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    BBC SHERLOCK

    日本語訳

    <非公式>

    サイト内は過去掲載分も含め、日々更新していますので

    こまめにリロード(再読み込み)をして最新の状態でご覧ください

    大いなるゲーム 2

    ベイカーストリート。Johnは家の向かいに位置する通りの角へ差し掛かると、立ち止まって前方を少し見つめていた。再び前へ進んで警察が張り巡らせた警戒線へ向かっていき、野次馬の人だかりを通り抜けようとする。

    JW: すみません。通してもらえますか。すみません。

    そして見物人を制止している警察官のひとりへ歩み寄った。

    JW: 中に入ってもいいですか。

    Johnが221の方を指すと警察官は彼を中に入れた。Johnは道路に瓦礫が散乱し、埃が舞う被害現場の中心部分へ足を踏み入れていく。現場にはまだ一台の消防車がいて、車から伸びたホースが巻き戻されるのを待っていた。通りに面する建物の窓は保護材で塞がれ、Speedy'sカフェはシャッターを下ろして営業を中止している。Johnはカフェの向かいにある建物を眺めた。建物の正面と玄関は爆発により完全に吹き飛ばされ、部屋は吹きさらしになっていた。一階の窓が塞がれている221へ駆け寄っていくと、Speedy’sカフェの前に立っていた警官がそれを取り押さえようとしたので、Johnは説明をしなければならなかった。

    JW: 僕はここに住んでるんだ。

    警官は道を空けた。Johnは玄関の鍵を開け、中に入ると階段を駆け上がった。

    JW: Sherlock。Sherlock!

    急いでリビングに入るとまず目に入ったのは保護材で塞がれた窓、そして自分の肘掛け椅子、だがすぐに反対側に置かれた肘掛け椅子に座るSherlockへ視線が向けられた。服は着替えていてジャケットの下に紫色のシャツを着ている。彼は無事だったようで、胸元に抱えたバイオリンの弦を断続的に弾(はじ)きながら不機嫌そうな視線をJohnの椅子の方へ向けていた。

    SH: (同居人の方へ顔を上げ)John。

    Sherlockが不機嫌なのは兄のMycroftがJohnの椅子に腰掛けているからだった。MycroftはJohnへ視線を向けた。

    JW: (Sherlockへ)テレビで見たぞ。だいじょうぶか?

    SH: へえ?何が?(そこにあるのを忘れていたかのように部屋の中に散乱するガラスの破片や書類を見渡した)ああ、そうか。だいじょうぶ。ガス漏れだったみたいだな。

    そう言って視線を戻すと兄は鋭い眼差しで弟を見ていた。Sherlockはまたバイオリンの弦を弾き始めた。

    SH: 無理だ。

    MH: 「無理」?

    SH: 大きな件に取り組んでいるところなんだ。時間の余裕はない。

    Johnは信じられない様子で彼を見た。

    MH: 巷の瑣末事など気にするな。こちらは国家的に重要な件なのだ。

    SH: (ふくれっ面でバイオリンの弦を弾いて)ダイエットはうまくいってるか?

    MH: (言外の侮辱に対して感情を抑えながら)順調だよ。君ならこいつのことをわかってやれるかもしれないな、John。

    JW: (窓に近寄って被害の程度を確認しようとしながら)え?

    MH: 遺憾に思うよ、弟はとても頑固だろう。

    SH: そんなに熱心なら、何故自分で調査しない?

    MH: いやいやいやいやいや。私はほんのわずかでも職務から離れるわけにはいかないのだ-韓国の選挙があって…

    Johnが驚いて振り返り、Sherlockがバイオリンから顔を上げたのでMycroftの声は徐々に小さくなった。

    MH: うむ、君たちがそれについて知る必要はないな。

    Mycroftは自分の発言を忘れてほしいと言いたげにおもしろくなさそうな笑みを浮かべた。

    MH: それはさておき、このような件は-どうしても…(遠くを見て顔をしかめて)…足で稼ぐ必要があるからな。

    Sherlockは弦を間違えて弾き、苛立った表情を浮かべた。そしてぼんやりと首をさすっているJohnへ顔を向けた。

    SH: Sarahはどうだった、John?ライローの寝心地は?

    MH: (懐中時計を見て、Johnには顔を向けずに)ソファだろう、Sherlock。ソファで寝たんだよ。

    SherlockはJohnを上から下へわずかの間観察した。

    SH: ああ、そうだな。間違いない。

    JW: (疑い深く)どうして…?ああ、いいんですよ。

    Johnはコーヒーテーブルの上に腰掛け、Mycroftは彼に微笑みかけた。

    MH: Sherlockの仕事は絶好調のようだな、君とこいつが…仲良しになってから。

    Sherlockは不機嫌な目で兄を見た。

    MH: (Johnへ)こいつと住むのはどんな感じかな?さぞ不愉快だろう。

    JW: 退屈はしませんね。

    MH: (慇懃に微笑んで)そりゃ良い。結構なことじゃないか?

    Sherlockはまた兄をにらんだ。Mycroftが立ち上がるとSherlockはバイオリンの弓を持ち上げて宙を叩いた。Mycroftは背後のテーブルに置いてあった書類入れを手に取ると弟へ歩み寄って彼の前に差し出したが、Sherlockはただ兄を見返すばかりで断固として受け取らなかった。Mycroftは顔をしかめて唇を舐め、代わりにJohnへ書類を差し出した。

    MH: Andrew West(※)、知人の間ではWestieと呼ばれている。

    驚きながらJohnは書類を受け取った。

    MH: 公務員だ、今朝バタシー駅の線路で死んでいるのが見つかった、頭部が潰れた状態で。

    -鉄道の警備員が早朝に線路脇を歩いている。手にしていた懐中電灯が線路のそばに横たわる若い男性の遺体を照らし出した。

    JW: 電車の前に飛び込んだとか?

    MH: 仮説としては筋が通っているな。

    JW: (わずかに笑みを浮かべて)でも…?

    MH: 「でも」?

    JW: まあ、ただの事故ならあなたがここに来たりしないでしょうし。

    バイオリンの弓に小さな布でロジンを塗っていたSherlockはニヤニヤと笑みを浮かべた。

    MH: M.O.D. (国防省)は新たなミサイル防衛システムに取り組んでいる-Bruce-Partington (ブルース・パーティントン)計画(※)と呼ばれているものだ。

    MycroftはSherlockへ顔を向け、Johnは書類をめくり始めた。

    MH: その計画書がメモリースティックに保存されていた。

    Johnはクスクス笑った。

    JW: それはあまり賢いやり方ではないですね。

    Sherlockも同意するように微笑んだ。

    MH: (Johnへ)それはただのコピーではない。

    JW: ふむ。

    MH: 機密情報だ。そしてどこかへいってしまった。

    JW: 重要機密ですか?

    MH: 非常に。我々はWestがそのメモリースティックを持ち去ったと考えている。誤った者の手に渡すことなどあってはならないのに。

    Mycroftは弟の方を向いた。

    MH: それを捜し出すんだ、Sherlock。私を煩わせるな。

    鼻から鋭く息を吸い上げて、Sherlockはバイオリンを肩に上げて演奏の姿勢を取ると、落ち着き払って兄を見上げた。

    SH: それを見てみたいもんだけど。

    MH: (より脅しをかけようと少し前へ屈みこんで)よく考えろ。

    特に心が動かされていない様子でSherlockは兄を見つめ返した。Mycroftは起き上がってJohnへ歩み寄り、握手をしようと手を差し出した。

    MH: 失礼するよ、John。

    Johnは立ち上がって慇懃に握手をした。Mycroftはぞっとするような笑みを浮かべた。

    MH: 近々お目にかかろう。

    Johnは平静を保つのに少し苦労したようだった。Mycroftが椅子に歩み寄ってコートを手にすると、Sherlockは不快な旋律を繰り返しバイオリンで奏で始めた。Johnは彼に向かって顔をしかめたが、Mycroftが部屋を出て階段を下りていくまで演奏は続いた。去っていく兄の背中をにらみつけながら演奏を終えたSherlockはバイオリンを置いたが、まだ腹立たしそうな顔をしている。Johnはコーヒーテーブルに腰を下ろし、Mycroftが下に下りて声の届かない距離まで離れるのを待った。

    JW: どうして嘘なんか?

    下の階でドアが閉まる音が聞こえ、SherlockはJohnへ顔を向けた。

    JW: 何も取り組んでなんかないだろ-ひとつも。だから壁に穴を開けたりして。何で兄さんには忙しいなんて言った?

    SH: (肩をすくめ)そうすべきでないとでも?

    JW: ああ!(うなずきながら)ああ、そうか。

    Sherlockの視線は彼の方へ動きかけたが、実際は見ていなかった。

    JW: 兄さんへの反抗心か。それじゃあ仕方ないな。

    Sherlockは口を開いてすべてを否定しようとしたが、そこで彼の電話が鳴り出した。腹立たしげにバイオリンの弓を振り回して椅子の座席に置くとジャケットから電話を取り出した。

    SH: (電話へ)Sherlock Holmes。

    しばらく相手の話を聞いている内に熱心な表情へ変わっていった。

    SH: 当然だ。断るわけないだろう。

    そう言うと立ち上がって電話を切り、バイオリンを椅子に置いてドアへ向かっていく。

    SH: Lestradeだ。呼び出しを受けた。来るか?

    JW: お望みならね。

    SH: 当然だろ。

    コートを手に取り、Johnへ向かって言った。

    SH: 僕のブロガーがいないと困るだろうからな(※)。

     

    ※Andrew West / Bruce-Partington (ブルース・パーティントン)計画

    …原作「ブルースパーティントン設計書」から。被害者はArthur Cadogan Westという人物。ロンドンの線路脇で死体となって発見されたWestのポケットには国家の最高機密でありWestの勤務先で厳重に保管されていたBruce-Partington型潜水艦の設計書(の一部)が入っていた。Mycroftは221Bを訪れて事件の捜査を要請し、Sherlockは快く引き受ける。

     

    ※「僕のブロガーがいないと困る」

    …"I'd be lost without my blogger"。原作「ボヘミアの醜聞」でのHolmesの言葉、"I am lost without my Boswell" (僕の伝記作家がいないと困る)から。BoswellはJames Boswellのこと。伝記『サミュエル・ジョンソン伝』は、詳細な記録と綿密な調査を経て書き上げられた。詳しくはWikipedia「ジェイムズ・ボズウェル」

     

     

    タクシーに乗って二人は(Sherlockは何故か白いシャツに着替えている)スコットランド・ヤードへ行き、自室へ向かうLestrade警部の後に続いてメイン・オフィスへ入っていった。

    GL: 変わった事件が好きなんだよな? 奇想天外なやつ。

    SH: もちろん。

    GL: お気に召したかな。あの爆発事故は…

    SH: (Donovan巡査長の席を通り過ぎるときに彼女とにらみ合うような視線を交わしながら)ガス漏れ、だろ?

    GL: 違う。

    SH: 違う?

    GL: 違う。そう見せかけたんだよ。

    JW: 何だって?

    Lestradeの部屋に着くとSherlockは立ち止まり、机の上に置かれている白い封筒を見下ろした。

    GL: 現場には頑丈な箱以外ほとんど何も残ってなかった-非常に頑丈な箱で、中にこれが入っていた。

    そう言ってSherlockが見ていた封筒を指差した。

    SH: 開けていないのか?

    GL: それはお前さん宛だろう?

    Sherlockは封筒へ手を伸ばした。

    GL: X線検査済みだ。罠は仕掛けられてない。

    SH: (わずかに躊躇しながら)そりゃ安心だな!

    そう言ってSherlockは封筒を手に取り、デスクライトのある机へ持っていった。封筒を電球近くに掲げ両面を慎重に調べている。表の面には優美な手書きの文字で“Sherlock Holmes”と書かれていた。

    SH: 上質な紙。ボヘミア製。(※)

    GL: え?

    SH: チェコ共和国からだ。指紋は無しか?

    GL: ああ。

    SH: (手書きの文字を間近に見ながら)この女性は万年筆を使ったな。ParkerのDuofold-ニブはイリジウム。(※)

    JW: 「女性」?

    SH: 当然。

    JW: (嘆息しまいと努めながら)「当然」!

    Sherlockは机からレター・オープナーを取ると慎重に封筒の封を切った。中を見ると思わず少し驚いて口を開けながら、ピンク色のケースを装着したiPhoneを取り出した。

    JW: (ショックを受け)それって-それ電話か、ピンクの電話じゃないか。

    GL: 何だと、『ピンク色の研究』か?

    SH: うむ、同じ電話でないのは明らかだがそれを髣髴とさせる…

    SherlockはLestradeの発言に反応して言葉を止め、顔を向けた。Sallyが部屋に入ってきてドアのそばにある机へファイルをいくつか置いた。

    SH: 『ピンク色の研究』?あのブログを見たのか?

    GL: 当然俺だって見るさ。みんな見てるよ。地球が太陽の周りを回ってるって本当に知らなかったのか?

    Sallyはこれ見よがしにクスクス笑った。Sherlockは手袋を外しながら彼女をにらみつけ、Johnは決まり悪そうに唇をすぼめた。Sallyが部屋を後にするとSherlockは電話へと意識を戻した。

    SH: 同じ電話じゃない。また別のものだ。

    電話の接続端子の周囲に引っ掻き傷は見当たらなかった。

    SH: わざわざ苦労して同じ電話を作ろうとした奴がいる、それだけ君のブログの読者層が拡がったということだ。

    非難の眼差しを向けられたJohnはそれを無視するのに苦心していた。Sherlockが電話の電源を入れるとすぐに音声が通知をした。

    音声: 一通の新しいメッセージがあります。

    メッセージが再生されたが「声」は含まれていなかった-明らかにGreenwich pips (※ラジオ等で流れる時報)とわかる音だけが聞こえた。しかし通常五つの短音とひとつの長音で構成されているのに対し、この録音では四つの短音とひとつの長音のみだった。(何故か誰もそのことに言及しない。)

    JW: アレなのか?

    SH: いや。アレではない。

    電話に一枚の写真がアップロードされてきた。それを開くとLestradeは後ろから肩越しにそれを眺めた。写っているのは家具のない部屋で、壁のひとつに暖炉があるのみだった。壁紙は剥がれ、背の高い鏡が角に立て掛けられている。暖炉の上に掛けられるはずの小さめの鏡がマントルピースの上に立てて置いてあった。

    GL: 一体これで何を察しろってんだ?不動産屋の写真と時報(Greenwich pips)なんかで!

    SH: (考え込んで遠くを見つめながら)これは警告だ。

    JW: 警告?

    SH: かつて秘密結社には乾燥させたメロンの種やオレンジの種(pip)、そういった類のものを送りつける習慣があった(※)。五つのpips。奴らはそれがまた起こることを警告している。

    Sherlockは再び封筒へわずかに視線を落とすと他の者たちへ電話を振りかざして見せながら部屋を去るために歩き出した。

    SH: それから僕はこの場所を以前に見たことがある。

    JW: (後を追いながら)ま、待てって。何がまた起こるって?

    SH: (振り返り、芝居がかった素振りで手を掲げて)バーン!

    SherlockがJohnを連れて出て行ってしまうと、Lestradeもコートを掴んで慌てて後を追いかけていった。

     

    ※ボヘミア製の紙

    …原作「ボヘミアの醜聞」で、Holmesは送られてきた手紙の紙質からそれがボヘミア製のものであること、さらに依頼人がボヘミア人であることを推理する。

     

    ※ParkerのDuofold

    …Parkerは高級筆記具メーカー。アメリカで誕生し、その後イギリスに拠点を置いた。(現在はフランス)DuofoldはParkerの最高ライン。「デュオフォールド / パーカーの中で最高ラインの製品。ダグラス・マッカーサー等、著名人も使用していた。1921年から存在するモデルで、製造中断期間もあったが、長い歴史を持つ。非常に多くの種類があり、コレクターも多い。太平洋戦争における降伏文書での署名に使用された」―wikipedia「パーカー (筆記具ブランド)」より

    コナン・ドイルもParkerのDuofold万年筆を愛用し、「ようやく運命のペンに巡り会えた」と手紙を送ったという。(※Parker facebookページより)ニブは万年筆のペン先。Parker公式サイト

     

    ※オレンジの種

    …原作「オレンジの種五つ」から。依頼人の伯父と父の元へ彼らがかつて所属した秘密結社(KKK)から脅迫を意味する「オレンジの種が五粒入った手紙」が送られ、殺害されてしまう。

     

     

    ベイカーストリート。221の前にタクシーが停まり、Sherlock、John、そしてLestradeが車から降りた。Sherlockは玄関の扉を開けて中へ入ると階段を通り過ぎ、廊下を進んでHudson夫人の部屋へ向かった。そこで立ち止まり左へ行くと、地下の部屋へ通じる別のドアがあった。ドアには“221C”という文字が掲げてある。Sherlockは顔を家主の部屋へ向けて大声で呼びかけた。

    SH: Hudsonさん!

     

     

    しばらくしてHudson夫人は221Aから出てくると、Sherlockに鍵の束を手渡した。221Cのドアに掛けられた南京錠を調べていたSherlockはそれを受け取り、鍵を開ける作業に取り掛かった。

    MrsH: あなた中を見たことあるわよね、Sherlock、最初にあなたの部屋を見に来たときに。

    SH: (鍵穴を覗き込みながら)最近このドアは開けられている。

    MrsH: いいえ、そんなはずは。鍵はそれだけなのよ。

    Sherlockは南京錠を放すと別の鍵を選び出して鍵穴に入れた。

    MrsH: その部屋に興味を持つ人が見つからなくって。湿気がひどいでしょう。地下室はこれだから困るのよ。

    Sherlockは鍵を回し、ドアを引いて開けた。Hudson夫人がしゃべり続けるのにほとんど構わずSherlockはすぐに中へ入り、JohnとLestradeも後に続いた。

    MrsH: 最初に結婚したときにいたところなんかはね、壁中に真っ黒なカビが…

    Lestradeが後ろ手にドアを閉めると夫人は話すのを止めた。そして振り返って自分の部屋へ戻り始めた。

    MrsH: (憤慨しながら)まったくもう!

     

     

    下の階へ着くとSherlockは居間への扉をゆっくりと押し開け、他の二人を連れて中へ入った。部屋の様子はひとつの点を除いて電話へ送られてきた画像と一致しているが-床の真ん中あたりに一組の運動靴が、爪先をドアに向けて置かれてあった。Johnは立ち止まってそれを見て、わかりきったことを素直に言葉にした。

    JW: 靴だ。

    それに歩み寄ろうとしたSherlockをJohnは手で制した。

    JW: 相手は爆弾魔だろ。気をつけろ。

    Sherlockは一瞬立ち止まったが、そのままゆっくりと運動靴へ歩み寄った。床に手をついてしゃがみ、前へ屈み込む。姿勢を低くしながら靴へと近付き、鼻先が接触するかのところで電話が鳴った。Sherlockは飛び上がって少し目を閉じた後で立ち上がり、手袋を外してコートのポケットからピンクのiPhoneを取り出すと、画面に表示されている発信者を確かめた。“NUMBER BLOCKED(※番号非通知)”と表示されている。わずかに間を置いて電話に応答した。

    SH: (小声で)もしもし?

    震える息遣いの後、女性が涙声で話すのが聞こえた。

    女の声: 「や、やあ……セクシーだね。」

    電話の向こうで女性がすすり泣くのを聞くSherlockの後ろで、JohnとLestradeは当惑した視線を交わした。

    SH: 誰なんだ?

    女の声: (涙声で)「君に…送ったよ…ちょっとしたパズル…挨拶代わりに。」

    SH: 誰が話してる?何故泣いている?

    女の声: (より一層震えた涙声で) 「な、泣いてなんか…いないよ…文字を打ってる…」

    ある女性が車の運転席に座り、震える手で電話を耳に当てながらもう片方の手にポケットベルを持っていた。溢れる涙で濡れた顔は次のメッセージを目にするとより怯えた表情を見せた。

    女の声: 「…そしてこの…バカな…ビッチが…読み上げてる。」

    女はまたすすり泣いた。Sherlockは考え込みながら遠くを見つめていた。

    SH: (小声で)幕が上がる。

    JW: え?

    SH: 何でもない。

    JW: おい、どういうことだよ?

    SH: (Johnの方へ半ば顔を向けて)いずれこんなことになるだろうと思ってた。

    女の声: 「12時間あげる…パズルを解いてよ、Sherlock。」

    車はある駐車場に停まっていた。日々の生活に追われながら通り過ぎていく周囲の人々は気が付かない、女の胸元に大きな爆発物が取り付けられていることに。赤い色のレーザー・ポイントが爆発物や女の首元をちらつき、スナイパーがどこかからそれを狙っているのが見受けられた。

    女の声: 「…やってくれないと…ひどい…イタズラしちゃうよ。」

    通話が切れると女はうなだれて胸元の爆発物とレーザー・ポイントの光を見つめ、絶望の中ですすり泣いた。

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    original transcripts by Ariane DeVere