間もなくJohnは外の通りでSherlockに追いつき、一緒に道を歩いていた。

JW: どこに行くんだ?

SH: ノーサンバーランド・ストリートはここから歩いて五分。

JW: 犯人がバカみたいにそこにやってくると?

SH: (期待しながら微笑んで)いいや-犯人はすごく賢い奴だと思う。賢い奴は大好きだ。奴らはいつも捕まりたくてしょうがないんだ。

JW: どうして?

SH: 評価だよ!称賛!スポットライトまでも。それが天才の弱点。John、観客を求めてしまうんだよ。

JW: (あてつけがましい視線を彼に向けて)ああ。

Johnのあてつけには気付かずに、Sherlockは歩きながらくるりと回って彼らがいる場所を示しながら話を続けた。

SH: ここは奴が狩りをする場所だ、街の心臓部のまさにこの場所が。今となっては被害者たちが誘拐されたことがわかってる、それですべてが変わってくるんだ。だって被害者たちは皆、活気のある通りや混雑した場所から姿を消した、なのに誰もそれを目撃していないんだぞ。

そしてSherlockは思考をまとめようとしているかのように、手を頭の両側に掲げた。

SH: 考えろ!誰なら信用する?たとえそいつを知らなかったとしても。どんな奴ならどこへ行こうが気に留められない?どんな奴が人混みの真っ只中で人を拐う?

JW: わからん。誰だろ?

SH: (肩をすくめ)見当もつかないな。食事は?

 

 

Sherlockは近くにある小さなレストランへJohnを連れていった。ドアのそばに立っていたウェイターは明らかに彼を知っていて、正面の大きな窓際にある予約席を彼らに示した。

SH: ありがとう、Billy。

Sherlockはコートを脱ぎながらベンチ・シートに腰をかけ、すぐに窓の方へ身体を向けた。そこからは通りの様子をよく見渡すことができた。Billyが予約席の札を下げている間にJohnも窓に背を向けて腰を下ろし、上着を脱いだ。

SH: (顎で道の向こうの建物を示し)ノーサンバーランド・ストリートの22。目を離すなよ。

JW: でも犯人は単にドアベルを鳴らしたりなんてしないんじゃないか?だとしたら狂ってる。

SH: 四人も人を殺してる。

JW: …そうだな。

そこへレストランの支配人かオーナーと思われる男性がやってきた。明らかにSherlockが来店したことを喜んでいる様子だ。

Angelo: Sherlock。

二人は握手を交わした。

Angelo: メニューにあるもの、何でも好きなの、ご馳走するよ。

上機嫌のAngeloはメニューをテーブルに置いてさらに続ける。

Angelo: サービスだよ、あなたと、彼氏さんにも。

SH: (Johnに)何か食べるか?

JW: (Angeloに)僕は彼氏じゃないから。

Angelo: この人は私の殺人容疑を晴らしてくれたんだよ。

SH: Angeloっていうんだ。

AngeloはJohnへ手を差し出し、二人は握手を交わした。

SH: 三年前、僕が首尾よくLestradeに証明してやったんだ-三人殺された事件の、捜査の誤りを詳細にね、Angeloは町の全然違う場所にいて家宅侵入をしてたんだ。

Angelo: (Johnに)私の汚名を返上してくれたんだよ。

SH: 少しだけね。向かいで何かあったか?

Angelo: 何も。(またJohnへ)でもこの人のためなら、わたしは刑務所に入ったよ。

SH: 実際入ったじゃないか。

Angelo: (Johnに)キャンドルを持ってきてあげる。ロマンチックになるよ。

JW: (腹を立て、テーブルを離れるAngeloに向かって)彼氏じゃないんだってば!

Sherlockはそのことについて何も触れず、持っていたメニューをテーブルに置いた。

SH: 君は食べるといい。長く待つことになりそうだ。

Angeloが小さなガラスの器にキャンドルを載せて戻ってきた。そしてそれをテーブルに置き、Johnに向かって幸運を祈るという意味を込めて親指を立ててから去っていった。

JW: (少し怒ったように)どうも(!)

 

 

その後Johnは食事を始めていたが、Sherlockは何も食べず窓の外に意識を集中させ、テーブルの上を静かに指で叩いていた。

JW: 宿敵なんて普通いないよ。

少し時間がかかったが、SherlockはようやくJohnへ顔を向けた。

SH: ん?

JW: 実生活上では。実生活において宿敵なんていない。ありえないよ。

SH: (興味がなさそうに、また窓の外を観ながら)そうか?ちょっと退屈そうだな。

JW: じゃあ僕が会ったのは何者なんだ?

SH: 実際どんな奴がいるんだ、その、実生活では。

JW: 友人、知人、好きな人、嫌いな人…彼女、彼氏…

SH: そうか、まあ、言った通りだな-退屈。

JW: じゃあ君は彼女とかいないの?

SH: (窓の外を眺め続けながら)彼女?いいや、そんなの僕の範疇じゃない。

JW: ふむ。

すると少し間を置いて、Johnは彼の発言に重要な可能性を見出した。

JW: ああ、そうか。彼氏がいるとか?

それを聞いてSherlockはすばやくJohnの方を見た。

JW: いいんじゃないか、そういうのもさ。

SH: それくらいわかってる。

Johnは何も批判的な考えを持っていないことを示そうと微笑んだ。

JW: じゃあ君には彼氏がいるってことかな?

SH: いない。

Johnはまだ笑みを浮かべていたが、段々と気まずさを帯びてきた。

JW: そうか。わかった。君には相手がいない。僕みたいに。

そして料理の皿を見下ろした様子を見ると、彼には言うべきことが無くなってしまったようだった。

JW: いいね。(咳払いをして)良かった。

そう言ってJohnは食事を続けた。少しの間Sherlockは訝しげにJohnを見ていたが、また窓の外へ意識を向けた。だがどういうわけか彼はJohnが今しがた述べたことを思い返して少し衝撃を受けたようだった。そしてJohnの方を向くとより気まずそうにあわててしゃべり出したがそれはまるで子供が言い訳をするようだった。

SH: John、あの…君は知っておくべきだと思うんだけども、僕は仕事と結婚してるようなもんで、だから興味を持ってくれるのはうれしいんだけど、本当に僕は誰とも…

JW: (遮って)いや。(ちょっと顔を背けて咳払いをして)いいんだ。追求しないよ。うん。

そしてJohnはSherlockを見つめ、心から述べていることを示そうとした。

JW: ちょっと訊いただけだ、気にしなくていい。

Sherlockは少しJohnを見つめ、やがて安心したようにうなずいた。

SH: そうか。ありがとう。

そしてSherlockは再び通りへと注意を向けた。Johnは「今のはいったい何だったんだ?!」というような困惑した顔をして違う方向を見た。するとSherlockが窓の外に何かを見つけてJohnに顎で示した。

SH: 通りの向こうを見ろ。タクシーだ。

Johnも向きを変えて窓の外を見てみると一台のタクシーがこちらに後部を向けて道路の端に停まっていた。

SH: 停まってる。誰も乗らないし、誰も降りない。

タクシーの後部座席には男性旅行者が乗っていて、誰かを探しているように窓の外を見ていた。

SH: (自分自身に)なぜタクシー?ああ、賢いな。賢いか?なぜ賢い?

JW: あいつなのか?

SH: 見てちゃだめだ。

JW: (Sherlockの方を向いて)君だって見てるだろ。

SH: 二人とも見てちゃだめだ。

そう言うとSherlockは立ち上がってコートとマフラーを掴むと店の出口へ向かった。Johnも上着を手にとって後を追ったが…完全に杖を忘れて出ていってしまった。

 

 

外ではSherlockがコートを着ながらタクシーを見つめていた。横を向いていた旅行者は後ろの窓へと振り返り、Sherlockの視線を受けながらしばらくレストランの方を眺めた後、前を向いた。するとタクシーはその場を離れ始めた。直ちに走り出したSherlockは道の状況を確認していなかったので、左側から来た車の前に飛び出してしまった。車はブレーキを踏んで停まったが常に最短ルートを採ろうとするSherlockは勢いでボンネットの上に乗り、その上を転がるようにして再び地面に下りるとタクシーの後を追った。Johnは片手をボンネットに置いて車の前を飛び越しながらクラクションを鳴らして怒る運転手に詫びた。

JW: すみません。

Sherlockを追って道路を渡ったJohnは彼がもうタクシーを追うつもりがないことに気づくと速度を緩めて歩み寄った。

JW: ナンバーを控えたぞ。

SH: それは良かった。

そう言うとSherlockは両手を頭に掲げて集中し、頭の中に周辺の地図を呼び起こした。そしてタクシーが向かったであろう道筋を計算した。

SH: (早口で)右折、一方通行、道路工事、信号、バスのレーン、横断歩道、右折禁止、信号。

ルートを特定し終えるとSherlockは顔を上げ、近くにある建物でドアの鍵を開けている男に目を向けた。直ちに彼の心の中に “ALTERNATIVE ROUTE(代替ルート)”という言葉が浮かんだ。そして駆け寄っていって男が建物に入る前に掴み出してしまった。

男: おい!

Johnは男に詫びるように手を掲げながら急いでSherlockの後を追った。

JW: すみません。

(※この場面、男は通りの右側に立っているのだが、なぜかSherlockの心に浮かんだ標識は左側を指している。視聴者側から見た向きということか。)

二人は建物の中の階段を駆け上がり、外側に設置してある屋上へ向かう非常階段へ出た。脚の長いSherlockが一度に二段、三段と飛び越えていくのをJohnはやっとの思いで追いかけていった。

SH: 早く、John。

階段の頂上へ着いたSherlockが端に駆け寄ってあたりを見渡すと、短い別の非常階段が建物の側面にあり、ひとつ下の階へと通じていた。それをみると急いで階段を駆け下り、手すりを乗り越えて隣のビルへ飛び移った。Johnも何とか手すりを乗り越えて後に続く。Sherlockは屋上の端まで走ると、また隣のビルへ飛び移った。Johnも後を追おうとしたが急停止した。今度の隙間は彼が飛び越えるには大き過ぎるからだった。それとシンクロしているかのように地上の歩行者用信号が青から赤に変わった。Johnは躊躇しながら下を見下ろした。

SH: 早く、John。見失っちゃうぞ!

Johnは少し後ろへ下がると自らを奮い立たせた。信号は赤から青に変わった。そして助走をつけると思い切ってビルの隙間を飛び越えた。それから二人はビルの側面にある通路を駆けていった。地上にいるタクシーがまだ走り続けている間、二人は別の非常階段を下り、その先にある窓の棚から狭い路地へ飛び下りて再び駆け出した。Johnを連れて走りながらSherlockはまた地図を呼び出し、彼らがいる位置とタクシーがいるであろう地点を比較した。二つの道程は近づいていき、あるポイントへ向かった。SherlockとJohnがいる路地の先にあるのはダーブレー・ストリート。タクシーもまさにそこへ入っていったのだが、Sherlockが最後の角を曲がって路地を駆け抜けようとしているときに目にしたのはタクシーが左方向へ走り去っていく姿だった。

SH: (腹を立てて)ああ、待て!

速度を落とさずに路地を駆け抜けて右に曲がる。

SH: こっちだ。

しかしJohnはタクシーにつられて左へ曲がろうとした。

SH: 違う、こっち!

JW: ごめん。

Johnはあわてて反対を向いてSherlockの後を追った。Sherlockは頭の地図でタクシーを捕まえる新たなポイントをピックアップした。タクシーがたくさんの標識に煩わされている間に二人はより短いルートで通りを駆け抜けていく。路地を更に進み、次のポイントがあるウォーダー・ストリートへ向かい、いよいよ地図が示した地点へ到達するというとき、Sherlockは通りからタクシーの目の前に飛び込んだ。車は音を立てて急停止し、Sherlockはボンネットに強く身体を打ちつけた。しかしそのままコートの左のポケットを探ってIDバッジを取り出すと、運転手に提示しながら車の右側へ駆け寄った。

SH: 警察だ!ドアを開けろ!

あえぐように呼吸をしながら強引に後部座席のドアを開けて中にいる旅行客を覗き込むと彼は怯えながらSherlockを見ていた。それを確認するとすぐにSherlockは腹を立てて座席から離れた。そこへようやくJohnが追いついた。

SH: 違う。

Sherlockはもう一度座席へ屈み込んで乗客を数秒間凝視した。

SH: 歯、日焼け-何だ、カリフォルニアからか?

そして男の前に置いてあるものを見て更に分析した。

SH: L. A. 、サンタモニカ、着いたばかり。

するとまた起き直って、顔をしかめた。

JW: どうしてそんなことがわかるんだ?

SH: 荷物。

彼が見下ろすタクシーの座席には乗客がスーツケースを置いていた。荷札は男がLAX(ロサンゼルス国際空港)からLHR(ロンドン、ヒースロー空港)へやってきたことを表していた。

SH: (旅行客へ)君は初めてロンドンに来たんだろう、そうだ、最終目的地へタクシーに乗って向かってるところなんだよな?

旅行客: あの、あんたたち警察?

SH: ああ。(IDバッジをちらりと見せて)万事問題ないかな?

旅行客: (微笑んで)ええ。

Sherlockはこの会話をどう切り上げようか僅かにためらった挙句、男へ偽りの笑顔を向けた。

SH: ロンドンへようこそ。

そしてすぐにタクシーから離れ、呆然と立ち尽くすJohnを残してさっさとその場を去ってしまった。Johnはタクシーの座席に歩み寄り、旅行客に話しかけた。

JW: ええと、困ったことがあったら相談してください。

男がうなずくとJohnは慇懃に微笑んでからタクシーのドアを閉めた。男は混乱して運転手の方を見やった。そしてJohnは車から数メートル離れたとこに立ち止まっているSherlockへ歩み寄った。

JW: そもそもただのタクシーだったみたいだな、速度を落とすハメになった。

SH: そもそもな。

JW: 殺人犯じゃない。

SH: (憤慨しながら)殺人犯じゃない。違う。

JW: 国が悪いってのはいい口実だよな。

SH: 世間的には。

JohnはSherlockが持っていたIDカードを別の手に持ち替えるのを目にした。

JW: おい、どこで-どこでそれを手に入れた?見せろよ。

Johnが手を差し出すと、Sherlockはカードを渡した。

JW: うん。(カードにある名前を見て)Lestrade警部?

SH: ああ。奴の気が散っている隙に拝借した。持っててもいいぞ、家にたくさんあるから。

Johnはうなずいてカードをまた眺めたが、また顔を上げて静かに笑い出した。

SH: 何だ?

JW: 別に、でも「ロンドンへようこそ」って。

Sherlockもくすくす笑いながら再びタクシーへ目を向けると道路の真ん中で急停止した車を不審に思ってか警官が調べに来ていた。旅行客が車から降りて二人の方を指差している。

SH: (Johnへ)呼吸はもう戻った?

JW: いつでも行ける。

そして二人はその場から走り去った。

 

 

ピンク色の研究 7