Johnは上の階の寝室で床に倒れているKateのそばにひざまずいていた。彼女の口へ耳を近づけ呼吸を確認し、起き上がって脈を取る。そして立ち上がって浴室へ行くと開かれていた窓を見た。Sherlockが寝室に入り、Ireneも後をついてきた。

JW: ここから入ってきたんだろうな。

SH: 明らかに。

Sherlockは窓の外を見るために浴室へ行った、Ireneは心配そうにKateへ歩み寄った。

JW: だいじょうぶです。気を失っているだけですよ。

IA: ほんとにそうだといいんだけど。裏口があるの。調べた方がいいわ。Watson先生。

Johnはちょっと戸惑いを見せたが、Sherlockが浴室からやってきて彼にうなずいたので言われた通りにした。

JW: わかった。

Johnが部屋を去るとIreneはドレッサーへ行って引き出しを開け、ひそかに注射器を取り出した。Sherlockは電話を見ていてそれに気づいていない。

SH: とても冷静なんだな。

Ireneは無表情に彼を見た。

SH: 君のブービートラップが人を殺したっていうのに。

IA: あいつはわたしを殺していたでしょうね。自己防衛で先手を打ったのよ。

Sherlockに歩み寄ったIreneは彼の左腕にそっと触れた。彼がその手を見下ろす間に背後へ回って右腕に思い切り注射器を突き刺した。Sherlockは驚いてくるりと向きを変え、それを掴もうとする。

SH: 何だ?それは何だ?何だ…?

Sherlockが顔を向けるとIreneは強烈に彼を引っ叩いた。Sherlockはよろめいて床に崩れ落ちる。Ireneは手を伸ばして要求を告げた。

IA: 寄越しなさい。さあ。寄越しなさい。

Sherlockの視界はぼやけてきた。うめきながら立ち上がろうとする。

SH: いやだ。

IA: 寄越しなさい。

筋肉をコントロールすることができなくなってきたSherlockは電話を握ったまま床に手と膝を着いて倒れこんだ。

SH: だめだ。

IA: ああ、お願いだから。

彼女はドレッサーから鞭を取り上げ、彼を打った。

IA: 放しなさい。

それでもSherlockはまだ立ち上がろうともがいていた。

IA: わたしは…(彼を鞭打つ)…放せと…(再度鞭を打つ)…言ったのよ。

Ireneが三度打つとSherlockは床に倒れ、うっかり電話を落としてしまった。

IA: ああ。どうもありがとう。

Sherlockは動くことができず仰向けに横たわった。Ireneは電話を取り上げるとキーを押し、Sherlockのそばに立って彼をしたり顔で見下ろした。

IA: 写真はわたしが保護してるって、あのお高くとまった連中に伝えてちょうだい。恐喝のためじゃない、保険なの。

Ireneはまだ着ているSherlockのコートのポケットの中へ電話をしまった。

IA: その上で、わたしは彼女とまた会おうとするかも。

うめきながら、Sherlockは起き上がろうとした。Ireneは彼を鞭の先で床に抑えつけた。

IA: ああ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ、だめ。快楽になるんだから。台無しにしちゃだめ。

彼女はやさしく鞭の先をSherlockの顔になぞらせた。彼は動けずされるがままになっていた。

IA: これがわたしを憶えてもらうためのやり方なの。あなたを打った女。

Sherlockの視界はさらにぼやけていった。

IA: おやすみ、Sherlock Holmesさん。

 

 

彼女が浴室へ顔を向けるとJohnが寝室へ入ってきた。

JW: ちょっと。何をしてるんです?

IA: 少しの間眠るでしょうね。嘔吐して窒息しないように気をつけて。とても醜い死体になっちゃう。

Ireneは話しながら浴室へ行き、窓の敷居に座ると脚をバスタブの縁に上げて、壁からぶら下がっている紐を掴んだ。Johnは床に転がっている注射器を拾い上げた。

JW: これは何だ?何をした?Sherlock!

IA: 直に良くなるわよ。たくさんの友達にそれを使ってたから。

JW: (ひざまずいて同居人を見下ろし)Sherlock、聞こえるか?

IA: ねえ、わたし間違っていたわ。彼は見るところを知ってたのね。

JW: (立ち上がって彼女の方へ振り返り)何を?何のことを言ってるんだ?

IA: 金庫のキーコード。

JW: 何だったんだ?

彼女はSherlockへ視線を落とした。彼はわずかな意識でIreneを見上げながらまだ無謀にも立ち上がろうとしている。

IA: 教えましょうか?

Johnはちょっと彼を見下ろし、そしてIreneの方を向いた。警察がやってくるサイレンが聞こえる。IreneはJohnに微笑んだ。

IA: わたしのスリーサイズ。

そしてIreneはバスタブの縁を蹴ると紐のようなものを掴んだまま窓の外へ落ちていった。だがそれは細いロープだったらしい。Johnは窓へ駆け寄って外を見る。その間Sherlockはまだ無謀にも起き上がろうとしていたが、やはり力なく倒れ込んでいた。

 

 

Sherlockは意識不明に陥ると自分を発見した-自身の精神の中に-田舎の事件現場に戻ってPhilの車の運転席に座っている。Sherlockのコートを着たIreneが車の外に立ち、開けられた窓の端にしがみついて彼を切迫した面持ちで見ていた。

IA: 捕まえた!

意識をはっきりさせようと瞬きをしながらSherlockは車から出ようとしたがIreneが指を上げて遮った。

IA: ああ、今は“シー”。起きないで。わたしがお話をするから。

彼女は車の後部へ行き、排気管を間近に見ようと屈み込んだ。裸足なので歩くとペタペタと音がする。

IA: それで車のバックファイアは…

Ireneは再び立ち上がった、すると突然彼女とSherlockは野原のハイカーの近くに立っていた。ハイカーは固まっていて45度上を見つめている。再び熱中した様子で彼女は話を続けた。Sherlockは黙って彼女の後についていく。

IA: …そしてハイカー、彼は空を見つめている。さて、あなたは彼が鳥を見ていたかもしれないと言った、でもそうじゃなかった、でしょ?

彼女は歩き回りハイカーの視線を追いながら彼の前へ向かった。

IA: 彼は飛んでいる他のものを見ていた。車がバックファイアし、ハイカーは振り返ってそちらを見た…

ハイカーは振り返って後ろにある車の方を見た、同時に何かの物体が判別不可能なほど非常に高速に飛んできた。それは彼の後頭部に当たった。男は仰向けに倒れ-その一瞬の間-SherlockはIreneの寝室に戻り、床に仰向けに倒れた。そしてすぐにまた彼は事件現場に戻り、Ireneとハイカーを前に地面を見下ろしていた。

IA: …それは大きな見落としだった。

彼女は道路の方を再び見た。車にはPhilが乗っていて、怯えた様子でこちらを見ていた。

IA: 運転手が見たときには、ハイカーは既に死んでいた。何が彼を殺したか見ないまま、なぜならそれはもう川に落ちてしまっていたから。

小川の近くに予想外のものが落ちていた-ブーメランだ。

IA: ある堪能なスポーツマンが最近外国旅行から戻ってきた…ブーメランと共に。一目でわかった?確かに新しい色気ね。

彼女は振り返ってSherlockに微笑んだ。Sherlockはまだ朦朧としていた。

SH: 僕は…

彼は瞬きをして混乱しながらあたりを見回した。

SH: 僕は…

背後にベッドが持ち上がってきてSherlockを受け止めた。身体の角度を変えて横たわるようにベッドに沈み込むとシーツが持ち上がって彼を包み込む。そして彼は目を閉じた。

IA: 今は静かに。

彼女は彼に屈み込んだ。彼女はもはや野原にいない、彼の部屋の中にいた。

IA: だいじょうぶよ。あなたのコートを返すだけ。

Sherlockは意識を引き戻され、自分の寝室のベッドにひとりでいることに気付いた。ちゃんと服を着たままシーツにくるまっている。混乱しながら頭を持ち上げた。

SH: John?

頭を振って意識をクリアにしようとしながらより大きな声で叫んだ。

SH: John!

リビングにいたJohnはあたりを見回した。Sherlockはシーツを投げ出してベッドにひざまずいたが、すぐにバランスを失ってベッドの足元に転がり落ち、床に倒れた。Johnが寝室のドアを開けて入ってくると彼は上体を起こした。

JW: だいじょうぶか?

SH: どうやって帰ってきた?

JW: ええと、憶えてないだろうね。大して意識がなかった。ああ、伝えておかないと、僕はLestradeが電話で君を撮影してたと思うんだよ。

Sherlockはそれには答えず、立ち上がりながら必死な様子でJohnに訊いた。

SH: 彼女はどこだ?

JW: どこって誰が?

SH: 女だ。あの女。

JW: 何の女だ?

SH: (漠然と部屋をよろめきながら)女だ。女、女!

JW: 何だ、Irene Adlerか?どっか行ったよ。誰も見てない。

Sherlockはよろよろと開いている窓に行き、外を見た。

JW: ここにはいなかったよ、Sherlock。

振り返って、Sherlockは再び倒れ、床で脚を引きずった。

JW: どうした…?何…?だめだ、だめ、だめ、だめ。

JohnはSherlockを引きずり上げて、ベッドにうつぶせに落とした。

JW: ベッドに戻れ。(シーツをまたかぶせて)朝には良くなってるだろう。寝てろよ。

SH: (ぼんやりと)もちろん良くなるさ。僕はだいじょうぶだ。全然だいじょうぶだ。

JW: ああ、君はすごい。さあ、必要なら隣の部屋にいるから。

SH: (あいまいに)なんで必要とする?

JW: 理由なんかないさ。

Johnは部屋を出てドアを閉めた。Sherlockのコートがそのドアに掛けられている。そして数秒後、コートのポケットの中で彼の電話が作動して光り出し、スピーカーから女性の色っぽい声が鳴った。Sherlockは目を開き、起き上がってショボショボとコートを見た。Ireneからのメッセージだと気付くと顔をしかめてベッドから立ち上がる。よろよろと進み、二、三度バランスを崩したが、どうにか脚を踏ん張った。ようやくドアに辿り着き、ポケットから電話を取り出して、壁に寄りかかりながら電話を起動する。新しいメールがあった。

「また今度ね、Holmesさん」

Sherlockはしばしそれを見つめ、疑わしげにあたりを見回した。部屋の中で明らかになったもっとも信じられない事実は、赤い口紅のキスマークが彼の口元の左側に付いていることだった。

 

 

翌朝。Sherlock-今は完全に快復している-とJohnはリビングのテーブルの前に座っていた。Johnは朝食を食べていて、Sherlockは新聞を読んでいる。Mycroftがそばに立っていた。

SH: 写真は完璧に保護されている。

MH: 逃亡したセックスワーカーの手の中でな。

SH: 彼女は恐喝には興味ない。求めているのは…ある理由のための保護だ。あの家であった銃撃について警察の取り調べを却下するなら取り返すが?

MH: 彼女が写真を持ってるのにどうやって?我々の手は塞がっている(Our hands are tied)。(※tied - ひもで縛られているの意も)

SH: 彼女はあんたの言葉のチョイスを褒めるだろうな。(ちらりと兄を見ると、Mycroftはきまり悪そうな顔をした)あれがどう作用するかわかる、あの電話は彼女を「檻から自由に解放する」切り札なんだ。放っておくべきだ。王族のように扱ってやれ、Mycroft。

JW: だけど彼女のやり方は王族に対してのものじゃないね。

Johnが皮肉を混じえて微笑みかけると、Mycroftはぎこちなく笑みを返した。すると突然、女性の色っぽい吐息の音が部屋の中に響き渡った。JohnとMycroftは眉をひそめる。

JW: 何だ今の?

SH: (無関心を装いながら)メールだ。

JW: でも何だその音は?

Sherlockは立ち上がって近くに置いてあった電話を取りに行き、メッセージを見た。

「おはよう、Holmesさん」

SH: 他にも人がいたことを知ってたのか、Mycroft?Johnと僕を送り込む前に。CIAで訓練した殺し屋だな、優秀な推理では。

Sherlockがテーブルに戻ってまた座ると、JohnはMycroftを見た。

JW: ああ、感謝しますよ、Mycroftさん。

Hudson夫人がキッチンから朝食の皿を持ってきてSherlockの前に置き、Mycroftに厳しい口調で説教をする。

MrsH: 恥ずべきことですよ、弟をそんな危ないところに行かせるなんて。家族は結局わたしたちの持つすべてなんですからね、Mycroft Holmesさん。

常に冷静沈着なMycroftも子供のように説教をされて腹を立てた。

MH: ああ、黙っててくれ、Hudsonさん。

それを聞くとSherlockとJohnは驚いてMycroftを窘めた。

Sherlock/John: Mycroft!

Mycroftは自分を見る怒った顔を前にすくみあがり、悲しそうにHudson夫人を見て謝罪した。

MH: お詫びします。

MrsH: どうも。

SH: でも、実際、黙っててほしいね。

Sherlockが兄の心境を知ってか知らずにか冗談混じりに一言付け加えると、電話が再び色っぽい吐息を鳴らした。Hudson夫人はキッチンへ戻っていたが振り返った。

MrsH: まあ。下品ね、その音、ねえ?

Sherlockは届いたメッセージを見た。

「気分は良くなった?」

それを見て新聞にまた視線を戻す。

SH: あんたに出来ることはないし、僕が見る限り彼女は何もしない。

MH: 最大限の監視をつけることができる。

SH: なぜ面倒なことをする?あんたは彼女をTwitterでフォローできる。ユーザー名は「ThewhipHand(鞭を打つ人)」だな。

MH: ああ。おもしろそうだな。

今度はMycroftの電話が鳴り、ポケットから取り出した。

MH: 失礼。

彼は玄関の方へ出ていき、電話に応じた。

MH: もしもし。

Sherlockは疑わしげに眉をひそめて彼が去るのを見ていた。JohnはSherlockを見た。

JW: なんで君の電話はそんな音なんだ?

SH: 何の音だ?

JW: その音-さっき鳴った。

SH: メールの受信だ。メールが届いたという意味だ。

JW: ふーん。君の受信音は普段そんな音じゃなかっただろ。

SH: ああ、誰かが電話を奪って冗談で受信音を設定したんだろ。

JW: ふーん。で君にメールするたびに…

また合図を受けて電話は吐息を漏らした。

SH: そうみたいだな。

MrsH: ちょっと電話の音を小さくしてくれない?わたしがいるときは。

最新のメッセージ…「あなたは訊いてくれなかったけどわたしは元気よ」

Sherlockは電話を置いて新聞へ意識を戻した。その新聞のヘッドラインには「歴史的な病院の修繕」とある。

JW: 誰が君の電話を奪うことができるかね、だってコートの中にあったんだろ?

Sherlockは新聞を持ち上げて顔を見られないようにした。

SH: 君が推理したらいい。

Johnはニヤニヤしていた。

JW: 僕だってバカじゃないんだからな。

SH: どこからその考えが?

Mycroftが部屋に戻ってきたが、まだ電話で話していた。

MH: Bond Airは行う、既に決まったことだ。コベントリー(※イングランド南中部の都市)についてよく確認しておけ。後で話す。

彼は通話を切った。Sherlockはそれを見ると、新聞を置いて問いかけた。

SH: 彼女は他に何を持っているんだ?

Mycroftは詮索しながらSherlockを見た。

SH: Irene Adler。アメリカ人は不名誉な写真には興味を示さなかっただろう。他にもあるんだ。

彼は立ち上がって兄に顔を向けた。

SH: さらに重要な。

Mycroftは無表情で彼を見た。SherlockはMycroftに歩み寄った。

SH: 何か大きなことが起ころうとしているんじゃないか?

MH: Irene Adlerはそう長くお前の悩みの種にはならない。今、この件から手を引けば。

SH: (目を合わせて)おい、僕が?

MH: そうだ、Sherlock、お前が。

Sherlockは肩をすくめ背を向けると、窓際へ歩み寄りバイオリンを手に取った。

MH: さて、失礼させてもらって、長く困難な弁解を古い友人にするとしよう。

SH: 彼女に僕の愛を捧げる。

Sherlockは「God Save The Queen」を弾き始めた。Mycroftは目を回して部屋を去った。Sherlockは弾きながら後を追い、Johnはニヤリと笑ってそれを眺めていた。Mycroftが急いで階段を降りていくと、Sherlockは戻ってきて演奏を続けながら再び窓へ歩み寄った。

ベルグレビアの醜聞 5