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    BBC SHERLOCK

    日本語訳

    <非公式>

    サイト内は過去掲載分も含め、日々更新していますので

    こまめにリロード(再読み込み)をして最新の状態でご覧ください

    ST BARTHOLOMEW病院。Sherlockは研究室に運動靴を持込み、ラテックス製のゴム手袋をした手でそれを持ち、間近に観察していた。靴紐を慎重に調べ、靴をあらゆる角度から眺めてみる。靴底の溝から泥を掻き出し、皿に載せる。靴を台へ下ろすと考えこみながらそれを見下ろした。

     

     

    その後、Sherlockは顕微鏡を覗き込んでいて、そばにあるコンピューターの画面には実行中のスキャンの模様が表示されていた。Johnは彼が向き合っている作業台の反対側をうろうろしている。

    JW: で、あれは何だったと思う?

    携帯電話からメール着信の通知音が聞こえた。

    SH: (ぼんやりと、通知音に反応せず)ふむ?

    JW: 電話の女だよ-泣いてたんだろ。

    SH: ああ、彼女は何でもない。ただの人質だろ。手がかりにはならない。

    JW: (憤慨して)ふざけるなよ、僕は手がかりのことを言ってるんじゃない。

    SH: 彼女にしてやれることはない(You’re not going to be much use to her)。

    そう言ってスキャンの結果画面を見ると“NO MATCH”と表示されていた。再び顕微鏡を覗き込む。

    JW: その、警察は試してるのかな、逆探知とかさ?

    SH: この爆弾魔はもっと賢い。

    携帯電話がまたメールの受信を知らせた。

    SH: 僕の電話を取ってくれ。

    Johnは部屋を見渡した。

    JW: どこにある?

    SH: ジャケット。

    Johnはそれを聞いて信じられない思いで身体を強張らせ、目に殺意を表しながらゆっくりと姿勢を正した。右を向いて強張った調子でテーブル沿いに歩を進め、片手をSherlockの肩に置くともう片方の手でジャケットを開き、内ポケットを探った。

    SH: (怒ったように、でも顕微鏡から顔を上げず)慎重に。

    Johnは怒りを堪え、電話を取り出して画面を見た。

    JW: 兄さんからメール。

    SH: 消去しろ。

    JW: 消去しろ?

    SH: ミサイルの計画書はもう国外。何もできることはない。

    Johnは再度メッセージを眺めた。

    RE: BRUCE-PARTINGTON PLANS

    Any progress on Andrew

    West’s death?

    Mycroft

    [RE: ブルース・パーティントン計画 / Andrew Westの死について 進捗はどうだ? Mycroft]

    JW: うーん、Mycroftは違う考えのようだ。八回もメールしてきてる。重要に違いないよ。

    Sherlockはとうとう怒って顔を上げた。

    SH: じゃあ何で歯医者の予約をキャンセルしなかった?

    JW: (うんざりして溜め息をつき)何だって?

    SH: Mycroftは話ができるときにメールは寄越さない。なあ、Andrew Westはミサイルの計画書を盗み、それを売りさばこうとした、苦労の甲斐あって奴は頭を打ち砕かれた。それでお終いだ。残された謎は、何故兄がそんなに頑なに僕をうんざりさせるのか。喜んで興味を持つような対象が他にいるって時に。

    そう言うと再び顕微鏡へ意識を戻した。

    JW: (電話の電源を切り)忘れちゃいけない、女性がひとり命を奪われてしまうかもしれないんだぞ。

    SH: 何のために?

    Johnを見上げて続ける。

    SH: この病院にだって死にそうな人間が溢れかえってるじゃないか、先生。枕元で泣いてやれ、何が彼らのためになるのかその目で見てきたらどうだ?

    Johnは信じられない気持ちで目を背けた。動じない様子でSherlockは顕微鏡の作業へ戻ったが、そこでコンピューターが結果を知らせる音を鳴らした。

    SH: (喜んで)ああ!

    画面を見ると“SEARCH COMPLETE”(検索完了)と表示されていた。それと同時にMolly Hooperが部屋へ入ってきた。

    MoH: 何か良いこと?

    SH: (誇らしげに)ああ、そうだ!

    Mollyがモニターを見に歩み寄ると、ぴったりとしたTシャツ姿の30代と思われる男性が部屋へ入ろうとして立ち止まり、詫びを述べた。

    Jim: ああ、すみません。僕は…

    MoH: Jim!あら!

    Jimは立ち去ろうとする素振りを見せたが、Mollyがそれを引き止めた。

    MoH: 入って!入って!

    SherlockはMollyを一瞥し、身体を見渡して素早く「推理」をしていたようだが再び顕微鏡へ視線を戻した。Jimが部屋に入り歩み寄るとMollyは彼を紹介し始めた。

    MoH: Jim、こちらがSherlock Holmesよ。

    Jim: ああ!

    Johnが彼らの方へ顔を向けるとMollyはぼんやりと彼を見た。

    MoH: (申し訳なさそうに)それから、えーと…ごめんなさい。

    JW: John Watsonです。どうも。

    Jim: どうも。

    Jimは感激した様子でSherlockの背中を凝視していた。彼はカジュアルなロンドン訛りで話す。

    Jim: あなたがSherlock Holmesさんですね。Mollyがあなたのことをみんな教えてくれました。事件に取り組んでいるところですか?

    Johnを押しのけるようにしてJimはSherlockへ歩み寄る。

    MoH: Jimは上の階のIT部門に勤務してるの。それで知り合って。社内恋愛ね。

    MollyとJimはクスクス笑った。Sherlockは顔を上げ、わずかの間Jimを見ると再び顕微鏡を覗き込みながら一言だけ口にした。

    SH: ゲイ。

    Mollyの顔から笑みが消えた。

    MoH: 今、何て?

    Sherlockは何をしたか悟ると顕微鏡から顔を上げた。

    SH: 何でもない。(Jimへ偽りの笑みを見せて)ああ、やあ。

    Jim: (感激しながら微笑んで)やあ。

    するとJimはテーブルの端に置かれていた金属製の皿をうっかり床に落としてしまい、急いで拾いにかかった。

    Jim: (気まずそうに笑みを見せながら)すいません!すいません!

    Johnは見ていられないといった様子で顔を手で覆い目を背け、Sherlockは苛立ったように皿を拾うJimを見ていた。皿をテーブルに戻したJimは腕を掻きながらMollyへそろそろと歩み寄った。

    Jim: うん、僕は席を外した方が。Foxで会おうよ、六時頃とかどう?

    MoH: うん!

    JimはMollyの背中に手を置いて立ち止まり、Sherlockを眺めた。

    Jim: じゃあね。

    MoH: (そっと)じゃあね。

    Jim: (Sherlockへ)会えて良かったです。

    Jimは物足りない様子で見つめたが、Sherlockはそれを無視していた。Johnは気まずい空気をどうにかしようと言葉を続けた。

    JW: こちらこそ。

    Johnの言葉へ目線で応えるとJimは気まずそうに部屋を後にした。Mollyはそれを見届けてからSherlockへ話しかけた。

    MoH: どういうことなの、ゲイって?うまくいってるのに。

    SH: (彼女の方を見て)確かに付き合いは順調なようだな、Molly。最後に会ってから3ポンド(約1.36kg)は増えただろ。

    MoH: 2.5よ。(※約1.13kg)

    SH: いいや、3だね。(※)

    JW: Sherlock…

    MoH: (怒りながら)あの人はゲイなんかじゃ。どうして台無しにしようとするの…?違うのに。

    SH: (苛立って鼻を鳴らし)あんなに身づくろいをしてるのに?

    JW: 整髪料を使ってるからだっていうのか?僕だって使うぞ。

    SH: 君は髪を洗うだろ。それとは違う。いや、いや-染まった睫毛、眉間のしわに塗られたタウリン配合クリームの明らかな痕跡、クラブに入り浸ってる奴ら特有の疲れた目。それから下着。

    MoH: 下着?

    SH: ズボンの腰のラインを上にはみ出していた-よく見えただろ、詳細なブランドまで。

    それからJimが落としてから戻した皿へ手を伸ばした。

    SH: それに、そう思わせる決定的な事実がここに-あいつは自分の電話番号を皿の下に置いていった…(Jimが皿の下に置いていった名刺をMollyに見せて)…今すぐ別れるのをオススメするよ、あまり悲しむことのないように。

    Mollyはわずかに彼を見つめ、部屋を走って出ていってしまった。Sherlockは彼女の反応に驚いたようだった。

    JW: さすがだな。お見事。

    SH: 手間を省いてやっただけだ。その方が親切じゃないか?

    JW: 「親切」?おい、おい、Sherlock。あんなの親切とは言えない。

    会話にうんざりした様子のSherlockはJimの名刺を置くと、台の上に置いてあった靴のひとつへ手を伸ばしJohnの方へ近づけた。

    SH: じゃあ、やってみろ。

    JW: むむ?

    SH: 僕のやり方は知ってるだろ。君もやるんだ。(※)

    そう言うとSherlockは期待するような素振りで腕を組んだ。Johnはごまかそうと意味のない音を立てて腕時計を見たりした。

    JW: いや…

    SH: やってみろ。

    JW: 僕は間違ったことをしでかして恥をかかされるためにここに立っているわけじゃ…

    SH: (遮って)第三者の目。セカンド・オピニオンだ。それが非常に役立つんだよ。

    JW: ああ、そうか(!)

    SH: 本当だよ。

    Johnは数秒間Sherlockを見つめると、とうとう渋々ながらうなずいた。

    JW: わかったよ。

    咳払いをするとJohnは靴の片方を手に取り、台に残されたもう片方を見下ろした。

    JW: わかんないな-ただの一組の靴(すぐに訂正して)運動靴だろ。

    SH: いいぞ。

    検証が続く中、Sherlockは視線を外して自分の電話を手に取った。

    JW: うーん、状態は良い。かなり新しいものと言える…靴底がかなり磨り減ってるのを除いて。だから所有者が手に入れてからだいぶ経っているみたいだな。

    Sherlockは「新しい」という言葉を聞いた時には苛立ったようだが、今は友人がそれほど間抜けではないことに安堵して静かに溜め息をこぼした。

    JW: ええと、80年代っぽい感じだな-復刻されたものかも。

    SH: 絶好調じゃないか。他には?

    JW: うーん、かなり大きいから、男性用だな。

    SH: でも…?

    JW: (靴の内側を覗き込んで側面にある青いシミを眺めて)でもフェルトに名前の跡がある。大人なら自分の靴に名前を書いたりしない、だから所有者は子供だ。

    SH: (誇らしげに友人を見て)すばらしい。他には?

    JW: (手に持った靴を見て、それを台に置いて)…それだけ。

    SH: それだけ?

    Johnはうなずいた。

    JW: どうだったかな?

    SH: うん、John、よくやってくれた。

    そこで少し言葉を止めてから続けた。

    SH: 重要なことをほとんど全部見落としたっていう意味でね。でも、まあ、ほら…

    そう言って手を掲げてゆっくりと掌を上に返し、皮肉たっぷりの表情をした。気分を害されたJohnは靴を彼へ返した。Sherlockはそれを手に取ると自身を推理モードへ切り替えた。

    SH: 所有者はこれを気に入っていた。汚れを取り、色が落ちてしまうくらい磨き上げた。三回靴紐を変えてる…いや、四回だ。

    Johnは台に手をつくと、諦めきった様子でうなだれた。

    SH: それにしても、指先が当たる部分に剥がれ落ちた皮膚の跡が見受けられる、湿疹に悩まされていた。よく履かれた靴、内側は特に、そこから土踏まずが発達していないことがわかる。イギリス製、20年ものだ。

    JW: (起き上がって)20年?

    SH: 復刻じゃない-「オリジナル」だ。

    そう言うと電話に表示させた一枚の画像をJohnへ見せた。

    SH: 限定品だ、二本の青い線、1989年製。

    JW: でも靴底にあった泥。あれは新しく見えるぞ。

    SH: (考え込みながら靴を眺めて)何者かがそういう風に保管していたんだろう。かなりの量の泥を靴底に塗りつけて。分析の結果ではサセックスのもの、その上にロンドンの泥が載っている。

    JW: どうしてわかる?

    SH: (顎でコンピューターの画面を示して)花粉だよ。地図からそれが明らかだ。

    二つの点がイギリスの地図上に表示されていた。ひとつは東西サセックスの境目あたり、もうひとつはロンドン南東部にあった。

    SH: 川の南部もだ。つまり、少年は靴を持って20年前にサセックスからロンドンへやって来て、それを遺した。

    JW: いったい何があったんだろう?

    SH: 悪いこと。

    Johnを見上げて言葉を続けた。

    SH: この靴を気に入っていたんだ、思い出せ。汚れたまま放置することなどなかった。そうせざるを得なくなるまで手放したりはしなかっただろう。子供の足が大きくなって…

    そこで言葉が途切れ、彼は前方を見つめた。

    SH: (小声で)ああ。

    Johnは彼が何を見ているのか探ろうとして部屋を見渡した。

    JW: 何だ?

    SH: (小声で)Carl Powers。

    JW: 誰だ、それ?

    SH: (依然として前方を見つめながら)Carl Powersだ、John。

    JW: 何のことだ?

    SH: 僕が始めたのはそこだった。

     

    ※SherlockとMollyの彼女の体重についての会話

    …"Domestic bliss must suit you, Molly. Putting on three pounds since I last saw you." – "Two and a half."-原作「ボヘミアの醜聞」のHolmesとWatsonの会話から。("Wedlock suits you," he remarked. "I think, Watson, that you have put on seven and a half pounds since I saw you." – "Seven," I answered.) 『「結婚生活は順調なようだな」彼は言った。「ワトソン、僕の見立てでは、君は前に会ってから7.5ポンド太ったな」 「7ポンドだ!」私は答えた。』

    -Sherlockが使った“Domestic”という言葉は「家庭内の」という意味だが、「飼い慣らされた」という意味もある。

     

    ※Johnに推理をさせる

    …原作「バスカヴィル家の犬」。依頼人が置き忘れた杖をWatsonに渡し、持ち主の人物像を推理させたHolmesは一旦は賛辞を述べるが、直ちに彼の結論を間違いだらけだと指摘する。

     

     

    その後、二人はタクシーに乗っていた。

    SH: 1989年、少年-水泳のチャンピオン-はブライトンから学校のスポーツ大会のためにやって来てプールで溺死した。悲惨な事故。

    電話に表示させた新聞の画像をJohnに見せる。

    SH: 記憶にないだろう。当然だよな。

    JW: でも君は覚えてた。

    SH: ああ。

    JW: 何か疑わしいことでも?

    SH: そう考える人間はいなかった-僕以外誰も。ただ僕は子供だった。新聞でそれを読んだんだ。

    JW: 未熟だったんだろ?

    SH: その少年、Carl Powersは水中で何らかの発作を起こした、引き上げられた頃にはもう手遅れだった。しかし腑に落ちない点がある、それが頭から離れなかった。

    JW: 何が?

    SH: 靴だ。

    JW: それがどうした?

    SH: そこに無かったんだよ。僕は騒ぎ立てた、警察に興味を示してもらおうとした、だが誰一人それを重要視していなかったようだ。他の衣類はすべてロッカーに残されていた、なのに靴の形跡はなかった…

    シートに寄り掛かると運動靴の入った袋を掲げた。

    SH: …今までは。

     

     

    残り六時間。タクシーの後部座席に座るSherlockがピンクのiPhoneを手にして物思いに耽っている頃、電話を掛けてきた女性は依然として彼女の車に座り、悲嘆に暮れて泣いていた。

    大いなるゲーム 3

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    original transcripts by Ariane DeVere