朝。221B。SherlockとJohnはそれぞれの肘掛け椅子に座り、テレビのニュースを観ている。ピンクのiPhoneはSherlockの椅子の上、左側の肘置き部分に置かれていた。窓のガラスはまだ修復されておらず、保護材で覆われた状態なので、外の音が部屋の中にも届いていた。テレビではアパートらしい建物の高層階の画像が表示されていて、下に『ガス爆発で12名死亡』というヘッドラインが出ていた。画像がクローズアップされると建物の多くの階の角が爆破されてむき出しの状態になっていることがわかった。

ニュースキャスター: 爆発により複数の階層に渡って破壊され、12名もの死亡者が…

JW: (肩越しに一瞥してSherlockへ)…古いアパートだって。

ニュースキャスター: …ガス管に欠陥があったことが原因とされています。ガス会社の担当者は…

JW: きっとあいつの仕業だ。

SH: まあ、確かに僕はしくじったさ-厳密には事件を解決したけどな。

そう言ってリモコンを取ると音声を消してしまった。手を戻し、考え込みながら遠くを見ている。

SH: あいつは人質を殺した、あいつについて口にし始めたからだ。

指を一本掲げる。

SH: その一度だけ、あいつが第一線に身を置いた。

JW: どういうことだ?

SH: まあ、通例は上の立場にいなければならないからな。組織しているのはあいつだが誰もあいつに直接接触できないんだ。

JW: そんな…例えばConnie Princeの事件も-あ、あいつの計画だったのか?みんなあいつのところに犯罪の計画を立ててもらいに行くってことか、旅行の計画でもするみたいに?

SH: (満面に感嘆の表情を浮かべながら小声で)まるで小説だな。

Johnは信じられないという顔つきで彼を一瞥して再びテレビへ顔を向けた。話題は別のものに変わっている。

JW: ああ。

Johnがテレビを指差すのでSherlockも目を向けると、それはRaoul de Santosが警察によりKennyの家から連行されている場面だった。記者たちが競うようにお互いを押し合い、Raoulへ近寄り質問を浴びせながら写真を撮っている。画面上に表示されているヘッドラインは『Connie Prince: 男を逮捕』。Raoulはパトカーの後部座席に押し込められた。JohnがSherlockの様子を見ると彼はピンクのiPhoneを見下ろしていた。

SH: 今回は時間が掛かるな。

Johnは居心地悪そうに咳払いをして視線を外した。テレビではKennyへカメラが向けられていた。家の中でSekhmetを腕に抱きながら窓の外の混乱を見つめている。

JW: Carl Powersの件では何か?

SH: 何も。生存する同級生を確認したが全員シロ。繋がりは無い。

JW: 犯人はCarlより年上かも?

SH: その考えも浮かんだ。

JW: で、何でこんなことするのかな、その-君とゲームをしたりなんかしてさ?君はそいつが捕まりたいんだと思う?

Sherlockは口元で合わせた両手の指先を更に押し当ててわずかに笑みを浮かべた。

SH: 気晴らしがしたいんだと思う。

Johnは面白くなさそうに笑うと椅子から離れ、キッチンへ向かおうとした。

JW: 一緒に楽しくやればいいさ。

SH: え、何て?

Johnは腹立たしげに振り返り両手を自分の椅子の背面に置いた。

JW: 人の命がかかってるんだぞ、Sherlock-実際に生きている人間の…なあ-知りたいもんだよ、君はそれをちゃんと気に掛けているのか?

SH: (怒りっぽく)気に掛けることで命が救われるか?

JW: いいや。

SH: なら失敗を繰り返さないようにするまでだ。

JW: そんなの簡単だって?

SH: ああ、非常にね。知ってるだろ、そんなの。

JW: ああ。(苦々しく)そうだな。

そこでしばらく何も言わずお互いを見ていた。

SH: がっかりさせたようだな。

JW: (腹立ちまぎれに笑みを浮かべ、Sherlockを指差しながら皮肉を込めて)すごい-素晴らしい推理だ、さすがだな。

SH: 人をヒーロー扱いするな、John。ヒーローなんて存在しない、もしいたとしても僕はそうじゃない。

再びお互い見つめ合ったが、ピンクのiPhoneがメールの受信を知らせた。

SH: いいぞ!

電話を起動するとひとつの単音とひとつの長音で構成された時報が鳴り、ある川岸の画像が表示された。

SH: テムズの風景だな。サウスバンク-サウスワーク橋とウォータールーの間のどこかだ。

ポケットから自分の電話を取り出す。

SH: 新聞をチェックしてくれ、僕はネットで…

そう言いかけて顔を上げるとJohnは椅子に手をついてうなだれていた。

SH: ああ、君は怒ってるんだった、じゃ手伝ってくれないな。

Johnは顔を上げて肩をすくめた。

SH: 役立たずだな、お人好し野郎。

そう吐き捨てるとSherlockはJohnのことはもう気にしないと決めたようで、自分の電話を使いインターネットで検索を始めた。

Search: 

Thames

+ High Tide

+ Riverside

[検索: テムズ / +満潮 / +川岸]

Johnはしばしその様子を見てから起き上がった、友人が心を入れ変えることはないと悟り始めたらしい。Sherlockはすっかり新しい作業に夢中になって検索を続け、Johnが乗り越えようとしている心の傷には気付いていない様子だった。やがてJohnはソファへ向かって歩いていった。Sherlockはまた別の検索を始めている。

Local News

Greenwich

Waterloo

Battersea

[地域別ニュース  / グリニッジ / ウォータールー /バタシー]

SherlockがWaterlooを選択したところでJohnはうんざりした様子でソファに腰を落とし、コーヒーテーブルの上に積まれた新聞の束に取り掛かり始めた。Sherlockの電話の画面にはウォータールーエリアの時間毎の情報、潮の干満時刻、警察からの情報などが表示されていた。

JW: (新聞を読み上げながら)橋の下で自殺。

SH: (腹立たしげに二つ返事で)二束三文。

Johnは思わず彼の方を見たがSherlockは再びローカル・ニュースの検索へ戻り、今度はBatterseaを選択した。画面には「新しい記事はありません」と表示された。“Thames Police Reports”を検索し、表示された職務記録を見ていく。

JW: ストーク・ニューイントンで二人の児童が刺された。

その新聞を脇に置いて別のものを見る。

JW: ああ、線路で男性が発見される-Andrew Westだ。

Sherlockは見ている記録の中に役に立ちそうな情報がないので腹を立てていた。

SH: 何も無し!

そう叫ぶと今度はスピードダイヤルに登録してある連絡先へ電話を掛け、相手が応答するや否や話し始めた。

SH: 僕だ。サウスバンクとウォータールー橋の間、それとサウスワーク橋で何か見つけたか?

 

 

テムズ川沿いのサウスバンク、潮が干き始めると白いシャツに黒いズボン、黒い靴下で靴を履いていない大柄な男性の遺体が現れた。

 

 

その後、警察や鑑識官らが捜査をしている現場に二人が到着した。Sherlockは手にラテックス製のゴム手袋を装着している。Lestradeは遺体のそばで二人を待っていた。

GL: で、これも関係有りと推測するわけだな、あの爆弾魔に。

SH: そのはずだ。妙ではあるが…(ピンクのiPhoneを掲げ)…連絡がない。

GL: だがこの憐れな野郎が爆破の導火線になってると見ていいんだな?

SH: ああ。

Sherlockは一歩引いてビニールシートに仰向けに置かれた男の遺体の全体を眺めた。

GL: 何かわかったか?

SH: 七つ…今のところは。

GL: 七?!

再び遺体に歩み寄ったSherlockは顔の状態を拡大鏡で調べるために屈み込んだ。それから引きちぎられたシャツのポケットを見て、足元まで観察していった。靴下を脱がせて拡大鏡で踵を見る。立ち上がりながら拡大鏡を閉じ、Johnの方を見て何も言わずに遺体を顎で示し、彼も調べるよう促した。Johnは許可してもらえるのかLestradeの様子を窺ったが、警部は「どうぞご自由に」と言うかのように遺体を手で示した。Johnが遺体へ屈み込んで男の手首を調べようと手を伸ばすとSherlockは少し離れた場所へ行き、自分の電話を取り出した。

JW: 死後24時間-もう少し前かも。(Lestradeを見上げ)溺死ですかね?

Sherlockの電話の画面。

Interpol

Most Wanted

Criminal Organisations

Regional Activities

[インターポル(※) / 最重要指名手配犯 / 犯罪組織 / 地域別]

GL: どうも違うようだ。肺の中にある川の水はそんなに多くない。窒息死だな。

JW: ああ、でしょうね。

Sherlockは顔を上げて何か考え込んだ後、末尾にあるオプションを選択し、画面を切り替えた。

Czech Republic

Gangs

Information

Most Wanted

Contact

[チェコ共和国 / 暴力団 / 情報 / 最重要指名手配犯 / 連絡先]

JW: 口と鼻の周りにかなり小さいけど赤い斑点があるな。それからここと、ここにも。

Sherlockは「最重要指名手配犯」メニューを選択した。顔を上げ、先程遺体を調べたときに口元と髪の生え際あたりにあった小さな赤い斑点を思い返していた。

SH: (考え込みながら)指先。

Johnが立ち上がるとSherlockは別の検索を始めた。

Missing Persons

[行方不明者]

検索オプションを見ていく。

Last 36 hrs

Age

Location

Local Search

[直近36時間 / 年齢 / 場所 / 地域検索]

JW: 30代後半といったところかな。状態があまり良くない。

SH: 長時間川に浸かってたんだ。水で多くの情報が失われてる。

するとSherlockはニヤリとした。

SH: だがひとつ言えることがある、失われていたというあのフェルメールの絵は贋作だ。

GL: はあ?

SH: 遺体の身元を特定しないとな。友人や同僚を洗い出して…

GL: ま、ま、ま、ま、待てって。絵が何だって?一体何を-何のことを言ってるんだ?

SH: 至るところにあるじゃないか。ポスターを見てないのか?オランダの巨匠の、何世紀も前に破壊されたと思われていた作品が発見されたって。3000万ポンド(※約50億円)の価値があるとか。

GL: そうか。で、それがこの死体と何の関係があるっていうんだ?

SH: (少しニヤついて)すべてだよ。Golemの話を聞いたことはあるか?

GL: Golem?

JW: 怪談話だろ?何が言いたいんだ?

SH: ユダヤ教の伝承だ。泥で作られた巨人。そしてある殺し屋の名前でもある-実際の名前はOskar Dzundza-世界で最も優れた殺し屋のひとりだ。

そして遺体を指差す。

SH: これはそいつの典型的なやり方だ。

GL: じゃあこれは殺し?

SH: 確実に。Golemは素手で絞め上げて命を奪う。

GL: だが絵がどうして関わってこなくちゃならんのだ?さっぱり見えてこない…

SH: (憤慨しながら)見ているさ-ただ観察していないだけだ。

JW: わかった、わかった、“girls”、落ち着けって。Sherlock?僕達にも教えてくれるよな?

少し間を置いて、とうとうSherlockは数歩下がってから遺体を示した。

SH: この死体から何がわかるか?犯人はあまり残してくれていない-シャツとズボンだけ。かなりフォーマルな印象-夜どこかへ外出していたのか、だがズボンは丈夫そうな素材、ポリエステルの粗悪品、シャツも同様-安物。それぞれこいつには大き過ぎる、だからどこかの標準化されたユニフォームか何か。制服着用の職業だ。どんな職業か?ベルトには無線機用のフックがある。

GL: 地下鉄の運転手?

Sherlockは「バカ」とでも言いたげな目付きで警部を見た。

JW: 警備員?

SH: そっちの方がありうるな。尻の状態がそれを裏付けてくれる。

GL: 尻?!

SH: たるんでる。座りがちな生活を送っていたと考えられるが、踵の状態と脚に見受けられる初期段階の静脈瘤から別の見解が得られる。つまり、たくさん歩くだけでなく座る時間も多い。警備員は当てはまりそうだ。腕時計もそれを後押しする。目覚ましの時刻から常日頃夜勤に就いていたことがわかる。

-Sherlockが遺体の腕時計のボタンを押すとアラーム時刻は2:30となっていた。

GL: 常にそうだった?死ぬ前の夜にたまたまそうセットしたのかもしれないぞ。

SH: いやいやいや。ボタンは固かった、ほとんど押されてない。アラームは随分前にセットされたんだ。シフトが変わることはなかった。だが他にもある。犯人は作業を中断せざるを得なかった、でなければ身ぐるみすべて剥いでいただろう。剥ぎ取られているシャツのポケットには何かバッジか社章のようなものが付いていたんだ、被害者の勤務先がわかるようなもの、施設か何かの印が。

するとSherlockはポケットから何かを取り出した。

SH: ズボンのポケットの中にこれがあるのを見つけた。

彼の手には小さく丸められた紙があった。

SH: 水に浸かっていたがまだ何か認識できる…

JW: (紙の玉を見ながら)チケット?

SH: チケットの半券だ。こいつは美術館か画廊で勤務していた。ざっと調べたところHickmanギャラリーの係員がひとり捜索願を出されていた。

遺体を指差す。

SH: Alex Woodbridge。今夜ギャラリーでは再発見された名画が披露されることになっている。では一体誰がGolemを雇ってこんなありふれたギャラリーの係員を窒息死させたがるのか?結論: 被害者は何かを知っていた-オーナーが3000万ポンドの支払いを取り消されるであろう何かを。絵は贋作なんだ。

JW: (感心しきって)お見事だな。

SH: (先程の口論にまだ腹を立てているかのように肩をすくめて)わざとらしい。

GL: 「良いお年を!」(※)

JohnはLestradeを「冗談だろ?」と言いたげな目付きで見た。Lestradeはおどおどしながら笑ってごまかした。Johnは再び遺体を見下ろした。

JW: 哀れな奴だな。

GL: 部下にそのGolemとやらについて調べさせた方が良いな。

SH: 無駄だよ。見つけられやしない。それが可能な人間がひとりいるが。

GL: 誰だ?

SH: (ニヤリとして)僕。

Sherlockは現場を去っていった。Johnは溜め息をこぼして「また始まるのか」とでも言いたげだったが、それでも忠実に後を追っていった。

 

※インターポル

…the International Criminal Police Organization (国際刑事警察機構; 略 ICPO)の通称; 本部はリヨン。国際的な犯罪防止のために世界各国の警察により結成された国際組織。

 

※「良いお年を!(And a Happy New Year!)」

…その前のSherlockの言葉「わざとらしい(Meretricious)」を“Merry Christmas”と聞き間違えた、もしくは“Meretricious”という言葉を知らなかった、ので冗談っぽく付け加えた?ちなみにこの日は三月の末。

 

 

タクシー。二人は後部座席に座っていて、Sherlockは苛々しながらピンクのiPhoneを眺めていた。

SH: 何故電話してこない?パターンを変えた。何故だ?

すると彼の頭に何かがひらめき、運転手の方へ屈み込んだ。

SH: ウォータールー橋へ。

JW: 今度は何処だ?ギャラリーか?

SH: ちょっとな。

JW: Hickmanって現代美術だったよな?何で昔の名画を手に入れたんだろう?

SH: さあね。結論を飛躍させるのは危険だ。データが要る。

Sherlockはメモ帳を取り出して何か書き込むと、そのページを破って紙幣を一枚挟んだ。それをポケットにしまった数秒後、運転手に叫んだ。

SH: 止めろ!

タクシーは道路の端に寄って停まった。

SH: ここで待ってろ。長く掛からない。

そう言うとSherlockは車を降り、舗道に沿って建てられていた柵をひらりと飛び越えて何処かへ行ってしまった。

JW: (慌てて車を降りながら)Sherlock…

Johnは腹を立てて首を振ったが、仕方なく少し苦労しながら柵を乗り越えて後を追った。先に進んでいたSherlockは速足でウォータールー橋の下へ向かい、そこに設けられたベンチに座る路上生活者の女性へと近寄っていった。女性は脇に大きなバッグを置いていて、一番上に手書きの看板が見えていた。最初の二つの言葉は“HUNGRY AND”、続く言葉は他の荷物でよく見えないが恐らく“HOMELESS”だろう。

路上生活者: 小銭、小銭はある?

SH: 何を?

路上生活者: お茶だけど。

SH: (ポケットから先程の紙を取り出して)ではこれで、50。

路上生活者: (微笑んで)どうも。

Sherlockはすぐにそこから歩き去った。Johnはその様子を見て当惑し、慌てて彼の後を追いながら路上生活者を指差して訊いた。

JW: 何してたんだ?

SH: 投資。

Johnが振り返ると路上生活者は受け取った紙を広げ、中に書かれていることを読んでいた。Sherlockは構わず先に進んで再び舗道の柵をひらりと飛び越え、タクシーのドアを開ける。

SH: さて、ギャラリーへ行くぞ。

そこで一瞬動きを止め、振り返ってJohnに確認する。

SH: 君は金持ってるか?

Johnは持ち合わせがあったようで、そのまま二人はタクシーに乗ってギャラリーへ向かった。

 

 

Hickmanギャラリー。到着したタクシーから先に外に出たSherlockは一緒に降りようとするJohnを止めた。

SH: いや。君にはあの警備員の情報を出来る限り集めてもらいたい。Lestradeが住所を教えてくれる。

JW: わかった。

Johnがドアを閉めて運転手に行き先を告げると車は走り去り、Sherlockはギャラリーへ向かった。

 

大いなるゲーム 7