ベルグレビアの醜聞 7

朝。221B。この日は大晦日。Sherlockはリビングの窓辺に立ち、哀悼歌をバイオリンで弾いていた。Johnは部屋に入り、彼を見てため息をついた。Hudson夫人がテーブルへ歩み寄って皿を取り、Johnに鋭い眼差しを向ける。二人共Sherlockが朝食に手をつけていないことに気付いていた。Johnは仕方なくためらいながら、椅子の背もたれに置いていた上着を着た。Sherlockは弾くのを止めると楽譜に書きこむために鉛筆を取った。

MrsH: すてきな曲ね、Sherlock。聴いたことがないわ。

JW: 曲を作ってるのか?

SH: 考えさせてくれ。

彼は窓の方を向き、バイオリンを持ち上げて同じ曲を再び弾き始めた。

JW: 何を考えてるんだ?

Sherlockは突然くるりと回りバイオリンを置くと、Johnのラップトップを指し早口で言った。

SH: 君のブログのカウンターはまだ1895のままだな。

JW: ああ、間違ってる。動かないみたいだ。

SH: (Ireneの電話を取り出しながら)間違い-もしくはハッキングされていて、それはメッセージ。

セキュリティーロック、「I AM _ _ _ _ LOCKED」の画面を表示させる。

JW: ん?

Sherlockは「1895」と入力した。電話は警告音を鳴らし、メッセージを表示した-「パスコードが誤っています」

興奮していたSherlockの目はまた死んだようになった。

SH: ただの間違いか。

彼は振り返ってまたバイオリンを取り上げた。

JW: そうか。

Sherlockはもう一度同じ曲を弾き始めた。

JW: そうか、ええと、ちょっと出かけてくるよ。

Sherlockは返事をしなかった。Johnは振り返ってHudson夫人が片付けをしているキッチンへ歩いていき、小声で話しかけた。

JW: あの。今までその…(ため息をついた)…ガールフレンド、ボーイフレンドとか、そういう人はいたんですかね?

MrsH: 知らないわ。

JW: (失望してため息をつきながら)どうして僕らは知らないんだろう?

MrsH: 彼はSherlockよ。あのとんでもなくおかしな頭で何を考えているかなんて知りようがないでしょう?

Johnは悲しそうに微笑んだ。

JW: そうですね。じゃ、また。

彼は急いで階段を降りた。Hudson夫人は窓辺でバイオリンを弾いているSherlockを見て、部屋を後にした。

 

※「いつも1895 “where it is always 1895″」

…カナダの探偵小説家で、有名なSherlockianであるVincent Starrettの『シャーロック・ホームズの私生活(The Private Life of Sherlock Holmes)』(1933) はこの分野の古典的名著とされている。彼が書いた詩の中に「世界が破滅しても、二人は生き残る、そしてそれはいつも1895(年)なのだ “though the world explode, these two survive, And it is always eighteen ninety-five.”」という言葉がある。

 

 

下の階、Johnは玄関を出てドアを閉めた。左へ行こうとすると女性が建物の右手に立っている。彼女はJohnを呼んだ。

女: John?

JW: はい。

Johnは立ち止まって浮ついた雰囲気で自分を見ている彼女の方を向いた。

JW: どうも。

少し時間がかかったが、彼は彼女がとてもかわいくて身体の仕草が「わたしを連れて行って、わたしはあなたのものよ」と表しているような気がした。

JW: やあ!

女: (近くへ歩み寄りながら)今夜、新年の予定はある?

Johnは彼女の身体を見ながら笑った。

JW: ええと、何も。無碍に断るようなことは何も。何かいい考えがあるの?

女は肩越しに道路を見た。

女: ひとつ。

Johnは彼女の視線を追って、その意味がわかると憤激してため息をついた。黒い車がやってきて彼のそばに止まる。

JW: ああ、Mycroftは連絡をしてくるのにな、あのバカげたコンビナートさえ無ければ。

彼らは車へ乗り込み、走り去った…この界隈でもっとも大きなコンビナートへと連れていった-バタシー発電所の廃墟へ。

 

 

建物の中へ到着し、車から降りた女はJohnを放棄された建物の中へ案内した。

JW: カフェに行くとかできなかったのか?Sherlockはどこだって僕の後をつけたりしないよ。

歩き続けながら女は電話に入力している、そして立ち止まると前方を指した。

女: あちらへ。

Johnは彼女に嫌な顔をして歩いていった。女は振り返って来た道を戻り、電話を耳にあてた。

女: 行きました。間違ってませんでしたね-Mycroftだと思っています。

 

 

Johnは大きな部屋に着くと、誰も見ることのないままで話し出した。

JW: あいつは悲しい曲を書いてますよ、食事もせずに。かろうじて話すのはテレビの誤りを指摘するくらいで。

彼は部屋をさらに進んだ、そしてとうとうひとつの影が端から歩み出てきた。

JW: 心が傷ついてるみたいで、でも、まあ、んん、Sherlockのことだから。どうにかして…

彼の声はIrene Adlerが視界に入ってくると小さくなった。彼女は首まである黒い上着に黒い細身のパンツ姿、黒い革の手袋をしていた。

IA: こんにちは、Watson先生。

彼女は彼から少し離れたところで立ち止まった。数秒の間Johnはただ彼女を見つめた、言うべきことを見つける前に。それからそっと、でも訴えるような響きで話しかけた。

JW: 生きてるって教えてやれよ。

IA: (首を振って)わたしの後をつけるでしょう。

JW: そうしないなら僕が君の後をつける。

IA: ううん、あなたを信じてる。

JW: (声を大きくして)あんたは遺体安置室で死んでた。確かにあんただった。

IA: DNA判定はあなたが持つ記録と一致するでしょうね。

JW: そしてあんたは記録係を知ってるんだろう。

IA: わたしは彼が好むものを知ってるの、そして姿を消す必要があった。

JW: なのに僕はあんたに会うことができてる、望みもしないのに?

IA: ねえ、わたしはミスをしたの。安全を確保するためにSherlockへあるものを送ったのよ、そして今それを取り戻す必要があって、あなたに力を貸してほしいの。

JW: いやだ。

IA: 彼自身の安全のためよ。

JW: それなら、あんたが生きてるって教えろ。

IA: できない。

JW: (怒りを抑えながら)そうか。僕が言う、そしてあんたを助けることはない。

彼は向きを変えて立ち去ろうとした。

IA: 何て言えばいいの?

JW: (振り返って戻り、怒って声を荒げながら)いつも何て言うんだ?! たくさんメールしてただろ。

Ireneは電話を取り出していて、Johnが立ち止まるとそれを掲げた。

IA: ただ普通のことよ。

JW: この事件に「普通のこと」なんてない。

Ireneは電話を見下ろし、Sherlockへ送ったメールを読み上げ始めた。

IA: 「おはよう」「あなたのおかしな帽子好きよ」「今夜は悲しい気分なの、食事をしましょう」…

Johnは驚いて彼女を見た。

IA: …「『Crimewatch』のあなたってセクシーね。食事をしましょう」「お腹すいてないけど、食事をしましょう」

Johnは信じられずに彼女を見つめた。

JW: あんた…Sherlock Holmesといちゃついてたのか?!

IA: (電話を見たまま)一方的にね。返信してくれたことなんてないもの。

JW: いや、Sherlockはいつだって返信する-全部に。Mr.Punchline(※punch line=話のオチ)だからな。最後の言葉を発しようと神より長生きするさ。

IA: それってわたしが特別だってこと?

JW: …わからない。たぶん。

IA: 嫉妬してるの?

JW: 僕らは恋人じゃない。

IA: いいえ、そうよ。それから…

IreneはJohnに画面を見せるため電話を持ち上げたが、遠くて読むことはできないので、何を入力したのか読み上げた。

IA: 「わたしは死んでない。一緒に食事をしましょう」

送信ボタンを押した。Johnは少し向きを変えたが、彼女の方へ向き直った。

JW: (小声で)誰も…誰にもSherlock Holmesのことなんてわかりっこない。でも-はっきり言っておくけど-もし外野で気にする奴らがいるなら、実際僕はゲイじゃない。

IA: あら、わたしはそうよ。わたしたちって。

Johnは悲しそうに笑った。すると色っぽい女性の吐息が、少し離れたところで聞こえた。彼らには見えない部屋の外の廊下にいたSherlockは電話の電源をオフにしてすばやく立ち去った。音が聞こえた方へ行こうとするJohnをIreneが手を伸ばして止め、鋭い眼差しで見つめた。

IA: わたしはそう思わない、あなたは?

 

 

少し経って、Sherlockはベイカーストリートを歩きながら家へ向かっていた。放心したように遠くを見つめている。221の玄関に着くと鍵をドアに刺そうとしたが、ドアにこじ開けられた形跡があるのに気付いて顔つきが鋭くなった。ゆっくりとドアを押し開けて中へ入り、誰かが前に押したであろう内側扉の曇りガラスに用心深く手を置いてから、玄関ホールへ進む。すぐに221Aのドアが半開きで、玄関ホールにプラスチックのバケツが置いてあるのが目に入った。バケツの中に入っている様々なものへすばやい視線を投げると、ゴム手袋、雑巾、窓拭き用のスプレー、電話の洗浄液、トイレブラシ、殺菌剤のボトルなどの掃除用具が入っていた。階段の近くへ立ち止まると階段脇の壁にこすった跡を見つけた。彼はすぐに気付いた-そのひとつは不器用に階段を後ろ向きに上がった誰かが付けた跡で、脚を使って行き先を感じる必要があったこと、一方で二番目は顔を前に向け最初の人物についていった誰かによるものだが、何かにバランスを奪われている。さらに近寄ると壁紙に小さな引っ掻き傷を見つけた。彼の視線はさらに激しくなった、それは壁に沿って無理やり手を引きずられ、後ろへ引きずられながらも彼らを止めようと誰かが命がけで引っ掻いたことにより付けられたものであると推測したからだった。爪跡の深さからして長い爪の人物でしか付けられない、そしてSherlockはその引きずられた人物がHudson夫人であることがわかった。三人組の男たちに半分引きずられ半分運び上げられながらもがいている夫人の姿を想像し、彼は顔を上げた。心の中で、パニックに陥った夫人の攻撃者へ反抗する「やめて!」という声、そして恐怖と怒りを込めてSherlockの名を叫ぶ声が響いた。激しい眼差しで階段の上を凝視する彼は推理している探偵から殺意をむき出しにした男に変わっていった。憤怒がこみ上げてきたSherlockは数秒間そこに立ち尽くした後で動き始めた。

 

 

それほど経たずして、彼はゆっくりと221Bのリビングのドアを押し開けた。暖炉の前でドアへと向けて置かれたダイニング椅子にHudson夫人が座らされている。背後にはNeilsonが立っていた、Ireneの家での奇襲を先導したCIA男だ。彼は補ってあまりあるサイレンサーをつけた、あの時とは別のピストルを握っていて、それでHudson夫人の後頭部を狙っていた。彼の仲間のひとりは窓の外を見て立っていたが、ドアが開くと振り返った。もうひとりはキッチンのスライドドアの近くに立っている。Sherlockが後ろに組んだ手を握りしめてゆっくりと部屋へ入ってくると、Hudson夫人-もうほぼ静かに泣いている-がさらに激しく泣き出した。

MrsH: ああ、Sherlock、Sherlock!

SH: めそめそしないで、Hudsonさん。泣いたって銃弾が飛ぶのを止めることはできない。

Neilsonを見据える。

SH: 憐れみ深い世界だったらどうだろうな。

MrsH: (静かに泣きながらSherlockを見上げて)ああ、どうか、ごめんなさい、Sherlock。

Neilson: 私の求めるものを持っているだろうね、Holmesさん。

SH: では何故それを尋ねない?

Sherlockは近くへ歩み寄り、右手をHudson夫人に伸ばした。夫人はしくしく泣いて震えながら手を伸ばした。そっと夫人の右手の袖をまくり、手首の傷跡を見る。

MrsH: Sher…

Neilson: この人に訊いたんだが。何も知らないらしい。

Sherlockは視線を少し上げ、Hudson夫人の服の右肩の縫い目が破れてその下の皮膚が露わになっているのを見た。

Neilson: だがあんたは何を訊いているかわかっているだろう、Holmesさん?

SherlockはHudson夫人の右頬にある切り傷を目にした。彼の視線はNeilsonのピストルを持つ右手へと移った。彼は三番目の指に銀の指輪をしていて、それに血が付いていた。顔を上げ、Neilsonを見た-だが推理はしていない。そしてすばやくNeilsonの身体の狙いどころをピックアップした。

頸動脈

頭蓋骨

今度はNeilsonの腕と胸に視線を落とした。

動脈

肋骨

そして再びNeilsonの顔を見上げる。

SH: ああ、そう思うよ。

Hudson夫人はしくしく泣いた、Sherlockは夫人の手を離して起き上がり、再び手を後ろに組んだ。

MrsH: ああ、お願いよ、Sherlock。

SH: (Neilsonに)まず、あんたの仲間に席を外してもらおう。

Neilson: 何故だ?

SH: 数で劣るのは気に入らない。部屋の中でばかげてる。

Neilsonは少し躊躇し、仲間をちらっと見た。

Neilson: 二人とも、車に行ってろ。

SH: そして車でどっか行ってくれ。(Neilsonを見返し)騙そうとするな。あんたは僕が何者か知ってるだろう。通用(work)しない。

「work」の「k」を強調した。仲間二人は部屋を離れ、階段へ向かった。

SH: 次に、僕を銃で狙うのをやめるんだな。

Neilson: そしたらあんたが俺を銃で狙う?

SH: (少し後ろへ下がり、腕を広げ)僕は武器を持ってない。

Neilson: 確認してもいいか?

SH: ああ、頼む。

NeilsonはHudson夫人の後ろから歩み寄り、Sherlockがおとなしく腕を伸ばして立っている間に胸ポケットを叩いたりコートをめくったりした。後ろへ回るとNeilsonは背後に武器を隠していないか叩いて確認する。SherlockはHudson夫人へ思いきり目を回して見せるとひそかに右腕を前方へ曲げて洗浄スプレーを振り、身体を捻ってNeilsonの目に向かって直に噴射した。Neilsonが叫ぶとSherlockは後ろへ引いて強烈な頭突きを彼の顔にお見舞いした。Neilsonがコーヒーテーブルへ崩れ落ち意識を失うとSherlockは勝ち誇って缶を空中に投げた。

SH: まぬけ。

缶をテーブルに音を立てて置くとHudson夫人のもとへ駆け寄り、前にひざまずいた。

MrsH: ああ、ありがとう。

SH: (やさしく夫人の顔をなでながら)もうだいじょうぶ、だいじょうぶだよ。

MrsH: ええ。

うつぶせになったNeilsonの身体を肩越しに見るSherlockは、殺人者のような顔をしていた。

 

 

それほど経たずして黒い車が221へ着き、Johnが降りた。車が去ってドアへ進んだJohnはノッカーの下に手書きのメモがあるのを見つけて立ち止まった。通りを見回してからドアを開けて中に入る。Sherlockの手書きらしい字で書かれていたのは「CRIME IN PROGRESS PLEASE DISTURB(犯罪進行中、邪魔してください)」Johnは階段を上り、急いでリビングに入った。

JW: どうしたんだ?

JohnはNeilsonの視線を感じて立ち止まった、彼は縛られた上にテープで口を塞がれていて、先程Hudson夫人がいた暖炉近くの椅子に座らされていた。鼻は傷つけられ、血が顎から顔に付いている。Hudson夫人はソファにいてSherlockはその近くに座っていた。Neilsonのピストルを片手に持ち狙いをつけ、もう片方の手で電話を耳に当てている。

JW: おおい。いったい何があったんだよ?

SH: Hudsonさんがアメリカ人に襲われた。僕は世界の均衡を復元させている。

JohnはすぐにHudson夫人のもとへ駆け寄って隣に座った。

JW: ああ、Hudsonさん、なんてことだ。だいじょうぶですか?(夫人の肩に腕を回すとNeilsonをにらみつけた)まったく、奴らはあなたに何をしたんです?

Hudson夫人はまた泣き崩れた。

MrsH: (顔を手で覆いながら)ああ、わたしってほんとにバカね。

JW: (夫人を引き寄せながら)そんなことないですよ。

SherlockはNeilsonを銃で狙いつつ、電話を耳に当てたまま立ち上がった。

SH: (Johnへ)下に行ってろ。下に降ろして、診てやってくれ。

Johnは立ち上がって、夫人が歩くのを手伝った。

JW: (やさしく)だいじょうぶ、だいじょうぶ。診てあげましょう。

MrsH: (涙ながらに)だいじょうぶ、わたしはだいじょうぶよ。

夫人が部屋を出ると、JohnはNeilsonを見ているSherlockへ歩み寄った。

JW: 何が起こってるのか教えてくれるだろうな?

SH: そのつもりだ。今は行け。

JohnとSherlockは少し見つめ合うと、その視線をNeilsonに移した。今、彼は殺意に満ちた二人の男たちに狙われている。Johnは部屋を出ようとしたが完全に立ち去る前にNeilsonへ向けて「これからお前は痛みに満ちた世界に遭遇するぞ」という小さな笑みを浮かべた。

SH: (Johnが去ると電話へ)Lestrade。ベイカーストリートが押し入られた。イライラさせない警官と救急車を寄越してくれ。(ようやくNeilsonから視線を外してテーブルに歩み寄り、ピストルをそこに置いた)ああ、いや、いや、いや、違う、違う、僕らはだいじょうぶだ。いや、それは、ああ、侵入者が。奴はむしろ、自らひどいケガをしたんだ。

NeilsonはSherlockがLestradeの質問を聞いているのを緊張した面持ちで見ている。

SH: ああ、ちょっとした肋骨の骨折だ、頭蓋骨骨折…肺に穴が開いた疑いも。

彼は肩越しにNeilsonを見た。

SH: (電話へ)奴は窓から落ちたんだ。

Neilsonの目を見たまま、彼は通話を切った。

 

 

下の階のHudson夫人のキッチン。Johnはシンクに立ち、夫人の頬の切り傷に消毒薬をやさしく当てがっている。夫人は痛みに怯んだ。

MrsH: ああ、染みるわ。

Johnはうなずいて傷を消毒し続けた。少しして窓の外を落ちる姿があり、それは地面に叩きつけられたようだった。JohnとHudson夫人は窓を見た。

MrsH: ああ、ゴミ箱に落ちたみたいね。

外から苦しそうなうめき声が聞こえた。

 

 

しばらくして外は暗くなっていて、救急車が221を去っていった。SherlockはSpeedy's cafeの外にLestradeと立っている。

GL: それで実際奴は何回窓から落ちたんだ?

SH: ちょっとぼんやりしていてね、警部。数えられなかった。

お互い何も言わず、Lestradeは立ち去った。

 

 

少ししてSherlockは221Aのキッチンのドアを通り、足をドアマットで念入りに拭いた。Hudson夫人とJohnは小さなキッチンテーブルの前に座っていて、時刻は午後9:32だった。Hudson夫人はまだとても動揺しているようだ。

JW: 今夜は上の階の僕らのとこで寝た方がいいな。ついていてあげなくちゃ。

MrsH: いいのよ。

SH: もちろん、でもだいじょうぶだ。

JW: いいや、そんなことない。見ろよ。

Sherlockは冷蔵庫の扉を勝手に開けて、何か取り出そうと中を眺めた。

JW: しばらくベイカーストリートから離れた方がいいだろう。妹さんのところへ行って過ごせばいい。医者としての指示だ。

冷蔵庫の扉を足で蹴って閉めるとSherlockはJohnへ向けて顔をしかめながらひき肉のパイを齧った。

SH: 無茶を言うなよ。

JW: こんなにショックを受けてるんだぞ、いい加減にしろよ、みんなあのくそばかげた電話のせいだ。いったいどこにあるんだ?

SH: 僕が知る中でいちばん安全な場所。

口を拭って彼がHudson夫人を見下ろすと、夫人は服の胸元に手を入れてブラから電話を取り出し、Sherlockの前に掲げた。

MrsH: あなたそれを二番目に気に入ってるガウンのポケットに残してったでしょ、おばかさんね。(ちょっと笑った)わたしが泣いてるとあいつらが思ってる隙に、こっそり持ちだしておいたのよ。

SH: (コートのポケットにしまう前に空中へ電話を投げて)ありがとう。

そしてJohnを見る。

SH: 見損なったぞ、John Watson。

JW: 見損なった?!

SH: Hudsonさんがベイカーストリートを去るだと?

Sherlockは夫人の肩を守るように腕を回して引き寄せ、厳格な口調で言った。

SH: イギリスは終わりだ。

Hudson夫人は彼の手を叩き、笑った。Sherlockも一緒にやさしく笑った。そんな二人を見てJohnは微笑んだ。

 

 

その後、彼らは上の階へ戻っていた。Johnがキッチンで飲み物を取ってからリビングへ行くとSherlockはコートを脱いでいた。

JW: 今あれはどこに?

SH: 誰にも見られないところ。

Sherlockは窓に歩み寄り、バイオリンを取ると部屋に背を向けた。

JW: その電話の中身が何であろうと、ただの写真以上のものなんだろう。

SH: ああ、そうだ。

バイオリンを調整しチューニングを確認する。Johnはそれを少しの間眺めていた。

JW: それでさ、彼女は生きてたんだ。それについてどう思う?

少し離れたところでBig Benが時を告げる鐘を鳴らし始めた。Sherlockは鋭く息を吸った。

SH: Happy New Year、John。 

JW: また会いたいと思うか?

視線を外さず向きを変えるとSherlockはバイオリンの弓を取り、空中で回してから「Auld Lang Syne(蛍の光)」を弾き始め、鋭い眼差しでJohnを見た。Johnはそれを察して自分の椅子に座った。Sherlockは窓の方を向き、バイオリンを弾き続けた。

 

 

それほど離れていないところ、セント・ポール大聖堂が背後に見える場所。Ireneは一人で通りを歩いているときにメールを受信した。バッグから電話を取りメッセージを確認する。

「Happy New Year SH」

彼女は前に進みだす前にしばらくそのメッセージを眺めていた。