時が経ち、Johnは料理を堪能し、Sherlockは鏡を見つめながら苛立たしげにテーブルを指で叩いていた。Johnが顔を上げる。

JW: まだ何の気配も無し?

Sherlockは指で叩くのを止める。

SH: 先走り過ぎたようだな。地道に行かなければ。

JW: さっき犯人が誰かは知らないが何者かは知ってるって言ったよな。

SH: 考えればそうなるはずだ。

腹立たしげに目を回す。

SH: 何故人は考えない?

JW: ああ、僕らはバカだからね。

そう言うとJohnは料理を口に運んでSherlockを見た。Sherlockは唇を噛む。

SH: 犯人は被害者を車に乗せたことがわかっている、だが遺体には強制されたり乱暴されたりした痕跡は無かった。五人はそれぞれ見知らぬ車に自発的に乗り込んだんだ。犯人は信用される人物だった。

JW: でも知らない奴なんだろ?

SH: 五人はまったく異なる人間だ。共通の知人はいなかった。そしてもうひとつ、ローリストン・ガーデン、気付いたか?カーテンを引けば、婆さんたちがいる…婆さんたちだ、僕のお気に入りのね。どんな監視カメラよりも優秀だよ。だが警察によれば、誰も空き家の外に不審な車が停まっているのを目撃していないそうだ。誰一人として目撃していない。

JW: 何が言いたいのかわかってきた。

Sherlockは期待を込めて椅子の上を落ち着かなく動いた。

JW: …いや、わからん。何が言いたいんだ、犯人は見えない車にでも乗ってたのか?

SH: そう。そう!その通り!

JW: 何が言いたいんだかさっぱりわからないね。

Sherlockは溜め息をつき、Johnに鋭い眼差しを向けた。

SH: 幽霊のように通り過ぎる車がある-誰にも見られず、誰の記憶にも残らない。僕らが常に信用する人物がいる-僕らがひとりのとき、路頭に迷っているとき、酔っ払っているとき。僕らは顔も見やしない、だが日々その車に乗って姿を消し、罠に身を投じるんだ。

そこで振り返って窓の外に顔を向けると、通りの向こうに黒いタクシーが乗り付けるのを見て目付きが鋭くなった。タクシーの表示は空車を示している。Sherlockは振り返って店の奥に呼び掛けた。

SH: Angelo、白ワインをグラスで、早く。

Johnに顔を向ける。

SH: 現代における完璧な殺人道具を紹介しよう、「見えない車」だ。

タクシーは舗道を離れ始めた。Sherlockは熱心に鏡を見つめる。

SH: ロンドン・タクシー。

タクシーは右に曲がり、レストランの向かいにある細い路地へ入る。JohnはSherlockの肩越しに、少し離れた道にいるタクシーが再び停車する様子を見ていた。

JW: この道には一晩中タクシーが行き交ってるだろ。

SH: (鏡を顎で示し)あの車は停まった。

JW: 客を探してるんだろ。

二人が見ているタクシーにひとりの女性が歩み寄り、車の左側の窓へ屈み込んで運転手に話し掛けた。Angeloが白ワインのグラスを持って二人の席へやって来る。外の通りでは女性が起き上がってタクシーから離れていった。Sherlockはニヤついた笑みを浮かべる。

JW: 奴だとはわからないよ。

SH: そうでないとはわからない。

AngeloはSherlockの前にグラスを置いた。

SH: ありがとう。

するとSherlockはグラスを手に取って目を閉じると、ワインを思い切り顔にかけてしまった。JohnとAngeloは驚いて身を引く。Sherlockは紙ナプキンを取って顔のワインを拭うと、ナプキンを置いてコートに手を伸ばした。

SH: (Johnに)見てろ。邪魔するなよ。

Angeloに顔を向ける。

SH: Angelo、「首無し修道女」。

Angelo: ああ、事件のためだったんだね!

Angeloが袖をまくり始めるとSherlockはコートを着た。

Angelo: また同じように?

SH: 差し支えなければ。

するとAngeloは前に屈み込み、Sherlockのコートをつまみ上げて彼を椅子から引きずり下ろした。

Angelo: 私の店から出て行け!Cretino[この野郎]!酔っ払いめ!

Sherlockはよろよろと歩き出し、Angeloがイタリア語で彼を罵りながらドアに押し出す。そしてSherlockは店の外に放り出された。

Angelo: どっか行け!

Sherlockは酔っ払って足元が覚束ない様子で、舗道の上でよろめいた。舗道の縁で倒れそうになっていると、やって来た車が彼を轢きそうになって急ブレーキをかけた。運転手が警笛を鳴らすとSherlockは詫びるように手を伸ばす。レストランの中に戻ったAngeloはJohnのそばへ歩み寄り、Sherlockがふらつきながらタクシーの方へ歩み寄っていく様子を一緒に見守った。

JW: あいつ何してるんだ?

Angelo: Sherlockは事件に取り組んでる。悪い人間には悪い知らせだね。

げっぷ、もしくは嘔吐をこらえているかのように拳を口元に当てながら、酔っ払いSherlockは道をフラフラと進む。あのタクシーの運転席に着くと、両手で車の窓を叩いた。運転手は首を振る。

SH: (酔っ払いのしゃべり方で)おい、おい!いいだろ!

タクシーの運転手は窓を開ける。

運転手: 悪いな、店じまいだ。

SH: 2、2、1…(げっぷを堪える)…B、ベイカーストリート。

運転手: 今日はもう店じまいなんだよ。表示を見てくれよ。

運転手が示す車の上にある表示はもう灯りを消していた。

SH: すぐそこまでだから!ベイカーストリート!

運転手: 他にも車がいるじゃねえか。他をあたってくれ。

Sherlockは立っていられない様子で車のサイドによろめく。

SH: 2、2、1、B!

運転手: 店じまいだ、それに酔っ払いは乗せねえよ。

Sherlockは車のサイドに沿って転がるようにしながら後ろに向かった。コートのポケットから電話を取り出してスピード・ダイヤルで電話をかける。電話を耳に当てるとタクシーの中で電話が鳴り出した。運転手はジャケットからピンク色の携帯電話を取り出して慎重に応答する。

運転手: もしもし?

SH: (酔っ払いのフリを止めて、鋭い口調で)どうやって毒物を服用させる?

運転手: 何?あんた…何て言った?

するとSherlockは運転手へ向かって飛び出し、窓から腕を入れて両手で運転手のジャケットを掴んだ。

SH: どうやって毒物を服用させるんだ、と訊いた。

運転手: (暴れだして)おい!あんた誰だ?

SH: Sherlock Holmesだ。

運転手: ヤクはたんまりやってるか?Sherlock 'olmes。

SH: ご無沙汰だ。

運転手: 随分元気そうだから訊いてんだよ。

Sherlockは困惑して眉をひそめる。

運転手: たいていの奴はとっくに気を失ってるからな。

目を瞬いて視線を落とすと、Sherlockはよろめきながら車を離れた。左の上腕部に注射器が刺さっているのに気付く。叫び声を上げ、注射器を引き抜こうともう片方の腕を伸ばそうとする。レストランにいるJohnはSherlockが腕を振り回しているのを見て不審に思い始めた。

Angelo: だいじょうぶ。みんな計画の内だよ。

薬が影響し始めたSherlockはタクシーのそばに倒れ込む。運転手が車を降り、何事かと立ち止まった通行人を安心させようと弁明する。

運転手: だいじょうぶ。ちょっと飲み過ぎてね。

つじつまの合わないことを言いながらレストランの方へ腕を振ろうとするSherlockの身体を掴む。

運転手: こんな有り様でね!

SH: (不明瞭に)John!

Johnは不安げに自分の名を呼ぶSherlockを見ていたが、運転手が後部座席のドアを開けて彼を中に押し込んでしまった。車の中に倒れ込むSherlockを見下ろす。

運転手: 厄介だな、あんたのダチはみんな演技だと思ってやがる。

うめき声を上げながらSherlockは起き上がろうとする。

運転手: 人ってのはそんなもんだ。

運転手はドアを閉め、含み笑いをしながら運転席に向かう。

運転手: みんな馬鹿野郎だ。

Sherlockはうめきながら起き上がろうとするが、とうとう意識を失って倒れ込んだ。レストランにいるJohnは首を振った。

JW: 何かまずいことになってる。

Angelo: いや、いや、いや。みんな計画の内だよ。

タクシーは道を進み始める。

Angelo: Sherlockはいつも計画を持ってる。

JW: ああ、そしてまずいことになった。

するとJohnは立ち上がってレストランを飛び出し、道路を走ってタクシーを追いかけていった。Angeloは彼が過剰反応を起こしていると思っている様子で首を振り、テーブルからJohnの皿を取って離れていく。Johnが座っていた椅子には杖が忘れられたままになっていた。

 

 

しばらくしてSherlockは意識を取り戻し始めた。目を開くがまだ焦点が定まらず、曖昧な光景しか見ることが出来なかった。室内にいて椅子に倒れ込んでいる。瞬きをしながら視界を取り戻そうと試みると、ようやくマントルピースの上にあるドクロが目に入り、下の暖炉で火が燃えていることがわかった。身体を起こそうとすると傍で運転手の声が聞こえた。

運転手: 気に障ってないといいんだがな。お前さんが住所を言ったんだからよ。

Sherlockが首を回すと少し離れたあたりに立っている男の姿が目にはいった。

運転手: 意識を失ってたのはたった10分だな。

Sherlockは立ち上がろうとするが、バランスを保てない。221Bのリビングでマントルピースを掴みながら倒れ込み、うめき声を上げる。

運転手: あんた強いな。感動したぜ。

何とかほぼ立ち上がる状態となったSherlockは両手に顔を埋め、焦点の定まらない眼差しでそばに置かれているドクロを見た。

運転手: それがいい-身体を温めな。あんたのために居心地よく暖めてやったよ。

SH: (弱々しく)僕の部屋だ。

運転手: もちろんそうだよ。(ズボンから鍵の束を取り出して差し出す)上着から鍵を見つけてな。そうだろ、なあ、そうだろうよ?人は自分の家で死にたがる。

Sherlockは男の方を向いてきちんと立とうとしたが、すぐにバランスを崩して床に倒れ込んだ。

運転手: ほら、ほら。ヤクがまだ効いてんだよ。(Sherlockの傍へ歩み寄って彼を見下ろす)せいぜい一時間は子猫のように弱々しいまんまだ。

見下ろしながら笑みを浮かべる。

転手: 今ならあんたに何でも好きなことが出来ちまうな、'olmesさんよ。

もがきながらSherlockは懸命に立ち上がろうとしている。

運転手: 何だってな。

うめき声を出しながらSherlockは膝と肘を使って身体を起こす。

運転手: 心配しなさんな。殺してやるからよ。

そう言って屈み込むとSherlockの腰のあたりを掴んで引っ張り上げ、部屋の中を少し引きずってそばにある木製の椅子に座らせた。椅子の前には木製の小さな四角いテーブルがあり、反対側にも椅子が置かれていた。Sherlockはテーブルの方へよろめいたが何とか起き上がって、曖昧に後ろにあるドアの方へと手を伸ばそうとする。運転手は向かい側の椅子へ歩み寄った。

運転手: 家の中は空っぽだよ。家主も出払ってる、だから声を上げたって無駄だよ。俺たちは居心地良く閉じ込められてる。

椅子に寄り掛かったSherlockは弱々しく向かい側に座る男へ顔を向けた。

SH: それでも、ちょっとリスクがあるんじゃないか、ここでは。

運転手: それがリスクだって?

すると運転手はズボンの左右にあるポケットから小さな茶色い瓶を取り出した。

運転手: リスクってのはこれだよ。

Sherlockがぼんやりと見ていると運転手はまったく同じ見た目の瓶を取り出して彼の前に置き、右側に置いた方の蓋を回し開けて中から小さな錠剤をひとつ取り出した。それを瓶の前に置くと今度は左の瓶からも同様に錠剤をひとつ取り出してテーブルの上に置く。

運転手: 俺がどうやって毒物を服用させたのか知りてえんだろ。

錠剤を見下ろして含み笑いをし、Sherlockへ顔を向ける。

運転手: あんたもこれが気に入るよ!

SH: どうして?

運転手: まあ、待てって。

椅子にもたれかかったままSherlockは疲れたように溜め息をこぼす。

運転手: 落ち着いてもらわないとな。あんたの最高の試合(ゲーム)のために。

Sherlockは意識を集中させようと目玉を上に上げ、座り直そうとしている。

SH: 僕の…最高の、何だ?

苦しそうに前に屈み込み、テーブルの上に片腕を置いて頭を乗せる。運転手は彼が見ていないにもかかわらず彼を指差す。

運転手: あんたが誰だか知ってるぜ、'olmesさん。

リビングの中を歩き回る。

運転手: 名前を聞いたときにわかったよ。Sherlock 'olmes。

机からルーペを取ってレンズ越しにSherlockを眺め、部屋の中のものを見渡しながらうろつく。

運転手: あのWebサイトは何遍も見たね。あんたすごいな。

Sherlockはダルそうに頭を持ち上げて運転手を見る。

運転手: あんたは。本物の天才だ。

Sherlockの頭は再び手に落ちる。運転手は振り返ってテーブルに歩み寄った。

運転手: “The Science of Deduction”。そう、あれこそが本物の思考ってもんだ。ここだけの話、何でみんな頭を使わねえんだ?

憤然としてうなだれる。

運転手: あんたは腹が立たねえのかい?何でみんな頭を使わねえんだって?

SH: (うなだれたまま不明瞭に)ああ、なるほど。(運転手の方を指差して)あんたも「本物の天才」ってことか。

運転手: (満足気に笑みを浮かべ)そうは見えねえんだろう?哀れなタクシー運転手だよ。でも直にあんたにもわかるさ。あんたが生きてる内で最後に知るのはそれだろうよ。

Sherlockはようやく顔を上げて相手をにらみつけた。

SH: お前は何者だ?

運転手: 何者でもねえ。(Sherlockを見下ろして)差し当たり。

椅子を引いて腰を下ろす。

運転手: だがこんな俺でも名を揚げて死ねそうだな?

Sherlockはうんざりしたように椅子にもたれかかり、鼻から長く息を吐き出して意識をはっきりさせようとしていた。テーブルの上の錠剤を指差す。

SH: 二つの錠剤。

運転手: 良い錠剤と悪い錠剤がある。良い方だったら、生き延びる。悪い方だったら、死ぬ。

SH: どっちがどっちかあんたにはわかってる。

運転手: そりゃそうさ。

SH: でも僕にはわからない。

運転手: じゃなきゃ試合にならねえだろう。あんたは選ぶ側なんだから。

SH: 試合じゃない。運試しだ。

運転手: 俺は五回もやった。そんで生き延びてる。運試しじゃねえよ、'olmesさん。チェスだ。チェスの試合だ、ひとつ動けば、ひとつは生き残る。そんでこれが…動くってことだ。

そう言うと運転手は右手を出して右側にある錠剤をSherlockの方へ押し出し、そこに置いたまま手だけを戻した。

運転手: あんたに渡したのは良い方か悪い方か?好きな方を選べばいい。

Sherlockはしばし相手を見つめる。

SH: これを他のみんなにもやったんだな、選択させる。

運転手: あんたも認めなきゃなんねえな、連続殺人犯はのさばり、俺はいい線いってる!ともかく、もう時間だ。選びな。

SH: そしたら?

運転手: そしたら一緒にお薬の時間てわけだ。

笑みを浮かべて満足気に唇を舐める。

運転手: さあ勝負だ。

SH: (少し前に身を屈めて)何が勝負だ?五分五分の可能性じゃないか。

運転手: 数字と勝負してるんじゃない、あんたは俺を相手にしてる。俺が渡したのは良い薬かな、悪い薬かな?

Sherlockはまだ薬に酔わされている様子でゆっくりと瞬きをする。

運転手: ただのはったりか?それとも二重のはったりか?はたまた三重のはったりか?

SH: (意識をはっきりさせようと首を振りながら)それでも運試しだ。

運転手: 五人ともかい?運試しじゃねえよ。

SH: 運だ。

運転手: 天才なんだ。みんなが考えることはお見通しだ。みんなが考えることなんざ俺にはお見通しなんだよ、まるで頭の中に地図があるようにな。

Sherlockは苛立った様子で顔を背ける。

運転手: みんなとんだ馬鹿野郎だ-あんたもな。

Sherlockの眼差しは少し鋭くなり、相手を見据えた。だが長いこと視線を留めていることが出来ずに再び目を逸らした。

運転手: もしくは神様が俺に味方してくれてるのかもな。

Sherlockは頬杖をつき、再び相手を見据えた。

SH: どっちにしろ、お前は老いぼれのタクシー運転手だ。

指で顎を撫でて手を下ろしたが、もう支えが無くても顔を上げられるようになっていた。そのまま運転手を見ている。

SH: どうやって相手を選んだ?

運転手: どいつもどこへ連れてかれるのか知らなかったんだよ、酔っ払ってるか、道に迷ってるか、街に来たばかりだったからな。

含み笑いをする。

運転手: 間違った入り口へ連れていけるような奴ら。

Sherlockは考え込みながら眉をひそめる。

SH: 見ず知らずの人間を殺すために五回も命を危険に晒したのか。

そこで真意を掴んで言葉を止める。

SH: お前は死にかかってるんだな?

運転手の目は泳ぎそうになったが、何とか相手の視線を受け止めていた。

運転手: あんたもな。

SH: お前はもう長くないんだろうけどな。どうだ?

運転手は笑みを浮かべて告げた。

運転手: 動脈瘤だよ。

右手を伸ばして指先で側頭部を軽く叩く。

運転手: ここにある。

Sherlockは満足気に笑みを浮かべる。

運転手: 息をするたびにそれが最期になるかもなんてな。それがあんたの託せる望みだな、'olmesさん。動脈瘤に賭けるか。

SH: 僕は賭けなどしない。

運転手: 手強いと思うだろ?

SH: (皮肉を込めて)まあ、お前は五人も殺してるからな。

運転手: (前に屈み込んで)俺はその五人より生き長らえた。動脈瘤がある人間にはたまらねえ喜びなんだよ。

外の通りで、車が急停止するブレーキの音が聞こえた。窓の外に点滅するパトカーのライトが見える。Sherlockはわずかに窓の方へ視線を動かしたが、意識を運転手へと戻した。

SH: どちらも選ばなかったら?

運転手: そしたら俺が選んであんたの喉に押し込んでやるよ。今となっちゃあんたには俺を止める術はねえからな。

Sherlockは瞬きをする-恐らく相手を組み伏せるほどの力は今の彼には無いだろう。すると家の固定電話が鳴り出した。運転手はそれを無視して話を続ける。

運転手: おもしれえだろう、誰もその「オプション」を選ばなかったよ。あんたもそうするとは思えねえな。

Sherlockは電話へ視線を向ける。

SH: 特に警察がいる場合にはな。

運転手: 知ってるさ。(肩越しにパトカーのライトが反射している窓を一瞥して)ちゃんと見えてる。

SH: (考え込みながら微笑んで)大した奴だ、Doctor Watson。君を見くびっていたよ。

椅子を動かして立ち上がろうとする。

運転手: あの電話に向かって少しでも動けば、殺すぞ。

SH: (ゆっくりと立ち上がりながら運転手を見下ろして微笑み)おや、そうは思わないね。お前はそんな殺し方はしない。

運転手: リスクを取るのかい?

電話は鳴るのを止めた。運転手は顎で錠剤を示す。

運転手: リスクならこっちの方じゃねえのかい?

電話は留守番電話へ切り替わったことを音で知らせる。Sherlockは考え込みながら錠剤を見下ろす。

運転手: どっちだと思う?どっちが良い方の薬かね?

Sherlockは錠剤から視線を逸そうと目を瞬いたが、誘惑に打ち勝つのは困難な様子だった。

運転手: 来いよ。あんたにはわかってるんだろ。

Sherlockは視線を上げ、二人は目を合わせる。数秒後、Sherlockは再び錠剤を見下ろしてから顔を上げ、テーブルの上で拳を握ると間を置いてから腕を伸ばし、運転手の左側にある、彼へ勧められなかった方の錠剤を指差した。運転手は興味深そうにその錠剤を見たが、話し出す声に特に感情は籠もっていなかった。

運転手: ほお、おもしれえな。

そう言うと手を出して左側にある錠剤を押し出し、右手にある方を自分の方へ引き寄せた。押し出した錠剤を離し、もう一方の錠剤を手に取ってSherlockを見る。

運転手: どういう心境だい?行くか?

目を合わせたままSherlockはゆっくりと椅子へ座り直す。

運転手: ほんとに、どういう心境かね?俺に勝てるのかな?

Sherlockは何度か瞬きをした後で視線を落とし、押し出された錠剤を手に取った。二人はテーブルに肘を突き、口元に錠剤を近づける。

運転手: あんたは退屈してるんじゃねえのかい?あんたのような、賢い奴はさ。今はもう退屈じゃねえだろう。

Sherlockは手に持つ錠剤へ視線を落とす。呼吸は荒くなっていく。

運転手: これが…今この瞬間が-あんたの生き甲斐なんだよな、退屈を紛らわすんだろ?

呼吸を荒くし続けながらSherlockは錠剤を見つめている。ゆっくりとそれを口元に近づける。運転手もその様子を見つめながら自分の錠剤を口に近づけていく。

-Sherlockが今にも錠剤を口に入れそうになったそのとき、銃声が響き渡った。背後にある窓から飛び込んできた弾丸が運転手の胸を貫き、Sherlockの背後にある壁へ命中した。運転手が手にしていた錠剤を落としてテーブルに倒れ込むとSherlockも錠剤を落として立ち上がり、衝撃を受けて後退りした。しばし命を奪われた男を見下ろすとあわてて窓へ駆け寄り、サイレンを鳴らし始めたパトカーが外にいるのを目にした。道路の少し離れた場所では別のパトカーが急停止し、助手席からLestrade警部が飛び降りて既に集まっていた警察官たちへ呼び掛ける。

GL: 誰か見た者は?弾は何処からだ?誰が撃った?誰が撃った?

Sherlockは通りの向かい側にある建物へ視線を向ける。ほとんど暗がりになっていて見えないが、ひとつの部屋に灯りが点いていて窓が少し開いていた。

GL: 現場を洗え!すぐ現場を洗うんだ!

振り返って死んだ運転手を見るSherlockの顔と首元には飛び散った血が付着している。再び窓の方へ振り返り、大混乱となっている通りを隔てた向かいにある、開いた窓を見つめていた。

[パイロット版] ピンク色の研究 4

※主な注釈は[放送版]ピンク色の研究をご覧ください※