死を呼ぶ暗号 5

サウスバンク・スケート・パーク。(※)RAZは二人を連れて地下の空間へ下りていった。ひとりの少年がプッシュバイクで何か技のようなものを披露している。

少女: 超すごかった、今の!

SH: 「木の葉を隠すなら森の中」、こういう場所は最適だと言えるんじゃないか?何も知らずにみんなただ通り過ぎる、メッセージを解読する奴はいない。

そしてRAZは取り分けグラフィティが激しく描かれているエリアを指差した。

RAZ: あそこ。さっき見つけたんだ。

そこには他のグラフィティに囲まれて中国の文字が黄色いペンキで吹付けられていた。一部は既に他のアーティストが上からタグやイラストを描いてしまっている。

SH: ここに来ていたんだ。(RAZへ)これはあのペンキと同じなんだな?

RAZ: ああ。

SH: John、この暗号を解くにはもっと手がかりを集めなくちゃいけない。

 

※サウスバンク・スケート・パーク

…サウスバンクはテムズ川南岸の地域。ロンドン・アイや劇場、美術館など様々な施設が多く集まっている観光客にも人気のエリア。そこにある広場に多くのスケーターが集まり、スケート・パークとなっている。近くには主要な駅のひとつであるウォータールー駅がある。

 

 

二人は手分けして調査を開始した。Sherlockが付近の駅を通る線路を捜索していると、スプレー缶がひとつ捨てられているのを発見した。屈んでそれを拾い上げ、持っていた懐中電灯を口にくわえ、ノズルに残っていた黄色いペンキを親指で触れてみてからノズルのニオイを嗅いだ。

Johnはガード下を歩きながら、壁に描かれているグラフィティやポスターを観察している。

Sherlockもたくさんのポスターが貼られた壁沿いを歩いていて、その内の一枚に注目した。右下の角部分を剥ぎ取るとそれを持って先へ進んだ。

Johnは線路の上を歩いていた。すると懐中電灯の灯りを当てた停車中の寝台車と線路に、黄色いペンキが付着しているのを見つけた。灯りを上に動かすとそこは車庫と思われるレンガの壁で、15フィート(※約460センチ)ほどの幅があった。少し後ろに下がって全体を眺めるとJohnは驚いて口が塞がらなくなった。その壁全体にいくつもの中国の文字が、黄色いペンキで大きく描き連ねてあったのだった。

 

 

その後ようやくJohnは、待機用路線に停車している貨物車両の側面を眺めるSherlockを見つけ出した。

JW: (駆け寄りながら)電話に出ろよ!何度も掛けたのに!見つけたぞ。

Johnは来た方へ再び振り返り、二人は夜の中へ駆け出していった。

 

 

先程の壁の前へSherlockを連れていったJohnは、今度は別の理由で驚愕し、口が塞がらなくなった。壁には何の文字も描かれていなかった。

JW: 字が消されちゃってる!

Sherlockは懐中電灯で辺りを照らしてみた。Johnは信じられない様子でまだ壁を見つめている。

JW: 何でなんだ。こ、ここにあったのに…(後ろへよろめいて)…10分前に。見たんだよ。いっぱい描いてあったんだ!

SH: 僕に見せたくない奴がいるようだな。

するとSherlockはJohnの方を向き、両手でJohnの側頭部を掴んだ。

JW: おい、Sherlock、何してるんだ…?

SH: シー、John、集中しろ。集中してもらいたいんだ。目を閉じろ。

JW: ええ、何?何で?何で?

Sherlockは側頭部から手を離し、今度はJohnの左右の上腕部を両手で掴んだ。

JW: 何やってるんだ?!

そしてSherlockはJohnを掴んだままその場で一緒にゆっくりと回りだし、Johnの目を鋭く見つめながら話し始めた。

SH: 映像の記憶を最大限に引き出すんだ。見たものを思い浮かべて。思い出せるか?

JW: ああ。

SH: ちゃんと憶えているか?

JW: ああ、ちゃんと。

SH: どんな形か憶えているか?

JW: うん!

SH: どれくらい思い出せそうだ?

JW: あの、心配しなくても…

SH: (回り続けながら)人間の視覚に関する記憶というのはたった62%の正確さなんだ、だから。

JW: ああ、あの、だいじょうぶ-全部記憶してある。

SH: (信じられない様子で)本当か?

JW: ああ、あの、少なくとも…(Sherlockの手から逃れて)…ポケットから出せればね!

そう言うとJohnは上着のポケットを探った。

JW: 写真を撮っておいたんだ。

ポケットから携帯電話を取り出し、カメラ機能で撮影した壁の写真をSherlockに見せた。そこにはすべての文字が鮮明に写っていた。Sherlockは気まずそうにそれを受け取り、Johnはため息をつきながら別の方角へ身体を向け直した。

 

 

221B。Johnが撮った写真は部分毎に引き伸ばされた後でプリントアウトされ、鏡の上に貼り付けられていた。それぞれ何の数字に値するか書き添えられている。Sherlockは暖炉の前に立って写真を眺めながら、ひとつを指差した。

SH: 常にペアになってる、John。

Johnは暖炉に背を向けてダイニング・テーブルの椅子に腰を掛け、頬杖をついてうとうとしていたが、Sherlockの声で起こされた。瞬きをして振り返り、ショボショボとした目で友人を眺めた。

JW: ふむ?

SH: 数字は組になっている。

JW: (ぼんやりと部屋を見渡して)ダメだ。寝ないと。

SH: なぜ線路のそばに描いたんだろう?

JW: (疲れきって)わからん。

SH: 毎日何千人もの人があそこを通るんだぞ。

JW: (再び頬杖をついて)20分だけ。

SH: (何かを悟って)当然だ。

Sherlockは壁全体を写した写真を見ながら勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

SH: 当然だ!情報を欲しているんだからな。闇世界の住人と連絡を取ろうとしているんだ。何が奪われたにせよ、それを取り戻したいんだ。

そして指で文字をなぞった。

SH: この暗号のどこかに。

それから三枚の写真を壁から引き剥がすとドアへ向かった。

SH: Soo Lin Yaoなしでは解読できない。

JW: ああ、そう!

Johnはしぶしぶ立ち上がって彼の後へついていった。

 

 

国立歴史博物館。二人はAndyと一緒に先程と同じ展示室を再び訪れていた。

SH: 中国から帰国した二人の男が殺害された、犯人は二人にHangzhouの数字をメッセージとして送っていたんだ。

JW: Soo Lin Yaoは危険な状態だ。あの暗号-あれはその二人のものと同じものだった。犯人は彼女を殺そうとしているんだ、きっと。

AG: あの、僕もいろんなところをあたってみたんですけど、その、友達とか同僚とか。ど、どこに行ったのかわからないんです。その、すごく遠くに行ってしまったのかなって。

Sherlockはイライラして顔を背けたが、そばにある茶壷を展示したガラスケースに視線が向かった。

JW: 何を見てるんだ?

SH: (歩み寄りながらガラスケースを指差して)あの茶壷について聞かせてくれ。

AG: そ、その茶壷は彼女が取り組んでたもので。あの、手入れが大変なんです。も、もし乾燥させちゃうと、土にヒビが入っちゃうんで。だからお茶を淹れ続けなくちゃいけないらしいんですよ。

Sherlockはケースへ顔を近づけ、さらに中を観察した。

SH: 昨日はひとつだけツヤがあったのに、今は二つになっている。

 

 

その後、博物館の別の場所。壁の足元にある大きな鉄格子を何者かの指が掴んで、慎重に前へ押し開けた。少しして何者かの影が展示室に現れ、ガラスケースの中からツヤのない茶壷をひとつ手に取った。影はまたどこかへ去っていった。それほど経たない内にほとんど暗い状態の一室でSoo Linが机の上に置いた茶壷に茶を注いでいた。蓋を取りその縁を茶壷で丁寧になで回していると、その背後にある扉についた窓にひと目で誰だかわかる、巻き毛の頭をした影が現れた。それに気づかず彼女は茶壷に蓋を乗せてから手に取り、一組の茶碗へいくらか茶を注いだ。さらに茶碗が乗っているトレイへも茶を注ぎ、茶壷の中で茶を回した。すると人影が彼女の背後に近づいた。

SH: 一緒にビスケットは如何かな?

彼がそれを言い終える前にSoo Linは驚いて後ろを振り返り、手から茶壷を落としてしまった。Sherlockは直ぐさま反応して膝から屈みこむと、茶壷が床に落ちる前にそれを受け止めた。そして彼女を見上げて言った。

SH: 貴重な骨董品だ。壊したくないな。

ゆっくりと立ち上がり、茶壷を彼女に手渡した。彼女がそれを受け取るとSherlockは手を伸ばして机の脇にある、台の表面を照らすライトのスイッチを入れてから彼女へ向けてわずかに微笑みかけた。

SH: こんばんは。

 

 

Johnも部屋に到着し、Soo Linと向かい合って作業台の椅子に腰掛けていた。Sherlockは台の端近くに立っている。

SL: 暗号を見たんですね。ならあの人がわたしのところにやって来ることもご存知なんですね。

SH: 君は今のところ上手く逃げ果せている。

SL: この作業を…終わらせないといけないんです。時間の問題です。あの人はわたしを見つける。

SH: あの人って誰だ?会ったことがあるのか?

SL: (うなずきながら)幼い頃、中国の奥地で暮らしていました。知っているんです、あの人の…使う言葉を。

SH: 暗号。

SL: あの人しかいません。Zhi Zhu。

JW: Zhi Zhu?

SH: 蜘蛛だ。

するとSoo Linは右足を反対の脚の膝まで上げ、紐を解いて靴を脱いだ。踵の下の方にタトゥーがある。黒い蓮の花が黒い丸で囲まれていた。

SL: このマークを知っていますか?

SH: ああ。組織の印だろう。

JW: ふむむ?

SH: 古くから存在する中国の闇組織だ。

Johnも理解をし始めて、うなずきながらSoo Linの方へ顔を向けた。

SL: 歩兵は皆、印を付けているんです。あの人たちの下で運び屋をする者は皆。

JW: 「運び屋」?

Soo Linは目を見開くJohnを見つめた。

JW: き、君が密輸をやってたってこと?

再びうつむいてSoo Linは靴を履き直した。

SL: わたしは15歳でした。両親は既に他界していて。生計を立てることが出来ませんでした、日々の糧を得るためにボスの下で働くしかなかったんです。

SH: 何者なんだ?

SL: ブラック・ロータス(※黒い蓮の花)と呼ばれています。わたしが16歳の頃には何千ポンドもの値がつく麻薬を国境を越えて香港まで運んでいました。でもそのような生活から何とか足を洗うことができました。そしてイギリスに来たのです。

そこで彼女はわずかに微笑んだ。

SL: あの人たちはわたしにここでの仕事を用意してくれました。すべては、新しい生活は順調でした。

SH: そして彼が君を捜しにやって来た。

SL: はい。

Soo Linは先を続ける前に涙を堪えようとしていたが動揺を隠し切れなかった。

SL: その後の五年間、あの人たちはわたしを忘れてくれるかもしれないと期待していました。でも本当に足を洗うことなど許されなかった。わたしたちのような小さな集団では-離れることなどできないのです。

涙を拭って先を続ける。

SL: あの人はわたしの家に来ました。盗まれた『ある物』を取り戻す手伝いをしろと言うのです。

JW: で、君はそれが何かは知らないんだね?

SL: わたしは断りましたから。

JW: (前へ屈み込んで)で、君は中国にいるときそいつのことをよく知っていたんだね?

Soo Linはうなずいた。

SL: ええ、そうです。

そして顔を上げてSherlockに告げた。

SL: わたしの兄です。

どこか他の場所で、女性のものと思われる黒いマニキュアをした手が箱を開き、品物を包む薄紙を開いた。その箱には黒い薄紙が入っている。手は一番上の紙を取り、テーブルの上に広げた。

SL: 孤児が二人。選択の余地はありません。ブラック・ロータスのために働くか、乞食のように路上で飢えるしかなかったのです。

手は折り目を付けながら何度か紙を折っていたが、それを再び平らに開いた。角のひとつを折り、対角も同様に折るために紙を回した。

SL: 兄は操り人形になってしまいました。幹部のひとりの下で-Shanという、ブラック・ロータスの総裁です。

“手”はまだ紙を折り続けている。

SL: わたしは兄を拒みました。兄はわたしが敵に回ったと言いました。次の日、仕事に来ると暗号が待ちうけていたのです。

“手”はその作業を終えようとしている。紙は複雑な形に折られていた。

博物館、Sherlockはテーブルの上に写真を出してSoo Linへ見せた。

SH: これを解読できるか?

Soo Linは写真を覗き込んでWilliam氏の背後にある記号を指した。

SL: これは数字です。

SH: ああ、知ってる。

SL: (別の写真を指して)これ、この人の目に引かれてる線-中国数字の「一」です。

SH: (最初の写真を指して)で、これは15だろ。どんな暗号なんだ?

SL: 運び屋は皆知っています。それはある本を元に…

すると突然、部屋の明かりのほとんどが消されてしまった。Soo Linは怯んで顔を上げる。Sherlockは起き上がって辺りを鋭く見回した。

SL: (怯えながら小声で)あの人がいる。Zhi Zhu。わたしを見つけたのね。

Sherlockはその場から駆け出した。Johnは声を抑えながらも必死に呼びかけた。

JW: Sh、Sherlock。Sherlock、待てって!

Sherlockは部屋を出ていってしまった。JohnはSoo Linへ振り返ると彼女の手を握った。

JW: 来るんだ。

JohnはSoo Linを連れて部屋の別の場所、もしくは他の部屋の方へと動き出した。

JW: こっちだ。こっちへ!

Sherlockが駆け込んだのは吹き抜けになっているロビーで、四方には上へ上がる階段があり、バルコニーが上の階を囲んでいた。ロビーの真ん中で立ち止まり、辺りを見回す。彼の右手方向で何者かがバルコニーを横切り、彼へ向けて銃を放った。Sherlockは振り返ると反対方向へ飛び出し、近くにあった低い台座の彫像へ向かってスライディングをした。像の背後に身を潜める間にも何度か弾丸が飛び込んできた。

作業室でJohnは銃声に気付き、Soo Linへ向かって言った。

JW: 助けに行かないと。僕が行ったら鍵を閉めるんだ。

そう言い残して彼も駆け出していった。Soo Linの表情は恐怖に満たされている。

Johnは用心しながらロビーへ進み、姿勢を低くしながら銃声の響く空間へ向かっていった。人影はバルコニーを駆け抜けていき視界から消えた。Sherlockは像の後ろからロビーへ飛び出して階段へ疾走すると、バルコニーへ向かって駆け上った。Johnがロビーの端にある柱の後ろから様子を窺っている間にSherlockは上の階へ到達し、角へ向かって突進していく。別の展示室へ駆け込むと背後の物陰から狙撃手が飛び出して再び弾丸を浴びせてきた。Sherlockが古代の頭蓋骨を展示している棚の後ろへ逃げ込むと更に弾が発せられた。

SH: (狙撃手へ向かって)気をつけろ!

狙撃手は構わず撃ち続ける。

SH: (狙撃手へ叫ぶ)この頭蓋骨には20万年前のものだってあるんだ!少しは敬意を払え!

そして息を切らしながら数秒待つと銃声は止んだ。

SH: 感謝するよ(!)

狙撃手からは何の物音も発せられなかった。Sherlockは顔をしかめると用心しながら展示ケースのガラス越しに様子を窺った。

作業室。Soo Linは不安気に顔を上げる。ドラムの音が鳴り出した。[※このドラムの音が実際に劇中で鳴っているものなのか演出上の音なのか定かでない。しかし音が鳴り出すとSoo Linは絶望して目を閉じた。そしてSherlockにもその音が聞こえているのか辺りを振り返った。Johnも同様に辺りを見回す。そして音は止む]Soo Linは震えた息をしながらゆっくりと隠れていた場所から這い出した。作業台の上では何かが書かれた紙がわずかな風に揺れている。Soo Linは台へ進み、じっとその上を見つめてからゆっくりと立ち上がった。その背後で彼女より少し年上らしい中国人の男性が物音を立てずに歩み寄り、彼女のすぐ後ろで立ち止まる。彼が彼女を見つめているとそれを感じ取ったかのようにSoo Linはゆっくりと振り返り、「彼」だとわかると愛情の籠った眼差しで彼を見つめ、そっと名前を呼んだ。

SL: 亮 [Liang]。

わずかにためらう。

SL: 大哥 [兄さん]。

Soo Linは片手を伸ばして彼の顔を包み込んだ。

SL: 请你 [お願い...]

Johnが友人を探していると一発の銃声が離れた場所から聞こえた。音のした方へ振り返り、それがどこだかを察知すると恐怖で顔色を失った。

JW: まさか。

Johnは階段を下り、ロビーを駆け抜けると急いで作業室へ引き返した。部屋へ入ると速度を落とし、狙撃手の気配を窺うように用心しながら辺りを見回した。慎重に部屋の中へ進んでいくとやがて立ち止まり、そこで目にしたものに絶望と後悔を感じてうめき声を上げた。Soo Linが台の上に死んで横たわっていた。外に向かって伸びた彼女の腕、その手には黒い紙で折られた蓮の花が載せられていた。