その後、校舎の外に駐められた救急車の後部にある乗り込み用のステップにSherlockが腰掛けていた。救急隊員が彼の肩にオレンジ色のブランケットをかけてやっているとLestradeがやってきた。Sherlockは警部にブランケットを示した。

SH: 何でブランケットなんか?こいつら僕にブランケットをくれるんだ。

GL: ああ、弱ってるだろうからな。

SH: 弱ってなんかない。

GL: ああ、でも写真を取りたがる奴らもいるだろうな。

そう言って警部はニヤリとした。Sherlockは目を回した。

SH: で、撃ったのは?手がかりなし?

GL: 俺たちが着いたときにはいなくなってた。だがああいう奴を快く思ってない敵もいるだろうからな。その内のひとりが後をつけて…(肩をすくめ)その先はわからん。

Sherlockはあてつけがましく警部を見た。

SH: ああ、僕だったらそんな風には。

今度はLestradeが目を回す番だった。

GL: そうか、言ってみろ。

SH: (立ち上がって)銃弾は窓の向こうから拳銃で撃たれたものだ。その類いであの距離から放たれた死の一撃…射撃の名手ということになるが、ただ訓練を受けただけじゃない、闘っている。手がまったくぶれてないんだ、明らかに戦闘行為の経験がある。でも僕が危険に直面するまでは撃たなかった、だから強い道徳的観念の持ち主だ。その男は恐らく軍人の経験があって…

Sherlockが話しながらあたりと見ると、少し離れた場所、警察によって張り渡されたテープの向こうにJohnが立っていた。

SH: …そして鋼の精神を持った…

そこで声は途切れた。Johnは何気ない顔でSherlockを見てから目を逸らした。Sherlockはようやく気付き始めた。LestradeもSherlockの視線の先を追ってみたが、質問される前にSherlockは警部の方へまた視線を戻した。

SH: ほんと、そんなのいるもんかな?なんでもない。

GL: え?

SH: 今のはなんでもない。ほら、ええと、ちょっと動揺してたからさ。

そしてSherlockはJohnの方へ進み始めた。

GL: どこ行くんだ?

SH: ちょっと相談しなきゃならないから、その、家のことで。

GL: でもまだ訊きたいことがあるんだよ。

SH: (イライラしながら振り返って)ああ、なんだよ?僕は弱ってるんだ!ほら、ブランケットだってある!

Sherlockはそれが証明であるかのようにブランケットをLestradeに見せびらかした。

GL: Sherlock!

SH: 連続殺人犯は捕まえてやった…みたいなもんだろ。

Lestradeは少しの間考え込んでSherlockを見た。

GL: わかったよ、明日は話を訊くからな。もう行け。

Sherlockはようやく解放された。Lestradeはその姿を微笑んで見守っていた。Sherlockはパトカーのそばに立っているJohnの方へ歩み寄りながら、肩に掛けていたブランケットを取ってまとめた。そして開いていた車の窓にそれを放り込んでしまうとテープの下をくぐり抜けた。

JW: あの、Donovan巡査部長がさ、みんな説明してくれたよ、二つの薬のこと。まったくひどい事件だったな。おそろしい。

Sherlockは少しの間Johnを見つめていた。

SH: (小声で)見事だった。

JW: (何気ない振りをしようとして)うん。ああ、そうだろう、窓の向こうからにしては。

SH: まあ、言っとくけど。

JohnはSherlockを見上げた。感情を表に出さないようにしたかったが、うまくいかなかった。

SH: 指についてる火薬がやっかいなことになる。これで服役させられることはないだろうけど、裁判は回避しよう。

Johnは咳払いをして緊張した面持ちであたりを見回した。

SH: だいじょうぶか?

JW: ああ、もちろんだいじょうぶだ。

SH: まあ、人をひとり殺したんだもんな。

JW: ああ、僕は…

そこでJohnは口ごもった。Sherlockはじっと彼を見ていた。

JW: あれで良かったのかな?

そう言ってJohnは笑みを浮かべた。Sherlockは気遣うようにそれを見ていた。

JW: でもあいつはあんまりいい奴じゃなかった。

そんなJohnのことを心強く感じているように、Sherlockは同意してうなずいた。

SH: いや。いいや、あいつは本当に、だろ?

JW: はっきり言って最低な野郎だ。

Sherlockはくすくす笑い、Johnを連れて歩き出した。

SH: その通りだ。悪いタクシー運転手だった。ここに来るまでのルートを見なけりゃならなかったもんな!

Johnも楽しそうに笑い、それを見ながらSherlockも笑みを浮かべた。

JW: やめろって!だめだよ、ふざけたりするなんて、事件現場なのに!やめろよ!

SH: 君はあいつを撃ったくせに。僕を責めるなよ。

JW: 声が大きいってば!

そんなことを言い合っている内に、Donovan巡査部長のそばを通り過ぎた。

JW: (Donovanへ)すみません-ちょっとその、無神経、かな。

SH: (Donovanへ)悪かったよ。

JohnはDonovanの横を通り過ぎながら咳払いをした。

JW: 君はあの恐ろしい薬を飲もうとしてたんじゃないか?

SherlockはJohnに顔を向けた。

SH: そんなわけない。契機を窺ってた。君が現れるってわかってたからな。

JW: いいや、違うね。そうやって刺激を得てるんじゃないのか?命をかけて自分の賢さを証明するなんて。

SH: なんでそんなことする?

JW: それは君がバカだからだろ。

Sherlockは笑みを浮かべた。やっと自分を理解してくれる人物を見つけることができて喜んでいるようだった。

SH: 食事は?

JW: 腹ペコだ。

二人はまた歩き出した。

SH: ベイカーストリートの端にさ、二時までやってるいい中華料理屋があるんだ。いい中華料理屋っていうのは、三つ目のドアハンドルの下を調べればわかるもんなんだよ。

そんな話をしている彼らの数メートル先に一台の車が停まり、Johnを攫った男が降りた。Johnは驚いて目を見張った。

JW: Sherlock。あいつだ。あいつが君に話した男だよ。

Sherlockはその人物へ顔を向けた。

SH: あいつのことはよく知ってる。

そう言うと男へ近寄って立ち止まり、憤慨した様子で男を眺めた。Johnはもしもの場合に備えて、警察官たちがどこにいるかを確認しておこうとあたりを見回した。男は愛想良くSherlockに話しかけた。

M: 事件解決か。まったく勇ましいことだ…もっともそんなことはお前の原動力にはなり得ないがな。

SH: ここで何をしてる?

M: 未だにお前を気遣っているんだよ。

SH: ああ、聞いたよ、あんたの「気遣い」について。

M: 相変わらず攻撃的だな。お前と私は同じ側にいるのだという考えはないのかね?

SH: おかしなことを。ないね!

M: お前が思っているよりも我々には多くの共通点がある。こんな風に仲違いをしているなんてまったく大人気ない。皆を悩ませる…母さんがどんなに心配しているかお前にだってわかるだろう。

Johnは今のは聞き間違いかと顔をしかめた。

SH: 母さんを心配させる?僕が?

MはSherlockに顔をしかめた。

SH: 心配させてたのは僕じゃない、Mycroft。

JW: おいおい、待てよ。母さん?母さんて誰の?

SH: 誰の、って-僕らの。この男は兄のMycroftだ。

Johnは驚いて男を凝視した。

SH: (Mycroftに)また太ったんじゃないか?

M/MH: むしろ、痩せたんだ。

JW: 君のお兄さん?!

SH: もちろん僕の兄だ。

JW: じゃああれは違っ…

SH: 違うって?

兄弟二人に視線を向けられてJohnは気まずくなった。

JW: さあね-悪の親玉とか?

Johnは自分の失言に顔をしかめた。Sherlockは軽蔑するようにMycroftを見やった。

SH: 極めて近い。

MH: 勘弁してくれ。私はイギリス政府でちょっとした地位についているんだ。

SH: イギリス政府そのものだろ、フリーランスでシークレット・サービスやCIAまがいの活動をするのが忙しくないときには。(※)

Mycroftはため息をついた。

SH: 失礼するよ、Mycroft。僕が家に着くまで戦争を起こさないように。渋滞なんかしたら困るからな。

そう言ってSherlockは立ち去った。Johnもそれについて行こうとしたが、その前に離れていく弟の姿を見つめるMycroftへ話しかけた。

JW: じゃあ、あの-あの心配してるって言うのは、ほんとに心配してるってことなんですか?

MH: ああ、もちろん。

JW: その…子供じみた「いがみ合い」ってことですか?

MH: (弟の姿を眺めながら)あいつはいつも腹を立ててばかりでね。クリスマスのディナーがどんなか想像つくだろう。

JW: ええ…いや、その、そんな!

Johnは気まずそうにあわてて否定すると、Sherlockの後を追おうとし始めた。

JW: それじゃ僕も…

行きかけたそのとき、Not-Antheaが立っているのに気付いた。彼女は他の人々の会話にまったく興味がないようで、相変わらずBlackBerryへ目を向けている。

JW: また会ったね。

彼女は顔を上げてJohnへわずかに微笑んだ。

Not-Anthea: どうも。

JW: うん、あの、僕らちょっと前に会ったよね。

彼女は会うのは初めてだという態度でJohnを見ていたが、まるで彼のことを思い出したかのようにわざとらしく驚いてみせた。

Not-Anthea: あら!

JW: それじゃ、さよなら。

Mycroftにも別れの挨拶代わりに一瞥を与えてJohnはSherlockの後を追いかけていった。

MH: さようなら、Doctor Watson。

 

 

JohnはSherlockに追いつき、二人は並んで歩いた。

JW: じゃあ、点心か。

SH: ふふ。僕はフォーチュン・クッキー(※)の中身を言い当てられるぞ。 (※中華料理店で主に食後に出される、中におみくじが入ったクッキー)

JW: 無理だね。

SH: だいたいわかる。けど、君は撃たれたんだよな。

JW: はあ?

SH: アフガニスタンで。実際に負傷したんだろ。

JW: ああ、そうだ。肩をね。

SH: 肩!だと思った。

JW: そんなことないね。

SH: 左肩だろ。

JW: まぐれだ。

SH: まぐれじゃないよ。

JW: いいや、そうだね。

Johnが笑いながらSherlockを見やると、彼も笑みを浮かべていた。

JW: なんでまたそう機嫌がいいんだ?

SH: Moriarty。

JW: 何だ、Moriartyって?

SH: (楽しそうに)全然わからない。

 

 

Not-Antheaは去っていく二人を眺めるMycroftへ顔を向けた。

Not-Anthea: では、行きますか?

MH: なかなか興味深いな、あの兵士君は。

Not-Antheaは二人の方をチラッと見たが、またBlackBerryへ目を戻した。

MH: 手助けとなってくれるかもな、弟が成長する-もしくは今までよりもひどくなるかもしれないが。どちらにしろ、監視体制を強化しよう。第三段階を始動させる。

Not-Antheaは電話から顔を上げた。

Not-Anthea: すみません。どなたの?

MH: Sherlock HolmesとDoctor Watsonだ。

Mycroftはこれから何が起こるのか期待しながら、楽しそうに事件現場を去っていく二人を見つめていた。

 

※Mycroft

…原作「ギリシャ語通訳」でSherlockが兄について初めてWatsonに語る。「兄弟のマイクロフトが僕以上の能力を持っているからだ」「僕は、観察力と推理力が上だと言ったんだ。探偵の技術が安楽椅子の推理で終始するなら、兄は世界最高の犯罪捜査官だろう。しかし兄には自分の結論を確かめるための外出さえしない。自分が正しいと証明する手間をかけるくらいなら、間違っていると思われてもいいんだ。(…)僕が生活の糧にしている事は、兄にとってはたたの好事家の趣味に過ぎない。」

WatsonのMycroftの第一印象。「シャーロックよりもかなり背が高く恰幅がよい男だった。身体は完全に肥満体だった。しかし顔は、やけに大きいものの、弟に見られる表情の鋭さはあった。目は独特の明るく淡い灰色で、弟が全精力を傾けた時にのみ現れる、遠くを見通す内省的な眼差しが常に宿っているように思われた。」

原作「ブルースパーティントン設計書」でのSherlockの発言。「(…)兄が英国政府の下で働いていると考えるのは正解だ。もし兄が時には英国政府そのものだと考えるなら、それもある意味で正解だ」

尚、原作のMycroftとSherlockは仲が良く、MycroftがSherlockに事件捜査の依頼をしたり、SherlockがMycroftに相談をすることもある。

 

 

 

  

ピンク色の研究 11