教室では、Sherlockが握りしめた両手を口にあててJeffをじっと見ていた。

SH: あんたは見ず知らずの人間を殺すために四度も命を危険に晒したのか。なぜ?

Jeffは黙ってボトルを顎で示した。

JH: 勝負の時だ。

SH: (握っていた手を広げ、祈るように口にあてた)ああ、勝負してるんだったな。今度は僕の番だ。髭剃りの泡が左耳の後ろについてるぞ。誰も教えてくれなかったんだな。

Jeffがタクシーの運転席に座っているところ-そのときにSherlockは気付いていた。

SH: 前にも同じ事をした跡があった、だから明らかにひとりで暮らしている、教えてくれる人間がいないんだ。

JeffはSherlockの視線にたじろがないように努力しているようだった。

SH: だが子供の写真があったな。子供の母親が写っている部分は切り落とされていた。もし死んだのだったらそんな扱いはされないだろう。

タクシーのダッシュボードに写真が置かれている。写真には三人写っているが、左端の母親がいたと思われる部分が切り落とされていた。

SH: 古い写真のようだがフレームは新しい。子供を思い遣っているが、会わせてもらえないんだ。

JeffはSherlockから目を逸らした。その目には初めて苦痛が垣間見えた。

SH: 引き離された父親か。母親が子供を引き取った、でもあんたはまだ未練がある、まだ苦しんでる。

Sherlockはそこで手を合わせたまま人差し指だけを出してをJeffに向けた。

SH: ああ、それにまだあるぞ。

JeffはSherlockに視線を戻して自分に向けられた人差し指を見た。

SH: その服、最近洗濯したものだけど、着ているものはみんな少なくとも…三年は経ってるな?体裁を繕っているが先の見通しを立てていない。そして“神風”殺人で浮かれている。それはどういうことか?

Jeffは落ち着きを取り戻し、何も語らないままの表情でSherlockを見つめていた。もっとも重要な推理について口にするとき、探偵の目はわずかに大きく見開いた。

SH: (小声で)ああ。三年前-それは宣告を受けたときだろう?

JH: (単調に)宣告って何の?

Sherlockの推理した内容がJeffの頭の横に浮かんだ。

DYING

[死にかけている]

SH: あんたは死に向かっている。

JH: お前さんだって。

SH: あんたはもう長くないんだろうけどな。どうだ?

Jeffは観念して笑みを浮かべた。

JH: 動脈瘤だよ。

そう言って右手を伸ばして指で頭を軽く叩いた。

JH: こん中にある。

今度はSherlockが満足して笑みを浮かべた。

JH: 息をするたびにそれが最期になるかもなんてな。

SH: (再び顔をしかめ)自分が死にそうだから、四人も人を殺したのか。

JH: 俺はその四人より生き長らえた。動脈瘤がある人間にはたまらねえ喜びなんだよ。

SH: (考えこみながら)違う。違うな、他にあるはずだ。あんたは自分が辛いからってただ四人を殺したんじゃない。苦しみは麻痺するもんだ。愛情はもっと様々な動機付けになる。何か子供に関することなんだろ。

JH: (視線を逸らしため息をついて)ああ。

そしてまたSherlockへ顔を向けた。

JH: あんたは見上げた野郎だな、ええ?

SH: でもどんな?

JH: 俺が死んでも、子供たちに大したことはしてやれねえ。タクシーの運転手は儲からねえからな。

SH: それで連続殺人。

JH: あんた驚くぜ。

SH: 驚かせてみろよ。

Jeffは前に屈み込んだ。

JH: 俺にはスポンサーがついてる。

SH: どういうことだ?

JH: 俺が命を奪うたびに、子供に金がいく。俺が殺すほど、子供たちは豊かになる。わかるか?思ってもみなかっただろ。

SH: (顔をしかめて)誰が連続殺人犯のスポンサーを?

JH: (即座に)誰がSherlock Holmesのファンになるだろうね?

そして二人はしばらく見つめ合った。

JH: 優れた殺人を楽しんでるのはあんただけじゃねえんだ。あんたみてえなのが他にもいるんだよ、あんたはただの人間に過ぎねえけどな…奴らはそれ以上なんだ。

Sherlockの鼻は嫌悪感を示してぴくりと動いた。

SH: どういう意味だ、人間以上って?何かの組織か?何だ?

JH: 名前は誰も口にしねえ、俺だって言うつもりはねえさ。さあ、おしゃべりはもういいだろう。

そう言うとJeffは再び瓶へ顎を向けた。

JH: さあ選ぶんだ。

Sherlockは視線を落とし、二つの瓶へそれぞれ視線を動かした。

 

 

学校の別の場所で、Johnは廊下を走りながら叫んでいた。

JW: Sherlock?

手当たり次第にドアへ駆け寄り、窓の向こうを探した。

JW: Sherlock!

 

 

教室。

SH: もし僕がどちらも選ばなかったら?そのままここを去ることだってできる。

するとJeffは苛立ちと失望を織り交ぜたため息をこぼし、ピストルを再びSherlockに向けた。

JH: 五分五分のチャンスをとるか、俺があんたの頭を撃ち抜くか。

Sherlockは落ち着きはらって笑みを浮かべた。

JH: おもしれえだろ、誰もこっちを選ばねえのにな。

SH: 僕は銃で頼むよ。

JH: いいのか?

SH: (まだ笑みを崩さず)そうだ。銃で。

JH: 友達に電話とかしたくねえのか?

それでもSherlockは自信たっぷりに微笑んでいた。

SH: 銃で。

Jeffは口を堅く閉じてゆっくりと引き鉄を引いた。すると小さな炎が銃口に灯された。Sherlockは満足してまた微笑んだ。

SH: 本物の銃だったら僕にはわかるよ。

静かにJeffはピストル型ライターの引き鉄を緩めた。炎は消えた。

JH: 誰も選ばなかった。

SH: だろうな。まあ、今回はとてもおもしろかった。裁判を楽しみにしてるよ。

そしてSherlockは立ち上がって出口へ向かった。Jeffはそっとピストル型ライターを台の上に置くと、座ったままSherlockの方へ身体を向けた。

JH: 行っちまう前にさ、あんたわかってたのかい…

Sherlockはドアの前で立ち止まり、少し身体をJeffの方へ向けた。

JH: …どっちが良い瓶だったのか?

SH: 当然。子供騙しだ。

JH: へえ、どっちだ、なぁ?

Sherlockはドアを少し開けたが、そのまま立ち去りそうにはなかった。

JH: どっちを選んでたんだ、俺があんたに勝ったか教えてくんねえのか?

Sherlockはドアを閉じた。

JH: (笑いながら)来いよ。勝負しよう。

ゆっくりとSherlockは元の場所へ戻り、台に着くと迷わずJeffに近い方の瓶を手に取った。Jeffは興味を持って残された瓶を眺めていたが、声には特別な感情は込もっていなかった。

JH: ほぉ、おもしれえな。

Jeffが残された瓶を手に取ると、Sherlockは自分が持っている瓶を見下ろした。

 

 

学校の別の場所、Johnはまだ廊下を走り回ってSherlockを捜し続けている。

 

 

教室では、Jeffが瓶からカプセルを取り出して掲げ、まじまじと眺めていた。Sherlockはまだ瓶を確かめている。

JH: さあ、どんな心境だ?

JeffはSherlockを見上げた。

JH: いくか?

 

 

廊下を走りながら、Johnはまだドアを開けては中を調べ、捜索を続けている。

 

 

JH: ほんとに、どうなんだい?

Jeffは立ち上がってSherlockの顔を見上げた。

JH: 俺は勝ったのかい?

 

 

Johnは階段を駆け上がって、まだ捜し続けている。

 

 

JH: あんたは命を掛けてもいいほど賢いのかい?

 

 

Johnはドアのひとつを勢いまかせに開けると、ようやく捜していたものを見つけた。彼の目は恐怖で満たされていった。

 

 

Sherlockは瓶から視線を上げた。その肩越しに見えるのは窓-窓の外には中庭-それを隔てたもうひとつの建物にある窓-その窓の向こう、同じような教室にJohnがいた。助けに行くには遠すぎる。彼は恐怖に包まれながら叫んだ。

JW: Sherlock!

向かいの建物にいる二人は気付かない。Jeffは薬を手にしたままSherlockを見ていた。

JH: あんたは退屈してるんじゃねえのかい?俺にはわかってるよ。あんたのような…

Sherlockは瓶の蓋を回した。

JH: …頭のいい奴はさ。だがせっかく賢いならそれを証明してみせなきゃな?

Sherlockはカプセルを取り出して親指と人差し指でつまみ、照明にかざして粒をまじまじと眺めた。

JH: 中毒なんだよな。

ゆっくりとカプセルを持っていた手を目の高さまで下ろして、Sherlockは見つめ続けた。

JH: でもこれは…これはあんたを夢中にさせてるんじゃねえのかい?

Sherlockはカプセルをつまんで持ち、その手を見つめていた。

JH: やらずにはいられねえんだ…どんなことだって…

Sherlockの手は緊張と期待で震え始めた。

JH: 退屈を紛らわすためなら。

Sherlockはゆっくりとカプセルを口に運び始めた。Jeffもそれに合わせてカプセルを口に近づける。

JH: もう退屈じゃねえだろう、なあ?

それぞれの手はもうカプセルを口に入れる寸前のところまできていた。

JH: 見事だろ?

そのとき銃声が響き渡って、弾丸がJeffの心臓付近に命中した。衝撃で身体は床に倒れ込んだ。それに驚いてSherlockは手にしていたカプセルを落としてしまった。向かいの建物でJohnがピストルを手にして窓の向こうに狙いを定めていたが、やがて腕を下ろした。Sherlockは振り返ると後ろにあった台の上を乗り越え、弾が飛び込んできた窓に駆け寄り、屈み込んでガラスに空いた穴を覗き込んだ。その窓の向こうにある建物の部屋を見ると窓は開いていたが誰の姿も見えなかった。Sherlockが立ち上がるとJeffが息を荒げて激しく咳き込んだ。Sherlockが振り返って部屋を見渡すとカプセルのひとつが台の上に転がっていて、Jeffが床の上で身体を震わせながら苦痛に悶えていた。Sherlockはカプセルと掴むとJeffのそばに膝をついた。身体の下には既に大きな血の海が広がっていて、Jeffはカプセルを持った手を振りかざして問い質すSherlockを見上げていた。

SH: 僕は合ってたのか?

Jeffは信じられないという表情をしたまま顔を背けた。

SH: 僕だったんだろう?合ってたんだよな?

Jeffは返事をしなかった。Sherlockは憤慨してカプセルを投げ捨てて立ち上がった。

SH: そうか、じゃああれは、スポンサー。誰なんだ?僕のことをあんたに教えた奴-僕のファン。名前を知りたい。

JH: (弱々しく)だめだ。

SH: あんたは死にかけてるが、まだ痛めつけることができるぞ。名前を言え。

Jeffは首を振った。腹を立てて顔をしかめながらSherlockは脚を上げてJeffの肩を踏んだ。Jeffは苦痛に喘いだ。

SH: 名前。

Jeffは苦しんで叫んだ。

SH: さあ。

Jeffはただ痛がって泣くばかりで、その顔つきは恍惚としたものに変わってきた。Sherlockは脚にさらに体重をかけた。Jeffは泣き声を上げた。

SH: (怒り狂って)名前だ!

JH: (悶絶しながら)MORIARTY!

そこでとうとうJeffは力尽きて目を閉じ、頭が脇を向いた。Sherlockは少し離れ、横たわるJeffを眺めた。そしてそっと“Moriarty”とつぶやいた。

ピンク色の研究 10