深夜、ロンドンのとある一室のワンルーム。John Watsonはベッドの端に座っていた。汗びっしょりで苦しげな彼は、悪夢に目を覚まされたのだった。

しばらくしてJohnは悩ましげに頭をかき乱しながら、水の入ったグラスを置いて机の前に腰掛けていた。視線が机に掛けてある金属製の歩行用杖に向けられる。彼は不快そうに杖を眺めていた。

夜が明けた。着替えを済ませたJohnはラップトップがしまってある机の引き出しを開けた。そこにはピストルも一緒に仕舞われている。引き出しを閉める前にJohnはピストルを長いこと眺めていた。ラップトップを机の上に置いて開き、キーボードを押すと画面が表示された。ドキュメントには“The Personal Blog of Dr John H Watson”と銘打たれているが、ページは空白のままだった。

 

 

その後、Johnは心療内科医のもとを訪れ、女性医師Ella Thompsonと向い合って腰掛けていた。

ET: ブログはどう?

JW: んー、順調!すごく。すごくうまくいってます。

ET: たくさん書けた?

JW: (即座に)一言も。

二人はうなずき合う。

ET: John、一般の生活に順応するまでには、しばらく時間が掛かるものなの…

Johnは顔をしかめる。

JW: そうですね。

ET: …あなたの身に起こるあらゆる出来事を書いていくことが大いに助けとなるのよ。

Johnは絶望の籠もった眼差しで医師を見つめてから告げた。

JW: 僕には何も起こりません。

 

 

----------オープニング----------

 

 

ブリクストン。Lestrade警部がある建物の通路を進み、部屋の入り口に立った。科学捜査担当のAndersonが現場保護用の青いカバーオール姿で部屋から出てくる。

Anderson: 見る限り遺体には手がかり無しですね、身元が特定出来るようなものは何も。

GL: 他のと同じか?

Anderson: (うなずきながら)まったく同じ。

Andersonは仲間から物証の入った袋を受け取るためにその場を離れた。Lestradeは携帯電話を取り出して操作メニューをスクロールし始める。Andersonは気まずそうにその様子を見ていた。

Anderson: あの、あいつに連絡しようとしてるんじゃ…ないでしょうね?これは俺たちで解決出来ますよ。絶対俺たちで出来ます。

顔を上げずにLestradeは電話を掛け始める。

GL: お前にはやることがあるだろ。

静かに溜め息をついて、Andersonは部屋の中へ戻っていった。Lestradeは呼び出しを始める電話を耳に当てる。だがどうやら留守番電話に繋がってしまったようだ。

GL: (電話に)警部のLestradeだ。これを聞いたらすぐに連絡をくれ。君が必要になりそうだ。

メッセージを吹き込むと通話を切り、溜め息をこぼしながら事件現場を眺めた。

 

 

1月13日火曜日。ピカデリー・サーカス。新聞スタンドには “4th SUICIDE MURDER VICTIM[自殺で死亡 四人目の被害者]”という文句が大きく掲げてある。杖に重く寄り掛かりながらJohnがそのそばの道を歩いていた。ブリーフケースを提げたひとりの男性が横を通り過ぎ、振り返って彼を見つめた。Johnに気付いたその男性は彼に呼び掛ける。

MS: John!John Watson!

Johnは立ち止まって男性の方へ振り返る。男性は微笑みかけながら駆け寄ってきた。

MS: Stamford。Mike Stamfordだよ。Bart'sで一緒だっただろ。

JW: ああ、ごめん、そうだった、Mike。(差し出されていたMikeの手を取り、握手を交わす)どうも。

MS: (ニヤニヤしながら自分の身体を示して)ああ、わかってるよ、僕は太ったからな!

JW: (本当らしく思わせようとしながら)そんな。

MS: どっか海外に行ってたんだよな、当てずっぽう(getting shot at)だけど。何かあったのか?

JW: (きまり悪そうに)…撃たれたんだ(I got shot)。

 

 

しばらくして二人はピカデリーにあるレストラン、Criterionへ移動していた。バー・エリアにあるテーブルに向かい合って座り、Johnは赤ワイン、Mikeは白ワインのグラスを前に置いていた。ウェイターがパンの入ったバスケットを運んできて、メニューを下げる。

JW: じゃあまだBart'sにいるんだね?

MS: 今は教えてる。かつての僕らみたいな若い奴らに。ああ、あいつらほんと憎たらしいよ!

Johnは笑顔で応える。

MS: 君はどうしてる?配置に着くまで待機してるとか?

JW: 軍の年金だけじゃロンドンでやっていけないよ。

MS: (肩をすくめ)そうか-部屋をシェアするとか、そういうのは?

JW: 誰が僕なんかと同居する?

Mikeは何かを思い出しながら含み笑いをする。

JW: 何だよ?

MS: ああ、今日僕にそれを言ったのはね、君が二人目なんだ。

JW: 一人目は誰?

 

 

ST BARTHOLOMEW病院の死体安置室。Sherlock Holmesは台に乗せられている遺体収容袋のジッパーを開け、中を覗き込んで臭いを嗅いだ。

SH: 新しいのか?

安置室に務めるMolly Hooperが歩み寄る。

MoH: 届いたばかり。67歳で老衰死。ここで働いてた人で-遺体を提供してくれたの。わたしも知り合いで。いい人だった。

Sherlockは起き上がって彼女の方へ顔を向けた。

SH: よし。鞭の時間の始まりだ。

 

 

しばらくして袋から出された遺体は仰向けに台の上に置かれていた。隣接する展望室からMollyが眺めているのは、鞭で乱暴に遺体を打ち付けているSherlockの姿だった。繰り返しの作業に息を上げている。Mollyは部屋の中へ入り、冗談混じりに声を掛けた。

MoH: そんなに嫌なことでも?

Sherlockは遺体から向き直って傍の棚に鞭を置いた。

SH: 20分後の傷跡の様子を確認しないと。それにある男のアリバイがかかっている。メールをくれ。

そう言ってコートを手に取ると彼女の横を通り過ぎて部屋を出ていこうとする。

MoH: (少し緊張した様子で)あの、もし良かったらなんだけど、後で…

するとSherlockは立ち止まり、彼女の顔を見て眉をひそめた。

SH: 口紅を塗ってるのか?いつもはそんなことしないのに。

MoH: ちょっと化粧直しをしたの。

緊張した面持ちで微笑む。

SH: ごめん、何か言おうとしてた?

MoH: (熱心に見つめながら)コーヒーでもどうかな、と思ったの。

SH: ブラック、砂糖は二つで。僕は上にいる。

そう言って偽りの笑みを見せると部屋を出ていってしまった。

MoH: …OK。

 

 

Bart's病院のコンピューター室。コンピューターが並ぶ室内にはSherlockひとりだけで、彼は一台のコンピューターに向かってemailの文章を入力していた。宛先は “mycroft@dsux.org” 、件名は“Re: An impossible situation[不可能な事態]”。本文を入力する。

When you have eliminated the impossible whatever remains must be the truth.

[不可能を取り除けば何が残ろうともそれが真実のはずだ]

そのemailを送信したからか、もしくは受信箱へ表示を切り替えたからか、彼が最近受け取ったemailが表示された。

lestrade@strade.org.uk : Please call me [連絡をくれ]

mycroft@dsux.org : An impossible situation [不可能な事態]

gregson@ftnu.co.uk : RE: Church bell theft [教会の鐘が盗難]

smith@smithson.org : The curious cow [奇異な牛]

jones@jkjoes.com : Samson and Del [サムソンとデリラ]

drhopps@drdoc.net : Strange substance in pocket [ポケットの中の奇妙な物体]

※gregsonやjonesらは原作においてLestradeの他に登場する警部たち。

Sherlockは “gregson@ftnu.co.uk”に返信を書き始める。件名は“re: RE: Church bell theft”。

If you can see the church from the bedroom window, Davies is your man.

[寝室の窓から教会を見ることが出来るなら、Daviesが君の追う人間だ]

受信箱に戻り、‘Please call me’と題された“lestrade@strade.org.uk”からのemailを開く。本文はシンプルだった。

Please call me. [連絡をくれ]

Lestrade

ニヤニヤしながらSherlockはそのemailを削除してしまった。そして“jones@…”へのemailを書き出したところで、上着を白衣に着替えたMikeがJohnを連れて部屋に入ってきた。Sherlockが二人の方へ顔を向けるとMikeは立ち止まって、期待するような面持ちでJohnを見やった。

JW: ああ、僕がいた頃とはちょっと変わったな。

MS: (くすくす笑いながら)勝手が違うか!

SH: (コンピューターへ向き直って)Mike、電話を借りてもいいかな?僕のは圏外なんだ。

MS: (溜め息をつき)固定電話じゃだめなのか?

SH: テキスト(※携帯電話で送るメール)を送りたい。

Mikeは上着のポケットを探ったが、出てきたのはノートだけだった。

MS: 悪いな。コートの中だ。

するとJohnはジャケットから自分の携帯電話を取り出した。

JW: あの、僕の。良かったら。

SH: (立ち上がり、電話を持って歩み寄るJohnの方を向きながら)ああ。ありがとう。

MS: 旧い友人のJohn Watsonだ。

電話を受け取ったSherlockは二人に背を向けて座る。

SH: アフガニスタンかイラク?

Johnはその質問に困惑して気まずそうに笑みを浮かべる。

JW: アフガニスタンだけど。でもどうしてそれを…?

Johnの電話でメールを終えたSherlockは、部屋へ入ってきたMollyに気付いて顔を上げた。コーヒーを入れたマグを持ってきてくれたのだった。

SH: ああ、コーヒーか。ありがとう、Molly。

Johnへ電話を返すSherlockにMollyがマグを持って歩み寄る。テーブルにマグを置く彼女をよく見ると、口紅が拭き取られていた。

SH: 口紅はどうしたんだ?

MoH: (気まずそうに彼に笑みを向けながら)わたしには似合わないみたいだから。

SH: そうか?大きな進歩だったのに。君は口が小さすぎるからな。

そう言いながらマグを取って一口すする。

MoH: (うれしくなさそうに)そうね。

Mollyは振り返ってドアへ向かう。

SH: (マグを置いてコンピューターへの入力を再開しながら)ヴァイオリンについてはどう思う?

Mollyを見ていたJohnはやがて自分に話し掛けられていることに気付いた。

JW: ごめん、何かな?

SH: (入力を続けながら)僕は考え事をするときヴァイオリンを弾くんだ。時々何日もまるで口をきかないことだってある。(半ばJohnの方へ顔を向けて)それは気に障るかな?同居する可能性があるならお互いの悪いところを知っておくべきだろう。

JohnはMikeの様子を窺う。

JW: おい、僕のことを話してあったのか?

MS: (取り澄まして微笑みながら)言葉にはしてない。

JW: (Sherlockの方へ向き直って)じゃあ誰が同居の話をしたんだ?

SH: (立ち上がってコートを着ながら)僕が。今朝Mikeに話した、僕のような人間が同居人を見つけるのは大変だろうな、って。そしてランチを終えて彼はここへやってきた、明らかに任務を終えてアフガニスタンから帰ってきたばかりと見える旧い友人と共に。そこから推測するのは難しくない。

JW: どうしてアフガニスタンだってわかったんだ?

Sherlockはその質問を無視してシャットダウンするためにコンピューターへ身体を寄せた。

SH: ロンドンの中心でちょっといい場所に目をつけてあるんだ。一緒に借りるのに良さそうなところ。明日の夜そこで会おう、七時に。

そう言いながらドアへ向かう。

SH: すまないけど-急がないと。鞭を安置室に置いてきたみたいなんで。

Johnは信じられない様子でMikeにニヤけて見せると、部屋を出ようとするSherlockへ向き直った。

JW: それだけ?

Sherlockはドアのそばで立ち止まる。

SH: それだけって?

JW: 僕らは会ったばかりなのに、もう部屋を見に行くって?

SH: 問題でも?

Johnは再びMikeに視線を向けるが、彼は何も言わない。Johnは奇妙な青年に向き直る。

JW: お互いのことを全然知らないじゃないか、君の名前だって聞いてないし、どこで会うつもりなのかも僕にはわからない。

Sherlockはしばし視線を落とした後で、わずかにニヤついた笑みを浮かべながら再び目線を上げた。

SH: 君は軍医でアフガニスタンから免役されて帰ってきたんだろう。心配してくれる少し金を持った兄弟がいるが助けを求めるつもりはない、快く思ってないからだ-きっとアルコール中毒だからだろう、それよりむしろ彼が最近奥さんと別れたからかな。

Johnは驚いて彼を見つめていた。その後ろでMikeが心得たように笑みを浮かべながらうなだれている。

SH: それからセラピストは君の脚が悪いのは心身症が原因だと考えている-僕はかなり正確に知っている、恐れながら。

極わずかに微笑む。

SH: それだけ知ってれば話を進めるのに十分だと思わないか?

そう言ってドアへ向かったSherlockは少し戻って、ドアへの視界を遮る壁に寄り掛かるようにして顔を覗かせながら告げた。

SH: 名前はSherlock Holmes、住所はベイカーストリートの221B。

そしてJohnに向かってウインクをする。

SH: ごきげんよう。

Sherlockは部屋を出て、ドアが音を立てて閉められた。Johnは信じられない様子でMikeの方へと振り返る。Mikeは微笑みながら彼に向かってうなずく。

MS: そう。あいつはいつもああなんだ。

Mikeはその場から離れる。Johnは混乱した様子で再びドアを見つめた。

 

 

翌日。ロンドン W1, ベイカーストリート。よたよたと道を歩いていたJohnは221Bという文字の打たれたドアへ辿り着いた。隣にあるカフェには上部に設けられた窓に“Mrs Hudson’s Snax ‘n’ Sarnies”と掲げてあるが-スペルがまずい上にフォントにコミックサンズを採用するという重大な過ちを犯していた。Johnがそれを眺めていると黒いタクシーが舗道に乗り付け、そこから降りたSherlockが彼へ歩み寄った。

SH: Hudsonさん、僕らの家主だよ。

振り返るJohnに笑みを向ける。

JW: ああ、Holmesさん。

SH: Sherlockでいいよ。

人は握手を交わして221Bのドアへ歩み寄った。

SH: 特別待遇をしてくれる。僕にちょっと恩があってね。数年前に旦那がフロリダで死刑を宣告されて。それに力を貸したんだ。

話しながらドアをノックする。

JW: 旦那さんが死刑にされるのを君が阻止したの?

SH: ああ、違うよ。確定させたんだ。

Hudson夫人がドアを開け、腕を開いて彼を迎えた。

MrsH: Sherlock、こんばんは。

Sherlockは歩み寄って夫人の抱擁に応じた。身体を離すと夫人は二人を中へ招き入れる。

MrsH: どうぞ、入って!

Sherlockは先に中に入る。

JW: (夫人の横を通り過ぎながら)どうも。

二人が入ると夫人はドアを閉めた。Sherlockは足早に二階へと階段を上がり、よたよたと後をついてくるJohnを待つ。彼が階段を登りきるとSherlockは前にあるドアを開け、中に入ってリビングを見せた。続いてリビングに入ったJohnは部屋の中に散乱する物品を見渡す。

JW: ああ。いいんじゃないか。とてもいい感じだね。

SH: そう。そうなんだよ。僕もそう思ったんだ。

部屋の中を進んでいく。

SH: だから迷わず越してきちゃったんだ。

JW: (同時に)すぐにこのガラクタを片付けないとな…

そこでSherlockの言ったことに気付いてJohnは気まずそうに言葉を止めた。

JW: じゃあ…これはみんな君の物なの。

SH: まあ、もちろん、片付けるつもりだ…少しは。

そう言うとSherlockは部屋を進んで肘掛け椅子のひとつから何束かの新聞を取ると、そばにあるダイニング・チェアに投げ込んだ。Johnがマントルピースの上にある何かに気付いて見つめているとSherlockは未開封と思われる手紙をマントルピースの上に置いてナイフで突き刺した。

JW: それ本物のドクロ。

SH: 僕の友達。まあ、「友達」というか…

Sherlockはニヤリとして見せる。そこへHudson夫人がやって来た。

MrsH: どうするおつもりなの、Doctor Watson?

JW: (夫人の方を向いて)はい?

MrsH: (上を指して)上の階にもうひとつ寝室があるんだけど…(ウインクをして見せる)もし二つ必要だっていうことなら。

JW: ええ。もちろん二つ要りますよ。

MrsH: ああ、心配しないで、このあたりには色んな方がいるから。隣のTurnerさんていう女性は同性婚なの。

Johnは驚いた様子で夫人を見る。夫人は落ち着いた様子で屑籠を手にして部屋の中を歩いている。

MrsH: Sherlock。また散らかしたわね。

夫人は片付け始めながら鼻歌を歌い、キッチンへ入っていく。Johnは再び部屋を見渡した。コートを脱いだSherlockは窓際に置かれた机の上にある書類を漁っている。Johnは肘掛け椅子のひとつに歩み寄って、深く腰を下ろした。

JW: ああ、あのさ、インターネットで君のことを検索してみたんだ、昨日の夜。

SH: (彼の方へ顔を向けて)興味を引くことでも?

JW: 君のサイトを見つけた。The Science of Deduction。

SH: どう思った?

JW: なかなかおもしろいんじゃないかな。

Sherlockは少し憤然とした様子で彼を見る。

SH: 「おもしろい」?

JW: 君はソフトウェア・デザイナーをネクタイで見分けたり-あと何だっけ?-左の親指で飛行機のパイロットだと識別できるとか。

SH: そうだ、それに君の顔と脚から軍人である経歴を読み取れるし、携帯電話から兄弟の飲酒癖を知ることができる。

MrsH: (キッチンから出てきて片付けを続けながら、ひとりごとで)もうすっかり居場所にしちゃってる。

JW: (Sherlockに)どうやって?

SH: 僕の論説を読んだだろ。

JW: あの論説は不条理だ。

SH: (再びJohnへ顔を向けて)だが僕は君の兄弟の飲酒癖について知っている。妻と別れたことだって知ってる。

夫人はThe Times誌を手に取って、一面を眺めていた。

MrsH: この自殺はいったい何なのかしら、Sherlock?あなたの得意分野(that’d be right up your street)だと思うんだけど。今度は四件目ですって。

窓の外、ライトを点滅させた一台のパトカーがサイレンを鳴らしてベイカーストリートへやって来る。Sherlockが窓へ歩み寄ると車は外に停まった。

SH: そう、その通り。非常に僕が得意とするもの(Very much up my street)だ。

JW: (椅子の中で前に屈み込み)訊いていいかな、君の得意分野って何だ?

SH: (パトカーを見下ろしながら)五件目が起こった。

Sherlockが振り返るとLestrade警部が階段を上がってリビングへ入ってきた。

SH: 今度はどこだ?

GL: ブリクストン、ローリストン・ガーデンだ。来るか?

SH: 科学捜査の担当は?

GL: Andersonだ。

SH: Andersonは僕と捜査しないだろ。

GL: アシスタントにはならないだろうな。

SH: でもアシスタントが要るんだ。

GL: 来るのか?

SH: パトカーでは行かない。後から行く。

GL: 助かるよ。

JohnとHudson夫人の様子を窺った後でLestradeは部屋を出ていった。笑みを抑えようと唇を噛み締めていたSherlockは警部が階段を下りてしまうのを待ってから、両手の拳を握り締めて喜びを爆発させながら宙に飛び上がった。

SH: ああ、すばらしい!

Hudson夫人も彼の様子を見てうれしそうにクスクス笑う。

SH: 退屈な夜を過ごす羽目になるかと思ったよ。

そう言いながらSherlockはいそいそとコートを着始める。

SH: (Johnへ)まったくさ、ほんとに想像力に富んだ連続殺人犯を打ち負かすことは出来ないもんなんだよ、テレビに何もないときはね。

踊るように部屋を進みながらマフラーを巻き、机に歩み寄る。

SH: Hudsonさん、今夜は遅くなる。食べ物があるといいな。

MrsH: あたしは家主なのよ。家政婦じゃありません。

Sherlockは道具入れの小さなポーチを手に取って中にある道具を確認している。

SH: 冷たいものでいいよ。John、くつろいでってくれ。えっと、お茶でも飲んで。待ってなくていい。

そう言ってドアから飛び出していき、視界から消えた。Hudson夫人がクスクス笑う。

MrsH: 見てちょうだい、あんなにあわてて。あたしの夫もまさに同じだったわ。

Johnは疲れたように椅子にもたれかかる。

MrsH: でもあなたは『座ってる』タイプみたいね、見た感じ。

Johnは気詰まりな様子だった。

MrsH: (キッチンへ向かいながら)お茶でも淹れましょう。脚を休めてちょうだいね。

JW: (大声で)ああ、もうこの脚は!!

咄嗟に反応してしまったことにJohnはすぐに申し訳無さを感じると、驚いて息を呑んだHudson夫人が少し怒った様子で彼の方へ戻ってきた。

JW: すみません、本当にごめんなさい。こいつに関して時々こうなることが…

杖で足を叩く。

MrsH: わかるわ、あなた。あたしも腰が。

夫人はキッチンへ戻っていった。

JW: お茶はいいですよね、ありがとう。

MrsH: 今回だけよ、あなた。あたしは家政婦じゃないんだから。

JW: (傍にあるThe Times誌を手に取りながら)ビスケットなんかも、もしあれば。

MrsH: 家政婦じゃないってば!

Johnが手にした新聞の一面には‘Fourth “suicide” Found[第四の『自殺』発生]’と題された記事があり、今しがた部屋を訪れた男性の写真が添えられていた-それは事件の捜査を担当するLestrade警部だった。記事を読み進めようとするJohnをドアのあたりでしばし眺めていたSherlockが、リビングの中へ戻りながら声を掛けた。

SH: 君は医者だよな。

Johnは声に気付いて顔を上げる。

SH: もっと言えば軍医だ。

JW: (新聞を置いて立ち上がる)そうだ。

SH: 優秀な?

JW: 実に優秀な。

SH: 多くのけが人を目にした、そしてひどい死に様も。

JW: まあ、そうだな。

SH: もううんざりだとも思ってる。

JW: (声を低めて)そうさ、もちろん。僕の人生にはもう十分だ。多すぎるくらいだ。

SH: もっと見たいかい?

JW: (熱烈に)ああ、いいね!

Sherlockは笑みを浮かべて踵を返す。

SH: よし、行こう。

部屋を出て階段を下りる。Johnは後へついていきながらHudson夫人へ呼びかけた。

JW: すみません、Hudsonさん、お茶はいいです。出掛けるんで。

MrsH: (下の階にある部屋から出てきて)二人とも?

玄関へもう少しのところまで来ていたSherlockは振り返って夫人の方へ歩み寄る。

SH: 家で座ってられるもんか、やっとおもしろそうな殺人が起こってるっていうのに!

そう言って玄関へ向かう。

MrsH: あらあなたってば、そんなに楽しそうに。行儀が悪いわよ。

SH: (振り返って)行儀なんてかまってられないよ。ゲームが始まる、Hudsonさん!

そしていそいそとJohnを連れて外に出たSherlockは近付いてくるタクシーに向かって手を掲げた。

SH: タクシー!

[パイロット版] ピンク色の研究 1

※主な注釈は[放送版]ピンク色の研究をご覧ください※