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    BBC SHERLOCK

    日本語訳

    <非公式>

    サイト内は過去掲載分も含め、日々更新していますので

    こまめにリロード(再読み込み)をして最新の状態でご覧ください

    Kenny Prince宅。美しく優雅に飾られた家の中で無毛の猫(※恐らくスフィンクスと呼ばれる品種)がソファの上を歩き回りながら鳴いている。『オシャレ』な紫色のシャツに身を包んだ50代後半と思われるKenny Princeが部屋に入ってきた。その後ろから『魅力的な』下働きの男性、Raoulがやって来て入り口で立ち止まり、Johnへ中へ入るように示した。

    Kenny: 私達途方に暮れてしまって、当然でしょう。

    Johnがリビングへ入っていくと、Kennyは部屋の一方のマントルピースに腕を伸ばして身体を支えながら振り返った。Johnがソファにいる猫のそばへ腰掛けるのを不安気に見ている。

    Raoul: 何かお持ちしましょうか?

    JW: ええ、いえ。いえ、結構です。

    RaoulがKennyへ視線を向けると、彼はただ笑みを見せた。微笑みを返してRaoulは部屋を後にした。

    Kenny: Raoulは僕の支え。彼がいなかったらどうなってたか。

    そこで悲しそうに俯いた。

    Kenny: いつも意見が合うわけではなかったけれど、でも僕にとってとても大事な人だったんです。

    Johnの膝の上に乗っていた猫はJohnに持ち上げられると不服そうに鳴き声をあげたが、そのまま横に置かれた。

    JW: それで-それで有名になられてね、Princeさん。

    Kenny: そう、崇拝されていました。Routemaster(※)のお尻みたいな見た目の女の子たちをね、お姫様みたいに変えてしまうのを見たことがありますよ。

    話を聞きながらJohnは猫がまた膝に登ってくるのを苛立ちながら見下ろした。

    Kenny: それでも彼女がこの浮世から自由の身になれたことには少し安心しましたけど。

    満足気に喉を鳴らす猫をJohnは忌々しく思いながら膝の上で抱いていた。

    JW: (気まずそうに)ごもっともで。

     

    ※Routemaster

    …ロンドンを走るダブルデッカーの赤いバス。2005年に引退したが、現在でもロンドン市内の観光路線で活躍する。

     

     

    221B。Hudson夫人もやって来て、壁の書類に向かって立つSherlockとLestradeの間に並んで立っていた。Sherlockは自分の電話で何か話している。

    SH: わかった…ありがとう。感謝する。

    話しながら暖炉の方へ歩いて行く。Hudson夫人は悲しそうに壁に貼られたConnie Princeの写真を見た。

    MrsH: 本当にあんまりよね。わたしも好きだったのよ。色の使い方を教えてくれたりね。

    Lestradeは部屋の後方にいるSherlockの様子を見ていたがHudson夫人へと顔を向けた。

    GL: 色?

    MrsH: ほら…(自分の服を示して)…何が一番合うかって。わたし赤い色の服はダメなのよ。老けて見えるみたいで。

    電話を終えたSherlockが二人の方へ戻ってきた。

    GL: 誰と話を?

    SH: (壁を眺めながら)内務省。

    GL: (驚いて)内務省?

    SH: まあ、内務大臣だな、正確には。貸しがあってね。

    MrsH: (Connieが番組で獲得したと思われる賞を手にする写真を見ながら)かわいらしい人だったのに、いじり過ぎよね。近頃のこういう方たちってみんなそう。

    Lestradeへ顔を向けて続ける。

    Mrs H: 顔が動かなるほど整形するなんて。バカみたいよね?!

    そう言いながらHudson夫人に笑いかけられると、Lestradeも合わせるように笑みを浮かべた。夫人はSherlockへ顔を向ける。

    MrsH: この人の番組は観たことあるの?

    SH: これまでは無かった。

    Sherlockはラップトップを手に取って開いた。Connieのメイクアップ番組の動画が再生される。TVスタジオで彼女の兄弟に向かって話をしているところだった。

    Connie: あなたったら顔色が冴えないわね!

    Kenny: ああ。(観客の方を見て)毎日雨ばっかりだったからね!

    MrsH: この人は兄弟なの。仲が悪いみたいね、新聞の記事によればだけど。

    SH: 情報を集めてる。この番組を好んでいた人物たちと非常に実りある会話をしたところだ。ファン・サイト-噂話には欠かせない。(※)

    Connie: (兄弟が着ている服を示して)この組み合わせに出来ることって言ったらひとつしかないわよね、みんな?

    そう言うとConnieは立ち上がって手を叩きながら声を上げた。

    Connie: 脱げ!脱げ!脱げ!脱げ!

    観客も手を叩き一緒になって囃し立てる。三度目の「脱げ!」でConnieに強い調子で背中を叩かれたKennyは上着を床に落とし、シャツのボタンを外し始めた。一瞬悲痛そうな表情を浮かべたものの、すぐに観客へ偽りの笑みを見せるのだった。

     

    ※「情報を集めてる。この番組を好んでいた人物たちと非常に実りある会話をしたところだ」

    …原作「隠居絵具師」Holmesはで依頼人の話を聞くよう指示をしてWatsonを使いに出すが、その裏で部屋にいながらにして依頼人の近所での評判などの情報を集め、人間関係について推理を進めていた。

     

     

    Kenny Prince宅。Kennyはまだ暖炉のそばに立ち、フォト・フレームに入れられたConnieが賞を手にしている写真を眺めていた。ノートを見下ろしながらJohnが話をしている。

    JW: 皆さんが思っているよりもよくあることで。破傷風菌は土の中にいましてね、バラの棘や庭いじりの道具とか、そういったものでケガをするでしょう。で、それをいい加減に…

    そこでJohnは驚いて言葉が詰まった-Kennyがいつの間にかソファへやって来て彼のすぐ横に座り、熱心な眼差しで彼を見つめていたのだ。

    JW: …扱うと…

    Kenny: 自分が今何をしようとしているのかわかりません。

    JW: (少し緊張した様子で)そうですか。

    Kenny: というのも彼女がこの、ステキな場所にわたしを残して…

    Johnは目を細めながらリビングを見渡した-「ステキな」という言葉に彼は同意しかねるようだ。

    Kenny: でもいなくなってしまってからは違う場所みたいで。

    JW: (もぞもぞと身体を動かしてKennyと距離を取ろうとしながら)そ、それこそ本誌が書きたかったことでして、その、すべてのお話を直接ご本人からね。早過ぎるなんてことは?

    Kenny: いいえ。

    JW: そうですか。

    Kenny: (依然として熱心にJohnを見つめながら)何でも訊いて。

    猫が鳴きながらカーペットの上を歩き回っている。Johnはそれを見ながら鼻を擦った。そして手を戻したその時、突然何かを悟って素早くもう一度鼻へ手を近づけた。鼻を掻く振りをしながらそっと指の臭いを嗅ぎ、再び猫を見下ろす。それからKennyへぎこちない様子で笑みを向けた。

     

     

    221B。Hudson夫人はもう部屋からいなくなっていたが、SherlockとLestradeはまだ壁の掲示物を見ながら立ち続けていた。自分の電話が鳴るとSherlockは上着のポケットから取り出し、発信者を確かめて耳に当てた。

    SH: John。

    JW: (電話の向こうで)もしもし。なあ、こっちにすぐ来てくれよ。何かに気づきかけてるんだ。まずいくつか持ってきてもらいたいものがある。ペンはあるか?

    SH: 頭に入れる。

     

     

    しばらく経ち、Kennyが暖炉のそばの鏡へ向かって身だしなみを整えていると、玄関の扉が閉まる音が聞こえた。Johnはティー・カップを下ろした。

    JW: 来ました。

    Kenny: え?

    大きなバッグと三脚の入った長細いケースを肩から下げたSherlockはRaoulに案内されて部屋に入り、Kennyへ歩み寄った。

    SH: ああ、Princeさんですね?

    Kenny: はい。

    SH: お会いできて光栄です。

    Kenny: どうも、ありがとう。

    握手を交わしながらSherlockはKennyの手をまじまじと見ていた。

    SH: まったくお気の毒なことで…

    Kenny: ええ、ええ、ご親切に。

    JW: それでは、えーと…

    Sherlockはソファへ荷物を下ろし、道具を漁り始めた。Kennyは鏡へ戻って再び髪型を整える。

    JW: (小声で)君は正しかったな。バクテリアは別の方法で体内に混入した。

    SH: (ニヤニヤしながら)おお、そうか?

    JW: うん。

    Kenny: (二人へ向かって)よし。準備は出来たの?

    JW: ああ、はい。

    Sherlockを見ると彼はカメラとフラッシュガンを取り出し、Kennyへ顔を向けた。

    JW: それでは…

    Kennyが片方の腕をマントルピースに載せてポーズを取ると、Sherlockが歩み寄って写真を撮り始める。

    Kenny: あまりアップにしないで。さっきまで泣いてたんだから。

    足元で猫が鳴いたのでSherlockは視線を落とした。

    SH: おお、こちらは?

    Kenny: Sekhmet(セクメト)。エジプト神話の女神から名前をもらってね。

    SH: すてきですね(!) Connieさんの?

    Kenny: そう。

    Johnが伸ばした手を払ってKennyは猫を持ち上げた。

    Kenny: 僕への小さな贈り物。

    腹立たしげに起き上がったJohnはSherlockへ顔を向けた。

    JW: Sherlock?えーと、光りの具合は?

    SH: ああ、そうだな…

    するとSherlockはもう片方の手に持っていた別のフラッシュガンを掲げてKennyに向け、直に彼の顔へ光りを当てた。

    SH: 2.8。

    強烈な光にKennyは目が眩んだ。

    Kenny: ふざけるな。何やってるかわかってるのか?

    Johnはその隙に素早く猫へ手を伸ばし、前足の肉球に自分の指を擦りつけた。SherlockはKennyにそれが見えないよう光を当て続ける。

    SH: 失礼しました。

    Sherlockがフラッシュを当てている間にJohnは擦りつけた指の臭いを確かめた。

    Kenny: 君たちは、ローレル&ハーディ(※)か何かみたいだな、まったく。どうなってるんだ?

    JW: 実はもう用事は済んだように思いますので。失礼します。

    Kenny: え?

    JW: Sherlock。

    SH: え?

    JW: (ソファの上の荷物を取り玄関へ向かいながら)締め切りが迫ってる。

    Sherlockも後に続いて出ていった。

    Kenny: まだ何も撮ってないじゃない!

    彼を無視してリビングを出ると、二人は外に向かった。家の前を通り、メインの道へ出ようと歩きながらJohnはうれしそうに笑い出した。

    JW: やった!ああ、やったぞ!

    SH: (笑みを浮かべながら)猫だと思っているようだけど。猫じゃないぞ。

    JW: え?いや、違う。ああ、違うね。絶対そうだ。どうやって破傷風菌が体内に入ったか。猫の足から消毒液の臭いがしたんだぞ。

    SH: (笑みを崩さず)いい思いつきだな。

    JW: いや、あいつは猫の足に付着させたんだ。新しいペット-彼女の周りを興奮して飛び回っただろう。引っかき傷はほぼ間違いない。彼女はきっと…

    SH: (遮って)腕の傷を見たときに僕も一瞬そう考えた、だがあれはランダム過ぎるし、あの兄弟にしては賢すぎるんじゃないか。

    Johnは思わず噴き出した。

    JW: 金目当てで殺したんだろう。

    SH: あいつが?

    JW: (Sherlockへ顔を向けて)あいつじゃないのか?

    SH: いや。あれは復讐だ。

    JW: 復讐?誰がそんなことを?

    SH: Raoulだ、下働きの。Kenny Princeは彼女のジョークで笑い者にされていた、来る日も来る日も、事実上のいじめが繰り広げられていた。とうとう彼は限界に達し、非常に険悪な状態になった。ウェブサイトにみんな載ってる。彼女は縁を切るとKennyを脅した。Raoulはある生活習慣に慣れてきた、それで…

    JW: (立ち止まって彼の方へ振り返り)いや、待て、待て。ちょっと待ってよ。

    Sherlockも立ち止まる。

    JW: 消毒液は何だっていうんだ、猫の爪にあったんだぞ?

    SH: Raoulは家を非常に清潔に保っていた。キッチンのドアから入って、床の状態も見ただろ、死ぬほど磨き上げられていたじゃないか。君も消毒液の臭いがするぞ。違うよ、猫は関わってない。

    そう言われてJohnは自分の上着の臭いを確かめた。Sherlockはメインの通りへ顔を向ける。

    SH: Raoulのネット接続の記録が示してくれるだろう。ここら辺でタクシーが捕まればいいな。

    Sherlockは先に進んでいった。Johnは腹立たしげに溜め息をついたが、やはり事件を解決できなかったことに少しがっかりしていた。顔をしかめながら前方にいるSherlockを見つめ、やがて後を追った。

     

    ※ローレル&ハーディ

    …「ローレル&ハーディ(Laurel and Hardy)はかつてサイレントからトーキーの時代にかけて活躍したアメリカのお笑いコンビ。チビではにかみ屋のスタン・ローレルと、巨漢で気むずかし屋のオリヴァー・ハーディによるこのチームは、日本でも「極楽コンビ」の名称で親しまれた」-Wikipedia「ローレル&ハーディ」より

     

     

    残り一時間。老女はベッドの中で絶望に陥りながら泣いていた。

     

     

    夜。スコットランド・ヤード。Sherlockが書類ホルダーをLestradeに振って見せながらメイン・オフィスに入っていく。

    SH: Raoul de Santosが犯人だ。Kenny Princeの下働き。二度目の検視解剖の結果、Connie Princeを死に至らしめたのは破傷風菌ではないことがわかった-ボツリヌス毒素だ。

    机に置かれた書類ホルダーへLestradeが手を伸ばすとSherlockはそこへ屈み込んだ。

    SH: 前にもあったよな。Carl Powers?チッチッ。爆弾魔はまた同一の手法を用いた。

    自分の部屋へ行くLestradeの後をSherlockも追っていく。Johnは驚いて二人を見ている。

    GL: で、その方法は?

    SH: ボトックス注射(※)。

    -SherlockがConnieの額にある小さな針の痕を調べている。

    GL: (振り返って)ボトックス?

    SH: ボトックスはボツリヌストキシンを希釈したもの。Raoul de Santosは定期的にConnieの顔面へ注射をするために特に雇われた。内務省の知人がRaoulのネット上の支払いに関するすべての記録を提供してくれたよ。(書類ホルダーを示して)何ヶ月にも渡ってボトックスを大量に注文してる。

    JohnはそばでSherlockの話を聞いていたが、その表情は怒りを帯びてきた。

    SH: (Johnの様子に気付かないまま)機の熟するを待ち、濃度を致死的にまで高めたんだ。

    GL: 確信があるんだな?

    SH: 当然だ。

    GL: わかった-部屋で話そう。

    Lestradeは自分のオフィスへ向かっていった。続こうとするSherlockをJohnが引き止める。

    JW: おい、Sherlock。いつからだ?

    SH: 何が?

    JW: いつからそれを知ってたんだよ?

    SH: まあ、今回のはかなり単純だったからな、実際、それに言っただろう、爆弾魔はまた同じことをしたって。ミスだな。

    そう言って進もうとするSherlockをまたJohnは引き止める。

    JW: でも、Sherl…人質が…おばあさんが。ずっと待たされてたんだぞ。

    SH: (Johnへ近寄って厳しい視線を向け)解放できることはわかってたさ。それに爆弾魔が12時間与えてくれたこともな。謎を早く解いたからその分、他のことに取り掛かる時間ができたんだ。わからないか?僕らの方が一歩リードしてる!

    そう言い捨ててSherlockはLestradeのオフィスへ向かっていった。Johnは不満そうに唇を噛んでから後に続いた。

     

    ※ボトックス注射

    …ボツリヌス菌が作り出す天然のたんぱく質(ボツリヌストキシン)を有効成分とする薬を筋肉内に注射する治療法。ボツリヌストキシンには筋肉を緊張させている神経の働きを抑える作用があり、ボツリヌストキシンを注射すると筋肉の緊張をやわらげることができる。ボツリヌス菌そのものを注射するわけではないのでボツリヌス菌に感染する危険性はない。この治療法は世界80ヵ国以上で認められており、日本では手足の痙縮、片側顔面けいれんなどの治療に使用されている。またその筋肉収縮力を弱める作用を利用することで顔のシワやたるみの緩和に効果があるとして美容整形の分野でも広く使用されている。-ボツリヌス療法とは ボトックス副作用.com

     

    ※ボツリヌス菌と消毒液

    …ボツリヌス菌の消毒には70%エタノールや0.1%次亜塩素酸ナトリウムなどが有効とされている。原作「隠居絵具師」で依頼人の家を訪れたWatsonはペンキの強烈な臭いに気付く。それは依頼人がある臭いを隠すために家の中を塗装していたからだった。

     

     

    しばらくしてSherlockはLestradeの机に向かい、ラップトップでThe Science of Deductionへアクセスしていた。LestradeとJohnはそばに立って見ている。Sherlockはメッセージ欄に入力した。

    Raoul de Santos, the house-boy, botox.

    [Raoul de Santos、下働き、ボトックス]

    メッセージを送信すると机に置いてあったピンクのiPhoneが直ちに鳴り出した。電話を取り応答する。

    SH: もしもし?

    老女: (苦悩に満ちた声で)助けてちょうだい。

    SH: (しっかりとした口調で)教えろ、どこにいるんだ。住所を。

    老女: この人は…この人の声はね…

    SH: (急いで)だめだ、だめだ、だめだ、だめだ、そいつのことを口にするな。何も。

    老女: とても柔らかい声…だったのよ。

    レーザーポイントの光が爆弾に合わせられた。一発の銃弾が放たれ、すぐに電話は切れた。

    SH: (電話へ)もしもし?

    GL: (Sherlockの表情を窺いながら)Sherlock?

    JW: 何が起こったんだ?

    Sherlockは呆然と前方を見つめながらゆっくりと電話を置いた。彼が唇を噛んでいる様子からLestradeは何か悪い結果となったことを察し、起き上がって溜め息をこぼした。JohnはSherlockの座る椅子の背面に手を置いた。

     

    大いなるゲーム 6

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    original transcripts by Ariane DeVere