中華街。二人は大きな招き猫が所狭しと並べられている土産物屋に入っていった。猫の手が前後にスイングしているものもある。Johnは愛想良く女性店主に挨拶をした。

JW: どうも。

二人は並べられている物を観察していた。店主が招き猫をひとつ手に取ってJohnに勧める。

店主: 招き猫欲しいか?

JW: いや、どうも。結構。

Sherlockはそれを見ながらニヤニヤしていた。

店主: 10ポンド。10ポンドよ!(※約1,500円)

JW: 結構です。

Johnは気まずそうに笑みを浮かべた。店主: あなたの奥さん、きっと気に入る!

JW: 結構ですから、ありがとう。

Johnは陶器の茶碗が置かれている台へ歩み寄った。Sherlockは粘土で作られた像が置かれている棚を調べているようだ。Johnは茶碗のひとつを手に取り、値段を見ようと引っくり返してみた。するとそこにあった中国の文字を見て彼の手が震え出した。数字の8に似た形と、その上に水平に描かれた棒。それはまさしくWilliam前頭取の部屋と図書館の本棚に描かれていたのと同じものだったのだ。

JW: Sherlock。

Sherlockは見ていた像を棚に戻してJohnへ歩み寄った。

JW: そのラベルを見て。

SH: ああ、そうだ。

JW: 暗号とまったく同じだ。

ぎこちなく唾を飲み込んでJohnは茶碗を元の場所に戻した。意味を掴み始めたSherlockは顔を上げた。

 

 

しばらくして二人は店を出て通りを歩いていた。

SH: 古い形式の数字!Hangzhou(杭州※)だ!

歩きながらも彼の心の眼で見る空間には数字が浮かんでいた。

SH: 近頃では下町の商人たちだけが使ってる。それが銀行の壁や図書館に描かれたんだ。

外に品物を並べている八百屋の前を通った。様々な箱に手書きの中国語と英語で野菜の名前が書いてあり、その下には個々の品物の価格がHangzhouと英語で記してある。Sherlockはそれをいくつか手に取って文字を調べた。

SH: 中国の古い言葉で描かれた数字。

Johnはひっくり返った8のような文字と横棒の下に同価値の英数字が書いてあるものを見つけた。

JW: 15だ!アーティストの「タグ」だと思ってたけど-数字の15なんだ。

SH: それから目隠しの-水平の棒?あれも同じく数字だな。

そしてほぼ水平な横棒の下に“£1”と書かれている値札をJohnに見せた。

SH: (誇らしげにニヤついて)中国数字の1だ、John。

JW: やっと見つけたな!

Sherlockは先に向きを変えて歩いていってしまった。Johnがその後をついていこうとすると、221の近くに立って写真を撮っていたのと同じ女性がいるのが目に入った。やはり黒いサングラスをして、カメラを彼の方に向けて写真を撮っている。誰かがその前を横切って視界が遮られたわずかな時間の後、彼女の姿は消えていた。Johnは眉をひそめ、友人の後を追った。

 

※杭州(Hangzhou)…「正しくは蘇州号碼(そしゅうごうま、中国語:蘇州碼 拼音: Sūzhōu mǎ スーチョウマー)。中国江南地方の蘇州で生まれたとされる数字。算木に由来する。蘇州号碼は十進記数法の数字であり、かつて中国で商業に使われた」「現在はわずかに香港、マカオなどの市場での価格表示や、ミニバスの運賃表示に使われている程度でしか見ることができず、アラビア数字に取って代わられている」「Unicode規格では正しいSuzhou numeralsの代わりに、誤ってHangzhou numerals(Hangzhou = 杭州)と呼ばれていたが、由来は不明である。Unicode標準で "Hangzhou" と言及されていた箇所は "Suzhou" に訂正されたが、文字名自体は、Unicode安定性の方針により、いったん指定されると変更できないためそのままとなった」-Wikipedia「蘇州号碼」より

 

↓蘇州号碼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして二人は土産物屋に張り込んでいた。“The Lucky Cat”商店はAndy GalbraithがSoo Linに会おうと彼女の家の傍に立っていたときに見た店でもあった。向かいのレストランの窓際にあるテーブルに席を取り、Sherlockは紙ナプキンに二つのHangzhouとそれに同等する英数字を書いていた。Johnも向かいに腰掛けてメモを書いている。

JW: 二人の男が中国の旅から戻った。二人ともLucky Cat商店に直行した。何を見たんだろう?

SH: 何を見たか、じゃない、二人がスーツケースに入れて何を持ち帰ったか、だ。

JW: 免税品じゃなさそうだな。

ウェイトレスが料理の皿を運んできてJohnの前に置いた。

JW: どうも。

SH: Sebastianが言ってたことを思い出してみろ、Van Coonのことを-どうやって市場での位置をキープしていたか。

JW: 500万失ったら…

SH: …翌週には取り戻す。

JW: むむ。

SH: こうやって悪銭を稼いでたんだ。

JW: 密輸業者だったのか。むむ。

話しながらもJohnは料理を口いっぱいに頬張った。

SH: あいつみたいな奴は-申し分ないだろう。

フラッシュバック-Van CoonがLucky Cat商店の外でタクシー運転手に料金を払い、スーツケースを店の中に運んでいく。

SH: ビジネスマン…

JW: ふむ。

SH: …アジアへ頻繁に出張する。そしてLukisも同じく…

フラッシュバック-LukisがLucky Cat商店にスーツケースを持って入り、台の上にそれを置いた。

SH: 中国について書いていたジャーナリスト。

JW: むむ。

SH: 二人とも密輸を行なっていた、そしてLucky Catは卸先だったんだ。

JW: でもどうして二人は死んだんだ?だって意味がわからないよ。もし二人が店に現れて物を届けるんだとしたら、どうしてその後に脅迫をして殺すんだ、仕事を終えた後にだよ?

Sherlockは数秒の間、考え込んで椅子に寄り掛かった。そして答えを見出すと笑みを浮かべた。

SH: 片方が手癖の悪い奴だったとしたら?

JW: どういう意味だ?

SH: 何かが奪われた、保管していた場所から何かが。

JW: で犯人はどっちの仕業なのかわからない、だから両方を脅迫した。そうか。

Sherlockは窓越しに店を眺めていたが、やがて店の上にある窓へと意識を向けた。そして地面へと視線を下ろすと彼の眼差しが鋭くなった。

SH: 思い出せ…

彼はLucky Cat商店の横にある建物のドアの脇に残されたビニール袋入りのイエロー・ページに注目していた。

SH: …最後に雨が降ったのはいつだった?

Sherlockは返事を待たず立ち上がってレストランを後にした。Johnは料理を二口ほどしか食べていなかったので怒って席に居座ろうとしたが、やはり責任感からか立ち上がって後を追った。

 

 

道を渡りSherlockはイエロー・ページに屈み込んだ。ビニール袋にはまだ水滴が付いていて、上は少しだけ開いている。Sherlockは濡れてしまった電話帳の上部に指で触れてみた。

SH: 月曜日からここにあったんだな。

そう言って起き上がるとSoo Linのドアベルを押してみた。数秒だけ待ってから右の方角を見るとそちらへ進んでいった。建物の横には路地があり、二人はその中へ入っていく。

SH: 少なくとも三日は誰もあの家にいない。

JW: 旅行に行ったのかも。

SH: 旅行に行くのに窓を開けっ放しにしていくか?

建物の裏手へ行き、上を見上げると片持ち式の非常用梯子が頭上にあった。Sherlickは少し助走をつけると梯子へ向かってジャンプし、端を掴んで飛び乗った。梯子が完全に地面へ下りる前に上を登って建物の空いている窓へと到達した。彼が建物へ移動したと同時に梯子は彼の背後でまたスイングして地面と水平の状態になってしまった。

JW: Sherlock!

Johnにはとても同じことは出来ないので彼は仕方なく路地へ戻って建物の正面へと向かっていった。Sherlockは窓からキッチンへと入ったが、窓の傍のテーブルの上に置いてあった花瓶を落としそうになり、思わず声を上げた。それを無事に受け止めると、床にひかれているラグの、もし花瓶が床に落ちていたらそこに当たるであろう位置に既に水のシミが出来ているのに気付いた。そして姿勢を直すとJohnがもうそこにはいないと知らずに開いている窓から外に向かって呼びかけた。

SH: 誰かここにいた奴がいるぞ。

花瓶をテーブルに戻すと近くにいるはずのJohnからの応答を待ったが、(当然)返事はなかった。

SH: 他の誰かがここに入って同じように花瓶に当たったんだ。

キッチンの中を見渡し、洗濯機を見つけると蓋を開けて中に入っていた洗濯物を取り出してニオイを嗅ぎ、顔をしかめた。下の階でようやく玄関に着いたJohnがドアベルを鳴らした。Sherlockは洗濯物を洗濯機に戻すと、蓋を閉じて近くに掛けられてた布巾に注目した。

JW: (外から)今回ばかりは中に入れてもいいと思いませんかね?

SherlockはJohnの呼びかけを無視して布巾の感触を確かめ、乾いていることに気付いたようだった。そしてさらに中へ進んでいく。Johnは玄関扉の下の方にある郵便受け用の穴に屈み込み、蓋を開いて中へ呼びかけた。

JW: こういうのはもうやめてもらえませんかね?

Sherlockは冷蔵庫から1パイント容器に入った牛乳を取り出し、蓋を開けてニオイを嗅ぐと思わず顔を背けた。冷蔵庫の中へそれを戻しながら外へ呼びかける。

SH: 僕が最初じゃないぞ。

外の通りは日常生活の音で充満していたのでJohnは彼が何を言っているのか聞き取れなかった。仕方なくまた扉の穴へ屈み込んで耳を中へ向ける。

JW: 何だって?

SH: (声を大きくして)僕の前に誰かがここに来てたんだ!

JW: 何て言ってるんだ?

Sherlockはコートのポケットから携帯用の拡大鏡を取り出して、侵入者の靴の様子を残したラグの上の足跡を観察した。

SH: (普通の声で)サイズ、8フィート。 (※靴のサイズ、8フィートは26.5センチ)

ラグを観察しながらキッチンと寝室/リビングの間にあるビーズのカーテンを引いた。

SH: (自分というよりJohnに話しかけているように)小柄、だが…強靭。

Sherlockは立ち上がって考え込んだ。外ではJohnが郵便受けを離れて起き上がり、腹を立てながらため息をついた。

JW: いくら言っても無駄だ。

そう言ってJohnはイライラしながら辺りをにらみつけ数歩ドアから離れたが、また振り返って再度ドアベルを押してみた。中でSherlockはフレームに入った幼い中国人の子供-男の子と女の子の二人が写っている写真を手に取った。ガラスの表面には誰かが女の子の写っている部分に押し当てた指の指紋が残っている。Sherlockは拡大鏡で指紋を眺め、手袋に包まれた指でそっと指紋の大きさを測った。

SH: (小声で)小さいが、力強い手。

拡大鏡を畳み、写真を元の位置に戻した。

SH: あの軽業師。

辺りを眺めながら顔をしかめる。

SH: だがここを去るときなぜ窓を閉めなかった…?

そしてSherlockは真実を見出すと動きを止めて自分の愚かさに目を回した。

SH: ああ、バカだ。バカだ。間違いない。まだここにいる。

部屋を見渡すとベッドの傍に置かれている中国風の装飾的な屏風が目に入った。拡大鏡をポケットにしまい、慎重にそこへ歩み寄ると屏風を掴んで脇へ引いた。するとベッドサイド・テーブルに置かれていた二つのぬいぐるみが恐怖に怯えた顔で彼を見返した。そして彼がぬいぐるみへ謝る前に何者かが背後から飛び掛かってすばやく白いハンカチを彼の首に巻きつけ、締めつけながら仰向けに床へ倒した。Sherlockはハンカチを首から引き剥がそうと手で掴んでもがくが、黒尽くめの攻撃者は彼を窒息させようとし続ける。下の階ではJohnが再びドアの郵便受けの蓋を開けて中に呼びかけた。

JW: 入れたくなったらいつでもどうぞ。

SH: (攻撃者に反抗しながら弱々しく)John!John!

下の階、Johnは起き上がってイライラしながら首を振っている。

JW: (イライラとその場で歩き回りながら)『いや、僕はSherlock Holmes、常にひとりで仕事をする、それは誰も釣り合う人間がいないからだ…』

そこまで言ってJohnはドアに駆け寄り郵便受けの蓋を開けて中に向かって叫んだ。

JW: 『このすさまじい知能に!』

そしてJohnは再びドアを離れた。上の階ではSherlockが意識を失い始めていた。抵抗の力が弱まり手がハンカチから離れると、攻撃者も彼の首から手を離した。下の階でJohnが腹立ちまぎれに再度ドアベルを鳴らす。Sherlockは依然として床に倒れたままで、目は半ば閉じている。攻撃者は何かを彼のコートのポケットに入れ、立ち上がってその場を離れた。Sherlockは喉を詰まらせて咳き込み、ハンカチを首から外すと床を転がるようにして手と膝をついて起き上がり始めた。攻撃者がビーズのカーテンを通り抜けキッチンに入っていくとSherlockは苦しんでうめきながら自分のマフラーを緩め、喘ぎながらも呼吸を取り戻し始めた。下の階でJohnはイライラしながら腕時計を眺め、いっそ立ち去ってしまおうかと思案しているようだった。呼吸を回復しつつあるSherlockが屈み込みながらコートのポケットを漁ってみると中から黒い紙で折られた花が出てきた。少しの間それを眺め、何とか立ち上がるとわずかにぐらついたが身体を引きずるようにして階段へ向かっていった。

 

 

少ししてSherlockは下の階へ下り、玄関のドアを開けた。Johnは鼻息を荒くして彼をにらみつけた。話し出したSherlockは声がもつれている。

SH: ぎゅう、にゅうが腐ってて洗濯物が臭い始めてる。住人は三日前に急いでここを出た。

JW: 住人?

SH: (うなずきながら、声はまだ枯れている)Soo Lin Yao。彼女を見つけないと。

そう言うと床の上に何かを見つけて屈んだ。

JW: でもいったい、どうやって?

Sherlockが拾い上げたのは折られている封筒だった。裏面にこう書いてある。

SOO LIN 

Please ring me

tell me you’re

OK

Andy      

(SOO LIN 連絡をください 無事だと知らせてください Andy)

封筒を開いて表を見てみると右下に印刷がしてあった。

NATIONAL

ANTIQUITIES

MUSEUM  

(国立歴史博物館)

SH: (詰まった声で)これが手がかりになるかもしれない。

そう言って背後でドアを閉めるとその場を離れ、道を歩き始めた。Johnも後をついていく。

JW: 声がおかしいな。風邪でもひいたか?

SH: (咳をして)だいじょうぶだ。

 

 

国立歴史博物館。Sherlockは展示エリアを歩き回りながらAndyに話を聞いている。

SH: 最後に彼女と会ったのはいつだ?

AG: 三日前、あの、この博物館で。

Sherlockはしばらくガラスケースの中に展示されている茶壷に注目していた。ほとんどの物の表面は曇りがかっているが、ひとつだけツヤがあった。

AG: こんな状態のまま退職したと今朝知らされて。

Sherlockは別のケースに置かれている翡翠の像や他の作品を眺めている。

AG: 作業をまだ終えてないっていうのに。

SH: (Andyの方へ振り返って)最後の午後に彼女が行なっていた作業は何だった?

 

 

Andyは二人を地下の保管庫へ連れていき、中へ入れると照明を点けた。

AG: 彼女は観光客向けに実演をするんです-あの、お茶の淹れ方を。それで道具をまとめてからここにしまうんです。

そう言うとAndyは可動式の書架のひとつへ案内し、他の書架と離すためにハンドルを回した。Johnは彼の背後に立って書架を眺めていたがSherlockは部屋の離れた場所の暗がりにある別の何かに興味を示していた。それに歩み寄ってみる。そこに立っていたのは実物大の裸婦像だが…黄色のペンキで前面に線が引かれていた。ほぼ水平の横棒が目の部分に、そして胴体にはひっくり返った8のような文字、その上には横棒が描かれていた。AndyとJohnも振り返って彼が発見したものを目にした。

 

 

博物館の外。辺りはもう暗くなっている。SherlockとJohnが出てきた。

SH: Soo Lin Yaoに会わないと。

JW: もしまだ生きてたらね。

RAZ: Sherlock!

二人が声のした方へ顔を向けると、RAZが駆け寄ってきた。

JW: おい、見ろよ、あいつだ。

RAZ: (Sherlockに)気に入りそうなもの見つけたよ。

そう言ってRAZはすぐにまた駆け出したのでSherlockも直ちに後を追った。Johnは少し遅れながらも二人の後へついていった。

 

 

しばらくして三人はハンガーフォード橋(※)を歩き川の南側へ向かっていた。

JW: 火曜の朝、お前も出頭してあのバッグが自分のものだって証言しろよ。

SH: 裁判のことは忘れろ。

歩き続ける彼らは黒いサングラスの中国人女性が彼らを観察していることに気付いていなかった。

 

※ハンガーフォード橋…ロンドンのテムズ川に架かる橋。歩行者専用の橋だが真ん中にある鉄道橋を挟んで両岸の景色を楽しむことができる。

 

死を呼ぶ暗号 4