感を表した。Johnは別の新聞へ移った。

JW: おや、内閣改造。

SH: もっと重要なことはないのか?

Sherlockは怒って床に銛の端を叩きつけ、喚いた。

SH: ああ、もう!

そしてとうとう我慢ができなくなり、Johnへ激しく要求し出した。

SH: John、必要なんだ、寄越せ。

JW: (落ち着いて)ない。

SH: (さらに激しく)寄越せ。

JW: (より大声で)ない。(厳しく指さして)禁断症状、いいだろう、構わないね。

Sherlockはイライラして銛をテーブルに立てかけた。

JW: とにかく、全部なくなったんだ、忘れたのか?2マイル範囲内で売ってるとこはないよ。

SH: そんなバカな。誰がそんなことを?

Johnは彼を見てあてつけがましく咳払いをした。(Mycroftだとでも言いたいのか…)Sherlockはドアの方を向き、部屋の外へ叫んだ。

SH: Hudsonさん!

そして書類をテーブルから押しのけ、投げ出し、やけになって求めるものを探した。

JW: なあ、Sherlock、本当に良くやってる。諦めるなよ、な。

SH: (必死に探し続けながら)どこにあるんだ、頼むから教えてくれ。

Johnが何も言わないので、Sherlockはまっすぐ起き直ると懇願する子犬のような目つきになった。

SH: お願いだ。

JW: お役に立てず、すまないね。

SH: 来週のくじの番号教えてあげるよ。

Johnはくすくす笑った。Sherlockはますますイライラした。

SH: おお、試しにやっておいて良かった。

部屋を見渡すと何かがひらめいた彼は突然、暖炉の前に飛び込んだ。紙の山からスリッパを発掘し、中に何か入っていないか振り回しているとHudson夫人が部屋に入ってきた。(※)

MrsH: あらあら!

Sherlockは暖炉を漁りながら、すこし歌ってるように尋ねた。

SH: 僕の秘密の蓄え、秘密の蓄えをどうした?

MrsH: え?

SH: 煙草!何をした、どこへやった?

MrsH: わたしがあなたの物に触らないって知ってるでしょ!

そして彼女は部屋の散らかり様に目をやった。

MrsH: ああ、そうできればいいんだけど。

するとSherlockは憤慨して立ち上がり、夫人に向かって喚いた。

SH: あんたは家政婦じゃないと思ってたんだ!

MrsH: ええ、そうよ。

不満を爆発させたSherlockは足をふみ鳴らして机に戻り、銛をまた取り上げた。彼の背後でJohnはHudson夫人へ飲み物を頼む仕草をした。夫人は再びSherlockを見た。

MrsH: お茶にしましょう、そしたら銛を片付けるわよね。

SH: お茶より強力なやつが要るんだ。7%強いやつ。(※)

窓をにらみ、振り返って銛をHudson夫人へ向ける。夫人はひるんだ。

SH: Chatterjeeさんとまた会ってたな。

MrsH: ええ?

SH: (銛で示しながら)サンドイッチ屋。新しい服、でも袖に小麦粉が付いてる。パンを焼くのに着飾ったりしないだろう。

JW: Sherlock…

SH: 親指の爪にホイルが少し付いている。またスクラッチ・カードをやったんだな。どこでやったのか僕らは知っているよ、な?

銛で狙うのをやめて、深く匂いを嗅いだ。

SH: んん、Kasbah Nights。月曜の朝いちばんには挑発的だ、そう思わなかったのか?香水の識別についてちょっとしたブログを書いてたんだ。Webにある-見た方がいい。

MrsH: (ひどくいらいらして)やめて。

SH: Chatterjeeさんとの旅行に望みは無いと思うね。ドンカスターに妻がいる。(イングランド北東部サウス・ヨークシャーの町、そこの訛りで町の名を言った)誰もそれを知らない。

JW: (怒って)Sherlock!

SH: ふん、僕以外にはね。

MrsH: (動揺して)あなたが何を言ってるのかわからないわ、本当に。

Hudson夫人は怒ってドアをバタンと閉めて出ていった。Sherlockは椅子に飛び込むと、すねた子供のように腕で膝を抱え込んだ。Johnは音を立てて新聞を置いた。

JW: なんなんだよ、まったく?

SH: (前後に揺れながら)君にはわかんないよ。

JW: (厳格に)追いかけて謝れ。

SH: (Johnを見て)謝る?

JW: ああ。

SH: (ため息をついて)ああJohn、僕は君が妬ましいよ。

Johnはその言葉の意味を測りかねて一瞬躊躇した。

JW: 妬ましいだって?

SH: 君の心は穏やかで正直で、酷使されることはない。僕のはまるでエンジンだ(※)、制御不能な、部品をもぎ取られて発射台から無理矢理飛ばされるロケット。(荒々しくヒステリックに)事件が要るんだ!

JW: (同じくらい荒々しく)もう解決させたんだろ!死んだ豚を銛で突っついてたみたいだな!

うるさく音を立ててSherlockは空中へ飛び上がり、また椅子に飛び乗った。

SH: それは今朝のことだ!

そしてSherlockは駄々をこねる子供のように足で床をふみ鳴らしながら、両手の指で椅子のアームを叩き始めた。

SH: 次はいつだ?

JW: Webサイトには何かないのか?

Sherlockは立ち上がって机へ行き、ラップトップを手に取ってJohnへ渡した。そこでのメッセージを見ている間、Sherlockは窓へズシズシと歩み寄り、一部を復唱する。

SH: 『Sherlock様。ブルーベルがどこにも見つかりません。どうか、どうか、どうか、助けてくれませんか?』(※)

JW: ブルーベル?

SH: (怒って)うさぎだよ、John!

JW: ああ。

SH: (皮肉に)ああ、でももっと何かが!ブルーベルはいなくなる前、光った…

Sherlockはわざとおどけながら少女の声を真似て、両手を羽のように振った。

SH: …『妖精みたいに』。幼いKirstyによると、翌朝ブルーベルはいなくなったそうだ!檻は閉めてあった、こじあけられた形跡はない…

そこで中断し、さらに熱心になった。

SH: ああ!僕は何を言ってるんだ?すばらしい!Lestradeに電話だ。うさぎが失踪したって伝えないと。

JW: 本気か?

SH: これか、Cluedo(※)だ。

JW: ああ、だめ!

Johnはあわててラップトップを閉じて机に戻した。

JW: もうあれはやらない!

SH: なぜ?

JW: 被害者自身がやったなんて実際あるわけないだろ、Sherlock、それが理由。

SH: ええ、唯一可能性のある解答だったのに。

JW: (再度座って)ルールにはない。

SH: (怒って)じゃあルールが間違いだ!

すると出し抜けにドアベルが鳴った。Johnが静かにするように人差し指を立てると、Sherlockはリビングのドアに視線を向けた。

JW: 一度鳴った。

SH: 0.5秒の極度の緊張。

そしてJohnとSherlockは同時に結論に達した。

JW・SH: 依頼人だ。

 

※退屈するSherlock

…原作「ブルースパーティントン設計書」のHolmes。-「性急で活動的な性格のホームズは、この単調な生活にこれ以上耐えられなかった。彼は抑圧されたエネルギーをもてあまし、爪を噛み、家具を指で叩き、活動することが無いのにいらだちながら、休みなく居間を歩き回った。「新聞に何か面白いことはないか?ワトソン」彼は言った。私は分かっていた。何か面白いこと、でホームズが言いたかったのは何か犯罪として面白いということだ。革命のニュースがあった、戦争の可能性、そして目前の政権交代、しかしこれらはホームズの視野には入って来なかった。私は犯罪関係で平凡でもつまらなくもない記事は何一つ見つけられなかった。ホームズはうめいて終わりのない散歩に戻った」

 

※ペルシャスリッパ

…原作でHolmesは度々ペルシャスリッパの中に煙草を保管していた。

 

※7%強いやつ

…原作のHolmesは事件が無く退屈しているとき、煙草だけでなくコカインなども摂取していた。原作「四つの署名」の冒頭ではコカインの7%水溶液を腕に注射する場面が記されている。 

 

※僕の心はまるでエンジン

…原作「ウィスタリア荘」でのHolmesの言葉。「僕の心は作った工場に繋がれおらず、自らをバラバラにしてしまう競争用のエンジンみたいなものだ。生活はありきたりで新聞はろくな記事がない。犯罪社会から大胆さと冒険心は永遠に消え去ったようだ。どんなにつまらなそうに見えるとしても、新しく来た事件を捜査するかどうか、それでも僕に尋ねられるかね?」

 

※ブルーベル

SherlockのWebサイトに依頼が載っている。

 

※Cluedo

…1949年にイギリスで生まれたボードゲーム。プレイヤーは探偵となり、事件の真相にいち早く辿り着いた者が勝者となる。このエピソードが放送された後、BBC SHERLOCK版も発売された。

バスカヴィルの犬 1