ベイカーストリート。男女のカップルが通りを歩いていた。明らかに旅行者で、辺りを見回しながら『London A-Z』(※旅行者向けのガイドブック)で調べている。Sherlockが221Bのドアを開けて飛び出してきて、タクシーを捕まえようと道路の縁へ駆け寄っていく。

SH: タクシー!

Sherlockが旅行者たちのそばを通り過ぎようとしたとき、ガイドブックを持つ男性にぶつかって本を地面に落としてしまった。男性は怒りながらドイツ語で彼に文句を言った。

男性旅行者: Hey, du! Siehst du nicht wo du hingehst? [おい、お前!どうして自分の行く先を見ない?]

Sherlockは振り返って本を拾い、男性へ手渡した。

SH: Entschuldigen Sie, bitte. [どうか許してくれ]

男性旅行者: (鼻息を荒くして本をひったくるように取り戻しながら)Ja, danke(!)  [ああ、どうも(!)]

男性は向きを変えて連れの女性に腕を回しながら尚もSherlockに悪態をついた。

男性旅行者: Und dann sagen die, dass die Engländer höflich sind! [それでもイギリス人はお上品だって言いやがるんだからな!]

Sherlockは手を挙げて再びタクシーを捕まえようとしたが、既に通り過ぎて行った後だった。苛立ちながら通りを進み、肩越しに背後の車の流れを確認しながら歩いていく。数メートル進むと彼は立ち止まり、再び後ろを振り返り、タクシーが都合良く現れないことにまたしても腹を立てているようだった。顔を上げてまた少し歩くと親子と思われる男女が通りの向こうの角に立ってやはり『London A-Z』を見ながら道のりを確認しているのが目に入った。Sherlockは目を細め、ある光景を心の中に甦らせていた-Lukisのリビングに入っていき本の山と机の上の書類を眺めている。本の山の一番上に『London A-Z』があった。更に記憶を遡ってVan Coonのリビングにある本の山を見ている。上から三番目に『London A-Z』があった。それから自分の部屋のリビングにある本の入った箱へと意識を進ませ、自分の本棚を思い出す。

SH: (記憶の中)本、誰でも持っているような本だ。

記憶はSoo Linへ茶壷を手渡しながら彼が微笑んでいる場面へ、修復作業室、台の上には『London A-Z』。

そして現在、Sherlockはようやく悟ったことに驚いて口をあんぐり開けていたが、すぐに駆け出してドイツ人カップルを追いかけた。

SH: (叫びながら)待ってくれ!Bitte! [Please!]

ドイツ人カップルは彼が自分たちへ向かって駆け寄ってくるのを見て困惑しながら顔をしかめた。

男性旅行者: Was wollt er? Was will er? [(※最初の文は何かの誤りか、翻訳不可)何の用だ?]

Sherlockは男に駆け寄るとガイドブックをひったくり、二人に背を向けて中を調べ始めた。

男性旅行者: Hey, du! Was macht du? [おい、お前!何をしやがるんだ?]

SH: (少し男の方へ顔を向けて)Minute! [ちょっとだけ!]

男性旅行者: (怒って)Gib mir doch mein Buch zurück! [俺の本を返せ!]

男を無視してSherlockは再びカップルに背を向けて本を開いた。頭のおかしいイングランド人を追い払うように腹立ち紛れに手を振ると、男は連れの女性に腕を回してその場を去っていった。

 

 

JohnとSarahはキッチンへと場所を移していた。Johnはサイドテーブルに向かって腰を掛け、Sarahは近くに立っている。

SS: そう!だってそうでしょ。ねえ、そうよ、寛いだ夜を過ごそうって、それは、先生が言ったんじゃないの。

JW: (穏やかに)ハ、ハ、ハ(!)

SS: ええ、それに、出掛けた夜に中国のギャングと取っ組み合いをするなんて、わたしは良いけど、一般的に女の子にとってはあんまりでしょ。

Johnは静かに笑って彼女の話を聞いていたが、今や彼女の言い分に同意してうなずいてしまっていた。

JW: いや、そうだよね。

二人はお互いに微笑みあったが、Sarahは少しはにかんだように目を逸らした。

JW: ふむ。あのさ、出前でも注文しようか?

SS: そうね!

Johnはうなずいてメニューを探すために立ち上がった。

 

 

外の通りではSherlockが『London A-Z』のページをめくっていた。

SH: 15ページの一つ目、15ページの一つ目…

目当てのページを見つけると、そこにあるインデックスの最初の項目を見た。“Deadmans Lane NW9”とある。Sherlockは顔を上げた。

SH: Dead man(死人)。殺害をほのめかしていた。

そしてWilliam氏のオフィス、図書館の棚、博物館の像に残されていたメッセージを思い起こした。

SH: 最初の暗号だ。

コートからレンガの壁の写真を取り出して広げる。最初の二つは既に解読されているので三つ目の暗号を確認し、ガイドブックの該当のページを探した。

SH: 37、9…37、9… [※画面から確認できる暗号は正しくは「36、37」となるはず。制作側の間違いか]

探し当てた項目は“Fore St EC2”だった。Sherlockはペンを取り出し、写真の暗号の下に“FOR”と書き加えた。

SH: Nine mill ... for ...

 

 

Sarahはキッチンのテーブルに向かって腰を掛け、上着を脱いでいた。Johnは別の場所でパンチをグラスに注いでいる。すると下の階でドアをノックする音が聞こえた。

JW: おお、なんだよ、随分早いな。取りに行ってくるよ。

Johnはグラスのひとつを手渡すとキッチンのドアへ向かった。

SS: テーブルの上を片付けておく?

そう言われてJohnはテーブルの上を見たが、そこはSherlockの書類や実験道具で埋め尽くされていた。

JW: うーん、そのまま食べるのでもいい?

SS: ええ。

JW: よし!

 

 

Sherlockは道端でまだ暗号を解読していた。

SH: 60、35。 [※今度は「70、95」]

該当のページの項目を見ると“Jade Cl. E16”とあった。

SH: Jade。(写真に単語を書き込むと再び読み上げた)…Jade(翡翠)。

 

 

Johnは玄関の扉を開け、上着のフードを被った姿で入り口に立っている中国人らしい男を笑顔で迎えた。

JW: お待たせ。(ズボンのポケットから財布を取り出そうとしながら)いくらかな?

男: お前が持っているのか。

JW: (ぽかんとして)え?

男: お前が財宝を持っているのか。

JW: 何のことかな。

すると男はピストルでJohnの頭の左側を殴り、Johnは地面に崩れ落ちた。

 

 

Sherlockは最後の暗号を解くためのページを開いた。目的の項目を見つけ、写真に“TRAMWAY(※)” と書き込むとメッセージ全体を声を出して読み上げた。

SH: “NINE MILL FOR JADE PIN DRAGON DEN BLACK ... (顔を上げ、前方を見つめながら) ... TRAMWAY” 。

[900万の翡翠のピン ドラゴンの住処 暗い 路面電車の線路]

 

※TRAMWAY

…路面電車の線路。現在ロンドンでは大ロンドン都市圏南部にあるクロイドンを中心に、ウィンブルドン、ベックナム方面へ、計三路線のトラムリンクと呼ばれる路面電車が運行されている。

 

※暗号 / 本

…原作「恐怖の谷」でHolmesは送られてきた暗号文を解くには本が必要だと推理し、解読に成功する。その本はやはり誰でも持っているような本だった。

 

 

キッチンにはもうSarahの姿はなかった。頭上に吊るされている蛍光灯がそっと前後に揺れていた。テーブルの上には二人分のトレイがあり、そこにきれいなままの食器とパンチの入ったグラスが置いてある。下の階からドアが開く音とSherlockの声が聞こえた。

SH: John!John!わかったぞ!

キッチンのドアから入り、誰もいないのを見るとガイドブックを意気揚々と振りながらリビングへ駆け込んだ。

SH: 暗号!これが本だ!奴らは『London A-Z』を使ったんだ…

最後まで言い終える前に彼の声は段々と小さくなった。リビングの窓に黄色いペンキのスプレーで何かが描かれているのに気付いたのだ。左側の窓には逆さまになった8のような文字とほぼ水平の線。右の窓にはほぼ水平の一本線。それらは“DEAD MAN”を意味する暗号だった。そこにJohnとSarahの気配はもう無い。Sherlockは恐怖に包まれながらその暗号を見つめていた。

 

 

Johnはどこか暗い場所に置かれた椅子に腰掛けている状態で意識を取り戻した。背後のドラム缶で火が焚かれている。ゆっくりと顔を上げてみた。左のこめかみに切り傷がある。痛みで顔をしかめると薄暗いトンネルの前方からオペラ歌手の声が聞こえた。

オペラ歌手: 「本はポケットに入れて持ち運べる魔法の庭のようなもの」。

Johnが恐る恐る顔を左側に向けてみると、Sarahも椅子に座らされ、口に猿ぐつわをされていた。怯えながらJohnの方を見ている。二人の前にいる中国人の女はJohnの写真を撮り、ハンガーフォード橋でJohnとSherlockを見ていた女だった。暗闇にもかかわらず女はサングラスを掛けたままでいる。今は使われていないトンネルの中を進み、女はJohnへ歩み寄った。女の背後には二人の中国人男性が立っていて、辺りを照らすために他の場所でも火が焚かれている。椅子に手足を縛られているJohnとSarahの数メートル先には布に覆われた大きな物体が置いてあった。女はサングラスを頭頂部まで持ち上げるとJohnを見下ろした。

オペラ歌手: 中国のことわざよ、Holmesさん。

Johnは驚いて女を見た。

JW: ぼ、僕はSherlock Holmesじゃない。

オペラ歌手: (偽りの笑顔を見せながら)悪いけどその言葉を鵜呑みにはできない。

女はJohnの上着に手を伸ばし、内ポケットを漁った。

JW: おい。おい。

女はポケットの中にあった財布から何かを取り出して見せた。

オペラ歌手: デビットカード。名義はS. Holmes。

-Johnが買い物が出来ずに帰ると、Sherlockがリビングの椅子に座っている。

SH: 僕のカードを使えよ。

JW: そうだ、でも実際は僕のじゃない、彼から借りたんだ。

オペラ歌手: (再び財布の中を見ながら)Sherlock Holmes宛に切られた5,000ポンドの小切手。

-JohnがSebastianから小切手を受け取っている。

JW: ああ、彼が僕に預けたんだ。

オペラ歌手: (財布からまた何かを見つけて)劇場のチケット、あなたが受け取っている、名前はHolmes。

JW: ああ、そうだ…

-劇場のチケット売り場にJohnとSarahがいる。

受付係: お名前は?

JW: えーと、Holmes。

JW: そう思われても仕方ないのはわかるけど、僕じゃないんだ。

オペラ歌手: あなたが自分の口で言うのを聞いたわよ。

JW: え?

オペラ歌手: 『僕はSherlock Holmes、常にひとりで仕事をする…』

-Soo Linの家の外に立っていたJohnはドアに駆け寄り、郵便受けの蓋を開け中に向かって叫んだ。

JW: …それは誰も釣り合う人間がいないからだ、このすさまじい知能に!

Johnは呆然と前を見つめた。

JW: ほんとにそんなこと言った?

弱々しく笑ってみたが、痛みが走ってまた下を向いた。

JW: あれはちょっと真似をしてみただけだと言ってもあんたには通用しなさそうだな。

最後まで言い終わる前に女は小さなピストルをJohnの頭に突きつけた。Johnはすくみ上がり、呼吸が乱れ始めた。それを見て女はニヤリとする。

オペラ歌手: 私はShan。

それを聞いてJohnは顔を上げて女を見た。

JW: あ…あんたがShanなのか。

オペラ歌手/Shan: 三回もあなたとお仲間さんを殺そうとしたのよ、Holmesさん。殺し屋が仕事を全うしなかったのは何故か?

女はもう片方の手でピストルの打ち鉄を起こした。Johnは怯んで顔を背け、「やめろ、やめろ」とささやきながら縛られたままで身を縮こませた。女は不気味な表情をして彼を見下ろしていた。引き鉄に掛けられた指に力が加えられるとJohnの呼吸は更に速くなっていく。恐怖に満たされた顔でJohnは銃口を見つめ、女は引き鉄を引いた。ピストルはただカチリと音を鳴らしただけだった。Johnは喉の奥からうめき声を漏らした。Shanは満足気に笑みを浮かべる。

Shan: それは本気じゃなかったからよ。

Johnは何とか意識を保とうと荒く呼吸を繰り返した。

 

 

221B。Sherlockは本棚に駆け寄った。

SH: 路面電車。

友人の身に危険が迫っていることへの恐怖からかSherlockはいつもの鋭い思考力を失いかけているようだった。必要なものを探して少しの間、本棚を見つめる。

SH: (力なく小声で)ああ、どうして。

ようやく本棚から折りたたみのロンドンの地図を見つけるとダイニング・テーブルに広げ、目的の場所を探しながら地図の上に指を走らせ、やがてある地点を指した。

SH: あそこだ。

そしてドアの外へ飛び出していった。

 

 

路面電車のトンネル。Shanは挿弾子でピストルに弾を込めると打ち鉄を起こし、再びJohnの頭に狙いを定めた。Johnは縮こまる。

Shan: 『空の弾』はもう無いわよ。

JW: (荒い呼吸をしながら)そうか。

Shan: もうとっくにやってたわよ、Holmesさん、殺したければね。ただ興味を持ってもらいたかったから。

Shanは厳しい視線をJohnに向けた。

Shan: あなたが持ってるの?

JW: 僕が何を?

Shan: 財宝よ。

JW: 何のことだか僕にはわからないよ。

Shan: (視線を逸らし)確かめさせてもらいましょう。

Shanが後ろに控えていた男たちへ視線を投げると、彼らは大きな物体を覆っていた布を取り払い、サーカスで使われていたクロスボウが現れた。矢は既にセットされている。Johnはそれを見て大きく溜め息をこぼした。Shanは再びJohnの方を向いた。

Shan: 「西」(※)のものにはすべて相応の『値段』がある。この女の命が欲しければ…

JohnはSarahを見つめた。

Shan: …情報を寄越しなさい。

二人の男はSarahへ歩み寄り、彼女を椅子ごと持ち上げた。クロスボウの前へと運ばれながら、Sarahは猿ぐつわを嵌められた口で何度も必死に叫んだ。

JW: (苦悩に苛まれながら小声で)ごめん。ごめんよ。

男たちはクロスボウの向かいに椅子を下ろし、Sarahはその矢が飛んでくるであろう地点へと座らされることになった。彼女はそれを目にし、泣き叫びながら必死で椅子の縛りを解こうともがいていた。ShanはJohnをにらんで再び質問をした。

Shan: ヘアピンはどこ?

JW: (ピストルに狙われながらも椅子の縛りを解こうともがいている)何だって?

Shan: 英貨900万の価値がある皇后の髪留めよ。「西」で買い付けを済ませたのに仲間のひとりが欲を出してね。そいつが盗んでロンドンに帰ってきたのを、あんた、Holmesさんが探してたんじゃないか。

JW: 頼む、どうか話を聞いてくれ。僕じゃない…僕はSherlock Holmesじゃないんだ。信じてくれ。何であろうとあんたが探してるものを見つけてなんかないんだよ。

Shan: (声を張り上げ)『お客様にもお手伝いいただきましょう!』

JW: (死に物狂いで)やめろ。やめて、やめてくれ。

Shan: (Sarahへ歩み寄りながら)『ああ、ありがとう、お嬢さん。だいじょうぶ、うまくできますよ』

Sarahは泣き叫びながら必死に逃げ出そうともがいている。Shanは笑みを浮かべてナイフを取り出すと、天井に設置された滑車を経由して吊るされている砂の入った袋を目掛けて振り上げた。ナイフで開けられた穴から砂がこぼれ落ちていく。Sarahは泣き叫び、Johnは絶望の入り混じった溜め息をこぼしながら恐怖に包まれ、砂がこぼれ落ちていく袋を見つめるしかなかった。

 

※西

…Shanが“The West”と呼んでいるのは恐らく中国の省都である「西安」。古くは長安といい、中国古代の諸王朝の都として千年の歴史を有す古都。



Sherlockはタクシーの後部座席に座り、不安気に通り過ぎる町並みを見回していた。

 

 

Shanは微笑みながら彼女の「客たち」を見渡した。

Shan: 『さあ皆様。かすかな月明かりに照らされたNW1(※)の岸辺から参りました、Sherlock Holmesのかわいいお友達による死の脱出芸をお目にかけましょう』

JW: やめてくれ!

ShanはSarahへ歩み寄り、彼女の腿の上に黒い紙で折られた蓮の花を置いた。

Shan: もう見たことがあるのよね。つまらないでしょう。結末を知ってるんだもの。

JW: (半狂乱で)僕はSherlock Holmesじゃない!

Shan: 信用できないわ。

SH: 果たしてそうかな。

Shanが驚いて振り返ると、トンネルの遠く離れたところにお馴染みのシルエットが現れた。

SH: Sherlock Holmesはそいつとは全然違うぞ。

Shanはピストルを掲げ、再び打ち鉄を起こして声のする方角を狙った。Sherlockはひらりと身をかわし、再び闇の中へ姿を消した。Shanの手下のひとりが影の方へあわてて駆け出していく。

Sherlockの声: (暗がりから彼の声が聞こえるとJohnは安堵と憤怒の入り混じった溜め息をこぼした)僕のことをどんな風に表現したんだ、John?頭脳明晰?ダイナミック?神秘的?

JW: (イライラして)遅刻の常習犯とか?

Sherlockの声: (暗がりから)それは半自動式だな。発射すれば秒速1000メートル以上で弾が飛ぶぞ。

Shan: (声の方向を狙い続けながら)それで?

Sherlockの声: (暗がりから)それで…

手下のひとりがトンネルの側面に置いてあった巨大な貨物用コンテナへ辿り着いた。Sherlockはその後ろから飛び出して手下の腹を鉄パイプで殴った。男はうめき声を上げて地面に崩れ落ちる。Sherlockはまたすぐに暗がりへ身を隠した。

Sherlockの声: (暗がりから、早口で)…この壁の曲率半径はおよそ4メートル。もし打ち損じれば、弾丸は跳飛する。誰かに当たるかもしれない。トンネルの中を跳ね返って自分に当たるかもしれない。

するとSherlockは再び暗がりから飛び出し、火が焚かれているドラム缶へ駆け寄るとそれを蹴り倒した。Johnはそのけたたましい音にたじろぎ、Shanはトンネルの中の様子がわからなくなってしまったことに気付いて目を見開いた。Johnは懸命に目を凝らして友人がどの辺りまで近付いてきているのかを探った。Sherlockが再び姿を現したのはSarahのそばで、後ろに屈み込んで椅子に縛ってある縄を解き始めた。しかしもうひとり手下が現れ-それはSoo Linの兄、Liangだった-彼に駆け寄ると首に赤い帯を巻きつけ、喉を締めあげた。Sherlockはうめき声を上げて立ち上がりながら帯を外そうとしたが、Liangは更にきつく締め上げようとする。せめぎ合う二人を見ていたSarahは再び自分の方へ向けられた矢へと振り返った。視線を砂袋へ向けると、上がっていく袋はクロスボウへ設置された器へ下りていく重しと同じくらいの高さになっていた。彼女の後ろでSherlockはLiangを追い払った隙にまたSarahの椅子の縛りを解こうと屈み込んだが、Liangが再び駆け寄って帯を首に巻きつけ、彼を椅子から引き離してしまった。そうこうしている間に、Johnは今Sherlockが自由に動ける状態でないことに気付いた。必死に立ち上がろうとするが、手を前に縛られ、胴体はおろか足首まで椅子にしっかりと縛り付けられている状態では非常に困難だった。それでも前に向かってよろめきながら、進んでるのか引きずられているのかわからないような状態で椅子と共に動こうとし、とうとうバランスを失って横向きに倒れてしまった。Liangは更にSherlockの首へ帯を巻きつけた。下降していく金属の玉を見上げるSarahの背後でせめぎ合いは続き、Johnは地面をのたうち回っている。視線は矢へ向けられ、玉は容赦なく下へ進んでいく。目には涙が溢れ、差し迫った死を確信したSarahの表情からはもうすべての希望が失われていた。もがき苦しみながら努力した甲斐があってJohnは地面の上を這うことができ、辛うじて自由になった片脚でクロスボウを蹴った。クロスボウは左の方へ向きを変え、同時に玉が器へ到達した。矢が放たれトンネルの中を飛び…Liangの腹部に命中した。Liangはうめき声を上げて驚いた顔をして、しばらくもがき苦しんでからゆっくりと地面へと崩れ落ちていった。

Sherlockが息を吸い込んで立ち上がり、辺りを見渡すと、少し離れたところから駆け出していく足音が聞こえた。Shan総裁がその場所から逃げ出していったのだった。彼は後を追おうか思案してその方角を見ていたが、Sarahの苦悩に満ちた泣き声を耳にすると首からスカーフを取り払ってSarahのそばにひざまずいた。

SH: (なだめるように)もうだいじょうぶ。

地面ではJohnが肘を使って起き上がろうともがいている。SherlockはSarahの猿ぐつわを外してやった。

SH: (穏やかに)だいじょうぶだ。もう終わった。終わったよ。

彼女の腕を優しくいたわるように撫で、椅子の縄を取り外し始めた。泣きだしたSarahをJohnは疲れた笑みを浮かべて地面から見上げた。

JW: 心配ない。次のデートはこんなんじゃないから。

Sarahは涙が止まらなかった。Sherlockは彼女の後ろに立つと、彼女の肩へ優しく手を置き、切なげな表情でトンネルを眺めていた。


※NW1

…postcode areaのひとつ。ロンドン市内を細かく区切り、それぞれに郵便番号が割り当てられている。NWはnorth westを意味する。Camden, WestminsterなどがNW1に属し、Sherlockたちの住むBaker Streetもそのエリア内に位置している。

 

 

しばらくして警察が事態収拾をしに来ていた。Dimmockがトンネルの外に停めてあるパトカーのそばで待っているとJohnがSarahの肩を抱いて外に出てきて、二人はその場を去っていった。その後ろからやって来たSherlockが警部へ話をするために立ち止まった。

SH: 僕らはこれで抜ける。報告書に名前を出す必要はないよ。

Dimmock: Holmesさん…

SH: 期待してるよ、警部。昇進できるといいな。

Dimmock: 君の指示に従うよ。

SH: (立ち去りながら)それがいい。

Dimmockは少し悲しげに微笑みながら彼が去っていくのを見送った。

死を呼ぶ暗号 8